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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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23 ガレット国境を無事越えて

 時速六十キロってどのぐらいかと思っていたが、すごく快適。

 荷を引かせる馬車や鈍足な魔獣車の三倍の速さなのだという。

 向かい風が気持ちいい。いつのまにか頭にまいてた布もフードも外れて、染めた赤毛がなびいていた。

 ただ、ちょっとアレかなと思うのは、ワンピースのすそがけっこう翻ることだろうか。


 下に南国姫ぽいズボンをはいておいてよかった。

 魔獣に乗るのはわかってたからね。


 ちらりと隣をみた。サディスは特に変装するでもなく、フードマントを風で飛ばないぐらい目深にかぶり顔を隠したままだ。


 ちゃんと前見えてるのか。いやいや、そうではなく。

 どーゆうことだ。バレるじゃないか。


 走る立ちトカゲ魔獣の上から文句を言ってみたが、大丈夫だと返された。

 小休憩をはさみつつ、約八時間後の午後六時前に緩衝地帯の荒地を越えて、ガレット国の国境手前についた。

 ほんとうなら五時間で到着する予定だったが、ガレット国へむかう進行方向のあちこちの町や道に、追手が待ち伏せしていたため、迂回していたら三時間オーバーしてしまった。ぎりぎり閉門前には入国できそうだ。

 みあげるほどの巨大な石組みの市壁。閉門間近のため、多くの人々と荷をつんだ魔獣車などでごったがえしている。

 見覚えのある追手の、キャラベ魔法士軍の黒い鎧が目についた。

 門のすぐ側で鋭い目を光らせ、ひとりひとり凝視している。五、六人はいるだろうか。

 サディスはいつのまにか、紫のレースリボンを編みこんだみつあみを肩に垂らし、薄紅色のショールで頭をくるっとまいて鼻と口もおおっていた。

 ガレット国は砂漠面積が広いため顔半分下を布で隠す習慣があるのだという。


 堂々と通ったよ。怪しまれるどころか快く通してもらったよ。

 完全に女性と間違われてたよ。それどころか追手の軍人、鼻の下のばしてたよ。

 たしかにね。髪を女性ぽく結って伏し目がちにしてるだけで、清楚な美女っぽくなってはいるよ? しかし、それを見抜けない敵もなんだかな。

 そんな大胆な行動に出るとは思わなかったというのもあるのだろうが……いや、それは、おいらも思うよ。だって女嫌いだし。

 つねから女に見間違われると尋常でないほど冷たい吹雪をとばして怒るし。


「非常時に手段は選ばないだけだ」

 と、彼はすずしげな顔で答えた。

「髪を染めても顔を出すなら目立つからな」


 絶世のビボーだしね。


「髪を隠せば逆に不審に思われ記憶にのこる」


 たしかに、隠されたものを見たときのほうが印象は強いよね。


 これから北へ向かうほど髪の色素がうすい民族が多くなる。

 まわりの人混みにうすい金や銀の髪がよく目についた。

 楽で最善の方法をとっただけと、彼は明瞭に答えてくれた。

 そして、ガレットに無事入国すると、彼は紫のレースリボンをはずして、白い紗の帯でひとつにくくりなおし、いつもの氷点下魔法士にもどった。

「けっこう似合ってたのに……」

 うっかり感想を告げたら、デコピンされた。


 おいらの変装はばっちりだったようで、追手に疑惑の目を向けられることはなかった。


 午後七時に門を通過。とりあえずキャラベ軍のいる国境からなるだけ離れるため、夜明けまで強行軍でとばすこととなった。さすがに、これまでどれだけ魔法で楽して移動していたかが、身にしみてわかる旅路だった。





 9月10日、午前五時。


 前日の午後七時から早朝五時までの十時間。魔獣で移動をつづけた。

 何度か小休憩をはさんでだが、八時間は魔獣を駆ったことになる。

 夜明け前のうす闇の空の下、岩場の荒地で休憩をとったときのこと。

 小腹が空いたので、昨日買った干し杏をだした。

 おおぶりでやや透き通るきれいなオレンジ色をしている。

「はいっ」

 サディスにそれをひとつ渡し、疲れているだろう魔獣にもひとつずつ分けてあげた。

 一口でぺろんだったが。とがった顎で「もっとちょーだい」な感じで赤毛をつつかれたが、携帯食が枯渇しても困るので、ルーは彼らの手綱をとき、かってにご飯を食べておいでと放した。

 ふと、サディスを見れば岩場に腰掛けたまま、手にした干し杏をじっと見つめていた。

「もしかして、キライだった?」

 ルーは自分の分を食べながら首をかしげた。

「いや、……知りあいに杏の好きな奴がいたのを思い出して」


 ほほう。人間ギライの女ギライで他人と一線を引いてるサディスが、他人の好物を覚えてるなんてすごく珍しいことじゃないか? 

 ちなみに、おいらは彼の中では人間にも女にも分類されてないらしいけど。


「どんな人?」

「大食漢で借金大王。トラブルメーカーで、おまえ以上に迷惑な奴だった」

「……」


 おいら以上に迷惑な人がこの世にいたのか。

 おいらがいまだに彼に見捨てられないのは、きっとその人のお陰だな。

 ありがとう、名も知らぬ人。


「その人、いまどこにいるの?」

「根なし草のように流浪している。最後に遭ったのは三年ほど前か」

「各地の遺跡をぷらぷらしてるアビ・ゼルハム氏みたいだね」

「彼は少なくともガレット国内だけだが、あいつは大陸を越えて世界中を彷徨っているからな」

「……なかなか壮大なヒトだね」

 しばし、沈黙で見つめられた。ややして。

「ただの道楽者だ」


 それって遊び人ってこと? 

 でも、ちょっとだけ会ってみたい気もした。

 きっと世界のいろんな話が聞けるかも知れないと思ったから。


 ぽいっと干し杏が飛んできたので、思わず両手でキャッチした。

「甘すぎる」

 そう言いおいて、彼は虫を捕食している立ちトカゲ魔獣の側にいき、その腹にまかれた鞍のゆるみを直しはじめた。


 変だな。シロップがけのパンケーキは食べていたのに、干し杏はダメなのか。

 美味しいのに。


 一口ちいさく齧ったあとがあるそれを見つめ、ちょっと考えた。


 間接ちゅーになっちゃうんだけど……………………………。

 ま、いっか。もったいないし。


 ぱくっと、口に放りこんだ。

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