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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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16 無表情の裏のやさしさと

 雨が冷たい。ぬれたお尻も冷たい。

 雲のせいだけではないだろう。あたりがやけに暗くなってきた。

 ここから出たほうがいい。ふと、思い立った。

 なぜ、いままでぼんやり留まってしまったのか。けっこう奥まった路地だ。

 憑物士がいたので他に人けがなかったが、両側を建物でせばめられたそこは、陽が落ちはじめるとまっさきに影も濃くなる。小雨になったのを幸いに鞄を体にななめ掛けして、大通りにむかって出ようと歩きはじめた。

 あとをつけられている。いくらもしないうちに、ひたひたとつけてくる気配を感じた。

 早歩きしながら角を曲がるとき、うしろをちらっと確認した。

 汚い身なりのゴロツキっぽい風体だ。


 まさか、また別の憑物士なんてオチはないだろうな。


 折れた棍はもう役に立たないと思って、捨ててきてしまった。

 歩く速度をさらにあげ、あたりに武器になりそうなものを探そうと目を配っていたから、気づくのが遅れた。


 どんっ!


 目の前にいた人影にぶつかった。

 勢いあまってうしろに飛ばされかけたが、左腕をつかまれてそうはならなかった。

 ルーはギョッとして、両足をふんばってからふり払おうとしたら、くるっとその人の背後にいくようひっぱられた。


「俺の連れになにか用か?」


 追いかけてきた男と対峙したのだろう。

 彼がそう言い、手にした光る剣を持ちあげるのが見えた。

 男はおどろいたようで悪態をつきつつ逃げていった。

 どうやら、ただの物盗りか何かだったようだ。


 武器がないと、ホント困る世の中だな。


「サディス」

 背後から声をかけた。

 ゆっくりとふりむいた彼は、暗い路地裏で深く被ったフードの下からこぼれる銀糸があわく輝いている。魔力を行使したあとの残光のせいだろうか。

 見あげたルーと目があうと、不可解げな表情をしていた。

「ずっとここにいたのか?」

「雨宿りしてて……でも急に暗くなってきたから、出ようと」

 ぽたぽたと髪から落ちてくる雫に、ルーは身ぶるいした。

「おまえは、もうすこし状況判断をしろ」


 サディスはマントを被っていたせいなのか、……いや、ほとんどマントもぬれてないから、おそらく雨脚の強い間は結界でも張っていたのだろう。なんか、ずるい。


「ふ、くしゅっ」


 ふいに、ルーの右手首をつかんで彼は歩きだした。

「宿をとろう」

「うん」

 ひっぱられるままに任せて、ルーも歩く。


 サディスの手は冷たいと思っていたけど、いまはなんだか温かい。

 おいらが雨で冷えすぎたせいだろうか。


「……猪頭のやつ、どうなった?」

 彼はふり返らず答えた。

「今ごろ、路地の奥でのたうちまわっている。黒きメダルを壊し魔力も封じておいた」


 首は落とされなかったようだ。

 自己満足かもしれない。でもホッとした。

 なぜ、急にサディスが方針を変えてくれたかはナゾだが。


「魔力を封じるとどうなるの?」

「新たに黒きメダルは使えない。……生かすと決めた相手の魔力は封じることにしている。アレが生き残れるかは五分以下だがな」


 なるほど。憑物士をやめて人間にもどるなんて、うそっぱちの命乞いをするやつもいるからか。……でもなんで五分に以下がついてるんだろ。五分じゃなかったのか?

 なにか微妙に不穏な空気を感じたが、気のせいだろうか。

 や、でもこの場合、トドメは刺してないならよしとしておこう。


「まぁ、俺より魔力の高い奴なら封印なんぞ簡単にとくだろうがな」

 あいかわらず前を向いたまま、そう自嘲した。

「サディスより強いなんて、せいぜい大陸五大魔法士ぐらいじゃない?」

「公に認識されているのはな」


 なんと、隠れ猛者がいるのか。世界はあなどれないな。


 やっと大通りまで出た。

 路地裏にくらべればまだ薄ぼんやりとだが、明るさがのこっている。

 日時計は太陽がないので影がでないからわからない。その代わりのように、どこかから鐘の音がひびいてきた。鐘はどこの街でも三時間ごとに鳴らされる。

 まだ陽は沈みきってないから、これは晩課の鐘、午後六時だ。

 人のまばらになった広場を横切りつつ、サディスはつづけた。

「五大魔法士が有名なのは私利私欲なく、聖人・聖女のように多くの民に尽くした功績からだ。認識されてない者のなかには、有名になることで起こるわずらわしさを厭い名乗らなかったり、あるいは、私欲と悪意のみで動くため存在を隠しつづける輩もいる」

「でも、サディスが一番強いと、おいらは思うよ」

 彼が足を止めて、ななめにこちらをふり返った。

「人の話を聞いていたか?」

 ルーは、こくと頷いた。


 そんなに遠くない未来、彼は五大魔法士のひとりである曾祖父をも実力的に抜くだろう。

 なぜって? そんなのただの勘だ。でも、きっとまちがいなく確定的な。


 彼女は先ほどからなんと言おうかと考えていたことを、ようやく口にした。

「……あのさ、おいらだって悪いやつに同情するつもりはないけど、かばうのもおかどちがいだと思うけど、命は斬り捨ててしまったら元には繋げないから。すこしでもやりなおす機会があるなら、待ってほしいと思ったんだ。だから、えと、ありがと」

 猪男を殺さずにいてくれたこと、それが酷すぎるんじゃないかという自分の考えを押しつけてしまったことに、罪悪感みたいなものがあった。

 憑物士はまさしく害虫並の増殖率で五百年前からこの大陸に存在するのだから、いちいち個人的な感傷をまじえていたら、魔法士の神経だってまいってしまうだろう。

 彼はこちらに体を向け、両手をルーの顔のそばまであげた。

 そして──おもいっきり頬を左右にひっぱった。

 それはもう、これでもかというほどに容赦ない力で。


「ひだだだだ!」


「おまえに礼など言われる筋合いはない」

 それだけ言って、手を放した。あまりの痛さに涙がでた。


 礼を言ってこの仕打ちか。

 ことばの選択を誤ったと痛感。


 ひりひりする両頬を両手でおさえながら、はたと肝心なことを思いだした。

「……そだ! 子供ギライの学者さんには会えたのか? 〈幽玄図書館〉の場所知ってた?」

 すると、彼はちいさく息をついた。やや憂いの横顔。

「もったいつけて延々とまわりくどい話をされながら、わかったことはその学者がとんだホラフキだったということだ。実際にあの図書館の入館証をもっていたのは、彼の曾祖母の友人の夫の亡くなった従姉だという。詳細はなにひとつ知らず適当なことをでっちあげていた。話に矛盾が多いので軽くシメたらそう白状した」

「……お疲れ様デス」

 六本脚のサイ似の魔獣車が、どすどすガラガラと音を立てて近くを通る。

 サディスがルーの右手首をつかんで引きよせると、急だったせいか、彼女は石畳の浮きあがった段差に足をとられてよろけた。彼の胸にとびこむ形になる。

「……冷たい」

 一瞬なんのことかわからなかったが、ルーはまだ全身ぬれている状態なのを思いだす。彼のマントをぬらしてしまった。

「あ、ごめ」

 言い終える前に、彼はルーの手をつかんだまま、近くの〈まどろみ亭〉という宿屋にはいった。二階からつるされた看板は棒状の銅でまるまった猫を描いている。

 さっさと部屋を確保して、恰幅のいい女将に風呂の手配もたのんでくれた。


 おいらが冷えきっているのを心配してくれたらしい。

 ……なんてゆーか、怒ってもやさしくても冷ややかな無表情ぶりなので、なにか気にさわることしたんじゃないかとあせったよ。



「おまえに礼など言われる筋合いはない」



 ということは、あれは彼自身の判断だったということだろうか? 

 いや、首ハネ宣言してたので、そんなワケあるまい。

 ───彼は意外とヒネクレている。

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