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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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12 妙な気遣いと闇の奥底の記憶

 9月7日、午前九時。


 国境近くのちいさな町で朝食をとった。

 色とりどりの花が咲く花壇に囲まれたオープンカフェで、注文した七段重ねのシロップがけパンケーキは絶品だった。空も快晴で真青で雲ひとつない。

 目の前にいるフードを目深に被ったままの旅の相方が、どうゆうわけか、パンケーキを一枚、お皿の上でナイフとフォークで上品に切りわけながら食べている。


 甘いものは断るとか言っていたのに。……やっぱり疲れていたのか?


 お店の自家製らしき紺色のコケモモジャムをパンケーキにたっぷりかけつつ、切りわけもせずに一枚分をフォークで刺してぱっくり頬ばりながら、ルーは彼の手もとをじっと見つめた。

 すると、その視線に気づいたのか彼は小首をかしげた。

「足りないのか?」

「あ、……うん」

 七段はあっという間に胃袋におさまっていた。

一枚が薄くてふんわりしてるからとても食べやすかった。

 彼は通りがかった女性店員にかるく手をあげて呼ぶと、追加を四皿注文してくれた。

 七段×四皿=二十八段のパンケーキ。

 サディスも食べるのかと思ったら、おまえが食えと言われた。


 よく、おいらがこれだけ食べれるって知ってるね。一緒に席について食事したことってなかった気がするんだけど……それはそうと、なんか優しくないか? 

 おいら、そこまで子供じゃないから自分の分ぐらい注文できるよ……?


 一緒に運ばれてきた生クリームとシロップをパンケーキに盛りつつかけつつ、彼をちら見する。


 これまで気遣いされることはあっても、それは最低限必要なこととか、おいらが出来そうにないこととか、危険から遠ざけるためとかで……自分でできることにまで手をかけてくることはなかったはずだ。

 というか、らしくない。いつもの冷ややかさはどこに行った。


「どうした?」

 視線に気づかれたらしく、不審に問われた。

「や、なんでも……」

 パンケーキを頬ばりつつ誤魔化した。

 そう。まだこの時は、気のせいかな? ぐらいにしか思っていなかったのだけど。





 移動球でさらに東へ向かい、ムーバ国とセシル国の国境を越えた。

 セシル国へ入国。この国にもやはり魔法による不法侵入を阻む国境の〈網〉が存在するが、それを無効化するこの国の〈通過証〉をサディスがもっているので、そのまま難なく通過できた。

 目指しているのは、さらに東にあるガレット国だ。ここにルーの呪詛をとく手掛かりとなる、〈幽玄図書館〉の入館証をもつアビ・ゼルハム氏がいる。

 〈幽玄図書館〉とはこの世から失われた本があるといううわさの、不思議な図書館のことだ。





 空の旅は快適だ。先に時間を稼いだこともあるので、追手たるキャラベ軍はまだこちらの動向をつかんでないらしく、影も形も見えない。

 のんびりまったりできるのは今の内だけだろう。

 とりあえず、記憶なしってことは世間知らずにも等しいので、それは旅人としてどうなのだってことで、疑問に思ったことを端からサディスに聞いている。

 サディスの〈通過証〉を見せてもらった。

 あの国境の〈網〉を無効化できるモノだ。

 蔦もようの入った銀板に八角形のごく淡い水色の透きとおる石が乗っていて、それに銀鎖をつけている。石はほたる石というものらしい。

 ペンダントなのだが首にかけておらず、指先で三角を描いた空中から、取り出すような仕草でそれを出して見せてくれたのでびっくりした。

 〈通過証〉の場合は、魔力なしの人が使う〈通行手形〉よりサイン発行者基準がさらに厳しく、その国の国王のみの許可でなくてはならないという。

 ちなみにその王様自身が亡くなっても、永続的に使用できるとのこと。

 まあ、その国に対しての功績の報酬にもらう許可なので、当然といえば当然か。

 サディスのほたる石には、そのサインが術で焼き込んであるのだという。


 なるほど、それならいくらでも入りそうだ。

 装飾で身につけておくより、その形を消して隠しておく方が安全とのこと。だよね。


 きらきら真昼の光を反射するほたる石を見せてもらいながら、ふとよくよくそれを覗きこめば、肉眼でもサインが見えるのがわかった。淡い水色の石の中でくるくると文字が近くなったり遠ざかったり躍っている。ざっと見でも三桁近くありそうだ。


 すごいな、サディス。国王のサインをこんなにもらえるほど活躍してきたのか。

 そういや、ムーバ国でも国王夫妻を護衛したことがあるって言ってたっけ。


「なあ、セシル国ではどんな功績で、国王のサインをもらったんだ?」

 好奇心だった。他意はない。きっと彼らしい英雄譚でも聞けるだろう。

 そんな感じでわくわくしながら移動球の前方に座ってる彼をみた。

「……あまり、思い出したくない」

「えー? そんなこと言わずに教えてよ」

 笑顔で催促してみたら、彼はなぜか深く嘆息して一言。

「子守だ」

「……子守?」

 聞きまちがいかと思い問い返した。

「五年前、この国で内紛が起こり幼い三姉妹が誘拐された。その救出に当たった。しばらくは暗殺者の影も絶えなかったため、必然的に護衛についたが……あまり思い出したくない」


 どうしたんだ、サディス? 子守って……そんなトラウマになるようなことなのか?


 ちょっと想像してみた。


 サディスを慕って、きゃっきゃっうふふとまとわりつく小さな王女様たち。

 相手にしない彼をふりむかせようと必至に猛アピール。

 そのうち姉妹で取りあいに発展。あぁ、たしかにこれは疲れそう。


 触れてほしくないようなので、結果だけ聞いてみた。

「……誘拐犯は捕まえたんだよね? あれ? でも誘拐したのに次は暗殺しようとするのって、なんか変……」

「暗殺者は別口だったからな。暗殺者を送りこんだのは国王の義弟のしわざ。これは裏がとれていたから罠を張ることで、義弟と暗殺者を捕まえることができた。誘拐犯の方は邪教団とでもいうか……昔の聖女を復活させるのが目的らしいが、生贄として王女たちに白羽の矢を立てたらしい」

「それって……無茶苦茶リスク高くない?」

「おまえの頭でもわかるほどにな」

「ム」

「おそらく容姿のせいだろう。誘拐犯が求めていた聖女に似た髪や瞳の色をしていた。三姉妹は三つ子だからな。どれが生贄にふさわしいかわからない。それなら全部連れていこうと思ったらしい。その誘拐犯の片棒を担いでいたのが、王妃の信頼も厚い乳母だった」

「なにそれ……王女様たちを育てたヒトが生贄にさしだしたってこと!? コワッ」

「元々、よその国で育った乳母は古い慣習を重んじ妄執的で、王家に双子や三つ子は不吉だと考えていた。そして、自分の息子が邪教団にはいってることから自分も足を踏みいれた。貴き聖女様の降臨に、王家に不幸を呼びこむ二人を差しだすのは身にあまる光栄だと思え、とか言っていたな」

「……三人誘拐されたんだよね?」

「このうち一人は、聖女の魂を降ろして王宮に戻すつもりだったらしい」

「……それ、中身は別人なんだよね?」

「そうだな」

「……ま、まあ、事件解決して王女様たちに何事もなくてよかったよ。さすがサディスだね!」

 話を振っておいてなんだけど、無理やり切りあげた。


 青空の下で恐怖物語とか聞きたかったわけじゃないんだよ。

 別に苦手ってわけじゃないけど、なんだろ……なんかすごく、やな感じがした。

 ……そうか、聖女を奉るくせに他人の命を犠牲にしようとしてるからか。

 聖女ってたしか、民衆のために大きな功績を残したヒトの称号のはずだ。

 ──その矛盾がきもち悪い。

 ほんとにその邪教団とやらが復活させようとしたのは〈聖女〉なのか。

 なんか違うもののような気がする。それってなんだろ? 聖女の形をしたちがうもの────なんか、ほんとにきもちが悪い。気分が悪くなってきた。


 頭の奥の奥のさらに濃い闇の奥の開けはなたれた扉の向こうで、何かがぐるぐる回っている気がする。


 記憶? 記憶だろうか? 自分の。

 今なら何か思い出せる? 忘れてしまった何かが。


 でも、それがなにか集中しようとすると、泥臭い闇のようなものが心の中に流れておし寄せてくる────


 いや、まじでなんか吐きそ…………


 知らず前のめりに俯いてることに気づいた。

 誰かに両肩を前からつかまれていて、そのため倒れるのは免れたらしい。

 ゆっくり顔をあげると、サディスの銀色の髪が陽の光に輝いてまぶしい。

 思わず目を細めた。倒れそうなのを察してとっさに手を伸ばしたせいなのか、さっきまで被っていたフードがはずれている。

 心配そうな顔で右手を頬にあててきた。

「……急にどうした?」


 たしかに、急だよね。考えごとをしていただけのはずで……何か思い出せそうな気がしたけど、頭の奥の奥のさらに濃い闇の奥の扉は、ふいに、ばたんと閉まったかのように見えなくなってしまった。

 いったい何だったんだろう。


「えと……なんか思い出せそうな気がしたんだけど……そしたら気持ち悪くなってきて……」

「無理はするな、少し眠っておけ」

「……」

「なんだ?」

「……なんか、いつもより……びみょーに優しくない?」

「……」

「へーきだよ、眠くないし。そうだ、地図見ておこ。セシルの次はガレットだったよね」

 肩に置かれた彼の手から体をずらした。

 ガレット国まであとどのぐらいの距離か確かめるために地図を出そうと、少し離れた場所に置いてた鞄をとろうとして、彼に背を向けた。

 すると、襟首をつかまれいきなり引き倒された。移動球は球体だが床面は水平にちゃんとあって、しかも硬い。後頭部をぶつけるものと思って、とっさに目を閉じた。

 痛くなかった。ぽすっ、て感じでなにかに受け止められた。

 サディスが真上からのぞきこんでいる。

「寝てろ」

 ひと言そう言い置いて、いつのまにかルーの手からとりあげた地図を自分が広げてみている。腰を下ろした彼は左足の膝を立て右足を伸ばしているのだが、その右腿に──。


 膝枕されてるんだけど! 微妙どころか大変なんだけど!

  いつもの氷点下魔法士どこいった!?


 思わず目をぱっちり開けたまま固まって、心の中では動揺しつつ、広げた地図で見えなくなった彼の顔のある位置を凝視した。


「あの~、サディス……?」


「……」


「おいら、べつに眠くは……」


「……」


 しかし、返事をしてくれない。

 起きあがろうとすると、すっと伸びてきたやたら白くて繊細そうな長い指先で、額を押さえられた。文句を言おうと口を開きかけたが、やけに冷たくて気持ちよかったので、ぱくと貝のように口を閉じてしまった。

 そのとき、ようやく自分の額がかなり熱いのだと気づいた。


 もしや、顔も赤いとか?


 それで、さっき彼が頬を触ってきたのだと気づいた。


 熱出てたのか、おいら……気づかなかった。どうりで気分悪くなるわけだ。


 なんとなくおとなしく横になってると、風を切って飛ぶ移動球のかすかな揺れが伝わってくる。


 やばい。眠くなかったはずなのに、なんかだんだん眠くなってきた。

 男の人に膝枕されるとか恥ずかしすぎだろ。ちょっとと言うか、わりとと言うか、けっこう気持ちいいんだけど……いやいや、変だってそれ。

 そうだ、鞄を枕にすればいいことであって………


 鞄に手を伸ばしかけたが、瞼が重い。非常に重い。

 がんばって瞼を上げようとしたがついに出来なかった。

 いつのまにか爆睡してた。

 時折、冷たい手が額をなでていたような気がするが、そこまで彼はサービスしないだろ。たぶん。

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