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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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29 遺跡迷路を抜けハミール砂漠へ

 ほどなくしてサディスが戻ってきた。

 いきなり、銀の旋風とともに目の前に現われた。転移の魔法だ。

 目をぱちぱちと瞬かせながら、ルーはたずねた。

「魔法は緊急時にしか使わないんじゃなかったのか?」

 追手を引きつける狼煙になるという理由で、使うのは効果的に逃げ切るときだけだったはずだ。

「今がそのときだ。ここから近い町にいるキャラベ軍に居場所がバレた」

「ええっ、なんでまた!?」

 彼はそれに答えず、辺りを見回す。死体のある宿の中を、慌ただしく出入りしている真青の鎧を身につけた男たちに目を向けた。

「あれは?」

「ガレットの王宮軍だよ。例のベレネッタの国宝ドロを追いかけてる途中に、ここへ」

「アレを片付けたのは彼らか?」

 四メートル級と、二メートル半級の巨体二つ分の肉塊の山を見て、怪訝そうに問われた。

「……うん」

 微妙な間に彼は眉を顰めた。

 追求されるかと思いきや、事は切迫しているらしく「一度戻るぞ」と、ルーの腕を引き寄せてふたたび転移した。





 そこは尖った岩山の連なるチャウダー遺跡。

 サディスが先ほどまで、新たな魔獣捕獲に来ていた場所だ。

 乾いた風がルーの短い赤毛のすそを吹きあげた。

 すぐ近くに立ちトカゲ魔獣とともに、橙の三つ目に六脚のラクダがいた。

 いうまでもなく魔獣だ。おとなしく岩場に縄でつながれている。

「すごいね、十分で捕まえるなんて」

「三分だ」


 さすがだ。


「あれ? じゃあ、なんでもっと早く戻らなかったんだ?」

「あとで話す」

 立ちトカゲ魔獣は温泉町の方へと放した。

 相棒が残っているので、宿屋の主が何とかしてくれるだろう。

 六脚ラクダ魔獣に二人乗りすることになった。


 午後二時半。

 岩山は昔の穴住居だらけ。その住みかをつなぐ道はおそろしく複雑で、まさに迷路だった。一人で入ったら抜けだす自信はないと、ルーは思った。

 何度も似たような枝道を、六脚ラクダ魔獣で駆ける。

 即席で立ちトカゲ魔獣に使っていた鞍と手綱を使用している。胴体幅は違うが、ベルトの長さに余裕があったのでなんとかつけることはできたのだ。

 もちろん手綱を握ってるのはサディスで、彼の前にルーは座り、おおきなコブに抱きつく形でつかまっている。脚は速いが揺れはそうとうひどい。

 迷路にはいってすぐ、僅差でそう遠くない上空からキャラベ軍の魔獣のいななきが聞こえてきた。痩せた猪ぽくてブイブイ鳴くやつだ。

 いつか鍋に放りこんでやりたいルーだった。

 三日前に敵の網をかいくぐったとはいえ、追手が進行方向で息を潜め待ち構えているであろうことはわかっている。なぜ居場所がバレることになったのかは知らないが、とにかく、向こうも転移を使ってこの岩山地帯にきたのはまちがいない。

 だが、この地形が彼らには災いしていた。

 空を覆うようにななめに生える巨大な岩が邪魔して、こちらの姿を目で追うことができないのだ。気配をたぐろうにも、かく乱させるためにトレース妨害の術を彼が放っているので、上から攻撃をしかけても岩山を砕くだけで空振りしている。

 しかし、敵も気になるが、この迷路もルーは気になる。

「サ、サディス、抜け道わかるのか!?」

「わかる」

 明確な答えに、ホッとした。

 先の宿屋の主からこの岩山地帯は迷路であることを、あらかじめ聞いて知っていたのだという。

「魔獣を深追いして迷路に入りこんだ場合、地下へつづく道を選ぶよう助言された。

 砂まじりの乾いた空気が流れる方向がハミール砂漠につながる。逆方向はこの町の地下洞窟温泉。不届き者が覗きにくると困るので、このことは彼しか知らないとも言っていた」


 おそらく美女が一人で迷いこんだら災難だと、教えてくれたのだろう。

 彼にしたら、女に間違われることは決してマイナスなことばかりではないようだ。

 おいらはマイナスばかりだけどな。尻なでられるわ食欲煽るわで。


 岩山で捕まえた六脚ラクダ魔獣は、脚力も体力も前の立ちトカゲ魔獣よりはるかに強いらしい。一頭に二人が乗ってもすごいスピードで飛ぶように走る。

 岩に激突しそうでしない迷路で出せるぎりぎりの速さに、ルーは心臓が縮みあがる。

 なんたって前に座らされてるから。

 何度も目の前に迫ってくる壁に息をのみ、目をつむってしまった。

 いつのまにか地下へ潜っていたが、彼が魔法で作り出した灯の光珠を前方に飛ばしていたため、暗闇で激突死という惨事はまぬがれた。

 灯の魔法は魔力消費がすくないので、追手に感知されることはないのだ。

 そして、ハミール砂漠へ出るころには追手を撒いていた。





 午後五時半。

 おおきな夕日が砂漠に半分沈んでいた。

 砂漠は寒暖差がはげしいので、夜間の移動はかなりきつい。

 だが、迷路の地下通路がバレれば、この砂漠につながると知られるのも時間の問題だ。

 相方はなるだけ砂漠をはやく出たいとのこと。

 なので、豪速で駆けている。そう、かつてない豪速だ。

 砂塵で喉をやられてはいけないので、鼻の上からスカーフを巻いている。

 いろいろ聞きたいことがあるのだが、そんな余裕はてんでない。

 顔とか手足にばんばん冷たい風が、もう何時間当たってるか知れない。

 いま着てる衣装は曾祖父の借り物で、シャツも上着もすごく丈がみじかいのだ。

 つまり腹に布がない状態だ。マントもひるがえるし、お腹も冷えきっている。


 せめて、サディスが前にいて壁になってくれればいいのにと思う。

 悪いけどマジで。


 もう耐え切れなくなって、六脚ラクダ魔獣のコブに右手でしがみついたまま、なんとか左手をのばして彼の腿をぺちぺち叩き、止めてもらった。

 急いでるのに何だと言いたげな冷ややかな目で見られたが、負けじと訴えた。

「さ、寒すぎなので、後に座っていい?」

「ダメだ、落ちる」

 即座に断られた。


 壁になるのはそんなにイヤか。おいらだってイヤだ。

 背が低すぎて彼にとって壁ほどの役目にはなってないだろうけど。


 涙目になる。顔が冷えすぎてがちがちに強張ってて痛い。ダメもとで頼んだ。

「じゃ、ここで反対向きに座っていい? それもだめ?」

「好きにしろ」

 小躍りしたい気持ちで座る位置を逆にして、はっと気づいた。


 さっきは魔獣のコブを掴んでたけど、この場合どこで体を支えれば……? 

 やはりサディスのマントでも掴ませてもらう?


 そうっとマントの裾を掴もうとしたら、いきなり魔獣が駆け出した。

 勢いで向かい合う彼にドカッとぶつかり、その拍子に魔獣の背からずり落ちそうになったので、とっさに両腕をのばして真正面から彼に抱きついた。


 こ、これは…あったかいかも。


 そういえば、さっきは前のめりでコブにしがみついてたから、背中がサディスに当たることはなかった。他に掴まるとこないし、彼は気にもしないのか魔獣を止めようとする気配もない。ちらっと彼を見あげた。まっすぐに前を向いている。


 恥ずかしいとか思ってるのは、もしや自分だけ? 

 いや、でも、サディスがイヤじゃないならこのまま暖を取っていたいなー……


 口に出したとたんに拒否られても困るので、どうしようか考えていたら、いつのまにか眠気に襲われていた。

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