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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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11 本能の警鐘には従うべき

 途中で事務員のミントに会った。

「よかった! 無、じ、で……?」

 やはりびりびりのマントに注目し、彼は言葉を失った。

 それで、あわてて大丈夫だよと返し、やはり道ゆく人の目を引くようなのでボロははずして、包みの中からいただきものの白いマントをだして身につけた。

 ふちに若草色のほそい波模様が入ってる。シンプルで手触りもいい。


 なるほど、ハーン長のお子さんと、おいらの背格好が近かったのか。

 自分の子と重ねて見てたから、あんなに親切だったんだな。

 たぶん、おいらのほうが三つ四つ年上だとは思うけど。


 ミントは所長を止められなかったことを詫びてきた。

「所長が狂人の巣に放りこむって言ってたんで、すごく心配してたんですよ。なにかにつけて気にいらない人とか、自分に歯向かう人を、よくあそこに入れてたので……大の男でも一夜ももたずに灰人みたいになってしまいましたから」


 ドルク……エロボス狼だけど感謝しとくよ。

 そういや、まともに別れの挨拶しなかったな。

 ……まあ、いっか。盗賊稼業のおっさんとは、今後の人生で二度会うこともないだろう。すでに礼は言ったんだし、さほど気にすることでもないはずだ。

──だって、わざわざ挨拶にもどったりなんかしたら、敵断定してたサディスの機嫌を思いっきり損ねそうだし。


 ふと、前方の人だかりに気づく。朝日とともに起きだした人たちが、市場を立てようと荷車を押したり簡単な布張りテントをもちだしている中、そこだけ作業を忘れたかのように人が集まり立ち止まっているのだ。

 レンガ作りのアパート二階部分の壁に、何かがはりついていた。

 遠目にも顔がでかい。言わずもがな、所長だ。

 七本の斧が彼の体重を支えるように、そのたっぷりとしたヒダのある衣装の端々を壁にざくざく縫いつけている。彼は失神してるらしい。

「やっぱり、あなたのお連れさんを怒らせちゃいけなかったんですよね~、僕の本能からくる警鐘は正しかった……」

 そのときのことを、彼は語ってくれた。



 サディスは顔半分は隠していても、顎のラインや口許からだけでも十分な美貌がうかがえる。それに興味をそそられたらしい所長が、カラスに風を起こさせてわざとフードをあげさせたらしい。

 そして、あろうことか牢に入れない代わりに、好事家に売り飛ばすだの暴言を吐きはじめたので、分裂して襲いくるカラスの本体を見抜いて魔法の一撃で撃ちおとし、所長は向かいのアパートまで魔法でふっ飛ばされたとのこと。



「ほら、四階部分に斬首用の長剣がつき刺さってるでしょ? ホントはあそこで上着を縫いとめられてたんですが、あの巨体ですからね~。すぐにずるずる落ちてきたんで、二階のとこで斧でガチ留めされたんです。アレ、素手で投げてましたが、いい腕してますよねぇ」

 サディスの方をふり返ると、彼の前には、高級な衣装に着られた感のある平凡顔な中年男性が、へこへこと頭を下げていた。


 もしや、この国の大臣だろうか。


 うしろに、これまた黒地に金塗りのもようがはいった、高級そうな箱を引いた二頭立ての馬車がある。黒と白の馬の毛並みがつやつやしていてキレイだ。

 おおきな黒々とした目が人なつこくて愛らしい。

 優美でかしこい馬は育てるのにお金がかかる。魔獣は放っておいても生命力がハンパなく強いし雑食でどこでも繁殖するが、馬は繊細なのでそうはいかないらしい。

 だからものすごい金持ちしかもってないのだと、曾祖父に聞いたことがある。

 ちなみに曾祖父は大陸五大魔法士の名に恥じぬ超お金持ちだが、馬とそれにかける人手を雇うぐらいなら、五十人近いかわいい女弟子たちのクロウゼットルームやら何やら、女の子限定サービスを充実させたいらしい。

 おかげで女弟子たちからの評判は上々だという。

 女好きらしい曾祖父だが、ルーが彼の館にいるときは、何が何でもひらひらふりふりを着せたがったのはとてもありがた迷惑だった。

 そういや、彼が持たせてくれた旅鞄の底にも困った代物がはいっていたはず。

 そこまで思い出して、その鞄がいま手許にないことに気がついた。

「あっ、おいらの鞄……!」

「受付窓口で預かっています。お持ちしますよ」

「おいらも行くよ」


 困ったブツはともかく、だいじな路銀とか携帯食は無事だろうか? 

 あの所長ならどっちも手をつけてそうな気がする。


 案の定、役所一階の玄関ホールの右側にある受付窓口までいくと、ミントが眉を八の形にしてすまなそうな顔でふりむいた。


 う、やな予感……。


「所長がかってに着服したあなたの鞄は、彼が磔になったあとで所長室から回収できたのですが……ほかになくなった物はないか中身を確認してください」

 受けとった鞄の中から、まっ先に財布を確認した。

 これがないと、これからどれだけの日数がかかるかわからない旅路が、たいへん困ったことになる。

 ずっしりとした重みに胸をなでおろす。金貨19枚、大銀貨5枚、小銀貨20枚。


 よかった、ちゃんと全部ある。

 曾祖父にもらってから、まだ一度も手をつけてない状態のままだ。あとは……。


 がっくりとうなだれた。


 携帯食がない。まったくない。全然ない。

 堅焼きパン、干し肉、クルミ、ナッツ、チーズがない。

 チョコレート……は空き箱だけがなぜか残っていた。

 むか~っ! そんなだから顔が人の三倍あるんだよ! 

 胴周りがおいらの五倍もあるんだよ! 勝手に食うなよ!


 返ってくるはずもないが、とりあえず申告だけはしておいた。

 ミントは気の毒がって、ひたすら所長に代わってその愚行を平謝りしてくれた。


 いいよもう。お金は無事だったし……。

 けど、かなしい。お腹がすいて涙が出そうだ。


 なにか聞こえた気がした。いつのまにやら、静かになっていた肌色カラスに目をやった。邪魔だったのでベルトの隙間にトリ足をはさんでぶらさげておいたのだが、耳を澄ませばもんのすっごいちっさな声で悪態をついていた。


 ウッシッシッシ、ザッマァ~!

 ダ~リン、スッテキ~、ヨクヤッタ~!


「あの所長どうなるの?」

 ミントに視線をもどしてたずねた。

「おそらく建前は牢送りですが、大金を積んですぐでてくると思います」


 ミントさん。なんかもう本音だけで喋るようになったね。

 よほど今まで顔デカに抑圧されてたんだね。でもそれ、善良な町民が聞いたら怒り狂うよ? ふざけんなだよ? おいらだって怒るよ?


「そんなことはさせんよ」

 さっきの高級衣装に着られた中年男性が、玄関ホールからやってきた。


 例の大臣だっけ。官吏監督とかの。


 うしろにサディスも来ている。

「バゾフ・ドン前所長には苦役場にて従事してもらう。国益を搾取していた罪は重い。

 いま、所長室を調べさせているが、ほかにも余罪がぼろぼろ出てきてるからね。

 いずれ彼の財産も没収されることになるだろう」


 それはよかった。


 ミントを見れば、うれしさのあまり顔が輝いている。

 ルーはベルトからカラスをはずし逆さにつかんだ状態で、それをミントに渡した。

「コレ、所長に差し入れしてあげてよ」

「ヤキトリがいいですかね」

「慣れない過酷な労働をするんだろうから、生でも飛びついてくるんじゃないかな?」

「ヒィヤアアアアアアアアアアアアアア!」

 とりあえずさんざん脅して遊んだあと、ミントの提案でカラスは近くの肉屋の店先で籠にいれ、客の呼びこみをさせることになった。

 役に立たないならサバいてもらうという方向で。

「行くぞ」

 サディスに促され、ミントと大臣に別れを告げると、役所前の広場から移動球で、澄みきった早朝の空へとのぼっていった。





「サディス、命令ムシしてごめんな!」

 動くなと言われたのに、会議室をでたせいで牢送りになった。

 そのことに関しては以前、彼と約束したことを守らなければなるまい。


「今後、おまえの呪詛が解けるまでの間でいい。俺の“命令”は絶対として聞け」


 ──って言われた時は正直、腹立ったけどな。

 でも、おいらのことを思って言ってくれてるのがわかったんで、こっちも忠告という名の〈命令〉を守ればいいだけとか思ってたし。約束破ったら、好きなだけビンタでも蹴りでも入れていいって言ったの自分だし。……そう、自分だし。


 いさぎよく腹をくくることにした。

「さ、ビンタでも蹴りでもどーぞ!」

「……いや、いい」

 彼はちら、と横目でルーを見ただけで、また移動球の進行方向を見つめた。


 てっきり、無表情でばしばしシバかれると思っていたのだが。


「……狂人の巣と呼ばれる牢に入れられたんだろう」

「え、…うん」

「だからだ。悪かったな」

 それきり言葉をつなごうとしないので、ルーは彼の横顔をまじまじとながめつつ首をひねった。


 え……? えーと……つまり? なに? 

 はしょられ過ぎてよくわかんないけど。

 いつもみたいに詳しくわかりやすく説明してほしい。


 しかし、どう考えても今回のは、自分の行動に非があるようにしか思えないので「牢に入れられたのはそもそもおいらの自業自得で」と言うと、彼はちょっとだけムッとしたような声音で返してきた。

「俺も役所にもどるのが遅れたからな。ノアに護衛を一任されてるにも関わらず。

 だから今回は不問にする」

「…や、早かったよ?」


 役所から牢へしょっぴかれて彼の迎えがくるまでは、おそらく三時間ぐらいだったはずだ。転移の魔法で跳んでったから、距離的にはそんなに時間がかからなくて当然だけど……ムーバの王宮につてがあるとはいえ、いくらなんでも深夜過ぎにいきなり訪ねてすぐ会えるとは思えない。それが国王夫妻が恩義に感じる相手だったとしてもだ。

 やはりぶしつけすぎるし、警備の向こうにいるのが当たり前の高貴な人には、会うための手続きだって必要だろう。

 むしろ陽がのぼってからあらためて訪問してくれと、門前払いされてもしかたがないのが普通じゃないだろうか。サディスが出かけた時は、まだおいらの牢行きは決定してるわけじゃなかったし、そこまで切迫した用でもなかったはずだし。


 すると、彼はおどろくべきことを淡々と告げた。

「国王は外国へ訪問中で不在だった。王妃は愛人と小旅行中、それでさきほどの大臣を訪ねようとしたが、仕事で城外を飛びまわっていて所在不明。

 やむなく顔見知りていどの既知だが、あまり当てにしたくはない王の長子に謁見を求めたら、この国で一番おおきな不夜城都市の高級賭場にお忍びで出かけているという」

「……って、それ門番に聞いたの?」

「そんな正直な門番がいたらクビになるだろう」


 どうやら、彼は城中でも王族に近く、それなりの情報をもつだれかを捕まえて聞きだしたらしい。てことは、城内に無断侵入したってこと……かナ? 

 まあ、軍国キャラベの王城に潜入したことのある人だから、そのぐらい朝飯前かも知れないけど…………………けっこう、無茶してると思うのはおいらだけなのか?


「王子を見つけたはいいが、身分を偽り身ぐるみ剥がされているところだった。

 大臣の居場所を教えることを条件に、俺が彼の持ち物をカードゲームですべてとり返すことになった。時間がかかったのはそのせいだ」


 お疲れ様デス。

 とことんやる方向が決まっているとブレないよね……さっきも言ったが、まだその賭場にいる時点で、サディスはおいらが所長を殴った事実すら知らないわけで。

 なにがそこまで彼を一直線に突き進ませたのか。

 いや、だからこそ迎えが早かったんだけど。


 それを質問してみたらば。

「はじめに役所の玄関ホールにはいったとき、おまえは何も感じなかったのか」

「……巨大肖像画と等身大胴像のこと?」

「そうだ」

 何を感じたかと言われれば、「欲深そう」「傲慢そう」「回れ右して帰りたくなる」「近づきたくない」だ。しかもそれは前所長で、甥にあたる現所長とは外見も中身もよく似ていると聞かされていた。


 そうか、ミントさんがサディスに〈怒らせちゃいけない人〉と本能で感じたように、サディスもまた所長が〈他人を食いものにする災いの元〉と本能で危機を察したにちがいない。


「納得したよ。本能の警鐘は無視しちゃだめなんだって」

 空たかくとぶ移動球からは緑の丘陵、山々の合間に街がみえる。

 箱庭のようにこじんまりとしたそれは、もう、あの夜のあいだの輝きはない。


 一度ぐらいは不夜城と呼ばれる街がどんなところか、この目で見てみたかったのだが。サディスは治安が悪いと言ってたけど、結局は王子を探しに行った上に、なりゆきとはいえカードゲームとかして遊んできたわけだし。


「いつか、おいらも不夜城に行って見たいんだけど」

 そう言ったら、ものすごく嫌そうな顔をされた。

「だめだ」

「けち」

「子供が行く場所じゃない」

「じゃあ四年後、いまのサディスと同じ歳になったら。一緒に行こ?」

「だめだ」


 四年後になっても、まだおいらは大人になってないとでも言いたいのか。

 一緒にでもダメなのか。


「む~」

 頬をふくらませて睨んだら、彼はちょっとあきれたように溜息をついて、それから言った。

「そろそろ、食事に行くか?」

 気をそらせるための言葉だとわかってはいた。

 だが、ルーはとたんに思いだした。ずっとお腹が空いていたことを。

 ぱああっと、登る朝日にも負けないぐらいに顔を輝かせた。

「パンケーキが食べたい! 生クリームとチョコシロップのかかったパンケーキ! 

 あとバナナフリッターとカスタードとそれから」

「……甘そうだな」

「甘いものに癒されたいんだよっ! サディスも疲れてるみたいだし一緒に食べよ?」

「断る」

 きっぱりそう答えながらも、細められた翠緑の瞳はほんの少しやさしかった。

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