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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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4 拷問吏ガジュ

「見つけたぞ、黒髪女」


 出た───!


 でかい男がザッザッと地を踏み鳴らしながら、砂塵のベールをくぐり近づいてくる。


 この身動きできない状況で勘弁してよッ!


 月を背にしているせいで顔はよく見えない。

 でも、あの陰湿さとマイナス磁力を帯びた声は忘れようもない。

 ルーを見おろす位置で男は足を止めた。

 眼を見開いたまま、ぴくりとも動かず大の字になって横たわるそのさまを、不審に思ったようだ。いきなり襟元をつかみ引きずりあげた。

 こけた頬にほそい顎が陰気くさい。ばさつく長い前髪のすきまからは薄氷のするどい瞳が、ルーの顔を凝視する。やはり、拷問吏ガジュだ。

 おののきつつも、ルーはあれ? と思った。


 ──ちがう。……何と? ええと、……アレだ。

 落下中に……銀球の床につながった闇から、おいらの死を見届けようとしていたやつがいて……アレは、どろっと腐ったような灰色の双眼をしてた………こいつじゃない。

 てことは、別の魔法士がおいらの逃走妨害してたってことか。

 悪党のくせに、なんて手ぎわのいいチームプレーなんだ。


 ガジュは、フンと鼻を鳴らした。

「生きているようだな、そうでなくてはつまらん」

 ふと、ルーの右上腕にまかれた帯を見て目を細めた。


「呪詛を封じたか、無駄なあがきを。たとえ大魔法士たりと封じきれるものではない。一時的に封じたところで呪詛からは逃れられん」


 不吉なこと言うなあああ──!


「──ッ、ケホ、ゲホゴホゲホホッ」


 喉が乾きすぎて、言葉が出ない。唯一の味方はどうなったのか。


 なんとなく察したのか、それともただ追いつめるために言いたかっただけなのか、やつは絶望的なことを告げた。

「銀髪の女なら、王の腰巾着ググヌが直々に相手をしている。今ごろ、得意の術に絡めとられて、さぞ」

 上空がまっしろに焼けた。

 閃光の炎が格子もようとなって、縦横無尽に闇を切り裂いてゆく。

 一瞬だけ、そこに小さな人影が見えた気がした。

「いい具合にあぶり殺されているだろう。このオレの手でいたぶれないのは残念だが。まあ、いい。向こうに皆の目が集まっているうちに」

 ニヤリ、嫌な笑いを浮かべた。


 ウソだろ……あの高圧的で容赦なくて強そうなヒトが!?


 斜めにかたむいた石壁の上に、ルーは放り投げられた。

 かなり手荒に投げられたのに、背中に痛みがこない。

 まるで人形のような自分の体に、ルーはゾッとした。

「ググヌの術で体が麻痺しているのか。砂塵で声も潰れて……むぅ、これではつまらんな」

 なにか気に入らないようすで考えこんだ。

 その片手には舟形の大刃がある。


 あの武器ってたしか、雲上に追いかけてきた時は、こいつの身長よりも長い柄がついてたような……


 見れば舟形の大刃のすぐ下で、柄の部分がスッパリ不自然に切れている。


 きっと彼に斬られたんだ……それでこいつは自分じゃ歯が立たないと、あの腐れ目玉のグヌヌとかに応援を頼んだんだ。自分を助けにきたばかりに彼は……


 なぜなのか、ガジュはくるりと背を向け、ルーの視界から足早に去っていった。

 今のうちだと、ルーは体を動かそうと躍起になる。だが、指先をふるふると震わせるのみ。

 手近な石塊をつかもうと努力しているところへ、足早に恐怖の元凶が舞いもどってきた。どこで調達したのか、手に木桶をもっている。


「術を使うと、こうるさい部下どもに勘づかれるからな。〈クトリの殺人鬼は即処分すべき〉〈拷問なぞ不要〉と。邪魔をされては興ざめだ。だから、わざわざ汲んできてやったぞ」


 ざばーっ


 ルーの顔の上で、木桶の水をひっくり返した。

 とっさに、眼と口を閉じてしまった。水が落ちてこなくなったので、薄目を開け息をするべくちょっとだけ唇をゆるめた。とたん、それを狙ったかのように水攻撃。

 うっかり飲んでしまった。しかも大量に。


「……ふっ、ぅぐ……ッ……ゲホゲホゲホゲホ! ぁにすん……だよッ!」


 思い切りむせた。

 ルーの前髪をつかみ、やつは顔を近づけてきた。


「黒髪女よ、自分が切り刻まれるサマをよぅく見ておけ。いまは痛みも感じないだろうが、もうしばらくすれば麻痺も抜ける。イイ声で啼けよ、断末魔の声を聞き逃したくはないからな──」


 そして、右手に持った舟形の大刃を振りあげた。


「ヘンタイ・根暗・腰ヌケ」


 ルーは低く、はっきりと呟いた。ガジュは動きを止めた。

「……あぁ?」

 ぎろりと、長い前髪のすきまから睨みつけてくる。

 ルーも負けず、その視線をまっすぐとらえた。


「あんたさぁ、あの銀髪の人に武器壊されて、すごすごシッポ巻いて逃げたんだろ? お仲間に交替までしてもらって。しかも、武器も持たないおいらみたいな子供を、動けないようにした上でしか手を出せないって……軟弱ぶりにもほどがあるよね。あんた、エラソぶってるけど、ほんとはすっごく弱いんだろ?」


 ドガッ


 ルーの顔からわずか一センチの場所に──大刃が突き立った。


「オレが狩る獲物の優先順位は、まずキサマだ。あの女は手柄の欲しいヤツにくれてやったまで」


 挑発に乗ってこないか、意外と冷静だな。

 しかも、ヘンタイ根暗は否定しないんだ……?


「……おいらが〈クトリの殺人鬼〉とかだから?」

「はッ、馬鹿を言うな」

 大真面目な顔で言い返された。意味がわからない。

「……でも、コレ言ったのあんたのはずだろ? 国家犯罪がどーのこーのって」

 ガジュは大刃を石壁から引きぬき、その刃腹でぴたぴたとルーの頬をたたいた。

「キサマが黒髪女だからだ」

「なんで、標的にされる理由がそれ?」

「キサマが黒髪女だからだ」

「あのさ、それ以外にフツー理由あるだろ?」

「キサマが黒髪女だからだ」

 目を血走らせて呪文のように復唱する。冷静とはちがうかもしれない。


「……わかった、よくわかったよ。あんたが黒髪ギライだってことは。金髪にでも染めるよ。だから、もう今後一切つきまとうなよ」


 投げやりにそう返すと、ガジュは獣のように歯軋りしてうなった。

「キサマ……フザケてるのか?」


 むしろ、フザケてるってゆーか、おかしいのはあんたの方だろ。


 だが、話を引きのばしたかいはあった。

 急激に、なにかの束縛が解けたかのように手足に力がはいる。

 相手の死角になる右手を、そっと拳ににぎってみた。


 大丈夫、動ける。


 そのときだった。ちらちらと光のかけらが……いや、しろい火の粉が降ってくる。

 一瞬、ガジュの意識が空に向いた。ルーはその機を逃さなかった。

 大刃のない方向へぐるっと身をひるがえし、石壁から転がって地面に落ちる。

 ガジュは反射的に、大刃をなぎ払ってきた。

 左肩口すれすれにきたそれを、さらに逆側に転がって避けきる。

 そこから脱兎のごとく駆けだした。それもつかのま。


「えっ、ええええええ!?」


 背後から水が鞭のようにしなり、彼女の腕と胴をひと巻きにして宙吊りにした。

「魔法!? ──って、あんたさっき、部下に勘づかれるから使わないって言ったくせに!」

 とっさに逃げた獲物に逆上したのだろう。

 ガジュは自らの失態に舌打ちした。


「そもそも丸腰相手に卑怯だと思わないのかっ!」


「卑怯の限りを尽くしたキサマに言われる筋合いはない!」

 ガジュは煮えたぎるような憎悪をその目に宿し、吐き捨てた。


「はぁ? ちょっと待てよ! 何の話だ!? てゆーか、いったいどこ見てしゃべってんだよッ」


 こっちを見ながら、ガジュの視線がズレていることに気づいた。

 もしや、彼の言う黒髪女とは、自分ではないんじゃないのか、という気さえしてきた。しかし、次の瞬間にはこちらに視線をばっちり合わせている。

 そして、寒気のする笑いを口許にはりつけて、大刃をルーの右膝めがけて容赦なく打ち下ろしてきた。

 もうだめだと思った。





 ──その場を、鮮烈な稲妻が直撃した。





 大刃が木っ端微塵に砕けた。

 ついでにガジュも吹き飛ばされ、石壁に激突。

 このときの衝撃で、まだ垂直に残っていた廃墟の壁部分も崩壊した。

 ルーは、自分がどうなったのかよく覚えてない。

 頭の芯がくらくらして目を開けられない状態に陥った。

 混乱しつつも足がどうなったか気になった。痛みはない。

 頭が朦朧としてるから、斬られた痛みも感知できないのかもしれない。

 なんとか無理やりあけた視界はぼやけている。


「あし……おいらの、右足……っ、どこ?」


 自分の足を手探りで触ろうとするが、どうも自分の体の前になにか壁があるので、それが邪魔で手が届かない。でも、その壁はとてもあたたかい。

 背中をぽんぽんと軽くたたかれた。


「おまえの右足なら、ちゃんとある」

 透明感のあるしずかな低めの声音が、耳元をくすぐった。


 ん?


 少しずつ視界がもどりはじめ、まっ先に見えたのは銀髪の魔法士だった。

 月のしずくのような、この世のものとは思えない幻想的な美貌をぼんやり見上げつつ、まったく傷ひとつ負ってもいないそのさまに、ルーはつぶやいた。

「……ユー、レー?」

 彼はルーの両頬に、すっと優雅に両手を添えたかと思うと、ぎゆうううと引っぱった。

「いだだだだだだッ!」

「少々、手間取ったぐらいですでに死人扱いか? いい度胸だな」

「ごれん……っれば! いらいよ! はなへって!」

 顔が変形しそうなほど容赦ないので、ベシバシとはたき返してそこから逃げた。

 改めてさっきの自分の居場所と体勢を思い返す。


 ……あれ? 

 なんかさっき、すっごい近すぎるとこにいたような………!?


 真正面から、べったりはりついていた気がする。


 昔の知り合いとはいえ、今の自分には初対面も同然のヒトに──

 しかも、自分から抱きつ……


「…ご、ごぶじで……なにより~…」


 思わず恥ずかしいような気まずいようなと目を逸らしたところ、二十歩ほど先の地面にある黒々としたものを見つけた。つい、なんとなく注視してしまった。

 かすかな細い煙の糸が立ちのぼる。まっ黒に焦げついた物体。

 顔は炭化しすぎて若いのか年寄りなのかわからない。


 しまった。うっかりしっかり見てしまった。

 これって焼死体だよな……まさかあのゴーモンリ? 

 でも、あいつ吹っ飛ばされてたような……?


 あたりを見まわすと瓦礫のすきまから、やたらでかい鉄靴が片方のぞいていた。

 やはり下敷きになってるようだ。


 じゃあ、この黒コゲはいったい……?


 ちらっと、サディスの方を見た。


「潜入に勘づかれてのち、この国全体を覆う術の〈網〉が強化された。〈魔力をもつ者〉は国外には出られない。術を強化した者を止める以外は」


「殺っちゃったの……?」

 彼が生きててよかったと心から安堵した反面、それでも殺すしかなかったのかと動揺してしまう。しかし、サディスは眉根をよせ「いや、死んではいない」と答えた。聞きまちがいかと思った。


 えぇと、でも、どうみてもこれって……


 だから、おそるおそるもう一度それを確認したとき、こっちの息が止まるかと思った。まっ黒な屍がこちらに背を向けたまま、よいこらしょと起き上がったからだ。

 ちらとサディスに黒い横顔を向け、かさかさにしわがれた声で告げた。


「フ、此度はうぬに勝ちを譲ってやろうぞ」


 そうして、ひたひたと静かすぎる足取りで、瓦礫向こうの闇へと去っていった。

「譲るも何も、反撃する魔力が残っているとは思えないが」

 呆れたようにつぶやくサディスに対し、ルーは頭のイカレた拷問吏なんかよりも、ずっと底知れない恐怖を感じていた。


 ──やだもう、ヤダ。なんなんだよっ、あの焦げ老人! 

 背中がぞぞぞってしたよ。絶対、あの闇の向こうでばったり倒れて帰らぬ人になってるに決まってる。どう見たって棺オケに九割がた入ってるよ。

 て、ゆーか、もうあの世のヒトだったにちがいない、ありえないよ!


 蒼白な顔で黙りこんでるルーに、彼は推測だが、と言った。

「キャラベ王の腹心ググヌと名乗るあの老人、改造医による手術を受けていたのかも知れないな」

「改造……イ?」

「魔獣の細胞を移植する者のことだ。鋼のごとく強靭な肉体を得られるが、副作用が多い。非合法の闇商売だ」

「……」


 魔獣って、たとえば敵兵が乗ってた凶悪ヅラなケモノのことだよね……

 それを自分の中に混ぜんの? 気持ちわる……

 どうりで、人間の範疇を越えてるから戦慄するわけだ。


 サディスは繊細そうなしろい手を差しのべてきた。

「長居は無用だ、行くぞ」

 彼女が両手でとびついたのは言うまでもない。

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 当作品「Silver tails」は、現在、2chRead対策を実施中です。

 部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。

 読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。 

 (C) 2015 百七花亭 All Rights Reserved. 

 掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n0709co/


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