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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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6 白き館の因縁

 連れてこられたのは、内海にあるちいさな星の形をしたスターブレス島だった。

 今は夜中なので、海に溶けこむかのように黒々としたそこはろくに見えない。

 サディスの話によると、ここには大魔法士ノアが百人の弟子と暮らす館と、彼が資金提供する魔法学園があるのだという。

 白い石造りの館の前庭は灯火で非常にあかるく、二十人ほどの若い男女がならんで出迎えていた。彼らはみな一様に、立襟に袖口がひろいゆったりとした紺色の上着とズボンを身に着けている。

 そのまん前に立つのは、髪もヒゲもまっしろな百十センチのちいさな老人。

 黄金色の豪奢な筒衣が灯火を反射して、やけにまぶしい。

 空から銀の球体に包まれたふたりが下りていくと、両手を広げてかけよってきた。


「よお、帰ってきたあああ! ルー! よくぞ、よくぞ無事でえ────!」


「……だれ?」


 思わず発したルーの問いに、ちび老人はバンザイをしたまま、かぱっと顎を落としてかたまった。そして、錆びついたネジを無理やり回すかのようにギギギと首をまわして、ルーのとなりにいたサディスに蒼白な顔をむける。

 彼は無表情に告げた。

「記憶喪失だ。おまけにクトリの呪詛もついている」

 ルーに「おまえの曾祖父ノア・バームだ」とも紹介した。彼女はかるく衝撃だった。


 弟子もたくさんいる大魔法士というからには、もっとこう……いくらか尊大な感じを予想していたので。この超絶美形で、キャラベの魔法士らをぶっちぎって鮮やかに自分を助けだしてくれた、サディスの師匠とも考えればなおさら……


 ノアは頭を両手でかかえ叫んだ。


「な、な、な、なんという悲劇じゃあああ─────!! くっ、あのときはルーの考えを尊重し許したとはいえ、わしはハナから反対だったんじゃ、家出のあげく海賊になるなどもってのほかじゃとオ────!」


「……海賊? おいら、海賊なんだ?」

 なんだか耳なじむ単語にハッとして、ルーは問い返した。


「いいや、ちがあああう!」

 ノアは憤然と否定した。


「……ちがうのか?」

 鬼気せまる顔で鼻先までつめよられた。


「そおじゃ、これからはの! 海賊歴五年なんて過去はスーッパリ忘れたままで、わしのそばで第二の人生を、じっくり、まったり、なに不自由なく女のコらしゅー楽しんで歩むとええ───」


「……」


 なに、その、女のコらしゅー……って。


 おかしな方向に脅迫されてるような気がした。ぱっと見、温厚そうな老人なのに。

 思わず一歩あとずさりすると、我に返ったのかノアは両手で自分の顔をもみほぐし、離れた距離をささっとつめてきた。

 太陽のようにほこほことやさしい笑顔で、ルーの両手をにぎる。


「ルーや、このわしがきっと、忌まわしい呪詛を解くすべを見つけてやるからのお! 大船に乗ったつもりでおるとよいぞ。それまで、この館でゆっくり養生しながら待っておるとええ」


「あ、……ありがと……」

「とりあえず部屋に案内させようかの。いつまでもその格好ではあんまりじゃ」

 ルーはそう言われて自分の姿をみおろした。

 泥まみれでぼろぼろ。肩にひからびた海草なんかがひっかかっている。

 シャツとズボンの元の色なんかまったくわからない。そのうえに胸と肩、ひざや手などに部分的な防具をつけていた。硬くなめらかで黒い光沢があり、軽い。

 甲羅かウロコのような材質だ。やぶれたブーツのつま先からは指が半分のぞいている。


「サディス、おまえさんもな。客間で休んでゆくとええ。あとでルーの救出劇も聞きたいし、例の話もあるしの」


 さいごの何か含みをもたせた言いかたが、ルーはひっかかった。

 ちび老人はなんだかものすごく嬉しそうに、ニマニマ口許をほころばせているが、対照的にサディスは眉間にたてじわをよせ、苦虫でも噛みつぶしたような表情をしている。

「それには及ばない。俺はあなたのものは何ひとつ要らないと、言っておいたはずだ」

「いや、しかし。そうは言ってものぉ。世間に公言した手前、わしにも立場というものが……」

「ごり押しする気なら二度と手は貸さない」

「……う、むむ……そ、それは困る……非常にな……っ!」

 返事を待たずにサディスは、くるっと踵を返した。

 ふいに、彼の周囲にまきおこる風がそのマントをかろやかにはためかせた。


 ───行っちゃう!?


「……おい」


 気づくと風はやんでいて、彼が片眉をつりあげてこちらを見おろしていた。

 マントの裾をはっしと両手でつかんだまま、ルーは問いかける。

「ど…っ、どこ行くの?」

「家に帰る」

「えっ、サディス、ここに住んでないの!?」

「ああ」

 そっけない返事にルーはあせった。

 つい逃げられないようにマントをにぎる手に力がこもる。

 すると、頭の上でかすかなため息が聞こえた。

「……疲れている、はやく休みたい」

「あの、おいら、もうちょっとサディスに聞きたいことが───」

 なんとか彼を引き止めようとした。


 だって、居心地悪いんだよ、ここ。

 ひいじーちゃんの家だってゆーけど、知らないやついっぱいいるし。

 なんかさっきから、好意的とは思いがたい視線を四方からばしばし感じるし。

 できるならサディス、ずっとここに居てくんないかなーって思うんだけどっ。


「なんだ?」

「えっ」

 サディスがまっすぐこちらを見ていた。

 ほんとうに疲れているのか、なんだか少し顔色が悪い。でも、さっきの魔法を発する気配はなさそうだ。ルーがいつまでも、マントをひっつかんだままのせいかも知れないが。

「聞きたいこと」

 さっさと言えといわんばかりのため息まじりの気遣いではあったが、ちょっとだけうれしくなった。

「あ、…えっと、その、いっしょに」

 いて、と言いかけて、その瞬間、ものすごい怖気が背中をざわりと襲った。

 ちらっとそっちを見た。


 女の子。女の子たちだ。ひいじーちゃんの弟子の。


 つき刺さるような、憎々しげな視線を隠しもせずにぶつけてくる。

 ルーはひそかに深呼吸をした。


 なにあれ、こわっ。こわいんだけどっ!


「えぇと……海賊ってなにするひとだっけ……?」

 まったくちがうことを口にしていた。

 なんだかすごく身に覚えがある言葉のような気がするのに……海や船をすぐ思いだせたように、具体的にイメージとして思い浮かばなかった。なぜだろうとは思っていた。

「商船などを襲う海の強盗」

 彼は淡々と答えた。


 そうか、そのせいか。なんか周りの人の視線がやたら冷たいと思ったのは。

 大魔法士の曾孫が、んなことしてたらヒンシュクものだよな。

 いや、でも待て。いくらなんでも自分はそんなことしないと思う。

 呪縛でサディスを襲ったのは、しかたないとしてもだ。


 腹のなかでも読んだのか、ちらりとこちらを一瞥して彼はつづけた。

「おまえが乗っていたのは、義賊として有名なガンドル号だ。同業者しか襲わないと聞いている」

「そうなの? ……って、よく知ってるね」

「おまえが消息を断つまで、居所ぐらいノアがちくいち掴んでいたようだからな。捜索のための情報の一端として知った」


 家出のイミないじゃん。ひいじーちゃんてすごい過保護だな。

 おいらが子供だから……?


「そういえば……おいらって今いくつなんだろう」

 ふと涌いた疑問をつぶやくと、サディスが律儀に答えた。

「十四だ」

「サディスは?」

「十八」

「なんだ、わりと歳近かったんだね。てっきり十ぐらい離れてるのかと思ったよ」

 自分と頭一個半ぐらい身長差があるし、なにより彼は単身で乗りこんだ敵地でも冷静で。まるで百戦練磨の戦士みたいだったし。

 なんてことを思っていたら、彼が急に背を向け館のほうへ歩きはじめた。

 ノアに「客間を借りる」と、言いのこして。

 ルーは彼のマントの裾をつかんだまま、てててと追いかけた。

 サディスが目の前を通るとき、女弟子たちはとろけそうなしまりのない顔になっていたが──その後につづくルーには目から殺人光線でも出しそうな、それはそれは恐ろしい面相に早変わりした。

 男弟子らも、悪意をおしこめたような冷めた顔つきでこちらを見ている。

 サディスはそんな視線など気にも留めずに、堂々と歩いてゆく。


 寿命が縮まりそうなんだけど……


 そのあと、ルーも客間を借りてお風呂に入った。

 途中、着替えを忘れていたことに気づいた。もと着ていたものはぼろぼろで臭い。

 どうしようかとタオルを巻きつけたまま寝室をうろうろしてたら、いつのまにか、テーブルに山と積まれたリボンとフリルの衣装があった。とりあえず一着借りた。

 そのあとは、押しよせる疲労の波によって、深い眠りに落ちていった。

本日、あと四話更新予定。時間不定期。

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