26 旅の薬草売りと燃える町
残りの作業を彼にまかせて、雑木林に駆けもどった。
どこかの木の根元に置いたはずだ。
どこだっけ? わりとおおきな木だったはず。
ほどなく鞄を見つけた。ほっとして、それについた土をはらい体に斜めにかける。
さて、もどろうと踵を返すと、ドンッと何かにぶつかり、反動ではじきとばされそうになった。その左手首をだれかの手がつかまえる。
「ああっ、すみません~」
ぶつけた鼻を右手でおさえながら、ルーは目の前であやまる見知らぬ青年をみた。
茶色の髪と瞳の、顔立ちは細面で柔和な印象を受けた。
だが、そんな見ため無害そうな連中に嵌められたのはつい最近のことだ。
気を許してはいけない。
だいたい、木漏れ日であかるいこの場所はほそい木立ばかりでけっこう見通しもきくのに、いったいこのヒトはいつのまに近づいたのか。
「あの~、何をやってらっしゃるので?」
間延びした声で訊ねられたので、つかまった左手をぺっとふりはらい、すぐに数歩離れた。
警戒しつつ問い返した。
「それ、こっちの台詞だから」
「薬草を摘んでいたんですよ、ほら。コレ」
青年は手にした薬草の束をみせた。ルーも見覚えがある。
すりつぶして傷薬に使うやつだ。
「旅の薬草売りなんですよ~、あなたは?」
「おいらも、旅をしてて……あんたさ、どっからわいてでた?」
「そこの道です」
なるほど。いつのまにか、ルーは自分たちも通ってきた道の近くまで、雑木林の中を移動していたらしい。
「ところで赤毛の少年、どちらへ向かっているのですか? 北でしょうか~? 南でしょうか~?」
宿場町を出て以来、ルーは土産物屋で買ったうすい空色のシャツと革のヴェスト、黒いズボンを白マントの下に身につけている。なので、少年と見まちがえられるのは別におかしなことではない。
しかし、何故、見ず知らずの相手の行き先を尋ねてくるのか。
「……北だけど」
訝しみながらも答える。
「じゃあ、同じですね~。安くて美味しい料理のでる宿を知っていますよ。疲れのとれる温泉も。旅は道連れと申しますし~、よろしければ一緒に参りませんか?」
「男と道連れとか、なにキモイこと言ってんだ?」
「女性は警戒して誘いに乗ってくれませんので~」
木々のむこうから「ルー」と呼ぶ声がした。
「悪いけど連れは人間ギライなんだ」
「おや、お連れ様がいたので……」
ルーがサディスのもとへと向かい歩きだすと、なぜか青年もひょこひょことついてくる。
「なんで、ついてくるんだ?」
「いえ、少々気になることがありまして~」
緑をぬけて村にでると、サディスは土を盛り終わったところらしく、岩に腰かけて休んでいた。
しまった。彼はフードをあげたままだ。
うっかり変なヒトを連れてきたためか、睨まれた。
怒るなら勝手についてきたこのヒトを怒ってほしい。
青年はといえば、「なんてお美しい方でしょう!」と感嘆の吐息をもらしている。
サディスの目が無言で説明を求めている気がしたので、一応、答えておいた。
「えっと、なんか、そこで薬草を摘んでた薬草売りの旅人サンだって」
つめたい視線は件の青年へと移動した。そんなことおかまいなしに、青年はなにやらうきうき声をはずませながら彼に話しかけた。
「このあたりは物騒だという噂を聞いていたのですが~……なにか変わったことはありませんでしたか?」
「ない」
ルーが憑物士のことを話す前に、サディスがそう切り捨てた。
あれ? 言わないほうがいいのかな?
そう思い、ルーは口を閉ざすことにした。
青年はめげずまた話をつなごうとする。
「化物を見た~と聞いていたのですが?」
「見ていない」
「憑物士ではないか~と聞いていたのですが?」
「知らない」
ルーは相方をみた。ご機嫌ナナメだ。
「北へ向かうそうですね~。安くて美味しい料理のでる宿を知っていますよ。疲れのとれる温泉も。旅は道連れと申しますし~、よろしければ一緒に参りませんか?」
青年はさっきと同じ誘い文句を、サディスにも言った。
女性は警戒するとか学習済みみたいなこと言ってたくせに、なに誘ってんだ。
どうせ女と勘ちがいしてるくせに。
サディスはものすごく不機嫌になった。ナナメどころかマイナス百度までいっきに垂直降下している。彼の背後に猛吹雪の幻影がみえたぐらいだ。
「失せろ」
にべもない言葉に青年は気を悪くしたようすもない。
「そうですか~、残念。では~、いずれまたお会いましょう」
妙な別れの言葉をのこして、北へむかう道へと去っていった。
いまのどーゆう意味だ? 進行方向が同じだからか?
午後三時。
薬草売りの旅人が去ったあと、迂回して獣道をぬけることになった。というのも。
「あの男は嘘をついている。のこのこ同じ道をたどるなど自ら危険に飛びこむようなものだ」
たしかに変なヒトだったと思う。ルーも最後まで警戒は解かなかった。
じゃあどのへんが怪しいかと言われると、せいぜいルー的には、足音を忍ばせて人の背後をとるとか、やたらしつこく誘うということぐらいだろうか。
「この廃村の危険を具体的に知っている。そんな奴がわざわざ薬草なんか摘みにくるか」
「噂だったから信じてなかった……とか?」
「それでも腕に覚えがなければ来ないだろう。奴は表だって武器らしきものを所持していなかった」
ルーも言われて記憶をたどる。
男は腰のベルトになにも下げてなかったし、荷物も革袋だけだった。あれではいるのは短剣ぐらいだろう。並外れた体力をもつ憑物士に短剣で挑むのはかなり無謀だ。
「もっているとしたら隠し武器。そんなものを扱う奴が、ただの薬草売りのはずがない」
なるほどー。でも、ただの抜け作ってことはないのか?
やたら間延びしたしゃべり方してたし。
断定的な彼の意見にちょっぴり反論してみたくなったが畳まれそうなので、せめて心の中で切り返してみた。
「ルー、見知らぬ人間の親切は疑ってかかれ」
あきれたような溜息とともに言われた。
なんでもお見通しだな。
いま歩いている獣道はそうとう厳しい。山道にはいってからは崖にそうようなせまい道がつづく。立ちトカゲ魔獣も慎重に歩を進めるぐらいには危険だ。
パラパラと道の下に小石の落ちてゆく音がする。下をみれば緑色にみえるほどに深い川のながれる渓谷で、かなり高さがある。
しかも肉食魔獣と思われる、いかにも獰猛そうなツラがまえの猛魚が、水面から顔を出したりひっこめたりしている。小魚をとりに降下してきた水鳥の首にガッと食らいつき、猛然とふりまわして息の根をとめ、ひと口で呑みこんでしまった。なんという大食らい。
それを眼下に目撃した立ちトカゲ魔獣が、額に汗を光らせながら、「ねぇ、まだ進むの?」みたいな感じで、何度もふりかえってはルーを見ている。
「もうちょっと、がんばって。あとで干し杏あげるから」と、なだめながら進んだ。
ガララララッ
せまい足場がくずれ数メートル落下した。
だが、そこは立ちトカゲ魔獣。はっしと崖にはりつき、ざかざかと上の道にもどってくれた。とっさにその首に全力でしがみついた、ルーも無事だ。
そのあと、立ちトカゲ魔獣の歩きかたがおかしくなった。
脚にとがった太い木の枝が刺さっていた。なんとかせまい道をぬけてからは、その背から降りてゆっくり歩くことにした。
迂回路だからなかなか進まない。
午後六時。
陽も落ちかけてきたころ、人けのない山小屋にたどりついた。
蜘蛛の巣のはりぐあいから、何年も使われていないようだ。とりあえず、そこで一泊することにして、近くの木につないだ立ちトカゲ魔獣の脚の手当てをすることになった。
山の日暮れははやく、鬱蒼とした木々の陰であっというまに周囲が暗くなった。
彼が三センチほどの魔法の光珠をつくりだし、手もとをあかるく照らす。
これだけちいさいのに立ちトカゲ魔獣の側面がしっかり光の範囲にはいっていた。
あまり大きくすると不自然な光となって遠目にもわかるので、焚き火ぐらいの光源になるよう調節したらしい。
かなり出血していたので血止めの魔法をかけた。これは補助魔法といって魔力消費量がすくなく、敵に感知されることはないのだという。先ほどの灯の光珠もしかり。
人間用の軟膏は携帯しているが、魔獣の脚はでかいので足りないからと、彼はつくり始めた。手もちの薬草をちいさなすり鉢でつぶして練ってそれを傷口に塗布。
心を癒すような清しい香りがする。
……あれ、これって……たまにサディスから香るよね。
薬草の匂いだったのか。
まじまじと見つめていると、魔獣の脚に布をまきつけていたサディスの顔つきが、ふいに険しくなる。
「どうかした?」
「まだかなり距離はあるが、進行方向に魔力持ちが集まっている」
「えっ、追手?」
「可能性は高い」
夜中に焦げくさいにおいが風に運ばれてきた。
目をこすりながら山小屋の外にとびだすと、すでにサディスがそこにいて、遠くに上がるいくつもの火柱を見つめていた。かなりの広範囲が燃えているようだ。
「あれって……おいらたちが行くのやめた、北道の先にある町じゃないか……?」
「そのようだな」




