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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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21 謀られた事実と迅速なる制裁

 かび臭いような、どこか知ってるようなホコリっぽいにおいで目が覚めた。

 古い書物のにおいだ。あたりを見まわした。書架がずらりと並んでいる。

 自分は窓辺の長椅子によこたわっていた。ゆっくり起きあがる。

 見覚えがある、ここは街の図書館だ。


 ナゼこんな所にいるんだろう。宿屋で、たしかカードで遊んでいて…………

 いきなり頭が朦朧とするほどの眠気が来るなんておかしい。

 来ないと言ったはずの熊男が現われるのも非常におかしい。

 あれって謀られたんじゃないのか?


 書架の間から靴音をひびかせて、古代博士のあだ名をもつ司書がひょっこり顔をだした。彼は砂嵐の避難勧告があったにも関わらず、本の修理に夢中でここに留まっていたため、家に帰りそこねたのだという。

 昨夜から食事もとれずに困っていたら、閲覧禁止の書庫をみせて欲しいとサディスがきたので、その代わりに食料を調達してもらったとのこと。

 今、館内には三人だけ……ということで。

「特別にあなたも閲覧してきていいですよ。ただし、室内では走らず、本を汚したり破損させないように」

 とりあえず許可をもらったので、地下にある閲覧禁止の書庫へと向かった。

 階段がひとりしか通れないほどにせまく、しかも明かりがまったくないので、ちいさなランタンを借りて降りていった。

 うす暗いものと思っていたら、地下はおどろくほど明るかった。

 サディスが天井に魔法の灯を投げていたからだ。それは、ごくごく小さな太陽のようにかがやきを放っている。書物だらけの部屋でうっかりランタンを落として火事になっても困るので、中の蝋燭の火をふき消した。

 書庫の広さは宿屋〈まどろみ亭〉での、食堂ぐらいだろうか。入口から一番遠い書架の前で、彼はこちらに背をむけて立ち、書物を読みふけっているようだった。

 小脇にもぶあつい書物を一冊はさんでいる。

 そっと近づいて、なにを読んでいるのかとまわりの書架の題名を目にするも、ほとんど読めない。古代語のようだ。十歩ほどはなれた場所から、しばらく彼のフードを被った後頭部あたりを見つめていたが、こちらに気づいてないのか身じろぎひとつしない。


「サディス」


 沈黙を破るように、思い切って声をかけてみた。

 彼はちらりともふり返らず「何だ?」と、返答した。


 いや、何だって……それはこっちのセリフだよ。

 何がどうなって、ここにおいらがいるのか説明して欲しいんだけど。


 それを言いかけて、すでになんとなく察しがついている自分に気がついた。


 たぶん、いまサディスが一人でいるはずのこの場所に、おいらがいるということは、彼によって連れてこられたということだ。

 おそらく昼食の頃合をみて宿にもどったのだろう。だが、そこにおいらはいなかった。捜してみたら二階の熊男に拉致されてたので、助けた。……記憶飛んでるからわかんないけど……あの熊やろーに、おいらヘンなことされてない……よな……?


 特に体のどこかが痛いとかはないので、暴行を受けたわけでもないようだ。


 えと、とにかくここは礼を言うべき? 

 でもまだ、おいらあのこと怒ってんだけど……。しかし人生、妥協も必要だ。

 アレはアレ。コレはコレ。人としてすべきことはしておかないと。


「っ、い、……いちお、お礼は言っとくから」

「礼はいい」


 そっこーで断られた! なんで!?


 彼は、ばむ、と手にした書物を閉じた。なんか荒っぽい。

 読み終えたらしいそれを、ざっと書架におしこみ、小脇にはさんでいた書物を広げて目をおとす。ばらばらとめくる。

 目ぼしい情報がなかったのか、それもばむ、と閉じ、ざっと書架につっこむ。


 荒っぽいよね。

 いつも書物は丁寧にあつかっていたはずなのに。


 彼はいつもより低い声音で問うた。

「何故、部屋にいるときに鍵をかけておかなかった?」

「……忘れちゃって。かけようと思ったら、ほかの宿泊客にゲームに誘われて」

「あの眼帯の男にか?」

 怪訝そうに目線だけこちらに向けた。

「ちがうよ、おどおどした感じの男のヒト。あと童顔だけど色っぽい女のヒト。旅の便利屋だって言ってた」

「……あいつか」

 彼は翠緑の双眸をほそめた。

 もとより涼しい地下の気温がさらに下がった。


 あいつ? サディス知ってたのか。

 あ、そういやあのおどおど君、サディスのことコワそうって言ってたっけ。


「ゲームをしたのはどこの部屋だ」

「二階の一番奥」

「人数は?」

「さっき言った二人と、その仲間らしい男の人が一人」

「わかった」


 えっ? わかったって何が?


 聞かれるままに答えたので、彼がなにを考えてるのかさっぱり読めない。

「あのさ……サディスがおいらを迎えに来たとき、おいら……その、どこでどんな状況だった?」

「眼帯男の部屋で意識を失っていた」


 やっぱりそうか。

 ジュースになにか盛られて…………あ。


 嫌な予感に、急いでズボンのポケットをまさぐった。


「あああっ!? たっ、たいへんだ! 部屋の鍵がない!」


 鞄には大金の路銀とか、なくしちゃいけない通行手形があるのに!


 すぐさま宿にもどるべく、階段に突撃した。明かりがなく真っ暗なのも忘れて。

 サディスが呆れたように、動揺のしすぎで階段を踏みはずしてころげ落ちてきた彼女の襟首をつかみ、ランタンを拾った。

 一陣の風のあとに、ふたりは図書館の一階の一般閲覧室にいた。

 彼はランタンを司書に返すと、そのまま宿へと転移する。





 部屋にもどると扉は鍵があいた状態で、寝台のわきに置いてたルーの鞄はみあたらなかった。それでルーは三階から二階におり、奥の部屋に突撃した。

 そこはもぬけの殻だった。


 引き払われた!


 ならばと、熊男がいるななめ前の部屋の扉をけ破ってはいった。

 いなかった。誰も。

「あ、あいつら、いつの間に……ッ」

 そこで、ルーは重要なことに気づいた。時間だ。

 あの眠気のくるジュースを飲んだあと、いったいどれだけの時間が経過したのか。

 窓の外はあいかわらずの砂嵐が吹き荒れているが、天井のランプにはすでに灯がはいっていて、うす暗くなりはじめた廊下を照らしている。

 どこからか鐘の音がひびいてきた。数は六回、午後六時だ。

 女将がシーツの替えを運んで廊下をやってきたので、熊男と便利屋のことをたずねた。

 熊男についてはなぜか、ちらっとサディスを見て、それからにこやかに言った。

「砂嵐が晴れて警邏隊がくるまで、あの大男はしばって離れの風呂場に閉じこめてあるわ」

 そして、便利屋は正午にはとっくに部屋をひきはらったという。

 外はまだ危ないわよと引きとめたが、何やらひどく急いでいるようだったと。

 近所の騎獣屋で魔獣を借りて、大通りを南に駆けていったとのこと。


「俺が行ってくる。おまえは部屋にいろ」


 銀の輝きをまとい転移の術を発動させかけて、なぜか一度止まってこちらをみた。

 すぐに思いあたったので「鍵はかけておくよ」と答えると、彼は銀の軌跡を描いてすみやかにその場をあとにした。

 背後で女将がちいさな笑いをもらしていた。

「よかったわね、仲直りできて」


 それについては微妙なんだけどね。

 むしろ、アレはアレ。コレはコレだから。


 ところでと、熊男がしばられ風呂場におしこまれた経緯を聞くことにした。

 以下、女将視点による説明。

「ドーンって、ものすごい音がしてねぇ。この宿全体がゆれたぐらいよ。いえ、このあたり一帯の建物はゆれたわね。わざわざうちの宿に被害を出さないように、窓からふっ飛ばして、すぐ前の広場であの大男を死なない程度にボコボコにしてたみたい。

 砂風でよくみえなかったけど、そのあとでしばった大男を役人につきだしておいてくれと頼まれたの。誰だかわかんない顔になってたわねー。あなたを拉致監禁していたからですって。ほかにも、この近辺で少女を襲っていた前科も白状させたから、逃がさないようにって。もちろん、そんな輩は私も許さないわ。

 たまに来る客だったけど、以前、うちで働いていた若いコが、いきなり何も言わずに何人か辞めてるのよね。うちの娘も家出してしまって……あの大男が来た翌日によ。

 ずっと怪しいとは睨んでいたけど証拠がなくて」


 なんと、あの熊公、少女ワイセツのとんでも前科犯だったのか……ッ!


 こんなやつこそ棍でめった打ちにして再起不能にしてやりたいと、切実に思った。

 折れてしまったのが今さらながら口惜しい。

「あの、おいら証言するよ? 拉致られたこと。ただ記憶がぬけてて、あいつの部屋でなにがあったか覚えてないけど」

 まあっと女将は口に手をあて、そして、ひしっと抱きついてきた。

 よしよしと頭をなでながら彼女はちいさく、だが、はっきりとつぶやいた。

「絶対に許さないわよ、見ていなさい」

 女将の怨念こもる決意は、ルーたちが旅立ったのちに決行される。

 近隣の宿屋からの情報協力をもとに、事件と被害者の特定、その余罪の多さから熊男はつかまり牢獄送りになったという。

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