19 砂嵐の夜の夢現の狭間に
9月8日、午前三時。
ガタガタゆれる窓の音で、目が醒めた。
寝ぼけ眼をこすりつつ寝台をぬけだし、まだ暗い部屋のなかを窓へたどりつく。
かすかに鐘の音が聞こえる。鐘が鳴るのは三時間置き。
早朝に起きると言っていたサディスがまだ寝ているので、三時だろう。
まだ窓は激しくゆれている。風が叩きつけているらしいが、硝子が壊れないか心配になるほどのひどさだ。それでも不安を感じて起きない彼の神経は、かなり太いのかも知れない。
窓辺についていた手がざらつく。砂だ。すきまから砂がはいりこんでいる。
ということは、この暴風は砂嵐か。
今朝の出立予定はくりあげだな。寝よ。
寝台にころがった。まだ眠り足りなかったので、これからたっぷり休息がとれるものと安堵していたので、それに気づくことはなかった。
あたりの闇がうすい。夜明けだろうか。
再び意識が浮上したのは、額があたたかく感じたせいだ。
不思議に思って目をあけて、おどろきのあまり硬直した。
真ん前にはだけた黒いシャツからのぞく、しろくなめらかな鎖骨があった。おそるおそる視線をあげれば、ふせられた長い睫もうるわしい美貌の相方の寝顔がある。
え……なんで?
思わず首をふり、もうひとつの寝台をみる。
そっちに自分の鞄が置いてあった。
まちがえたの、おいらか……!
おそらく、一度起きたときに寝ぼけてやってしまったらしい。
彼は壁ぎわ寄りで眠っていたので、小柄なルーならはいれる空きがあったのだ。
ちなみに額があたたかいと感じたのは、彼の唇がそこに近くて吐息があたっていたから。
急に心臓がばくばくする。
あわてて自分の寝台にもどるため、体を起こしかけて気づいた。
うでっ、右腕がおいらの上にかかってる!
乗っかってるという感じだったので、なんとか落ちつきを取りもどし、そろそろと身を引きながら抜けだすことに成功した。
あぁ、びっくりした。心臓に悪いよ。
てゆーか、何やってんだおいら……。
自分の寝台にもそもそとはいりかけて、背後の気配にぎくっとしてふりむいた。
サディスが上半身を起こしている。
彼はうつむいて前髪をかきあげる仕草をしていたが、おもむろに寝台の下に置いてある自分の荷袋に手をつっこんで、懐中時計をとりだした。
「……四時半か……」
ぽそと彼はつぶやいた。
「外、砂嵐が来てるよ。出立は無理そう」
そう伝えると、こちらに視線を合わせてきた。
ほの暗い部屋のなか、影の落ちた翠緑の双眸にいつもの鋭さはなく、表情もどこかぼんやりしている。
なんかちょっとだけ、可愛いとか思うのは……おいらの気のせいか?
ゆれる窓の音を聞きながら「そうか」と、言ったまま彼は懐中時計を袋にもどした。
つもりらしいが、袋の横をすべって床に落としたのに気づいてない。
どうも寝ぼけてるぽい。
これならさっきの無断侵入には気づいてないだろう。よかった。
「どのぐらいで砂嵐止むんだろうね」
「……」
「サディス?」
上半身起こしたままでうつむき目を閉じていた。
寝るのならちゃんと横になればいいのに。
外から、びるるるると不気味な風の唸りが聞こえてきた。
窓が、みしっみしっと軋むような嫌な音がする。
……まさか、窓割れたりしないよね?
夕方、宿前の広場を行ったり来たりしていたときに、この辺の建物すべてに窓の両脇にひらいた状態の木戸がついていたのを思いだした。
草色や空色の色つきの木戸はおしゃれな外壁の装飾にもみてとれた。
そういえば、サディスとこの宿にはいったときには、ほとんどの木戸が閉まっていた気がする。防犯用なら閉めるのは二階ぐらいまでで十分だろう。
でも防災用だったら………──閉めとかなきゃいけなかったんだ!
寝台からころげるように飛びだし、窓辺にかけよった。
一度、窓を開けて外壁にはりついてる木戸を閉めようとした。
だが、窓の鍵が固くてなかなか開かない。外側からの暴風におしつけられているせいだ。ふいに、がたがた鳴っていた窓の音が止んだ。
遮断されたかのように風の唸りも聞こえない。いつのまにか、真うしろにサディスが立っていた。
「余計なことをするな、風に攫われて窓から落ちる」
もしやと思いつつ訊いた。
「……結界はった?」
彼は、こくりと頷いた。
そっか、それなら安心。
ほっと息をついてると、「うろちょろせず、寝ろ」と彼は不機嫌そうに言い、ルーの右手首をつかんでひっぱってゆき寝台に放りこんだ。
そして、自分もそのとなりで横になりそのまま寝てしまう。
「……!?」
真横でおだやかに眠る彼の顔を、ルーはぼーぜんと見あげた。
ここ、サディスの寝台なんだけど……。
もとの木阿弥になってしまった。せっかく脱出したのに。
寝ぼけながらの行動だったらしいが、なぜか、ルーの右手首は彼の左手でしっかりつかまれたままになっている。
……まさか、人混みでおいらが迷子にならないよう先導してる夢でも見ているのか?
ともかく、起こすべきだろう。
「あっちで寝るからさ。はなして」
起きない。ぺちぺちと頬をかるく叩いたら、目を閉じたまま眉間にしわをよせ「うるさい」と、呻くようにのたまった。
いや、うるさいじゃなくてさ……
もう一回ぺちぺちと叩いたら、今度は黒いそでに包まれた両腕で、ぎゅうと胸のなかに抱き寄せられた。
こ、これは……………抱き枕にされてるのか!?
ますます脱出不可能に自分を追いこんでしまったようだ。
こんなに寝ぼけがひどいとは、聞いてないよ!
しかし、エロボス狼みたいに筋肉で抱きつぶされる心配はないようだ。
いや、あれはもうカニ挟み的につらかったんで。
思い出すだけでゾッとするんだけど。
目の前の彼は適度な力で抱きしめてくる。
それで抜けだせないのもどうかと思うのだが……
うまく最小限の力で拘束されているとでもいうか……。
何度も腕から抜けだそうとして、しだいに疲れてしまった。
長い銀髪が極上の絹糸のように、ふわりとルーの頬にふれる。
もう、いいや。眠い。猛烈に恥ずかしいということを除けば、べつに臭くも汚くもないしヒゲもないから痛くもないし。
女と見てないなら尻をなでたりはしないだろう。抗議は朝するとしよう。
……あ、なんか微かにいい匂いするな─………。
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