7 狂人の巣の支配権はボス狼にある
たどり着いた場所は、あかりがまったくなく真っ暗だ。
カータ君は入口でちょっと首をひねり、自分がもつ松明を掲げながら壁際にいき、それを置いた。とたんに何倍もの明るさになる。
どうやら磨いたうすい銅板かなにかを曲げて灯火台のうしろに設置することで、松明のあかりが反射して増幅しているらしい。
おかげでまわりがよく見えた。わりと奥ゆきのある空洞の手前に、鉄柵を上下の岩につき刺して扉をつけただけの、牢らしきものがある。
むろん、中はむきだしの地面の床に壁と天井。先客は十三人。
いずれもガタイのいい野郎どもで、なんていうか荒くれ風というか、それだけでなく目つきがおかしいというか、狂気じみた気配を感じる。
ふと、ルーはそこに黒髪が一人もいないことに気づいた。
グゥワオオオオオオオオオオオオオオオ
突然、獣じみた声がひびき渡った。
岩壁に反響しまくるそれに、カータ君とともにビクッとして、壁際にあとずさった。
鉄柵の側にいた、ひときわでかい牛みたいに鼻輪をつけた大男が、鉄棒をへし折らんばかりに握りしめガタガタゆらしてる。
カッと見ひらき血走った眼でこちらを凝視しながら。
カータ君もガタガタゆれている。怖いのか。
黒く光る羽毛の頭に汗が浮きあがり光っている。
牢の奥のほうで寝転がっていた連中が、もそりと起きあがり、はじめはゆっくりとした動作でぼんやりとこちらを眺めていたが、なにを思ったか急に駆けだして来てわめきながら、同じように鉄棒をガタガタとゆすった。
いやもう、ヒトの言葉になってないというか……上からパラパラ小石や砂が降ってくるんだけど。そのうち鉄柵ごとはずれるんじゃない?
もしや、こっちの牢は別口の犯罪者を集めてるとか……?
たとえばもう苦役に就かせるのも困難な危険人物とか~……
頭のイッちゃってるヒトとか~……ははは、……
おいらをこいつらの仲間に入れんの? やだソレ。
カータ君を見た。ふきだした汗の玉が黒い羽毛をすべり、地面にいくつも染みをつくっている。ルーをこの中に放りこみに来たものの、牢を開けたら最後、飛びだしてきかねないほどヤツらが大興奮しているからだろう。
このまま所長の命令を遂行しようとすれば確実にまきこまれる。
ヤキトリどころか生でムシャムシャ咀嚼されるにちがいない。
一見のルーですら、連中が普通でないことがわかるのだから。
右をみて左をみて真上を仰ぎうつむいて、それを三回ほどくり返し、ようやく彼はなにか思いだしたらしい。黒くて毛深い懐からちいさな笛をとりだした。
くちばしにくわえて、それを吹くと音なき音がひびく。
「!」
ルーがビクついて、耳をおさえ顔をしかめながら膝をついた。
牢の大男たちも苦悶に顔をゆがめて、徐々に地面にふせてゆく。
やがて、だれも身動きひとつしなくなった。
ニヤリ。
カータ君は満足げにくちばしの端をゆがめた。
ビリリリッ
不快な音で目が覚めた。
ぼやけた視界に、自分をのぞきこむいくつもの人影らしきものが見える。
……さっきの、何が破れた?
頭がうまく働かない。あのド腐れカラスが吹いた笛の音のせいだ。
急にひどい頭痛がして、あっというまに目の前が暗くなった。
倒れたのか、おいら……倒れた!?
思わず、はね起きた。本能的に、目の前に伸びてくるいくつもの無骨な手をくぐり、わずかな隙をころがり抜けた。
目の焦点が合ってない男たちのニヤついた下卑た顔。
体を包んでいたマントが無惨に破れていた。幸い下のほうはまだ無事だ。
見れば、ルー的に一番危険そうだと感じた咆哮をあげていた大男が、ほかの男たちと殴りあいをしている。というか、一方的に大男が殴り飛ばしている。
仲間割れかと思ったが、そもそも、この場所にいるだけで仲間ではないだろう。
目つきはどいつも似たような感じで、どろんと濁り充血している。
そのくせテンションが高く狂気をただよわせている。
たぶん、新人を玩具にして遊びたいがための争奪戦なのだろう。
いやな歓迎会だ。
ここのボスっぽい大男が、先に手を出そうとしていた連中ともめ、その間に残りの連中に、ルーはとり囲まれたらしい。
役所の玄関ホールほどに広い岩牢の中を走って逃げつつ、そんなことを考える。
どっちにしてもここにいるのは全部、敵だ。
牢の外にちらと目を向けると、カータ君があかりの側でクチバシをゆがめ目を三日月のようにして、「クックックヘックックッ」と、逃げるさまを楽しんでいる。
ここから出たら、絶対あの羽根を全部むしってやる!
枕につめて売ってやるからな!
男たちは異様にニヤニヤして、奇声をあげて飛びかかってくる。
森の中で狼の群れに囲まれたヤギが脳裏に浮かんだ。あいにく武器はない。
早々に買う予定ではあったが、買う前にこんなところに来てしまった。
まあ……持っていたとしても、カラスに取りあげられたとは思うが。
男たちはチームプレーすらできないようで、各々好き勝手に襲撃してくるので、互いにぶつかりあいながらころげている。
ルーは壁にいきおいをつけて駆けあがり反転し、両手を広げて襲いかかろうとしていたヤツの顔を踏んづけて着地してやった。
自身の腰のほそい皮ベルトを引き抜き、びゅうとしならせると、その金属のバックルで、次にななめ左前から来たヤツの目をめがけて殴り、背後から来たヤツを避けざまに、その足首にベルトをバシッと叩きつけて転がし、ついでに、ベルトをその喉元にひっかけて背後からガッと締めあげた。
アゴがないほど首が太過ぎたせいなのか単に力不足か、すぐに気絶しなかったが、アゴなし男は首をしめられたことに恐慌状態となり、真っ青になってばたばたと暴れ、背中にまたがっていたルーをふり落とそうとした。
さらに、ルーの背後から文字通りダイブしてきたヤツらがいたので、ころがるようにして難を逃れた。そいつはアゴなし男の背をクッションに着地した。
同じように考えていた男たちがいたらしく、しかも同時だったので、アゴなし男を下敷きにパンケーキの四段重ねのような状態になった。
なぜ、この緊迫した状況でパンケーキが浮かぶのか。
走ってる最中に、哀しいくらいお腹が鳴った。
それで思いだした。丸半日、なにも食べてない。昨日のお昼にスターブレス島を出発した直後に、ちいさな堅焼きパンをかじったぐらいだ。
そのあとは移動球の中でずっと寝てたから。
なぜかっていうと、前々日の夜から朝まで徹夜の〈悪夢騒動〉があったから寝てないし、そういや、朝は朝でキャラベの馬鹿殿の襲来に遭って、朝食も食べてなかった。
携帯食料のはいった鞄は、おそらく所長に盗られたはず。
あの食い意地のはってそうなヒトの三倍はゆうにあるでかい顔を思い出し、食べられてないといいけどと切実に思った。
だって堅焼きパンや干し肉、クルミ、ナッツ、チーズの他にチョコレートも一箱入ってるし。
しかし、一人対多数はキツイ。
しかも、逃げ場のないこんな狭い場所では、いつまでも追いかけっこは続かない。
突進してきたヤツをかわして、足払いをかけてころがったと同時に、その後頭部を思いきり踏んづけた。まずった。禿頭だったせいで、すべって膝をついた。
しかも、例の危険指定した大男だ。
体格的にも体力的にもこの中で一番強そうだと感じていたから。
後から伸びてきた手に髪をつかまれ、グイと勢いよく引きあげられた。
「オイ」
目の前で声がした。
ぎょっとした。いつのまにか、まん前の壁によりかかって、けだるげに座る無精ヒゲの男がいた。ルーの髪をつかんでいたヤツの手がおおきく、びくりと震えた。
「その手を放せ。そいつはオレのだ」
また、目の前の男が凶悪にみえる犬歯を剥きだし、低く唸るようにそう言うと、髪から手が離れていった。
ふり返ると巨体の男だけでなく、追いかけ回してきた男たちすべてが、まるでボス狼に威嚇された子分狼のようにすごすごと、こちらをチラ見しながらも部屋のすみにいって腰を落している。
もう一度、無精ヒゲに視線をもどした。
眠そうにアクビをして首のうしろをかいている。
追いかけてきた連中の中にこの顔は見なかった気がする。
ここでずっと寝てたのか。そいつはオレのだって、どーゆー意味だ?
いや、それより逃げるべきだろ。
半眼となってまどろみかけている男の前から、そろそろと膝つき状態で後ずさりしていると、がしっと太い腕が背中にまわり問答無用で抱き寄せられた。
そして、そのまま無精ヒゲの男は眠ってしまった。
放してくれ、おっさん。
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