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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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15 人である内の断罪は必要

 人の住む街や村には、かならず〈魔獣除け〉や〈憑物士除け〉の結界があるのだという。

 ここで言う〈魔獣除け〉の対象は、人に移動用の脚として調教されていない野良魔獣のことだ。飼育されてるものには、この結界を素通りできるよう小さな相殺石が蹄や角に仕込まれている。

 たまに、この結界を構成・維持するための魔道具などが部分的に老朽化して壊れ、野良魔獣や憑物士がそのすきまから侵入することもあるらしい。


 まさに今、そんな場面に出くわしちゃってるんだけど。



 ブフォッ ブフォッ ブフォッ



 息を荒げている猪がいる。ただの猪ではない。

 頭が猪でそのほかが毛深いものの、人間だ。

 その毛というのが曲者で一本一本が鋼っぽくみえる。刺さったら痛そうだ。

 これは魔獣ではない。憑物士だ。

 憑物士とは、召喚の黒メダルをもちいて体内に悪魔を招き、悪魔化した人間のことだ。

 記憶がないので、出会うのはこれがはじめてと言ってもいいかもしれない。

 そいつを最初に見たときの感想はひと言、「鍋にできない」だった。

 体はムキムキマッチョで、まったく食欲をそそられない。どころか減退する。

 それはともかく。ことのはじまりは路地裏から聞こえる悲鳴。

 なにごとかと飛びこんでみたら、腰をぬかした女を残して男が脱兎のごとく逃げてゆくところだった。どうやら人目を避けていちゃついてた若いカップルの前に、いきなり猪男が現われたらしい。

 女が泣き叫びながら薄情な男をののしっていたので、わかったことなのだが。


 とりあえず、買ったばかりの武器を試すには絶好の機会!


 ということで遠慮なくかかってこいと言ったら、猪だけに一直線に突進してきた。

 得物はでっかい斧。首も一撃で落せそうな刃渡りは、七十センチぐらいありそうだ。

 それを棍の中央でうち返す。ギャリンという音が路地裏にひびき渡る。

 二度、三度、四度……。


 なんかいま、目の端にこまかいカケラが飛んだのが見えた。


 それがなにか理解したとたん、五度目の斬撃がくる前に身をひいて距離をとった。

 棍にかすかに亀裂がはいっている。やばいと思った。


 使えなくなる前に、やつに決定的なダメージを与えなければならない。


 猪男の斧を受けるフリして寸前でかわしたため、やつはいきおいあまって建物の壁に斧をめりこませた。それを抜くのにわずかに手間どったスキを逃さず、その猪頭を高速連打した。できれば胸を狙いたかったが、やつは一人前に胸甲板をつけているのだ。


 バキン!


 棍が折れた。


 なんという剛毛。 鋼っぽいと表現したが、本物だったようだ。


 ほぼまっ二つとなり片方は遠くにすっとんでしまったため、手もとにのこったのは半分だけだ。再びやつは突進してきた。避ける方向を読まれた。

 真上からうちおろされた斧を、短くなった棍の両端をにぎって受けとめる。

 馬鹿力でそのままじりじりと押してくる。棍ごとこちらの頭をかちわる気だ。

 ピシ、と耳にかすかな亀裂音。


 マズイ折れ


 猪男がふっとばされた。

 さらに追い討ちのごとく白銀の稲妻が打ちすえる。


「何をやっている」


 背後から吹雪の幻影が、冷たい声とともに降ってきた。

 思わずひきつり笑顔とともに、そっとふり返った。

 目深に被ったフードの下から凍てつくような視線。


 ……怒ってるぽいってゆーか……怒ってるよネ……


「えっと、宿が燃えちゃって……」

「それは知っている」


 すでに見てきたのか。


「何度も広場にもどったんだよ?」

「だったら、何故そこに留まらない」

 宿屋からいっしょに連れだした赤ん坊の親を探していたことを言ったら、ものすごく疲れたような深い溜息をつかれた。

「俺は、自分の立場をわきまえろと言わなかったか?」


 呪詛持ち。追手あり。サディスの保護下のコザルなんだよネ。

 ハイ。わかってマス。

 しかし、言いわけはしておきたい。

 こっちだって考えなしで行動してるわけじゃないんだ。


「赤ん坊は自分で探しに行けないんだよ?」

「預けてきたんだろう、火事騒ぎに気づいていずれ親も探しにくる。おまえがそこまで心配する必要などない」

「……」


 そうかも知れない。

 でも、それまで出来ることをしたいと思っちゃ……いけないのか? 

 だってヒマだったし。


 しょぼんとしつつ、上目遣いで見あげた。

 その視界の端にさっきはなかったものが映り、えっ、とそちらを注視する。

 さっきの腰をぬかしていた女は逃げたようで、いつのまにやらいない。

 いるのは男だ。猪男ではない。というか、猪男はこつぜんと消えていた。

 そこにいる男はだらしなくあけたシャツの間から浮きでた肋骨をのぞかせ、手足もやたら細く骨ばっている。四つん這いになってがくがくふるえていた。

「あのヒト、どこから湧いてでたんだろ。猪頭は?」

「あいつだ。まだ、末期ではなさそうだな」

「末期?」

「悪魔化の進行レベルだ。身に埋めた黒きメダルでの召喚回数が多くなれば、魂を喰われ、いずれ人間にもどれなくなる」


 悪魔化するとあんなムキムキなのに、もとは吹けば飛ぶよな骨皮男だったとは……

 悪魔おそるべし。


 変なところで感心してしまったが、サディスの右手に銀光が宿るのに気づいた。

 それは瞬時に銀の長剣に変化した。

 そして、ルーに背を向けると、痩せぎすの男に近づいてゆく。

「えっ、あれ…? いま、末期じゃないって言ってたよね?」


 その物騒な刃物と凍てつく殺気はなに?


「おまえ、自分が何をされたのか分からないのか?」

 そう言われて、手にしたままの折れた棍の先をみる。

「棍を壊された?」

 一瞬、殺気がこっちに向いたので、思わずルーはビクついた。

「……えと、たぶん、……殺されかけまシタ」

 サディスは、ふいと視線を男にもどすと剣の先を向けた。

 男は尻を地面につけたまま、じりじりとあとずさった。

「選べ。首を落すか、腹を裂くか」


 何そのコワイ二択!


 男は「ヒイィィィィッ」となさけない悲鳴をあげながら、路地裏の複雑な小路に逃げこんだ。

「首だな」

 そうつぶやき先回りしようと転移を発動する。

 刹那、それよりもはやく彼の右腕を、ルーは全力で抱きつき引きとめた。


「待って!」


 転移が不発に終わり、彼をとりまくようにして生まれた銀光の軌道がふっと消える。

「ルー」

 するどい目つきで睨まれた。でも、ルーは引かなかった。


「だめだよ! まだヒトであるうちに断罪するなんて!」


「人である内に選ばせたんだ。奴は腹部に黒きメダルを埋めている。腹を裂き黒きメダルをとりだして真に人間にもどるか、それとも悪魔化したまま首を落として人生を終えるか」

 ルーは息を呑んだ。

 そして、いましがた思った疑問を口にした。

「お腹裂いて……って、それって、想像しただけですっごく痛そうなんだけど……」

「黒きメダルは内臓に食いこみ〈根づいて〉いるからな、とりだせば当然ただでは済まない。生死も五分五分だ」


 ……そりゃ、逃げるよ。


「これでも温情をかけてやっている方だ。人間にもどる選択を拒んだ奴を逃すつもりはない。ここからは魔法士の仕事だ。邪魔をするな」

 空が、遠く光った。

 いつのまにかどんよりとした重い灰色の雲がおし寄せていた。

「……なんで、あのヒトは悪魔なんか召喚したのかな……?」

 ぽつ、ぽつ、と雨が石畳に落ちてきた。

「欲望に際限がないからだろう。いいかげん放せ」

 剣をもつ右腕に全力でしがみつかれたままの彼は、左手でルーの頭を引きはがそうとして、その碧瑠璃色の強いまなざしにぶつかる。

「──だったら、メダルを抜くだけにしてよ」





 サディスは何も言わずに、元・猪男の憑物士を追っていった。


 無茶を言った感はある。

 魔法士は憑物士を始末するべく生じた存在だと話してくれたのは、彼だ。

 おいらの言ってることはおかしいのかも知れない。

 悪魔化した人間をこの目で見たのに。自分の棍を折ったのに。殺そうとしたのに。嬉々として、ためらうそぶりなんか見せなかったのに。サディスが間に合わなかったら斧で頭をかちわられていたかも知れないのに。

 なんとか自力で危機を脱するつもりではあったけど、それが出来たかどうかはわからない。

 ──同じ人間だったんじゃないか。

 どうして人から離れてゆくのか……なにを求めているのか。際限のない欲望なんて、結局、なにひとつ満足できないから他のものが欲しくなるだけじゃないのか。


 雨脚が強くなって、またたく間に路地裏の石畳はぬれていった。

 しばらくそこで佇んでいたルーも、びしょぬれになった。

 ふと、戦いのさなかに邪魔になると思って、鞄を路地のすみに積まれた瓦礫に置いていたことを思いだし、拾いにいった。

 上のはりだした瓦礫がいい具合に雨避けになってくれていた。

 そこで、鞄を抱えてサディスを待つことにした。

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