14 過保護も無にする火事場の不可抗力
市場に武器を並べたテントがあったので寄ってみた。
自称・武器商人のちゃらい、もとい若い男が張っているテントだったが、あまり大した量は置いてなかった。
ルーを見て、そのチビっぷりでも使えそうな短剣やちいさめの弓矢をだしてくれたが、接近戦でも適度に相手と距離のとれるものがいいと言ったら、棍を数本だしてきた。
ムーバ国の牢にいたエロボス狼を思いだした。
再び会いたくもないがよもや出会うことがあったなら、ぜひ、これで思いきりどついて尻をなでまわされた雪辱をはらしたいと猛烈に思った。理由は単純だが、即決めで買った。
値段的には大銀貨三枚なので、武器としてはまあまあじゃないかと思った。
だが、サディスはちょっと渋っていた。
もっと値段の高いものを見せるよう店の男に言っていたが、それ以上の値段のものはないというので諦めたらしい。
「地元の武器屋を当たった方がいいな」
テントを出たあとに、サディスは大通りをざっとながめた。
「向こうにある」
そう言って、ルーの襟首をちょいとつかんで引っぱってゆく。
人ごみの密度が高くなってきたせいだとは思うが。
「ちょ、ちょっとサディス! 自分で歩くからっ」
買ったばかりの棍を両手でもち、肩には左から右にななめに布鞄をさげているルーは、自分を猫つかみしたままの彼に抗議の声をあげた。
すると、彼はすこしふり向いただけで「迷子になる」としれっと言い、また前を向いて引きずってゆく。
「って、過保護! 過保護すぎるよッ!」
「首に縄をつけないだけありがたく思え」
「なんで首に縄!? ちょっとそれ非人道的だよ! 過保護の対極だよ!」
「コザルだからだろう」
ひいじーちゃんの預かりもの=サディス的にはペットのコザルか。
たしかにね。前にも聞いてたけどね。
「いいかげん、人間あつかいしてくれないかな?」
人間ギライ承知でたのむよ! そして、なんか優しかったのもそのせいか!
きっとムーバ国で自分の留守中に、おいらが牢送りになったのをいまだ気にしてるにちがいない。預かりもののコザルを危険にさらした──とか。
別にケガもしてないんだから気にしなくていいのに。
彼は歩みを止めた。何か考えこんでいるらしい。
前を向いたままなので表情はわからないが、「フ」と笑う気配がした。
え、なんか小馬鹿にされてる?
「おまえに年頃の女らしくしろと言ったらそうするのか?」
「いや、ムリ」
即答してしまった。
「だろうな、俺もそんなのと始終旅をする気はない」
……どう解釈すればいいんだ?
女のコらしい女のコはお断りなんで、コザルのままでいろってことなのか?
人間という部分にあえて目をつむってしまってるのは何故なんだ?
聞いてみたい気もするが、人間の範疇でないという回答がきてもアレだな…………
地味にへこみそうだ。もう、この件は聞かなかったことにしよう。
旅の間にもっと仲良くなれば、きっとそんな失礼きわまりない考えはなくなるはずだ!
たぶん。
「とりあえずさ、なんか、おいらが悪さして連行されてるように見えるから。おいらがサディスのマントつかまえとくよ。それでいい?」
彼のマントの端をつかむと、彼は一度、混雑するまわりを見てから「だめだ」と、きっぱり言った。そして、マントをつかんでいたルーの左手首をつかんだ。
そのまま背を向け、人ごみのすきまを優雅にぬうように歩いてゆく。
それにしても人が多い。まだ夕刻には早い時間で、仕事終わりの人々がくりだしているとは考えにくいのだが。ルーは彼の後についてゆくことで、結果的に他人にぶつかることも人波に押し流されることもなかった。
小動物を保護してるつもりの人に何言ってもダメなんだな~と半ば諦めつつ、だが、これはこれでそんなに悪くない気もした。
老舗らしき武器屋は、先ほどいた地点からけっこう離れていた。
最初に通りすぎた広場までもどって、北の大通りをもくもくと歩いた。
ルーならば、店の看板が点ほどにしか見えなかっただろう。
鷹の目をもってしてようやく見つけられるような距離だ。
サディス……前世は鷹だったんじゃ……?
その老舗の武器屋でも、サディスが納得するような棍は見つからなかった。
すでに買ってあるので二本目を所持する必要ないと思うんだけど。
はっきり言ってかさばるし。
そう言ったら。
「今、おまえが持っている奴は〈威力負け〉する」
「安物だから? でも、大銀貨三枚したんだよ?」
興味をもったらしい武器屋の店主が見せてくれというので棍を渡したが、そんなに悪い品物ではないという。
しかし、サディスは。
「おまえが使うことに問題があるんだ」
と、なんだかよくわからないことを言われた。
おいらのあつかいが雑過ぎて長持ちしないという意味だろうか?
だとしたらかなり失礼だ。
そこへ店の扉をあけ、六、七歳のちいさな子供が小難しそうな大きな書物を抱えてはいってきた。店主の息子だという。跡取りなのに学者になりたがって困ると店主がぼやいた。
最近では息子があまりに賢く弁も立ち、こちらが言いくるめられてしまうので諦めていると言う。子供は近くに大きな図書館があり、そこの司書にいろいろ勉強を教えてもらっているらしい。
その司書というのが、特に古代史にくわしく古代博士の異名をもつほどだというので、サディスは〈幽玄図書館〉の名を聞いたことはあるかと子供に訊ねた。
〈幽玄図書館〉とは、ルーの右腕にきざまれた古代呪詛に関する情報があるかも知れない場所だ。ガレット国をめざしているのも、入館証をもち、その場所を知っている学者のアビ・ゼルハム氏を訪ねるためだ。
ここで有力な情報が得られたなら、ガレット国行きは変更されることになる。
武器屋の子供は、司書が以前、「この世にはない本があるという不思議な図書館の話」を、知人から聞いたということを教えてくれた。
そこで、さっそく街の図書館へとおもむいたのだが、司書いわく、実際に不思議な図書館の話をしたという知人は、ものすごい高齢で頑固で偏屈で神経質で、騒々しくて頭の悪そうな子供が大キライだという学者肌の人らしい。
何故、そこでおいらを見るんだ二人とも。
走っちゃいけない図書館で走ったのは悪かったよ。
窓の向こうの通りで焼いてるクレープの匂いに釣られたからなんだけど。
でも、頭の悪そうってのは関係ないだろ。
「そっちのコは絶対連れて行かないほうがいいです」
などと、司書が変な助言するのでサディスもやむなく折れて、わざわざ広場近くの宿をとり、そこにルーを置いて出かけてしまった。
同じ街の中だし、そんなに時間はかからないからと。
それなら、適当に広場で時間つぶしてるけど? と言ったら、「自分の立場をわきまえろ、この部屋から一歩も出るな。鍵はかけておけ」と、のたまった。
しかたないので言う通りにした。
さすがにムーバでの失敗は繰り返せない。
いくらおいらでも学習するんだよ。
彼が帰ってくるまで暇で暇でしょうがないが、せめてこの二階の窓から通りを行く人々でもながめていよう。
彼が出かけて小一時間もしたころ。
ちょっと、うとうとしていたらしい。通りの騒がしさに目を開けた。
ルーの泊まっている宿屋の入口から、大あわてで駆けだしてゆく人たちが見えた。
白いエプロンと帽子の料理人が三人。
続いて一階の食堂を使っていたと思われる客が数人とびだしてきた。
そして、そのうちの一人が窓辺のルーに気づくと、両手をめちゃくちゃに振りながらなにか叫んでいる。
「逃げろ!」
「え?」
部屋の入口を反射的にふり返った。
扉のすきまから、何やらしろい煙がうっすらと侵入している。
「!?」
窓の外を再び見れば、下の階からすさまじい煙がもうもうと、窓や入口から漏れ出してる。
火事だ!
外からの叫び声にはじかれるように、布鞄を体にななめ掛けすると、鍵をあけて廊下にとびだした。足下を這うように煙が上がっている。ルーはほかに三つあった部屋の扉をたたいて火事を知らせるが、まだ、誰も泊まってないらしい。
それで自分も避難しようとするが、ふいに何か聞こえた気がして、さっき誰もいなかったはずの部屋をもう一度のぞいた。
みゃーみゃーという猫の鳴き声がする。
ノラか飼い猫か知らないが今ならまだ連れだせると思い、部屋の奥まで行って探した。
そこには赤ん坊がいた。猫みたいにぐずぐず泣いている。
親どこ行った!?
憤慨してる場合ではない。すぐさま近くにあったショールでつつんで赤ん坊の顔にも軽くかけて抱きあげると、一階へと階段をおりていった。外観はレンガ作りの多い街並みだが、内側はすべて木造だ。階段まではまだ無事でも、一階はすでに橙の火の舌がまわっていた。ちいさな宿なのであっという間だ。
入口は数メートル先だが、いくらかの火傷はまぬがれそうもない。
自分だけなら迷わずいっきに走りぬけるところだが、やめた。
ルーは二階にもどり、一番街路樹の近かった部屋にはいると、寝台のシーツをはがして赤ん坊を自分の背中にはりつけるようにしてがっちり留め、窓枠に足をかけて街路樹の枝にとびうつった。重みで枝が折れそうになる前にすばやく移動し、あとは立派な幹をつるつると降りていった。
近所の人に事情を説明している料理人の話によれば、フリッターをつくるための油鍋を、新人がひっくり返して引火してしまったらしい。パニックで消火活動の手ぎわも悪かったため、すぐに燃え広がって厨房は手がつけられなくなったという。
しばらくは、赤ん坊を抱えてその親が来ないか近辺を探してみたが、なぜか現われない。
いったいどこまで行ってるんだ。
宿屋の女将に聞いてみようかと思ったが、彼女は母の形見を忘れたと火の中に駆け戻ろうとしたため、まわりの人たちが必死にそれを止めていた。
聞けそうな状態ではない。
困っていたら、赤ん坊がまたみゃーみゃー背中で泣きだしてしまった。
野次馬で火事見物していた近所のお年寄りが、おろおろうろうろあやしているルーを見かねて、なぜか広場の反対側にある〈花陽鳥食堂〉という店に連れて行ってくれた。
そこで働く女性従業員たちが、赤ん坊の世話をしてくれたので助かった。
事情を話してこの子の親がくるまで預かってもらえるように頼んだら、食堂の主人だという泣きぼくろの別嬪未亡人がこころよく引き受けてくれた。
ルーは赤ん坊の親を探してくることにした。
どうせ宿がないのでサディスの命令は守れない。これは不可抗力だし。と、自分に言いわけしつつ、もう一度、今度は念入りに周辺にいる人や店に聞きこみながら探した。
だが、大通りに近い宿屋で人の往来もはげしいし、赤ん坊連れなんてそんなに珍しくもないので、なかなか手掛かりがつかめない。
さらに一時間経った。
広場の日時計の影が午後五時をまわったところ。街路樹の銀杏の葉が夕陽にそまっている。昼間の快適な温かさから、空気がすこし冷たくなってきた。
サディスもまだ戻ってこない。とりあえず、一階が焼失した宿屋と花陽鳥食堂のまん中にある広場を、何度か行ったり来たりしつつ、赤子の親探しをしていたのだが。
宿がなくても広場にいればいいと思って。
……ったく、どれだけ子供ギライの頑固ジジイと長話してんだよ。
やはり置いてきぼりは不満がたまる。
次に似たようなことがあったら絶対くっついて行ってやる。
そのとき、悲鳴が聞こえてきた。




