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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
73/270

30 眠り茸被害と遺跡で遭ったこと

 9月13日、午前四時。


 夜明けの薄明かりで目覚めた。

 気づくと人けのないさびれた村に着いていた。

 それはそうと、うっかり眠ってしまったものだから、落ちないように彼がずっと片腕で支えてくれていたらしい。悪いことをしたと謝ったら、大した重さではないし魔獣の速度は落さなかったので支障はなかったという。


 細身で凄い体力だな。


 一晩中駆け通しだったので、携帯食の堅パンとチーズを水で流しこんだ。

 朽ちかけた民家でサディスは仮眠をとることになり、ルーは見通しのよい丘で見張りに立つことにした。





 三十分後に起こせと言われて懐中時計を渡されていたので、時刻ぴったりに起こしにいったが、すごく疲れていたようでゆすっても起きなかった。

 それでまだ疲れが抜けてないのだと思い、さらに三十分後に起こそうとしたが、まだ起きない。それでまだ疲れが抜けてないのだと思い、さらに三十分後に──起きない。

 それでまだ(以下略)起きない。





 午前七時。


 どうなってんだよ。もう、当初の予定より二時間半もオーバーしてるじゃないか。

 まだ砂漠から近いから、敵と距離を開けなければならないと言ってたくせに、なぜ起きないんだ?


 かなり乱暴に、サディスの肩をつかんでゆさぶってみた。


 まさか疲れのあまり息絶えたとか!?


 唇に手を近づけるが息はしてる。不安で落ち着かない。

 敵が近づいてないか、あわてて外に出てみた。

 木の根元で豪速の魔獣が死んでいて、どびっくり。

 どうやら、その辺に生えてる毒々しい蛍光ピンクの茸を食ったせいらしい。


 なんて意地汚いことしてくれるんだ。

 おいらだって、そんな怪しい茸なんか食べないのに! 

 移動の脚がなくなったじゃないか!


 よく見れば豪速魔獣は寝ていた。

 ゆさぶっても起きない。まるでサディスと同じだ。

 サディスの所持品から、なにか気付になるような薬でもないかと探すが、傷薬以外はルーにはよくわからないものばかりだ。誰かに助けを求めようにも、次の町や村までかなりあると言っていた。


「サディス~~」


 思わず泣きそうな声で名を呼んだら、なぜか、ぱちっと彼は目をあけた。

「…………陽が高い」

 怪訝そうな声をもらしたあと、ルーの手にしていた小さな懐中時計を取って時間を見た。いきなり拳骨を落とされた。

 ドスの効いた声で「何故起こさない!」と怒られた。


 起きなかったのは自分のくせに。

 訳も聞かずにひどいよ!


 どうやら、木の根元に生えていたピンク茸は〈眠り茸〉というものらしい。

 その胞子が周辺に飛んでいても催眠効果があるのだという。

「おいらは全然平気だったけど?」

「睡眠を十分とってる奴には効かない」


 なるほど。


 サディスが高速で八往復ぐらい軽く叩いて顔がはれ上がっても、豪速魔獣は起きなかった。橙の三つ目は閉じたままだし、あの素晴らしい疾駆をみせた六脚もぴくりとも動かない。昨日の昼から朝まで走らせっぱなしだったので、彼以上に疲れてるようだ。

 とりあえず、ルーは腫れた顔に傷薬を塗ってあげ、がんばってくれたお礼に豪速魔獣のかたわらに、干し杏を六個置いてあげた。ちなみに手元にはあと七個残っている。

 携帯食料はあと二食分だ。





 午前七時十五分。

 無人の村には脚代わりになりそうなものは何もない。

 豪速魔獣から鞍と手綱を回収し、徒歩でそこを離れることになった。

 とりあえず残りの携帯食を一食分、歩きながら食べる。気になるだろう内容はドライソーセージだ。豚肉を腸詰にして乾燥させたもので、脂身が残っているのでしっとりした干し肉といった感じ。わりと美味しかった。


 サディスも同じタイミングで彼の分の携帯食を食べていたはずなので、その残りも一食分ということになる。

 寝不足と計算違いで、不機嫌さが思いきり出てる彼は思いのほか早足で、ルーは小走りしなければならなくなった。ただ、気になったことがひとつある。


 さきほどのピンク茸。あの民家に到着した時に、あんな目立つものは見かけなかったと思う。だが、実際あったし、気のせいだろうか?


「夜から朝にかけて湿度が高い場所で、十分もあれば発芽し茸の形になる。どこかから胞子が飛来して根づいたのだろう」

 疑問に答えてくれたサディスだが、何か気に食わないといったように眉間にシワを寄せていた。





 昼過ぎの空は青く清んで高かった。歩けど歩けど村ひとつ見つからない。

 山上へ向かう道から見おろせば素晴らしいまでの緑の眺望だ。町はいったいどこにある。

 休憩中に干し杏をひとつ渡すと、意外にも彼はつき返すことなくそれを食べた。

 まっすぐに背筋をのばし一つに結った銀の髪を風になびかせてる様は、ふだんと変わらないように思えるが、疲労しているのではないかと思った。


 ……あまり寝てないから当然か。

 やっぱり疲れると甘いものが欲しくなるものなんだな。


「もうひとついる?」

「いや、いい」

 ルーもふたつ、干し杏を口にした。

 そして、また緑の中を歩く歩く歩く。

「そういや、昨日、聞きそびれてたけど、あの豪速魔獣を捕まえに出かけたとき、何かあった?」

 きつい上り道からいっきに開けた草原に出たので、思い出したことを聞いてみた。


 捕獲は三分だというわりに戻ってくるのが遅かった。

 体感的には彼が先に予定した三十分ぐらいだった気はする。

 ほんとうなら行き帰りの魔獣の移動二十分+三分。

 もっとはやく戻ってきてもよかったはずだ。しかも、彼は転移で戻ってきた。

 なにか時間のかかるような不測の出来事があったのかもしれない。


「知り合いと話をしていた」

「……え、あのチャウダー遺跡で? あ、もしかして遺跡調査をしてる学者さん?」

 前を向いて歩く彼の頭のかすかな揺れで、溜息をついてるらしいことがわかった。

「神出鬼没の薬屋だ。飛行船で移動販売をしている。どこで知ったか知らないが、〈幽玄図書館〉の情報をちらつかせて来たから、うっかり相手をしてしまった」

 ルーは歩みを止めた。

 さわさわと、膝まである青々とした草の先にいるテントウ虫を見つめながら考えた。

「えと……、〈幽玄図書館〉を探すことになったのは、旅に出る直前だったよね? あの時点では、ひいじーちゃんですら知らなかったはずで………訊ねた先もセシル国の図書館の司書とか、ガレット国での遺跡関係者ぐらいだよね。そのヒト、どうやって知ったんだろ……?」

 彼も足を止め、ちらりと後のルーを見る。

「だから神出鬼没なんだ」

「つけ回されてる感じがするのは、おいらだけかナ……?」

「それは、俺も毎度思っていることだ」


 毎度なのか。この旅に限らずってことか。

 薬屋サン。サディスの追っかけでもやってるのか……?


「それで、何か有力な情報あった?」

「奴は以前、〈幽玄図書館〉の入館証を持っていた。だが紛失した。それだけだ」

 さくさくと草を分け入りながら、また歩みはじめる。

「そう、残念だね」

「むしろ、あいつから情報をもらうと、見返りに何を要求されるか分からないからな。残念ではない」

「……」


 なかなかアブナイヒトのようだ。


「奴と話している最中に、温泉町の方角からコウモリの羽をもつ憑物士が飛んできた。そのときに、おまえがいたあの場所にもう一体、強力な憑物士の気配を感じた。末期悪魔だろう。飛んでくる奴を片付けて、即座に戻ろうとした次の瞬間、その気配はかき消えていた」

 彼は翠緑の双眸をほそめて、ルーをみた。

「──しかし、実際戻ってみれば末期悪魔の骸は二体分あった。首をかき斬られた賊らしき骸も六体。あれはいったい誰のしわざだ? ガレットの魔法士軍ではあるまい。魔法士に始末されたなら、少なくとも攻撃に使われた術の痕跡がのこる」


 どうしようか迷った。あの少年は誰にも言わないでほしいと言った。

 恩人なのでその気持ちはできるかぎり叶えてあげたい。───のは山々なのだが。

 はたしてこの鋭い彼を相手にどこまでねばれるか。


「えっと、実はおいら気絶しててその場面は見てなくて」

 ガレットの魔法士軍に伝えたのと同じ言い訳をしてみた。

「末期悪魔を片付けたのは魔法士軍かと問うたとき、おまえは何と答えた?」


 しまった。

 うん、とか肯定しちゃってたよ。


 思わず馬鹿正直に黙りこんでしまった。

「ルー」

 数歩先にいた彼が、青草の波の中をこちらに近づいてきた。

 いきなりマントをめくられた。

「何故、衣装を変えている?」

「えぇっと、気分……?」

 ひんやりとした空気がその場を支配した。

 大陸の北に向かっているとはいえ、まだ秋初頭。

 朝晩はめっきり冷えこむが、昼間はとても日差しが温かかったのに。

 青草がそよぐのをやめ、テントウ虫が凍って落ちた。

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