9 エロボス狼は盗賊と判明
「先に行け」
「……いいのか?」
ドルクが頷くのを見て、ルーはその細縄を受けとった。
かなり細いので途中で切れたらと不安がのこるが、両手でひっぱって強度を確認し、かなり頑丈そうだとわかったので、壁を足場にいそいで登ればなんとかなるかもしれない。
夢中で登った。身の軽さも幸いしてか、危惧したことは起こらなかった。
天井近くまで行くと光を見つけた。ドルクの腕輪から放たれたちいさな楔が岩に食いこみ、それを中心にまるで根をはるような光が天井に走っている。
その近くに黒い横穴らしきものを見つけたので、そこに身を滑りこませた。
まわりを手探りすると、かがんだ体勢ですこし天井があくぐらいの高さがあり、両手をひろげた位置で岩壁にぶつかる。足下も岩だ。
さっきまでは薄暗いとはいえ松明があったので、それなりにまわりを見ることはできたが、楔の光が近くても横穴まではさすがに届かない。
その奥から空気の流れを感じる。きっと外に通じているのだ。
それで、ドルクにも上がるように言おうと、穴から顔を出して下をのぞいた。
すでに、彼は半分まで巧みに縄をくりながら尋常でない早さで登っていた。
だが、さらにその下を見てギョッとした。
彼が言うところの薬物中毒者たちが団子になって、たよりない細縄を奪いあい登ろうとしてるではないか。
というか、すでに二人ほどが登りはじめている。
小石の崩れる音が近くで聞こえた。天井を見れば、光の根が点滅している。
楔のまわりがかすかに振動している。外れようとしているのか。
あわてて細縄を両手でつかんだ。
重い、重い重い重い! 切れそう!
危険を承知で手を放すことができなかった。
体が細縄の重みにひっぱられて、ふわっと宙に浮きかけたとき、それを飛びこんできた大きな影に押しもどされ、横穴に転がりしたたかに背中をぶつけた。
「……うぅ、……重い……ッ」
「わりィ……」
ドルクのでっかい体に下敷きにされていた。
もともとない胸がさらに窪みそうだ。
「なんで手え放さなかったんだ?」
ぜいぜいと酸素をとりこみながら答えた。
「落ちたら死ぬじゃん」
そう、下から見たときよりも、上から見たときのほうが恐怖感が増した。
たとえ下の連中がマットになって運良く命があったとしても、骨折は免れないだろう。
そして、これ幸いとやつらに襲われるにちがいない。
再び下をのぞきこむと、団子になったやつらが悔しげな咆哮をあげて暴れ狂っていた。
「つまり、一緒に落ちる気だったってえことか?」
「なわけないって。結果オーライなんだから細かいこと気にすんなよ。とにかく行こっか。
手探りになるけど」
「ちょい待て──」
聞き取りにくいつぶやき。ふいに視界にちいさな光が灯った。
それは、徐々に大きくなって広がり狭い通風孔内を照らした。
その光源はドルクが手にした細い鎖の先にある。ちいさな丸い水晶玉のようなものが、ゆらゆら輝きながらゆれている。彼はその輪になった鎖を、ルーの首にかけた。
「……明かりの魔道具?」
「ああ」
「……また精霊言語習うの大変だったんじゃ」
「いいから、おまえが先導しろ」
やはり、呪文ひとつに難儀したらしい。せっかく便利なものを借りたのに難癖つけるのもよくないと思い、今度は黙っておいた。
「うん、わかった」
「……えらい素直だな」
「とりあえず助けてもらったからな、ありがと」
「貸しひとつな」
「さっき、無断で抱っこしたり頬ずりしたり尻なでたから帳消しだよ」
「それは下の連中から助けた代償だろ?」
「あんたも男ならさ、みみっちいこと言わず、たまには正義感だけで行動してみろよ」
「……ハッ、馬鹿馬鹿しい」
むっとして顔を見れば、なぜか笑っていた。
言ってるほどバカにした感じでもないが、呆れたような、それでいてなにか懐かしいものでも見るような目をしている。
……どれだけ訂正しても、知りあいのルチルだと頑として信じこんでるみたいだ……。
なんかムズガユイ視線をふり払うように、この先のことを考えてハッとした。
「そうだ! 助けたい人たちがいるんだ! ぐずぐずしてられない!」
ルーは空気の流れてくる方向にむかって、四つん這いになってざかざか進みはじめた。
たて幅が狭いので、その方がはやいのだ。
ドルクは追うのを忘れて、ぽかんとした顔で闇の中、見送ってしまった。
「あいつ……自分が脱獄中なの忘れてやしねーか……?」
通風孔は、見覚えのある二又の道の手前にある天井につながっていた。
高さはそれほどないので飛び降りた。通路をてらす松明があるので、明かりの魔道具はもう必要ないと思い、やや遅れてついてきたドルクに返した。
そして、隊商の人たちが連れて行かれた右の道へと、ルーは足を進める。
「そういや、いつからあの牢に居たんだ?」
「四日くれぇ前か」
「……よっぽど酒好きなんだね」
自分なら美味しいケーキをてんこ盛り用意されたって、こんなところに居座る気にはなれない。咆哮をあげ鉄棒を揺さぶる狂人の宴を見ながら酒飲むとか、信じられない。
牢をぬけ出たせいか緊張感がだいぶ和らいだせいか、あらためて後を歩く男の得たい知れなさについて考えるゆとりができてしまった。
「ドルクは……傭兵なのか?」
「いいや」
「……」
「聞かないのか?」
「なんか堅気じゃない気がするからやっぱ聞かないほうがいいんじゃないかと心の声が」
「盗賊だ」
にやっと、ドルクは笑った。
ああ、正義にほど遠い人種だよね。
無償で人助けとかイヤだよね。ありえないよね。
なんでこんな人に助けられちゃったのかな~、いやそれが悪いわけじゃないけど。
ちょっと遠い目をしてから、彼に視線をもどした。
そして、右手の平を彼に向けてその歩みを止めた。
「ここで別れよう。おいらは、この先に捕まってる人たちを助けたいから。
ドルクは先に地上への道を出ていーよ」
けじめはつけるべき。折り目は正すべき。これ以上、盗賊なんぞのご厄介になってはならない。縁づいていい相手ではさすがにないだろう。
呪詛に関する以外の追手が増えるのは極力避けたい。そして、潔癖そうなあのヒトがこれを知ったらどんな顔するやら……ちょっとコワイ。
ただでさえ旅の初っぱなから、彼の命令を無視し起こったトラブルなのだ。
……命令ムシ……あぁ、あの約束破っちゃった………。
旅立ちの日に、ルーが彼の命令を無視をした場合、ビンタか蹴りという約束をうかつにもしてしまった。ちなみにビンタと蹴りを提案したのは自分だ。
そんなおバカな自分が、いまはものすごく怨めしい。
急に警戒心ばりばりになったのを察してか、ドルクが片眉をあげて「遠慮するこたねえぞ」と言って、ルーの右手首をひょいとつかみ、そのまま引きずるように歩きだした。
ぅえええええ?
おいら盗賊と仲良しになりたくないんだけど──ッ!
しかし、一応の恩人に面と向かってそれを言うのはさすがにはばかられる。
ヒトとしてそんな礼儀知らずなマネはできない。
「そうだ、おまえ棍はどうした? 年季の入った愛用の、すげえの持ってただろ。
バゾフ所長に取りあげられちまったのか?」
「……棍?」
「前に尻撫でたら、それでどつき返してきただろ」
そうか。ルチルもきっと迷惑してたんだな。このエロボス狼に。
てっきり仲良しなのかと思っていたが、こいつの一方的にうざいスキンシップだったのか。気の毒に。同情するよ。
生温い目で見つめ返しながら「そんなもの知らないよ」と、そっけなく答えておいた。
通路の角を曲がったところで、広い場所にでた。
やはり、こちらにもおおきな鉄牢がある。がらんとしていた。誰もいない。
ぐるり四方を見渡した。やはりいない。
かれこれ役所でのトラブルから三時間近くは経過してるはずだ。
ということは、すでに夜が明けてるってこと。
「……っ、苦役の地に移送されたんだ……!」
ルーは急いで、もと来た道を駆けもどった。二又の道をとびだし長い通路にでる。
一気に地上まで走るつもりだった。だが、それは叶わなかった。
そんなに走らないうちに行き止まりになったからだ。
目の前には天井までおおう頑丈な壁がある。
「なんで……!?」
こんなの、来たときはなかったはずだ。
もしや、囚人が逃げださないための緊急の仕掛けか。
──ということは、おいらとドルクが牢から抜けだしたのがバレてる?
クックックッ
クヘッ クヘッ
クヘヘヘヘヘヘッ
頑丈な壁の向こうから、かすかに腹立たしい声が聞こえてきた。
まるでイタズラが大成功したとでもいうかのように、くるくる回って小躍りしてるカラス男が容易に想像できる。
おのれ、カラス男……! いつかトリ鍋にしてやる!
どこまでも障害物なカータ君に再度、怒りがわく。
「こんな仕掛けがあるとはな。て、何やってんだ?」
両手を壁につけ満身の力を込めて、ぐぐぐと押しているルーに、ドルクは呆れたような顔をする。
「う~、こっ、ここさえ開けば……っ! 出口は近いのに……すぐそこなのにっ」
「人間の力じゃ開かねーだろ」
ムキになって右足でがんがん蹴飛ばしてみたが、一向にびくともしない。足首が痛い。
「おまえ……ほんと足癖わりぃな。もどるぞ」
ほんとってなんだよ?
……あぁ、狂人の頭蹴ったり踏んだりしてたからか?
……あのとき、寝てたんじゃなかったのか。
「……もどるって、どこへ?」
「さっきの通風孔。おまえ、ざかざか進んでたから気づかなかったろうが、途中にべつの横穴が一箇所あった。風に草のにおいが混じってたし、直接外につながってるかもしれねぇ」
そう言われて、まだ希望があったことに安堵しつつ、通路を十メートルほど引き返した。そのとき。
ドオオォン!
爆風とまっしろい閃光が、背後から襲ってきた。
体が浮いてふっ飛んだが、奥に進んでいたドルクにキャッチされて、地面をころがった。頭の上を無数の岩片が飛んでゆくのを感じた。




