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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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22 情緒不安と追手の接近

 鞄が手もとにもどってきた。

 路銀と通行手形および他の荷物もすべて無事。

 うれしくなってうっかり抱きつきそうになって、踏みとどまった。

 そして、鞄をしっかり両手でかかえたまま、上目づかいに感謝を伝えた。


「あ、ありがと……サディス」


 無表情で応対するかと思いきや。

 彼はふっと表情をゆるめた。かすかな口もとの微笑。

 それだけで、眩暈がするほどの、銀の氷華のようなまばゆい美貌が三割増しになる。

 わざわざ二人分の夕食を運んできてくれて、すこしの間、ルーの部屋で世間話をしてくれていた女将まで動きが止まってしまった。そして、あわててとりつくろい、真っ赤に頬を染めながらばたばたと仕事にもどっていった。


 中年女性まで魅了するとは、すごい威力だな。


 そして、旅の相方のめったに見られない表情を前に、ルーも降参することにした。

 そう、だれにだって欠点はあるのだ。彼は寝ボケがものすごく激しく、その自覚がないだけ。寝ぼけた彼に近づかなければ回避できるのだから、いつまでも怒っていてもしかたない。

「お腹すいてるよね、ご飯食べよっか。どうせ昼食は司書さんにあげちゃったんだろ?」

 推察はまちがえてなかったようで、彼はかるく目を瞠ってから「あぁ」とうなずいた。


 スターブレス島のひいじーちゃんの館にいたときに知った。

 調べ物に没頭してるときって、サディス食べないんだよね。

 ……はっ。これはいけない! 十八歳だってまだ育ち盛りなんだから。

 そんなときは、おいらが気をつけてあげなくちゃいけないな。





 9月9日、午前九時。


 ようやく砂嵐がやんだ翌朝。

 さぞ砂埃っぽいだろうと宿の外に出て見たら、すごく霧が深くてびっくりした。

 いまの時間なら大通りの店もひらくし、生鮮食品以外の市も立つ。

 霧のせいか人通りもぽつぽつとまばらだ。ムーバ国でルーの携帯食はすべて悪党所長に食い荒らされたため、これから予備食料を買いに行く。

 人が混んでないせいか、サディスに襟首を猫つかみされたり手首をひっぱられることもなかった。しかし、ルーは自分から彼のマントの端をつかんで歩いていた。

 なぜって、昨日の熊男拉致られ事件から、一度会ったきりの、あの空色の瞳の少年のことばが頭から離れないからだ。

 「無防備すぎる」と。

 否定できない。無防備なつもりはまったくなかったが、便利屋を装うあの空き巣ドロを、無害そうな人たちだと勝手に思いこんで、ほいほいついて行った自分の迂闊さにはほんと呆れるしかない。

 昨夜、寝台にはいってからひとり反省会したぐらいだ。

 ただでさえ、彼には旅の護衛と呪詛の謎解きをしてもらっているのに、自分の考えなしの行動で負担を増やしてどうする。


 ……ぅあ。なんかここ最近の出来事思いだしただけで、迷惑かけまくりじゃん、おいら。まだ旅立って四日目なのに。さすがにそろそろ許容オーバーだ、俺はこの件から手を引かせてもらう……とか、言われちゃったりしないかな……!?

 一人で放りだされたら呪詛なんて消せないし、いまの無知なおいらじゃ、旅の間にも身ぐるみ剥がされそうだ。むしろ、それで人生終幕しそうだ。


 我知らず、きゅうとサディスのマントをにぎりしめていた。

「どうした?」

 気づけば立ち止まった彼が、フードの下からその美しい翠緑の双眸で見つめていた。


 もう、一緒に旅するのイヤになったんじゃないか?


 そう聞こうとして口を開きかけて、やっぱり閉ざしてしまった。

 彼が小首をかしげている。右手をのばしてきて、頬に触れた。

「顔色が悪い」


 うぅ、見捨てられたらどーすりゃいいかわかんないから、不安なんだよ!


 彼は指先でルーの前髪をわけ、額にすべらせた。

「宿に戻るか? 買いだしは俺だけでも」

「だめっ、行く!」

 はしっと彼の右手を両手でつかまえて、思わず叫んだ。


 だって、なんかこのままおいらが宿に置き去りにされて、サディス帰ってこなかったら………………そこまで考えて、自分がひどく不安定になってることに気づいた。


 そんなわけないじゃん、彼はいつも通りなんだから………

 おいらもいつも通りにしないと。



 しばらくすると霧が晴れ、市場も活気づいてきた。

 目的の携帯食料を九食分と髪染め粉、三節棍を手に入れた。

 ふつうに棍がよかったのだが、いまいちコレというのがなかった。

 三節棍は長さ五十センチの三つの棒を鎖でつないだものだ。これならさすがに折れまい。練習が必要だが、使いやすそうに思えたのでそれに決めた。

 日差しに焼けた黄ばんだテントの下で、樽いっぱいに山盛りされた宝石のごとくオレンジ色にかがやく大きな干し杏にクギ漬けになっていると、近くの人たちのおしゃべりが耳に届いた。

 ガレット国にむかう進行方向のちいさな町にキャラベ軍がいたとのこと。

 一個で銅貨一枚というなかなか手ごろな価格の干し杏を二十五個、店の人に包んでもらい、おつりが出ないよう小銀貨一枚を渡した。

 いつのまにか、すこし離れたテントでなにかを買ったらしいサディスが、包みを小脇に抱え人ごみをわけてやってきて、強く肩を引きよせた。

「宿にもどる」

 その急かしように彼もまた、追手の噂を聞きつけたようだ。

 宿でルーは髪を赤く染めた。サディスから町娘の簡素な袖付のワンピースを渡された。

 どうやら、さっきちょっとだけ離れて買っていたのはコレらしい。


 まあいいけどね。さすがに南国風姫衣装はおいらには似合わなすぎて悪目立ちするし、ひいじーちゃんから借りたオレンジ系道化的衣装もハデ過ぎて以下同文。

 マントをつけてても、やはり何があるかわからないからな。

 キャラベ軍に会っても、なるだけ記憶に残らない平凡な格好のほうがいいだろうし……町娘……に見えるよな?


 ルーが着替えをしている間に、近所の騎獣屋で魔獣を調達してくると言って彼はでかけた。追手が近づいてきたので、ここから先は極力、魔法を使わないことになる。

 転移とか攻撃とか、魔力消費の大きい魔法は狼煙になりやすく痕跡をトレースされやすいからだ。

 ワンピースは灰色と紺色の布の切り返しがある地味なもので、すそも足首までと長かった。サイズがぴったりすぎておどろいた。とくに胸と胴まわり。


 ……サディス、なんで知ってんだ?


 髪型も変えておこうかと思ったがうまく結べないのでやめた。

 鏡がないのでどんな風かいまいち良くわからない。

 赤毛が意外に目立つんじゃないかと思うが……染め粉じたいはくすんだ赤なのだが、染め上がりがやけに鮮やかだ。

 髪をつまんでじっと見つめ考える。

 ──染めなおす時間はないのでしかたない。

 そこへサディスがもどってきた。宿をでるまで髪を隠すように言われた。

 たしかに。黒髪からいきなり赤毛になってたら、追手に足跡をのこすようなもの。

 三角にした布をまきつけ、前髪とサイドの髪が落ちないよう隠してからマントのフードを被った。これでよし。忘れ物がないか点検し、女将に挨拶してから、宿屋の前につながれた魔獣のところへ行った。




 ところで、魔獣をレンタル売買する〈騎獣屋〉というのは、たいていの国にはある。

 騎獣組合で一国ごとに店どうし横つながりがあって、国内のみならレンタルした魔獣を目的地にあるべつの店に返却できるのだ。

 ただし、他国にはいるばあいは買取になる。勝手にレンタルした魔獣で国境の関所をぬけようとすると、魔獣の蹄や嘴などにきざまれた識別番号でバレ、超過罰金を払うことになる。借りた日数を越えたりしたばあい、盗難疑惑通知というものが組合経由で関所に伝わるからだ。

 ルーたちは国境を越えるので魔獣を買った。

 体色はきれいなミルク色で大型のトカゲに似ていた。ただし這ってはいない。

 筋肉の締まった太いうしろ脚二本で立ち、前脚はかなり短い。頭から尾まで三メートル強ぐらい。

 それらを連れてきた騎獣屋のおじさんが、まるで我が子を送り出すかのように、その魔獣についていろいろ説明とか取りあつかいの注意を教えてくれた。


「立ちトカゲ科の魔獣ミルキィ。両方とも雄。長距離移動に適している」「ちょっと臆病だがなだめるように話せば言うことをきく」「雑食だから森や川にはなしておけば適当に食事する。むろん人間は食べない」「時速は平均して六十キロ。最高で七十は出るけどあまり無理はさせないで」


 あとで知ったことだが、さいしょは元手タダの野良魔獣をつかまえて調教して売ったりするが、野良はつかまえるのが意外と大変なのだという。

 おとなしい種類とはいえその分、敵から逃げるための敏捷性が優れているからだ。繁殖力が強いし育てるのも楽なので、そのうち店で生ませて育てるので愛着がわくのだそうな。


 まあ、そんなこと聞かなくても生き物だし、だいじな移動の脚だし、ちゃんと面倒みるよ。


 騎獣屋のおじさんに乗り方を教えてもらって、宿前の広場でちょっと練習したが、意外と簡単だった。

 午前十時。女将に見送られ〈まどろみ亭〉を出立した。

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