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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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◆幕間③ 覚えなき敵意の序章

主人公排除に執念燃やす敵が増えてるという話。

 しんと静まりかえる牢。それは、警邏詰め所の地下にある。

 刑罰が決まっていない未決囚を短期間いれておくためのせいか、ひとり用のちいさな檻はぎりぎり座れるほどの奥ゆきしかない。

 つめたい石壁に背をもたれて、暗闇の中で彼は耳をすます。

 身じろぐような気配ひとつしない。ほかに囚人はいないようだ。

 そして、見張りもいない。どうやら、賊を討伐するための人手がたりなくて、牢番をする警邏まで駆りだされたようだ。

 外はいま昼だが、ここは地下なので暗い。まっ暗だ。

 牢番は明かりさえつけていくのを忘れていた。


 いや、単なる嫌がらせか。

 あるいは、壁に設置されたランプの油代をケチっているだけか。


 ひたひたと、ごくちいさな足音がする。それはちいさな獣が、その肉球でしめった地下の石畳をかろやかにステップする音だ。


「お待たせしました~!」


 あかるい声が闇にひびいた。

「遅いですよ」

「上に人がいたもので、絡まれちゃったんですぅ。ちょうどお茶を飲まれていたので、じゃれつくふりして快眠薬をいれてあげました。ぇえ~と、……ありました!」

 牢番のつかう机の方角から、ジャラッと金属の鍵束をつかむ音がする。

 暗闇の中で、ガチャンと鍵がはずれる。

 彼は鉄扉をおしてせまい檻から解放された。





 階段をのぼって詰め所の一階につくと、静かだった。

 椅子からはみでるほどにでっぷりとした警邏の男がひとり、机につっぷして、ぐーすかしあわせそうに寝ている。

「なるほど、いかにも鈍臭くて足手まといなやつが留守番していたんですか」

 牢破りの紫髪の男は、足元に視線をむけた。

 うしろ足で器用に立ち、ふろしき包みを背負っているちいさな黒豹に。

「今日はあったかいしお昼寝にはいいですからねぇ」

「〈人間〉も〈猫〉もそういった感覚は同じですか」

「ですぅ」

 のほおんと答えているのは、毛艶もきれいな黒豹だ。

 とてもちいさいので黒猫にしか見えない。どう見ても黒豹のような凛々しさはない。

 昔はそれこそ黒猫と言われるたびに反発し訂正もしていた彼だが、言うだけムダと悟ったので、この頃はもう黒猫でいいと思っている。

 彼のご主人である紫髪の男は言った。

「睡眠薬じゃなくて快眠薬ですか。君は馬鹿がつくほど親切ですね」

「ありがとうございますぅ」

「誉めてませんよ」

「はうっ」

 ご主人ならきっと、下剤を投入して追い払ったことだろう。

 どうでもいい相手にはおそろしく容赦がない。

 警邏長官たちだって彼の手のひらで踊らされているのだ。

 表通りがふいに騒がしくなった。

 ひとりと一匹が詰め所から顔をだすと、人々が空を指さして口々に叫んでいる。


「なんだあれは!? 魚か!?」


「悪魔の飛行船だ!」


「悪魔の薬屋だ!」


「恐ろしい、この街に災いが降りかかる!」


 空には、ぷかりと浮かぶ銀色の巨大な魚が一匹。街の真上を悠然と泳いでいる。

 ちいさな男の子がふしぎそうに、となりにいる母親にたずねた。

「あくまのくすりやってなあに?」


「銀色の魚の船に乗ってやってくる悪魔よ、うわさでは聞いていたけど……とうとうこの街に現われるなんて!」


「おさかなの、ふね?」

 よくみれば、銀魚の腹のしたに窓のついた籠のようなものがついている。

 魚が乗り物であることに男の子は素直にすごいと感心したが、大人たちがおびえる悪魔というものが、幼い彼にはいまいち理解できてないようだ。

「さかなのあくま、わるいの?」

 母親は自分の体を両手で抱きしめるように、恐怖からくるふるえを押さえた。


「怪しい薬を売りつけて人を堕落させるの! こんなところにいて目をつけられたら大変! さあ、はやく家の中へ!」


 子供の手をひきあわてて駆けだす。

 まわりの人々も戦々恐々としながら、口をあけてただ空を見る者、バタバタと近くの店や民家に逃げこむ者、おののき叫ぶ者とさまざまだ。

 ふろしき包みを地面でひらいている黒猫のとなりで、彼は「失敬な連中ですね。まだ何もしてないのに」と、つぶやいた。

「いえいえ、森の賊さんが、いずれ大量に盗んだ試薬を悪用するのは目にみえたことですから~。あれ? だから、警邏さんたちが森へ向かうように仕向けたんじゃなかったんですかぁ?」

「なりゆきですよ。でないと脱獄しにくいでしょう」

「そうなんですかぁ? だって、逃げることもできたのにあっさり捕まって牢に入ったのに~?」

 黒猫にみすかされて、ご主人はあっさり白状した。

「えぇ、まあ、それはね。そろそろかなと思いまして。ものごとにはタイミングが必要なんですよ」

「……はぁ…なんのタイミングでしょお?」

 黒猫は小首をかしげつつ、彼をみあげた。

 ご主人は笑った。微笑み方がなにか、黒い。

 まるで、あとすこしで成功するであろう罠を、見守っているときのような腹黒さがにじみでている。

 黒猫の毛が逆立った。

 なにか悪巧みしてるようだ。聞かないのが精神衛生上、いいのかもしれない。

 黒猫はそっと、漆黒のマントを彼にさしだした。

「飛行マントですか。用意がいいですね」

「はい。さすがに、ここに着陸するわけにはいきませんから~」

 飛行マントは魔力なしでも使える魔道具だ。

 精霊言語の呪文を正しく詠えるのが魔法発動の条件ではあるのだが。

 世間に悪魔と称されるご主人は、すこぶる頭がいいので、精霊言語などとっくの昔に習得済みである。

 ちなみに、このマントひとつで屋敷が建つ。恐るべき高額商品だ。

 薬材以外に高額の支払いをすることのないご主人が、どうやってそれを手に入れたか黒猫は知らない。

「試運転は順調のようですね」

「故障箇所は万全に直したそうですぅ。修理屋さんには感謝ですねぇ」

 漆黒のマントをはおりながら彼は言う。

「しかし、砂嵐ていどで操舵がきかずに流されて、森に不時着することになるとは思いませんでしたよ」

「かなり老朽化してますから、しかたないと思いますよぅ。一度、近いうちに全体のメンテナンスをしたほうがいいって、修理屋さん仰ってましたー」

「そんな暇ありませんよ。私はとても忙しいんですから。銀の至宝の窮地を見捨ててはおけません」

「……〈彼〉なら、窮地はご自分で切りぬけると思いますけどぉ」

 はっきり言ってよけいなお世話になりかねない、と言外にいう黒猫に、彼のご主人は眉をつりあげた。


「甘い! 甘いですよ! いかなる天才でも万能ではないんです! しかも、今回は古代クトリの呪詛が関わっているんですから。アレはダメです! 絶対ダメなんです! 

 この世には決して手を出してはならない領域というものがあるんですよ。歳若い彼はそれに気づいてない。抜きさしならなくなる前に、私が回避させてさしあげなくては」


 黒猫は知っていた。

 銀の至宝なる〈彼〉は、昔からご主人の意見をろくに訊いた試しがない。

 銀の至宝が危険を承知で飛びこんだなら、ご主人の意見も心配も存在も、透明人間のごとくきれいに無視されるだろう。

 だが、ご主人も、これまた他人の言うことを訊く耳はもっていなかった。


「彼は千年にひとりの逸材。それを大いなる災禍に引きこむあの害虫……さて、どうやって駆除するべきですかね」


 彼はひょいと黒猫を胸に抱きあげると、短い呪文を唱えかるく地を蹴る。

 ふわり体が宙に浮く。マントが風をつかまえて、すいすいと上昇してゆく。

 青空に浮かぶ銀の魚の飛行船をめざして。

 足もとの騒ぎなど知ったことではない。

 黒猫は同情した。

 ご主人に「害虫」などと呼ばれ、敵意を向けられる女性たちに。

 ひとりはストーカー気質の迷惑なご婦人だった。

 ご主人はなかなかに見目のよい青年である。

 やや細身で華奢な感じはあるが、みじかく揃えた紫髪と知的な琥珀の双眸が印象的で、幅のほそい眼鏡がよく似合っている。黒一色の薄手のコートに身をつつんでいるだけなのに、どこか華やかさや艶っぽさがある。

 だから、本人いくら女嫌いを公言しても、たまに眼の色を変えて追っかけてくるファイターな婦女子もいる。

 だが、迷惑だったからといって、中身を鶏にされていいものだろうか?

 ひとりは銀の至宝に懸想した女の子だった。

 つねに、銀の至宝の行動を把握しているご主人である。彼に懸想し玉砕する女の子は山ほどいるので、ふだんはそれほど気にもしないご主人ではあるが、アレはさすがにまずかった。

 銀の至宝に対し、その女の子は「お金が欲しいんでしょ」などと、まるで守銭奴みたいな失礼きわまりないことを言ったのだから。偶然の事故とはいえ、彼女は間接的にではあるが、ご主人の試薬で中身が犬になった。

 そういえば、ご主人が警邏長官に尋問されてる間、扉のすきまから覗き見してる青年が二人いたのを思い出す。身なりからみて旅人のようだった。

 ものものしい装備で森へ出かける警邏隊のあとを、何故か、尾行するようにくっついて行った。もしかして、あの女の子の知り合いだったのだろうか?

 そこまで考えて、ハッと気づく。

 彼らは彼女が犬化したことを知らない。その再会は悲劇になるのではなかろうかと。


 で、でもおサルな賊から救出されるのだし……

 彼女にとっては悪いことではないはず…………ですよね?


 なぜ人間である彼らが猿となったのかといえば、ご主人が証言した内容と事実はすこし違う。

 飛行船が不時着した夜の森で、賊にとりかこまれた際、ご主人がうっとうしいと精神猿化の試薬をぶちまけた。翌朝、飛行船の修理中にあいた壁の隙間から、サルな賊が侵入。

 廃棄予定の大量の試薬と食料をごっそり盗んでいった。

 そのため、買いだしの必要があり街へ行くこととなった。

 黒猫はご主人ほどに薄情ではない。むしろ性格的には正反対だ。

 サルな賊の棲家に捕らわれた女の子を黒猫は助けようとした。

 しかし、彼女自身にはげしく吠えられ威嚇されてあきらめた。

 ケモノに助けられるのは抵抗があるようだ。

 プライドが許さないといった感じだろうか。

 そして、彼女は誰かを待っているようだった。


 ……人間の迎えなら、きっと彼女も素直に受けいれるでしょお……

 気にしてもしょーがないですよね……。


 そして、あとひとり。ご主人の敵意がこれから向かう標的がいる。

 銀の至宝が護衛する、古代呪詛持ちの女の子。

 いまのところ彼女に落ち度はみあたらない。

 彼女だって好きで呪詛を受けたわけではないのだろうから、当然だ。

 だが、しかし。


「何言ってるんですか、いっしょに旅してるだけで大罪ですよ!」


 ご主人は、盲目的なまでに銀の至宝に惚れこんでいる。

 彼のためなら何だってするし、彼のためにならないと思えば何だって阻止するだろう。

 一介の使用人(猫)の身では、ご主人の行動は止められない。


 どうか、呪詛持ちの女の子が、ご主人の罠からうまく逃げ切ってくれますように。


 黒猫はそう願った。

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