◆幕間②-2 とある便利屋の因果応報
便利屋マチルダの末路。
追ってきた女魔法士に、ジョゼフとピートは魔獣の上から、一撃でたたき落とされた。
するどい蹴りを頭にくらったような気がするので、蹴り落とされたというべきなのかもしれない。とにかく、鳥のようにすばやく接近されたので、応戦する間もなく意識を手放した。
気がつくと、いつのまにかあたりは真っ暗になっていた。夜だ。
自分たちが乗っていた魔獣はどこかへ逃げてしまったらしい。
それにしても、魔法を使うまでもないと判断された自分たちの非力さに、ふたりしてへこんだ。日雇いで用心棒をしたこともあるし、剣の腕に多少の覚えがあったからなおさらだ。
しかし、この分なら戦利品の鞄はうばい返されても、彼女が傷つけられることはないだろうと安堵した。だが、夜の森は危険だ。急いで迎えにいかなくては。
愛しのマチルダを捜して森へ歩いて向かったが、ほどなくして、そこを根城にする賊がいることを知った。
襲撃に遭いほうほうのていで逃げのびた。
彼女はやつらに捕まっている可能性がある。いやそうにちがいない。
森から出てこなかったマチルダが心配で、胸がはちきれそうだ。
賊は二十人近くいる。とてもじゃないが、ふたりで太刀打ちできるわけがない。
逃げきれたことすら奇跡だ。やつらはどこか尋常ではなかった。
狂ったように刃物をふりまわし言葉にならぬ声を発していた。野蛮という言葉だけでは表現しきれない。どこかネジがふっとんでいる、そんな印象を受けた。
近くの街までもどり、警邏の詰め所にとびこんで事情を話し、賊を討伐してマチルダを助けて欲しいと懇願した。警邏隊を出してほしいと。
だが、世間はそんなに甘くない。追い返された。
当然だ。警邏隊は街の治安を守るものだ。街の外のずっとずっと遠くはなれた場所にある森の賊など、わざわざこちらから出向いて討伐する必要がどこにある。
バカの一つ覚えのように、日に何度もふたりは詰め所に通った。
はじめはいくらか同情していた警邏たちも、しだいにその他人頼みにうんざりし、「そんなに大事な女なら、なんで、あんたらで助けないんだ?」「その腰にあるのはハリボテか?」「傭兵でも雇えよ」と、あきれたように言った。
荒事になれた人間を雇う。
ジョゼフとピートには、そんな選択肢などはなからなかった。
金がないのだ。あの宿屋での代金と魔獣を三頭借りたことで、手もちの金はすべて尽きていた。もともと、あの宿屋で他人の財布を盗むつもりだったのだから。
運良く、マチルダが手にいれた鞄には、信じられない大金がはいっていた。
愛しい彼女は上機嫌だし、当分はそれで食いつなげると浮かれていた。
あの熊のような大男に弄ばれるであろう少女に罪悪感がなかったかといえば、そんなことはないが……宿の中だし、命までとられることはないだろう、と思っていた。
四日も過ぎて、警邏との不毛なやりとりが日常化したころ、街中でつかまった怪しい薬の売人がいた。
とあるご婦人が、その怪しい薬の中毒症状でひどく錯乱しているらしい。
自分を鶏だと思いこんで、腕を翼のように上下させながらコケコケ鳴くのだとか。
しかも、貝殻と葉ものしか食べない。
近くの取調室から聞こえてきた売人の声は、飄々としたものだった。
「人聞きの悪い。売りつけたわけじゃありませんよ」「私、女は嫌いなんですよね」「なのに、しつこく付きまとうものですからつい」「あなたのためなら毒でも飲めるというので、まあ、ものは試しと差しあげたんですよ。てっきり断ると思ったんですけどねぇ」
受付の警邏が休憩にはいるために席をはずしたので、ジョゼフとピートは好奇心で取調室の扉のすきまから中をのぞき見た。
ずいぶんと見目のよい青年がいた。
やや細身で華奢な感じはあるが、みじかく揃えた紫色の髪と知的な琥珀の双眸がまた印象的だ。飾りベルトが多くついた光沢のあるうす手の黒いコートに身をつつみ、幅のほそい眼鏡がやたら似合っていた。
彼は買だしのために数日前からこの街に来ていたのだが、一目ボレだと朝から晩まで例のご婦人がつきまとい、ついには、宿の部屋前にまでおしかけてきたらしい。
その上、得意なのだと愛の歌を披露した。
自称・歌姫なご婦人はすごい声量だった。深夜の街中にひびき渡った。
そのせいで、彼はご婦人ともども宿から追い出された。
だから、腹いせにおかしな薬を〈毒〉と偽って渡したのだという。
それで諦めるかと思いきや、にっこり笑ってその場で飲んだらしい。
やたら胸をそらせて室内を行ったりきたりしていた警邏長官は、調書をとる部下のうしろで、自慢のカールした口ひげをひっぱりながら問うた。
「その妙ちきりんな薬、ほかにバラまいてはなかろうな!? 解薬はできるのか!?」
それに対し、紫髪の男はのほほんと答えた。
「ここへ来る前に森で追剥に遭いまして、荷物のほとんどを奪われましたよ。その中に大量の似たような薬があったのですが。私、調薬師でして。それらはすべて、薬の開発途中にできた副産物みたいなものなんですよ。なので、残念ながら解薬はできません」
警邏長官と部下の顔がひきつった。
森に賊がひそんでいるのはすでに知っていることだ。
あの野蛮な連中が、人間の中身を鶏に変える薬を大量にもっている!
そんなものを街の井戸にこっそり落とされでもしたら大変なことになる!
最悪、やつらは労せず街を攻め落とすことも可能じゃないか!
実際、精神鶏化したご婦人を見ていた警邏長官たちはふるえあがった。
何を聞いてもコケコケ、何を言われてもコケコケ。
家族が引きとりにくるまで、一時的にこの近くの施療院にあずけられた彼女は、そのうちシーツをさいて巣作りをはじめた。ようすを見にきた看護婦を盛大にコケコケと威嚇し、食事にだされたゆで卵を巣の中で大事にあたためている。
すぐさま森の賊をとり締まることとなった。
これ幸いと、ジョゼフとピートも森へ向かう警邏隊のあとをつけた。
これなら以前、つきとめることができなかったやつらの棲家を見つけることができる。
混乱に乗じてマチルダを救いだすのだ。そう意気込んだ。
案の定、賊は集団であらわれた警邏隊めがけて襲いかかった。
彼らもやはり薬でイカレているのか、歯をむきだし唸り叫ぶその声は、どう聞いても人間のものではなかった。獣だ。もっとくわしくいうなら猿に似てる。動きもだ。
どうやら、やつらは精神猿化の薬を飲んだらしい。
そこで、彼らの頭にふっと疑問が湧いた。
なぜ、やつらはそれを飲んだのだろう?
見ため薬とわかるものなら、効果のほどがわからない以上、ふつうは口にしないものだ。それともそんな判断能力すらない連中だったのか?
戦場となった森の中、その近くを木々にかくれて素通りしながら、賊があらわれた方角をふたりの男はひた走る。
はたして彼女は無事なのか。いやな予感にさいなまれる。
山犬らしき遠吠えが聞こえる。いや、狼かも知れない。魔獣かも知れない。
一刻もはやく、彼女を苦境から救い出さなければ!
緑のツタにおおわれたボロ小屋が見えた。
あれだ。きっとあれにちがいない!
「マチルダ! 助けに来たよ!」
「どこだい、マチルダ!?」
そう広くない小屋で、ふたりの声だけがむなしくひびく。
裏戸のむこうでなにか気配がする。
まさか、まだ山賊が残っていたのか、それとも。
そっと戸をおしあける。
膝丈ほどある草むらのむこうで、四つん這いになってる人の後姿がみえた。
家畜のように杭に荒縄で首をつながれ、栗色の髪をふりみだし、地面にぶちまけられた残飯を無心にむさぼっている。
「……マチルダ?」
ぴたり、彼女は動きを止めた。
ゆっくりとふりかえる。それはもう怨めしげな目つきで。
彼女と離れてすでに四日が過ぎていた。
無力を言いわけに行動を起こさなかったことを、ふたりははげしく悔やんだ。
だが、いまさらどうすることもできない。
彼女は「うおおおん」と、噛みつくように吠えた。
まるで、「早く助けに来ないあんたたちが悪いのよ!」と責められている気がする。
ジョゼフとピートは顔を見合わせた。
彼女はもう元には戻らない。解薬はないとあの紫髪の男は言っていたのだから。
「……どうする? ピート」
「どうするって……どうにも……。君の意見は?」
「……正直、その、犬は苦手で……」
「……奇遇だな、ぼくもだ」
どれだけ我がままだろうと傍若無人だろうと、自分たちが貢ぐ価値を見出し、そばにと求めたのは〈人間〉のかわいい女の子なわけで。
残飯を犬食いするさまに、ヘタレ男ふたりの百年の恋も銀河の彼方へふっとんでいった。
とてもじゃないが、連れ帰ってもと通りいっしょに仲良く旅をするなどできないし、かいがいしく世話をする気にもなれない。できない。ムリだ。
「……仕方ないよな」
「……うん、仕方ない」
彼女に気の毒そうな視線を向けた。
そっと、彼らはあとずさる。
うおおおおん!
「待ちなさいよッ」とでも言いたげに、なおも吠え続けるマチルダに、ひきつった笑顔で今生の別れを告げて、裏戸をきっちり閉めなおした。
きっと、警邏隊はここまで例の薬を探してやってくる。
ならば、彼女もついでに助けてくれるだろう。
そう思うことにして、彼らは自分の良心と折りあいをつけると、足早にその場を去っていった。




