★28 空色の瞳の少年と大剣
抵抗する間もあたえられず、ルーはヤツに両手首をひとつにつかまれ、軽々とぶら下げられる。賊の手下である六人が、下卑た歓声を上げた。
「解体ショウのはじまりだあー」
ゴキゲンな末期悪魔が、ギヒヒと笑った。
「たまにゃ、てめーらにも振舞ってやろーかあ?」
ヤツらは興奮した。
「刺身がいいよなあッ」
「臓物のスープはどうだー」
「いやいやここはやはり豪快にローストで」
こいつら、人間だけど人間じゃない!
末期悪魔はルーの黒いズボンに爪をかけ、引き裂きかけて動きを止める。
ヒヒ顔を近づけ、ふんふんとわきの下や首筋の匂いをかぐ。
「女か。女の餓鬼、さらにいい」
黄ばんだ歯牙をみせ、にやり笑った。
手下たちが一斉に目の色を変えて叫んだ。
「副頭っ、副頭! ぜひ!」
「食う前にちょっとだけ!」
「オレらにも回して欲しいッス!」
ねばつく視線に、先ほどとはちがう悪寒をルーは感じた。
だが、やつらに渡す気なら、その瞬間が反撃のチャンスだ!
「あ~、ヤメだ! ヤメ! こいつはおれが全部喰う」
ヤツは譲らなかった。
大人より子供、男より女が好物らしい。好物は独り占めするタイプのようだ。
口々に哀願し叫ぶ手下に背をむけ、ルーの両手首を鋼のようなでかい片手でがっちりつかんだまま、玄関わきに倒れた宿屋主人をけとばしてどかし、家屋にはいってゆく。
扉のない奥の部屋はあかりがさしこんでいて、鍋や釜、まな板につき立つ包丁がみえた。おそらくこの建物一階は食堂で、奥は厨房なのだろう。しかも、さっきまで使ってた感じで、台の上に乱雑につまれた肉塊やてらりと光る腸がちらっと見えた。
サバカレる!! 食われるッ!! しかもローストされて!!
誰かこいつの気を逸らしてくれ!
生きるチャンスが欲しい切実にッ。
ビリリリリ ビリッ
厨房にはいるのすら待ちきれなかったのか、いきなり革のヴェストごとシャツを、ズボンを、鋭い爪をかけて引き裂いてゆく。生ぐさい息を吐きながら、異様に長い、長すぎる黒い舌を口からたらし、やぶれたシャツのすきまから侵入させようとした。
ぼたぼたっと、こぼれた唾液が床をとかしている。
なにそれ酸!? お腹に穴があくじゃないか!
恐怖で声がでなかった。しゃべった時点で死期が早まる気がして。
ふいに、末期悪魔の背後が静かになった。
うるさいほど喚いていた手下どもの声が聞こえない。
ヤツは怪訝に思ったのか動きを止め、そして、ふりかえった。
六人の男がゆっくりと、首から紅いものをまき散らしながら倒れてゆく。
それを避けてとんだ人影。
末期悪魔はルーをつかんだまま、食堂を抜け、また外へとすばやく踊り出た。
小さな子供が空中を、ひらりと降ってくる。
「ヒュウ、これはまた旨そうな餓鬼が増えたな」
獲物が増えたのがうれしくてたまらないようだ。
子供は地に足をトンとつくと、黒髪を風になびかせ、また軽く跳躍した。
末期悪魔の目の前に迫った。手には信じられないほどの大きな刃。
末期悪魔はニヤッと笑い、ルーの両手首をつかんでないほうの手で、子供の頭をつかんだ。かに見えた。いきなり子供は消えた。
わずかな残像を残して、ゆらりと消えた。
すかっと空振りした手の先を見つめて、ヤツは邪悪な顔をしかめる。
その背後の上空に、子供がいるのをルーは見た。
末期悪魔の太い首に光の一閃が走り、本来の位置から横すべりしてずれてゆく。
子供の、するどくすがめられた目は鮮やかな蒼穹の色だった。
ヤツの角つきの肩から両腕がはずれ、ルーは放りだされた。
同時にヒヒの首が落ちてはねた。のこった胴と脚が八つ切りにされた。
どこからか飛びだした黒メダルが、空中でわれて砕ける。
ルーは地面に座りこんだまま、瞬きもせずその一部始終を見届けた。
そのあと、自分の手首にいまだ絡みついたままのでかい手にやっと気づいて、あわてて払いのけた。
少年は地面に落ちていた鞘を真上にほうり投げて、天にむけた抜き身の大剣をおさめると、それを背負い、鞘についたベルトで左肩から右脇腹を通してとめた。
ものすごく不釣合いなそのようすを、ルーは瞬きもせず、ぼんやりながめる。
少年はルーの顔をみて、ちょっと小首をかしげた。
「また、キミか。よくよく襲われるコだね」
そう言って、彼女の落とした白いマントを拾って近づいてきた。
すこし屈んで、まだ地面にぺた座りしている彼女にそれを肩からかけた。
肩の上で切りそろえられた黒髪が、さらりとゆれる。
この男の子……セシルの街の〈まどろみ亭〉で会った……。
部屋に拉致ろうとした熊男から助けてくれた子だ。
藍色のマントがはためいた。その下は黒灰装束。
どこをどうみても十歳になるかどうかの見てくれで。背だって、十四歳でありながら百四十二センチしかないルーより、さらに十センチは確実に低い。空色のおおきな瞳が印象的な。可愛いけど、どこか大人びた言動の。一度会っただけの。
髪色変えてるのに、よく覚えてるな……。
はっ、としてルーは、分解された末期悪魔の骸に目をやった。
通常武器では死なないはずだ。
蘇るかも!?
しかし、七人分の血生臭いにおいが風に吹かれているだけで、あたりは静寂につつまれたままだ。ちなみに末期悪魔の血は黒い。黒くて腐った油の臭いがする。
「生き返ったり、しない?」
ルーが少年に訊ねると、「しないよ」とはっきり答えた。
「ボクは魔法士じゃないけどね、この剣は特別なんだ。悪魔だって斬れる」
あらためて、その剣の大きさに目を瞠った。
少年の頭の上を柄が十センチほど越えている。剣の全長が少年を越えている。
しかも、刃幅は二十センチはあった。
悪魔を斬れるなんてフィア銀かと思ったが、剣身の色が青みがかった銀ではないので、おそらくちがうだろう。だが、魔力も霊感もないはずの自分なのに、産毛が逆立つような威圧感がその大剣からは発せられている。たいそうな代物にはちがいなさそうだ。
このコ、タダモノじゃないよね。
あの食人末期悪魔をなで斬りで片づけたし……。
あざやかすぎる。一体、何者なのか。
「ところでさ、キミ。多少、腕が立つようだけど」
先に気絶したままの四人の賊をみて、彼はすっと、そのおおきな空色の瞳をほそめると、だれかさんみたいに眉間にタテジワをひとつ寄せ険しい顔つきになった。
「女の子のひとり旅は危険なんだよ? そんな男の子の格好したって、悪魔になら匂いで即バレるんだからね! それと、そこに転がってるわりと材質のよさげな棍、キミのでしょ? 握りがちょっと太いんじゃない? ちゃんと自分の手に合う武器を選ばなきゃダメだよ!」
ふたたびのお説教。
なんだか見透かされすぎているが、本当のことなので反論できない。
たしかに棍は手に合ってないよ。
汗ですべってすっ飛ばされてピンチに陥ったよ。
いやいやいや、ひとり旅じゃないから!
よっく考えれば、これはほんとに不幸な事故だったのだ。
「えっと、連れがいま、たまたま、ほんの少し離れてて一人ってわけじゃ……彼は魔法士だし、ほんと、今回は間が悪かったってゆーか……」
すると、少年はあからさまに不機嫌になった。
「女の子をこんなとこに置き去りにするなんて! その魔法士にも、とくと説教したいとこだけどね。ボクは急いでるから、もう行かないと。そうだ、ガレットの魔法士軍が近くまで来てるから、そこのケガした彼のために助けを求めるといいよ。念のため、連れがもどるまで彼らと一緒にいるといい」
矢継ぎ早にそう言って、通りのはるかむこうに湧く土煙を指し示したが──
すぐにその表情をくもらせた。
「……同族の血のにおいを嗅ぎつけて、べつのヤツが来たみたいだ。さっきの悪魔の仲間かな」
「え?」
少年の視線を追って、空を見あげた。
雲を割ってなにかが降下してくる。速い。
鳥のような翼を広げているが、ぐんぐん近づいてくるそれは、頭部は虎で、胸から下は日差しに反射する鎧をつけている。
「そこの店に入ってて」
言われるままに飛びこみ、窓のすきまから外をのぞいた。
オオオオオオオオオオォォ
そいつは叫びながら、まっすぐに少年のいる地上めがけてつっこんできた。
デカイ。全長四メートルはある。手に巨大なそり返った刃物をもっている。
ずうんと着地しただけで砂塵が舞い、視界がきかなくなった。二本脚で立っていた。
鎧を着こんでるのかと思ったら、にぶい鋼色のウロコのようなものでおおわれていた。
つまり天然の鎧ということか。
「きっさまあああああ! よくもワシのかわいい弟分を刻んでくれたな!」
「弱肉強食のキミらがなに言ってんの。キミも末期悪魔のようだけど、さっきのヤツよりすこしは強いのかな?」
砂塵がゆっくりと引いてゆく。
「すこしだと? 笑わせてくれる! ワシは七つの町を血の海に変え人間どもを恐怖に」
みなまで聞かずに、少年は話をぶち切った。
「ちょっと聞いていい? キミの弟分や兄貴分はまだいるのかい?」
「弟分はきさまが殺しただろうがぁ! 兄貴分だと? この最強のワシより上がいるとでも」
一瞬にして巨体がかたむく。
いつのまにか、鞘のベルトをはずしすべり落ちる鞘からぬいた背中の大剣を、少年はかるく横になぎ払っていた。
両足首をうしなった虎頭の末期悪魔は、瞠目した。
「な……!?」
少年は地をけり跳びあがりざまに、相手の右手首を凶悪な刃物ごとすっとばす。
返すいきおいで、左脇腹から右胸へと刃をつきあげた。
頑丈そうなウロコ鎧がその肉体とともに、紙を切るほどにたやすく分かれる。
ステップを踏むように地に足をつき、つぎに末期悪魔の頭上たかく跳躍した。
どっしりとした太い首、腰に華麗に刃をすべらせる。
──悲鳴をあげる間もなく、巨体は地にひざをつけた。
「急いでるんだ。ゆっくり相手をしてあげられなくて悪いね」
まったく済まなくなさそうな鋭利なまなざし。
宣言通り、そのあとの剣の軌跡は速すぎて目で追いきれなかった。
地面にぼとぼとと残骸がおちてゆき、三桁ぐらいに分割されていた。
もちろん虎の顔もどれだかわからない。
黒きメダルのかけらが転がっていた。
「弱い相手とみると、前口上が長くて隙だらけのヤツっているよね。人間でも悪魔でも」
きっとそうとうの重量があるだろうにちがいない大剣を、先ほどとは逆に、上にほうり投げてから両手でもった鞘にすとんと収めた彼は、「この長さがネックなんだよね……」と愚痴らしきものをこぼし、もう一度、鞘についたベルトで自身のちいさな背中にそれを背負いなおした。
家屋の戸口からでてきたルーに、それまでの冴え冴えとしたするどい顔つきを一変させて言った。
「じゃあ、もう行くね。ボクのことは誰にも言っちゃだめだよ?」
子供らしい可愛い表情で片目をつむり、唇にひとさし指をあてて念をおすと、風のように軽やかに走り去ってしまった。あっという間だった。
この惨状の説明を求められたら、どうすれば……。
ぶつ切りコマ切れの末期悪魔二体分と、一撃必殺で首をかき切られた賊の骸に困ったルーだったが、とにもかくにも恩人なので、気絶してたからわからないという安直ないいわけをすることにした。
宿屋の主は腹を斬られたようだ。何度か声をかけると意識をとりもどし、返事をした。
とりあえず彼の上着を借りて止血だけはしておいた。
ガレット国の魔法士が近づく前にと、戦闘中におとした鞄をひろい、気の毒な死体がないのをたしかめて手近な宿にとびこんだ。
ズタズタになったシャツとズボンをすばやく着替えた。
鞄に残っている着替えは、曾祖父から拝借したものだ。道化師的ハデさのある意匠でオレンジがまぶしいが、マントで隠すから問題はない。
マントのこわれた留め金を直し終わったころ、ガレット国の王宮魔法士軍が到着。
真青の鎧がなかなか上品かつかっこいい。
彼らは例のムーバ国と同じく、友好国ベレネッタの国宝ドロを追っていたようだ。
国宝ドロは黒髪で背のたかい青年だという。見なかったかと問われたが、見ていないので協力のしようがない。
黒髪に……国宝の剣………。
若干、ひっかかるものがあったが、気のせいだろう。
たしか、あの顔デカ所長は、国宝の剣には縮小の魔法がかけられていてちいさくなっていると言っていたし。
とりあえず、宿屋の主の手当てを頼むと、こころよく引き受けてくれた。
彼は脂肪の厚さで致命傷をまぬがれたようだ。
ルーがぶちのめしたため気絶していた賊を、魔法士軍はお縄にして連行し、調査のために人員を五名のこしてくれた。
あの少年の言うとおり、サディスがもどるまで彼らの側にいることにした。
「あ、お礼言うの忘れちゃった……名を聞くのも」
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