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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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10 敵断定と事態の収束

 朝の、まぶしい光が地下通路に差しこんでいる。

 その光を背に受け立っている人の顔はよく見えない……が、ものすごい怒りの波動が大気を伝わってくる。びりびりと冷たい氷の針のように肌を刺す。

 ドルクを下敷きにしたおかげで無傷だったルーは、起きあがると意を決して彼に駆けよった。


「勝手に動いてごめんっっ! 謝罪はあとでいくらでもするから! 

 おいらのせいで、苦役の地に連れて行かれた人たちを追いかけるの手伝って!」


「隊商のことか。彼らならすでに御者が消えたことで、護送車での連行は不能のはずだ。いまごろ、役所前の広場に荷をとりにもどっているだろう」


「……え? そう、なの?」

 目を瞬きながらいまいち状況が読めずに、銀糸にふちどられた白皙の美貌を見つめていると、サディスは手にした黒い塊をぶらんとゆらして、ルーの目の前にもってきた。

 逆さに吊るされ目をまわしている、一羽のカラスだ。


 コレって……。


「低級な使い魔のくせに姑息な技をもっていたな。飼い主が欲まみれで俗物過ぎたせいか、コレにも更生の余地はないとみた。とりあえず魔力を封じておいた」


 あぁ、それで。護送車の御者をしていた分裂カラスが消えたってことか。

 魔力がなくなったならカラス男になれないし、もう悪さはできないよね……………

 あれ? サディスはどこまで知ってるんだろう……?


 問いかけようとして、彼が冷ややかな視線をルーの背後に飛ばしているのに気づいた。そして、自分の格好を思いだす。マントが引き千切られてずたぼろだ。


 ドルクが疑われてる!? まずいっ。


「あ、あの、ちがうから! 彼はおいらを牢から出してくれたヒトで」


 他人と間違われてはげしいスキンシップされたのは許しがたいし、許す気などまったくもってないが、それでも命と天秤にかけるほどではないはずだ。

 十数人の狂人の手に渡っていたら、無事に生きて脱出できたとは到底思えない。


 サディスは氷の大地に吹く風のような、見る者すべてを凍てつかせる微笑を浮かべた。

「牢の中にいた奴に助けられたのか? まるで脱獄常習犯のようだな」


 うっわ~、いま即座に敵と断定したよ! 

 やっぱ堅気でないのが空気でわかっちゃったのか? 

 たしかに、牢からやすやす出れるって常習犯ぽいよね! って、そうなのか!?


 思わず、ドルクをふり返って確認してしまった。口角をあげ不敵に笑ってる。

 金茶の獣じみた目は笑ってない。

 まるでサディスを値定めているような感じだ。


 そこは自重したほうがいいよ! 

 サディスに敵とみなされたら確実に寿命ちぢむよッ! 

 見ため絶世の美人でもやることなすこと容赦ないんだよ!


「ここにもう用はない」

 ふいに、後頭部をなでるように引き寄せられた。

 次の瞬間には、景色が変わっていた。





 朝焼けに照らされた広場の雑踏。

 隊商のものと思われる数台の魔獣車のまわりで、人がせわしなく動きまわっている。

 どうやら国宝泥棒の嫌疑が晴れたのか、出発の準備をしているようだ。

「ケガは?」

 魔獣車をながめていたルーは顔をあげた。

 サディスがこちらを見ている。

「あ、うん。ないよ」

「そうか」

 心なしか、ちょっとホッとしてるように感じた。


 てか。役所においらいなくて、きっとミントさんあたりから暴行発覚、ブタ箱行きになったって聞いたにちがいないから、心配させたに決まってる。


 これはほんと、反省してるし弁解のひとつもしておかなくてはと、ルーははしっと彼の袖をつかんだ。

「あの、……っ、ごめんな。はやく荷物検査すませてもらおうと思って、広場に行こうとしたら、一階で魔道具隠してるやつがいたから黙ってられなくて……それで」

「知っている」


 これも知ってるのか。まるで千里眼の持ち主みたいだナ。

 それとも、おいらの行動は単純明快すぎて手にとるようにわかっちゃうんだろうか……? そうだ、これを聞けばナゾは解けるかも。


「サディスはどこ行ってたの?」

「王宮に」

「王宮?」

 オウム返しに訊ねた。

「三年ほど前に、前宰相の謀反をきっかけにムーバ国王夫妻の護衛をしたことがある。

 そのつてで官吏監督をする大臣に会ってきた。例の国宝泥棒に関する情報の詳細だが、二十代半ば、肩にかかるほどの黒髪で背のたかい眉目秀麗の青年、左利き。

 女性のあつかいに長けかつ紳士的。だそうだ。

 おまえが通行手形を見せる必要はないということだ」

「そんなに詳しくわかってたのに、どうして情報がこの街の役所にまでこなかったんだ?」

「情報を操作している奴がいたからだろう」

「……あぁ」


 ……名前、何度か聞いたはずだけど、なんだっけ。


 人の三倍の面積はある顔だけが脳裏に浮かんだ。


 どうでもいいか、顔デカ所長で。もとより覚える気などないし。


「今回、黒髪の男という名目で、足止めした連中に適当な罪をでっちあげ、苦役場に送るつもりだったらしい。どうせ、これまでも似たようなことはしていたんだろう。

 叩けばいくらでも埃がでそうな輩だからな」

「サディス、あの顔デカ所長に会ったの?」

「独りごとの多い役人から、おまえを牢送りにした本人だと聞いた。おまえが強盗まがいの真似をする理由も特に思いつかない。部下たちの評価もすこぶる悪く最低の人格者であることもわかっている。強盗の連れである俺には牢でなく、好事家に紹介すると言ってカラスをけしかけてきたからな。丁重に断っておいた。

 近日中にでも、大臣が手をまわしてまともな所長が就任するだろう」


 それはよかった。

 きっとミントさん一同、苦労症の役人たちは大喜びにちがいない。

 それにしても、サディスが丁重に断るってどんなふうに……。


 ぷち疑問を抱いていたら、彼はまだ手にしていた逆さ吊りのカータ君をふたたびこっちに突きだした。


 思わず受けとってしまったが、……ヤキトリがいいか、トリ鍋がいいだろうか。

 とりあえず羽はむしっとこうか。


 ぶちぶちと毛をむしっていると、見覚えのある白い被り物をつけた男性が人ごみをかきわけてやってきた。隊商の長だ。

 ルーを見とめて上品な笑顔を浮かべたが、すぐにおどろいたように目を見ひらいて顔色を失った。どうしたんだろと思っていたら、小走りに彼は駆けよってきた。


「大丈夫ですか!? 何があったんです!?」


 どうやら、ルーの裂けまくったマントに衝撃を受けたらしい。ちょっと肌寒いのでボロをまとっていると自覚しつつも、脱いでなかったのだ。下に着てる道化師ぽい衣装が丸見えとか恥ずかしい、というのもある。

「えっと、なんか頭のおかしいヒトたちにひっぱられちゃって……あ、でもマントだけだからヘーキだよ」

「そうですか……ひとりだけ別の場所に連れて行かれたので、ひどい目に遭わされているんじゃないかと……」

 すると、あからさまに安堵したような顔をされた。

 その顔つきやまなざしにどこか懐かしいような覚えがあるような気がしたが、なぜなのかよくわからない。


 でも、ほんとにいいヒトだな~。

 一度会ったきりのおいらを、こんなに気にかけてくれるなんて。

 まあ、ひどい目に遭ってないかといえばどうだろ。

 狂人と追いかけっこしたり、盗賊にある意味エライ目には遭わされたりしたけどさ。

 結果的には無傷だし。心配ごともいつのまにか、サディスが片付けてくれてたし。


 長はとなりにいたサディスと目があうと、ていねいに会釈した。

「役所の方から聞きましたよ、あなたがあのカラスを仕留めてくれたそうで。御礼を申しあげます」

「障害物を排除しただけだからな。礼を言われる筋合いはない。それより何故、傭兵なり魔法士なりを雇わなかった?」

 いつのまにやらフードをまぶかに被り、顔の半分を隠してしまってるサディスは淡々と言う。商人が商品をたっぷり積んだ荷で旅をするのだ。護衛は必須のはず。

「雇い入れの魔法士たちには大事な用事を頼んだため、あのときは留守でして。

 役所にも近い安全性の確保できる高級宿に泊まっており、ほんの数時間とタカをくくっていたのが裏目にでてしまったようです」

 夜も明けぬうちに護送車で苦役の地へむかったため、かなり遠くまで運ばれてしまったらしい。

 だが、忽然とカラス男がいなくなったので、これ幸いと大急ぎで大事な荷のあるこの広場へ護送車で引き返していると、雇いの魔法士が追いかけてきて、ここまで仲間を転移してくれたのだという。


 今回はたまたま、ほんとうに間が悪かっただけで優秀な護衛を雇ってたんだね。


「仲間のひとりがカラス男の奇襲に失敗しまして。危うくあの嘴で目を潰されるところでした。助かったのは事実。礼儀を欠くのは私どもの主義に反します。

 申し遅れましたが、私の名はアルペジオ・ハーン。このたびは、故郷の家族や老いた母を連れてゆくためにこの国へ参りましたが、常は大陸の南半分を拠点にめぐる商人でございます。南の権威ターナ帝国王宮においては専属商人である証も頂戴しております。あつかう品は織物・宝石・調度から雑貨と多岐にそろえております。

 もし今後、なにかお困りごとがあり、私どもで手助けできることがございましたら、いつでもお声をかけてください。銀彗殿」

 さいごの一言に、サディスはフードの下から翠緑の双眸を彼に向けた。

「……」

 ルーは、ちらと彼を見た。


 おいらと二人だけの時はフードをあげていたけど、役人が近づいたときとか、顔をしっかり隠してたはずだ。なんでバレたんだろ。


「ところで、アレをやったのはあなただそうですね? とても痛快でした」

 そして、ハーン長はルーに向き直ると、手にしていたおおきな包みを渡してきた。

「子供の土産にと買ったものですが、どうか受けとってください」

「え!? そんな、悪いよ」

「あなたが彼を連れてきたようなものですからね。御礼がしたいのです。

 衣装ですが、マントもあるので、今のあなたには必要でしょう?」

 サディスを傍から見あげれば目が合う。「もらっておけ」と言われたので、恐縮しつつも、剥きかけのカラスを小脇にはさみ両手で包みを大事に受けとった。

「……あ、ありがとう」

「あなたもまだなら見て来るといいですよ。役所の真向かいの建物に、面白いものがありますから。では、お二方、またいつかお会いできる時を楽しみにしております」

 商人らしい口上でさわやかにそう断って、ハーン長は踵を返した。

 広場にあった魔獣車がゆるやかに列を組んで流れだす。

 隊商で歳の近そうだと思っていた少年が、魔獣車の御者台から身を乗りだしてこちらに手をふっていた。ルーも元気よく手をふり返した。

 片手に包みをもっていたので、小脇にはさんでいたカラスが、ボトッと石畳の上に落ちた。


「ナァ~ニスルンダ、チクショウメ! ックシュッ」


 カラスは意識がもどったようだ。そして、己の大惨事に気づいた。

 九割がた黒い羽毛がなくなっている。まわりの石畳に絨毯のように散らばっているではないか。

「いけない、落しちゃった」

 ルーは、がっとその足首をつかんで、ふたたび逆さ吊りにした。

「なんか気になるから、そこの建物見てくるねっ」

 返事を待たず、ルーはカラスをぶんぶんふり回しつつ、スキップしながら教えてもらった場所へと向かう。目と鼻の先なので止められることはなかった。

「ヤキトリがいいかなっ、トリ鍋がいいかなっ、それともトリのカラアゲ、トリシチュー、トリバター炒め、トリ餡のパイ詰めかな~っ。なあ、どれがいい?」


「ヒイッ! テメー食ワネツッタダロー! コノ嘘ツキメェ~!」


 カラスは肌色のぶつぶつの手羽を必死に振りながら、なんとか逃れようともがいている。まだ頭のほうに残ってる羽毛をぶちぶちとむしりながら、ルーは笑顔で言った。

「まずそーなカラス人間はともかくさ、あんた、今はただのカラスじゃん。

 鳥肉じゃん、食べるでしょ。ふつー、食べるよ。おいら、すっごくお腹空いてるし。

 あとで近くの料理店でサバいて調理してもらうから。覚悟しといて。

 あ、酒蒸しってのもいーよねーっお腹割いて野菜たっぷり詰めて」


「ウヒイィー、イヤアアアアアアアアアアアアアァ」


 カラスはリアルに想像したのか、滂沱の涙を石畳に落としている。


 だが姑息なのはわかってるので、おそらくそれは演技だろう。

 この程度ではだまされない。こいつの性悪さは飼い主とおなじレベルだ。


 ルーは最後の羽毛を、ピンとひっこぬいた。

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