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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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17 空色の瞳の説教少年

 風呂場は、水はけをよくするための玉砂利が敷きつめてある小部屋だ。

 おおきな木桶に湯をはって、そのまわりを天井から麻布カーテンををつるして、ぐるりと囲んである。ルーは冷えた体を温めてからそこをでた。

 小部屋には内鍵をかけられるし、換気の穴が上のほうに空いてるだけなので、すっ裸でぺたぺた玉砂利をふんで、壁ぎわにある木製の台の上においてた鞄から包みをとりだした。

 今朝、隊商の長からもらった着替えだ。


 マント以外の中身をみてなかったが、長が自分の子供のものだと言って渡してくれたからには、まあ、その子供と背格好が同じなのだろう。サイズは大丈夫なはず。


 なにげなく包みを開けて固まった。


 こ、これはちょっと……。


 しかし、さっきまで着ていたものはびしょぬれだったので、お風呂ついでに湯で洗ってしまった。部屋にもどったら干すつもりできっちり絞り、包みをだすのと入れかえに鞄にほうりこんだところだ。ほかに着替えはない。

「……しかたないな~……まぁ、下はズボンなんだし……これでもいっか……」

 考えようによっては、あとで髪でも染めれば変装ってことで役に立つかもしれない。

 好意でもらったものだし、前向きに考えることにして、それを着て鞄を体にななめ掛けして風呂場をでた。

 風呂場は宿屋のうらの離れにあったのだが、そこから庇のある石畳を歩いて一階奥の廊下にでたところで、ここの女将にあった。


「あらっ、まあ、まあ!」


 彼女は目をまるくして、しげしげとこちらを見た。

「いえ、ごめんなさいね。てっきり勘ちがいしちゃって……あらっ、じゃあ、お連れの方と部屋は同じでよかったのかしら?」


 何を勘ちがいかはよくわからないが、二人で二部屋とるなんて路銀がもったいないだろう。旅は長いのに。


「問題ないよ」

「そう? お夕食は……食堂は今からの時間帯は混むから、お部屋へもっていくわね」

「あ、それじゃ、おいらがついでにもっていくよ」

 女将は笑って「悪いわね」と言いながら、すぐ近くの扉をぬけて厨房に連れていってくれた。木製の盆に二人分の料理をのせてもらい、混んできた食堂のすみっこを通りながら階段にむかう。泊まる部屋は三階の一番奥にある。

 階段まであとすこしのところで、うしろから声をかけられた。

 見知らぬ若い女性だ。胸に大事そうに包みを抱えている。

 その包みから、みゃーという泣き声が聞こえて「あ」と思った。

 彼女は、あの火事騒ぎで置きざりにされていた赤ん坊の母親だった。

 この街には仕事を探しにきていて、面接のはしごをしていたのだという。

 なけなしのお金で子守をしてくれる中年の女性を雇ったが、そいつ金だけだましとって逃げたらしい。火事になってすぐまわりの部屋を見たときにはいなかったので、火事で動揺し赤ん坊を忘れて逃げたってことはないだろう。

 女性はありがとうを何度もくりかえした。

「いま、お金はないので……すぐにお礼はできないけど」

「いいよ、気にしなくて」

「で、でも、……じゃあ、せめてお名前とどこに住んでいるか教えてちょうだい。いつかかならずお礼に伺うから」

「おいら旅の通りすがりだから。本当に気にしなくていいからね? それに、お礼ならこのコの世話をしてくれた〈花陽鳥食堂〉の主人と、従業員さんたちに言ってあげなよ」

 そう言って切りあげた。階段をあがりながらふり返ると、まだ階下で赤ん坊を抱きすくめたまま彼女は頭を下げていた。


 泣いてる赤ん坊をみて、もし、親がもどってこなかったらどうしよう……なんて思ってた。だから、ヒマなんて言いながら探してたんだよな。思い過しでよかった。


 なにやら視線を感じて、女性から食堂へと目を向けた。


 ……え? なんか皆、こっち見てるんだけど……なんで? 

 さっきの会話を聞かれたからか?


 満員になりはじめた席は、仕事帰りの労働者が多い。ほとんどが男だ。

 テーブルには夕食のメニューとともに酒を求めるのが一般的。

 なんかもう酔ってるのか、陽気なようすでこっちに来い来いな感じで手招きしてる赤ら顔のおっさんもいる。


 だれが行くか。おいらはこれからサディスとご飯を食べるんだよ。


 酔っぱらいの相手などしたくもない。

 階段をとんとんと軽快にあがっていると、上から降りてきた人とぶつかりそうになったので、あわてて盆を落さないように手すりの方へと体を避けた。

 なぜかその人はルーの前で足をとめ、せまい場所で寄ってくる。

 がっしりとした巨体で、顔も、頭も、袖なしの上着からでたぶっとい腕も、熊みたいに毛むくじゃらだった。くるくるごわごわ巻いた癖毛がことさらうっとうしい。

 片目に黒い眼帯をつけ、のこった左目でぶしつけにじろじろと見てくる。


「オゥ、こっち来て、酌をしな」


 いきなり腰に手をまわされ、ぐいぐいひっぱられてゆく。

 しかも階下の食堂へではなく、二階の廊下へとあがってゆく。


「ちょ、いきなり何すんだよ!?」


 盆で両手がふさがっているので抵抗できない。

 いっそぶちまけるかどうするかと迷った。


 せっかく鴨の香草焼きを大盛りにしてもらったのに! 

 いや、そんなことで迷ってる場合ではない。

 このままでは、こいつが泊まってるだろう部屋に引きずりこまれるのは明白だ。


 涙をのんで熊ヤロウの顔にぶちまけようとした、そのとき。


「それってさぁ、うさ晴らしのつもり? 大人げないことするんじゃないよ」


 やや高めの澄んだ、それでいて落ちつきはらった声がひびいた。

 三階につづくうす暗い階段の上から、手すりに両手をもたれてその上に顎をのせ、こちらを見おろす人影がある。

 その声に、熊男はビクリと肩をふるわせた。そして、おそるおそる階段の上をふり返る。熊男が息をのむ気配がした。しかも、なんか硬直している。

 音もなく人影は、天井からつるされたランプであかるい二階の廊下へと降りてきた。

 子供だった。ルーより十センチぐらい背が低い。

 肩の上でゆれるまっすぐな黒髪に、おおきな空色の瞳が印象的な男の子。

 造作が整っており中性的……にも関わらず少女ではなく、なぜか少年だと思える雰囲気をもっていた。歳は十に届かないのではないだろうか。

 彼は熊男に視線を合わせると、小首をかしげ、にっこりと微笑んだ。

 そのさまはものすごく可愛らしいものだったが。

「片目だけだと不便そうだよね。でも、そっちの濁って腐った目もいらないんじゃない?」


 なんかコワイこと言ってるけど……知り合いなのかな?


「そう思わない?」

 少年がそう言いながらこちらへ歩みだすと、熊男は 「ヒィッ」とちいさな悲鳴をあげ、ルーを突き飛ばすと一目散にふたつむこうの扉の中に逃げていった。

 ルーはあわててバランスをとり食事を落さないようにしたが、デザートに二つおまけしてもらったオレンジ色のおおきな干し杏が、ぴょーんと宙をとんでしまった。

 階段の方へ落ちかけたのを少年が片手でキャッチしてくれた。

 目が合った。すると、少年はちょっと片眉を吊りあげて言った。

「だめでしょ? 変なヤツにつかまったら助けを呼ばないと。食堂にいるあの人たちだって見過ごしたりしないはずだよ?」

 説教された。

 ルーは、その気迫にややひるみながらも言い返した。

「えぇと…いちお、盆をぶつけてやろうとは思ってたんだけど……」

「しなかったよね? ボクには抵抗してるようにはまったく見えなかったけど?」

「……えと、……ご飯がもったいなくて……その、ちょっと、ちゅーちょしてたってゆーか……」

「キミね、部屋に連れこまれたらご飯の心配どころじゃないはずだよ?」

「はァ」

 つい生返事をしたら、おおきな空色の瞳をキッと吊りあげて睨まれた。


 なんで、おいら初対面の、あきらかに自分より年下のこんなちっちゃなコに怒られてんだろ。


 理不尽さを顔にだしてしまったのに気づいたのか、少年がずいと近づいてきて見あげるように顔をのぞきこんでくる。

「ちゃんと分かってる?」

「あ、ハイ……助けてくれてありがと」

 とりあえず、助かったのは事実なので礼を言ったらば。

「別にいいよ、お礼にこれもらっておくからね」

 彼はちゃっかり干し杏をふたつともポケットにしまった。


 ずいぶん、しっかりしたコだな……。


「あのー……さっきのやつとは顔見知り?」

 こんなちびっコに異常なビビリ具合で脱兎のごとく逃げていったのが、かなり気になる。

「三日前に会ったんだよ。この宿に泊まってたとは思わなかったけど」

「……あいつと何かあったとか?」

 彼はにこりと笑った。可愛らしい。かなり可愛らしい、が。

「たいしたことじゃないよ? ヒトの食事中に、いい歳して少女ハンティングとかほざいてちょっかいかけてきたから、フォークで軽く目潰しを食らわせただけ。

 命に別状はないんだから、あそこまで怯えなくてもいいのにネ」


 いや、ほんとに軽く目潰しならあんな逃げ方しないと思うな。

 眼帯なんかしないだろう。


 そして、熊男には目の前のこの少年が少女に映ったらしい。

 たしかにかわいい顔だから見まちがうこともあるだろうが、ルーにはやはり少年にしか見えない。どこか歳不相応なこの落ちつきぶりや、言動のせいだろうか。

 彼はふと、なにか思いついたかのように訊いてきた。

「まさかキミ、ここに一人で泊まってるのかい?」

「え、ううん。連れがいるけど」

「それって男?」

「うん」

「強い?」

「かなり」

「じゃあさ、あんまりその連れから離れないようにしなよ。キミ、無防備すぎるから」

 言うだけ言って彼は、「じゃあね」と背を向けて階段をおりてゆく。

 いま気づいたが、彼はそのちいさな背に不似合いなおおきな荷物をななめに背負っていた。がっちり布に包まれたそれは上の方が十字に紐で縛られている。


 あれってまさか……剣? いや、んなわけないか。

 だって、そうだとしたらものすごく刃幅がありすぎるし、第一、あんなちっちゃなコが持てるような重さじゃないはずだ。

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 当作品「Silver tails」は、現在、2chRead対策を実施中です。

 部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。

 読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。 

 (C) 2015 百七花亭 All Rights Reserved. 

 掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n0709co/


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