2 行く手を阻むカラスと役人
目指しているのはガレット国。
旅の出発地点である内海のスターブレス島から北東へ進み、クレセントスピア大陸西端にあるムーバ国、その東となりに位置するセシル国をぬけてガレット国にはいる予定だ。
この国には、ルーの呪詛を解く手掛かりとなる、〈幽玄図書館〉の入館証をもつアビ・ゼルハム氏がいる。〈幽玄図書館〉とは、「この世から失われた本がある」という噂の、何処に存在するかも知れぬ不思議な図書館のことである。
9月7日、午前一時。
銀にかがやく一粒の泡玉がくらい夜空をすべるように、ムーバ国の国境を越えた。
それは魔法の産物である移動球。透明な泡玉の壁のなかにはふたつの人影。
スターブレス島を発って、十二時間が経過していた。
いつのまにか布鞄を抱いてリスのようにまるまった体勢で深く眠りこんでいたルーは、ふいに目が覚めた。
まだ昼だと思っていたから、真っ暗なのでおどろいた。
目がなれてくると雲間にちいさな星明かりがみえるが、月は隠れているようだ。
となりにいたはずの旅の相方がいないので首をめぐらすと、すこし先に立って前方をながめていた。
長い髪が移動球の光にてらされ淡く白銀に輝いている。
彼は枯れ葉色のフードマントの下、濁緑の長そでチュニックを革ベルトでしめ、黒のズボンと革ブーツという、ごく地味な旅装をしている。
追手がかかるのを念頭に、目立たないためではあったのだが。しかし、それもフードを上げている時点で、〈地味〉という言葉は木っ端微塵に吹きとんでいた。
ほんとに人目を引くな……。
そんなことを思っているルーの旅装といえば、膝丈の蓬フードマントの下は、かなり奇抜な道化師的衣装だったりする。
けれど、まあ、マントで隠してるから何も問題ないはずだ。
声をかけようとしてふと視線を下に向けると、なぜか透明な床の下にも暗闇の海に星が広がっている。 瞬きしつつ注視すれば、どうやら地上の街並をてらす灯火のようだ。
こんな夜半にあれだけの灯をつけるとは、なんて景気のいい街なんだろう。
かなりの金持ちであるひいじーちゃんの館ですら、夜半にはすべて消灯されていたというのに。
まるで色とりどりの星がはいった桶のようだ。一箇所だけではない。
山を越えるたびにそれはある。物珍しげに床に両手をついてながめる。
お店とかあるのかな?
旅の必需品ともいうべき武器を買わなくてはならないことを、ルーは思い出した。
「なあっ、サディス。あそこに寄ってくれないかナ」
地上を指さしながら、移動球をつくりだした主にお願いする。
「何故?」
「武器、買いたいから」
「次のセシル国に入ってからにしろ」
反対された。
何故だろうと小首をかしげつつ聞き返した。
「もしかして、あそこには売ってないとか?」
「売ってはいるが、勧めない」
「なんで?」
「ムーバは別名、傭兵王国ともいわれる。傭兵業が盛んで国規模で武芸向上につとめ、友好国への貸し出しなどもしているぐらいだ。よって、他国から仕事の斡旋を受けるために登録にくる流れの傭兵も多い。
国の雇いいれ基準は五段階分けで技量・人格を審査されるが、それからはずれた粗悪な連中を、民間の仲介業者がかってに集めて、さらに三段階評価でふるいにかけ商売をしていたりもする。そこからさらに漏れた粗悪中の粗悪な連中は、きわめて悪質な国の名をかたる業者があらわれる不夜城の街へおもむく。当然、治安が悪い。
セシルまでこのまま下りることなく通過するのが最善だと覚えておけ」
なにかいやなことでも思い出したのか、眉間にシワをよせて不愉快そうに告げた。
「……前に来たことあるの?」
「あぁ」
すこし逡巡したが、やはり言っておこうと思ったのか「三年前に」と話しだして、すぐなにかに気づいたように移動球の進行方向よりやや右下を見た。
ルーもゴマ粒ほどにちいさな影のようなものが、地上からだんだん近づいてくるのを発見した。
「魔獣……?」
四、五頭の群れだろうか。こちらの移動球の速度が速すぎるせいか、あっというまに視界からはずれ見えなくなった。
風圧も感じない快適な球の中にいることと、山頂すら俯瞰する高度を飛んでいるせいで体感速度があいまいなのだが、山や丘陵もひとっとびなので、相当の速さなのだろう。
それにしても、さっきの魔獣はなにか変だった。
こっちめざして空を翔けあがっていたようにみえたのだ。
襲撃するつもりだったのかな?
たしかにこの移動球、昼間ならまだしも夜の闇のなかでは銀光がけっこうめだつと思うけど。だからこの高度で飛んでるわけなんだけど。
……まさか、まだ半日しか経ってないのに追手とか?
この身は〈クトリの呪詛〉と呼ばれる古代の呪い持ちなので、軍国キャラベに追われている。先日、サディスや曾祖父のおかげで、追跡してきた追手を一時撤退させることができたので、旅に出たのだ。
敵も態勢を立て直すのに、少なくとも二、三日はかかると予測されていたのだが。
「キャラベ軍、かな?」
「魔獣に乗っていたのはこの国の兵だった。いや、あの制服は役人か」
……魔獣に乗ってたヒトが見えたんだ? しかも着てるものまで?
すごい眼力だね。おいらも目はいいほうだけど、せいぜい四脚の動物ぽい影が飛んでるから、魔獣かな~って思ったぐらいだよ。
あ、また眉間にシワよせてる。今度はなにが……。
「……意外としつこい」
今にも舌打ちしそうなサディスの、不機嫌でもなおかつ美麗な顔に注目してたせいで、いつのまにか移動球が失速し、中空で停止していたのに気づかなかった。
「あれ? 止まったよ?」
「目の前に〈網〉を広げられたからな。ひっかかる前に止めた」
「ええ? 〈網〉といえば魔法の〈網〉だよね!? 魔法で勝手に不法侵入しようとするやつらを捕まえる、あの各国の国境共通〈網〉と同じ……って、おいらたち不正入国じゃないし! ちゃんと通過証使って国境越えたのに!」
魔力なしのルーはそもそも持っていないので、もちろんサディスの通過証なのだが。
「申ッシ訳アリマスェンガ~」
移動球の目の前で、闇夜にまぎれてカラスが一羽はばたいていた。
ルーはカラスを食いいるように凝視した。
いま、しゃべったよね?
「タッダイマァ~、ワガ国ニ、第一級犯罪者ガ潜伏シテオリマァ~スッ。コレハ~国家命令デェ~スッ。オ手スウデスガ~、コチラノ誘導ニィ、シタガッテクダサ~イ。
……ケッ、ニゲラレルト思ウナヨ、コノ不審者ドモメ」
「……どうする? カラスがなんか、すっごいムカつく案内してんだけど……?」
第一級犯罪者…? それって、まさかおいらのことじゃないよね?
や、でも、キャラベ軍には抹殺対象にされちゃってるし、まさかこの国にまで根回しされてるとか……!?
「その犯罪者は何をした?」
サディスが冷静に問い返してるので、ちょっとおどろいた。
さすが、天才魔法士はしゃべるカラスごときじゃ微塵も動じないのか。
「友好国ベレネッタノ~、国宝盗ミマシタ~。ベレネッタカラ捕獲ノ協力要請、受ケテマァ~ッス。国宝ドロ黒髪ノ男デェ~ス。……オイ、ワカッテルカ?
国外ヘ出ヨウトスル不審者ハ、カタッパシカラ捕マエルンダゾオオオオオ」
黒髪男と言われ、ルーは困った。
外見は黒髪少年にしかみえないが正真正銘、女だからだ。
ちなみに相方は、銀を細くのばし糸にしたような見事なまでの銀髪だ。
「完全なとばっちりだな」
サディスはフードを目深にかぶり直し顔半分をかくすと、足下を見つめあからさまに不機嫌な声をもらした。ルーも足下をのぞく。地上は無数の光の桶がある。
治安が悪いという不夜城の街が。
この国のどこを飛んでもあるんだな。
腐敗の温床になってやしないかムーバ国。
「サアサア、コチラデェ~ス! ……オイ、ワカッテルナ?
ニゲタラ鞭ウチ百回禁固刑ダゾウ。ハッハッハ~」
口の悪いカラスだな。
てゆーか、いったいコレの飼い主はどんなやつなんだ。
サディスが右手のひとさし指を、ピッとはじいた。
「アヂアヂアヂアヂ!?」
カラスの黒い尾羽が景気よく燃えていた。びっくりしたカラスはくるくる回転しながら「オボエテロヨー、チクショウメ~」と、絶叫しつつ墜落していった。
「ああっ!? 所長の使い魔が! あなたたち、なんてことしてくれるんですかッ!」
落ちてゆくカラスに驚愕の声をあげながら、糸目の青年が翼のあるカモシカのような魔獣を駆って近づいてきた。どうやら、カラスと話したせいで後援がかけつける時間をつくってしまったようだ。そう思っていたら。
「あんなフザケたものが相手では話にならないからだ」
サディスはそう言った。
すると糸目の青年は「そ、それはそうか」と同意しかけて、「いやいや、これを許したら僕の首が飛ぶじゃないか」と首を横にふった。
「こ、公務妨害で捕縛させてもらいます!」
手の中にもっていた黒くてまるい物を、こちらに投げつけてきた。
それは投網みたいにばっと形を広げ、移動球の上にふりかかってきた。
だが、すぐに熱に溶けた砂糖菓子のように消えてゆく。
そのさまに、青年はぽかんと口を半開きにしたまま呆気にとられている。
サディスが冷ややかな口調で問うた。
「で? ろくな事情説明もなしにいきなり暴挙に出るのは、この国の役人の礼儀か」
「えっ!? 説明……しましたよね!? さっきいた所長の使い魔が!」
「不審者は片っ端から捕まえる、逃げたら鞭打ち百回禁固刑と言っていたが。
そのことか?」
サディス、カラスの悪態のとこだけ拾ってるよ……。
青年は見るまに青ざめた。
「まさかそんな所長の本音だけ伝えるなんて……これだからトリ頭は」
小声でぶつぶつ言ってるが、しずかな夜の帳では聞き耳を立てずとも丸聞こえだった。
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