25 悪魔が忌避するフィア銀の剣
早朝から十時間ほど、小休憩をはさみつつ魔獣で移動した。
午後二時。
荒れはてた村で休憩をしていると、いつからいたのか、五、六歳ほどのちいさな女の子がおおいしげる草陰から、こちらをじっと見つめていた。
青白い顔で目が異様におおきく黒々としていて、不自然なまでの違和感を感じた。
だが、それよりこんな場所でひとりでいることが気になり、どうしたのかと声をかけたら逃げたので、つい追いかけた。サディスに止められたが、村を囲うようにある雑木林まではいりこみ、そこで見失った。
「ルー!」
彼の声と同時に、頭上の気配に気づいた。
さっきの幼女が逆さまに降ってくる。おおきく歪んだ笑み。
その口からはとがった歯牙が並んでいる。青白い、異様な肌。
ルーの首に組みつこうとちいさな両腕をのばしてきたので、とっさに身をかがめて回避した。
ざっ
のびすぎた雑草の中に幼女は落ちた。
が、もうそこにはいない。姿が消えた。
違和感がわかった。あの子供には白目の部分がない。
だから遠目にもやけに目が黒々として見えたのだ。
「末期悪魔だ」
雑木林の入口からサディスが言った。
末期、って……たしか、悪魔化の進行レベルの……完全に悪魔になって、人間にもどれなくなった憑物士!? あんなちいさな子が!?
ルーは鞄を肩からはずし、巨木の根元に投げる。まだ使ったことのない新しい棍を両手につかんだ。材質に微妙なうねりがあるせいか、棍の握りぐあいがちょっとだけ太いので、しっかり握りにくいことにいまさら気づいた。
斜めうしろから幼女が飛びかかってきた。いつのまにか木の上にいたらしい。
ルーの頭ばかり狙っているように思える。
棍を振りそれを阻止するが、思いきり木の幹に幼女をたたきつける形となった。
ずるずるとすべり落ちて、彼女は目を閉じぐったりとうつむいた。
……え、アレで、やっつけちゃったのかな……?
サディスが足早に駆けてきた。
そっちに目を向けると怒鳴られた。
「何をしている、離れろ!」
頭のうしろで、コオオオオという妙な音が聞こえた。もう条件反射だった。
危険だと脳裏にひらめいた警告に従い、棍をうしろ手に強く突きあげ、身をひねってそこから跳びのいた。
さっきまで自分のいた場所に、火炎の塊がとおり過ぎる。顔の半分までひらいた化物の真っ赤な口腔に、棍が下から突きあげていたが、それでもゲボゲボなにか声らしきものを漏らしながら、地面にゆっくりと落ちてゆく。銀の閃光が走った。
長剣よりもいくぶん短めの剣が、幼女の胸のまんなかを貫いていた。
銀の柄にはおおきめの青い石が燦然と光っている。
幼女はこときれたように表情を失った。
岩にぶつかり棍が反動で口からはずれると、その体から黒いもやがどっと噴きだす。
巨大な獣の頭部のような形になりかけたが、それは苦悶の表情をみせたあと、宙で霧散した。
なにごともなかったかのように、雑木林には昼過ぎの木漏れ日がふりそそぐ。
「抜いてもいい?」
彼がうなずいたので、いまはただの抜け殻となってしまった幼女の胸から、剣をひき抜いた。
ここが廃村なのは、もしかしたら彼女のせいだったのかも知れない。
それとも、口減らしのために置き去りにされた彼女が憑物士になってしまったのか。
今となっては誰にもわからない。
せめて埋葬してあげようと思い、くずれそうな小屋にシャベルを探しにいった。
錆びた農耕具はどれも壊れていて使えそうにない。
床を走るネズミがいた。目で追うと、暗い小屋のすみに折り重なるように倒れた人たちがいる。目を細めてそれをみた。
静寂が横たわり、それがすでにこときれていることを知らせていた。
ほぼ白骨化している。一番上に倒れている白骨は、農民らしくないハデな赤い上着を着ていた。荷袋もある。旅人だろうか。骸はみっつあった。
ほかの近くの民家をのぞいたが、骸があるのはそこだけだった。
錆びてるが頑丈そうなシャベルも見つけたので、サディスと一緒に木の根元を掘り、幼女と旅人たちの骨を埋めた。
その作業を黙々としながら、ルーは考えていた。
悪魔の力に身をゆだねてしまった者の末路を。
幼女が黒きメダルに手を出したことを責める気にはなれない。手にいれた経緯すらわからないが、あんなちいさな子の欲望や願望なんてたかがしれているだろう。
お腹がすいたとか。淋しい。誰かそばにいてとか。
だから、旅人を引きとめたくて殺してしまったのかも知れない。
しかし、そこまで思いめぐらせて矛盾に気づいた。
目の前で、遺体に土をかけはじめたサディスに聞いてみることにした。
「なぁ、前に、悪魔を召喚しつづけたら、魂を食われるから人間にもどれなくなるって言ってたよね。てことは、召喚した人は体を乗っとられるってことだよね?」
「そうだな」
つまり召喚者の意思とか心はなくなるわけか。
最初はおいらの推理どうりだったとしても……。
「……じゃあ、なんでここにいたんだろう」
「悪魔は召喚者に対し妙に律儀なところがある。召喚者の最後の願いを引きつごうとする。おそらく、この地にあの子供がとどまるなんらかの理由があったのだろう」
「旅人を襲っていたのと関係あるのかな?」
「ここにいる理由が旅人のせいなら、あるだろうな」
「誘拐とか…?」
「あぁ」
そういえば彼女を仕留めたとき、サディスが魔法を使わなかったことを、いまさらながら思い出した。
「あのさ、悪魔ってふつうの剣で殺せるの?」
「そんなことが出来たら魔法士はいらないな」
「え? あれ? じゃあ、さっきの中ぐらいの剣は?」
「すべての魔族が忌避する、希少な〈フィア銀〉と呼ばれる金属でつくられている。
昔はたくさんあったらしいが、魔法戦期にとり尽くされて武器として消費されたため、いまの時代にはほとんど残っていない」
「魔法戦期?」
「千六百年前に終結した魔法戦争のことだ」
「てことは……かなりレアものだね。でも、フィア銀でつくられた棍ならおいらも欲しいかも~」
それなら憑物士とか悪魔を退治できるし!
「わずかに出回っているフィア銀は、過去の遺物を溶かして再加工したものだ。金貨と同じおおきさで金貨の百倍の価値がある」
それはすごい。手なんか出ないどころか引っこむよ。
貨幣一枚分で牛百頭分の価値か。立派な牧場主になれそうだ。
「よくそんな高い剣買うな~」
剣は全長八十センチぐらいだった。
すべて青みがかった銀だったから、そうとうなものではないだろうか。
「大食漢の借金大王でおまえ以上にはた迷惑で道楽な奴が、旅にでる直前に置いていった。俺に対し借金があったからな。金額的にはそれで相殺だ」
……例の、杏好きな知人か。どんだけ借金まみれだったんだその人。
そして、それを立て替えていたサディスは、ひいじーちゃんに負けず劣らずの超金持ちだ! はじめて知ったよ……。
「ところでおまえ……荷物はどうした?」
はっ、と体に斜めがけしていない鞄の存在に気づく。
しまった、遺体を運んだり穴掘りに夢中になってたら忘れてた。
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