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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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3 逃亡阻止

 四方の暗闇から、いっせいに光の玉が尾をひき眼前に迫る。

 となりに立つ彼が、手をひと振りしただけで見えない壁が瞬時に構成され、それを阻んだ。遮断された光の玉が花火のようにはじけた。

 さらに追うようにつづけて青や赤の閃光がはげしくぶつかり、爆音とともに四散する。


「なっ、なに……!?」

 ルーは身をすくめた。


「この城の魔法士どもが庭に潜んでいる。術で攻撃を仕掛けてきたんだ」


 ふいに、その攻撃がやんだ。ゆらり、それは真正面に現れた。

 深海の底からはいあがってきた亡者のようだった。

 真青の長髪で顔をおおい、不気味な笑みを刻むうすい唇だけがそこからのぞく、青年。淵色の鎧を身につけ、その胸部には鮫が打ち出されている。

 ほのかな光をおびて宙に浮かび、くくくと喉をふるわせて笑った。


「処刑まぎわの脱走か。しかも手引きつきとはな、どこの誰だか知らないが感謝するぞ」


 ルーは、きょとんとして彼を見た。

 敵だろうに、なぜ感謝されるのかわからない。

 すると青髪の青年は、ひたとその視線をルーに向けた。

 前髪のすきまから研いだ刃のように剣呑な眼が、ぎらりとのぞく。


「せっかくこのオレが捕まえたというのに、〈クトリの殺人鬼〉は即処分にする決まりでな、上からのお達しで拷問の必要はないという。この優秀な拷問吏ガジュ・ロビンの腕が……!」


 ざわりと悪寒がした。

 拷問のイメージを思い出すよりも早く、本能的に言いようのない気持ち悪さをルーは感じた。思わずとなりにいたサディスのマントを、ぎゅっとつかんだ。

 サディスはそんなルーを一瞥し、目の前の青年に問いかけた。

「それで?」


「〈クトリの殺人鬼〉が他国に野放しになれば、防波堤であるはずの我が国キャラベの沽券に関わる。これは国家犯罪だ、どこのだれがその陰謀を企んでいるのか吐かせるのが、オレの役目ってわけでな……一度に二人の女を責め立てられるチャンスなどそうそうない。愉しみなことだ」


 ガジュはにやりと薄い唇をゆがめた。

 いつのまに忍び寄ってきたのか、ガジュのように身ひとつで滞空したり、恐ろしげな翼の獣に乗った兵士らが、ぐるりと二人を囲んでいた。その数五十ほど。

 ルーはひやりとした冷気を感じて、サディスをみあげた。

 彼は、ふ、と息を吐いて微笑した。冷たい。

 眼差しはどこまでも凍てつくほどに冷やかで、心臓が縮みあがりそうな笑みだ。

 はた、とルーは気づいた。


 あれか、女とまちがわれたことを静かに怒ってるんだ……!


 なんだかとり囲む敵より彼の方がこわくなって、つかんでいたマントからそっと手を放し、一歩あとずさりかけると、すかさず二の腕をつかまれた。

 絶対零度の視線を拷問吏ガジュに向けたまま、サディスは言った。


「せっかく来たんだ。置き土産なしはやはり失礼だろう」




 閃光が炸裂した。




 とっさのことで、ルーはあいた左腕で目をかばうのが精一杯だった。

 耳にドン! ドン! とつづけざまの爆音が轟いた。

 爆風に体がさらわれそうになり、強い腕に引きよせられたところまでは覚えている。飛びかう閃光と、爆音のまっ白に染めぬかれた空間。

 一瞬だったのか、それとももっと長かったのかわからない。意識が完全に飛んだ。





 ごうごうと、耳もとで唸るものすごい風圧に気がついた。

 頭のてっぺんから爪先まで、暴風が叩きつけてくる。

 目なんてまともに開けていられない。

 なんとか周囲を確認しようと、両手でかばいつつ薄目を開けた。

 それでも、指のすきまから容赦なく忍びこむ風圧で涙が出てくる。

 さっきとはまた違う、まっ白な景色の中にいるようだ。

 密度の高い霧の層をつき抜けて──飛んでいる。


 飛んでいる? おいらが?


 どうやら、腰ベルトを背後から誰かにつかまれ運ばれているらしい。

 なんとか首だけ振り返っても、しろい霧の奔流が邪魔をして、その運び主がよく見えない。


「…ッ、……!」


 あの銀髪の人なのか確認しようと声をかけようとするが、風圧に負けて自分の声すら聞こえない。それどころか息がつまる。仕方ないので口を閉じた。敵じゃないことを祈りつつ。


 どさくさであの亡霊みたいな男に捕まってたら、めちゃくちゃイヤなんだけど。



 びゅるるるるるるる



 背後から、渦巻くような別の風音が近づいてくる。

 いきなり左足首が、がくんと抜けるような衝撃。

 上昇が突然止まり、銀の一閃が、自分の足先をくぐって飛んだ。

 風で、銀糸の束が頬をかすめる。見上げてサディスの顔を確認できて、ホッとしたのもつかのま、いきなり宙に放り投げられた。


「うわあああっ!?」


 ぽてんと、尻もちをついた。

「え?」

 銀光を発する透明球の中にいた。


 なにこれ、どうなってんの?


 サディスは銀球の外にいた。

 しかも、銀球はまたたく間に風に流され、彼から遠ざかってゆく。

「えええ? ちょ、ちょっと、ま───」

 彼の足下の雲塊を突きあげるように、まっ青な髪をふり乱した男が踊り出てきた。

 手には、長柄の武器。棒の先端に舟形の大刃がついている。それを横なぎに払ってきた。

 いつのまに抜いたのか、サディスは白銀の長剣でそれを受けた。

 見えたのはそこまで。

 あっというまに濃霧、いや、雲海の彼方に二人の姿は見えなくなった。


 お、おいらだけ先に逃げちゃって、いいの……かな……?


 しばらくは、流されてる向きとは逆方向を凝視していた。

 サディスが無事、追いかけてくるのを期待して。

 ふと、足もとに引きつるような鈍い痛みを感じた。

 左足首になにか黒いものがはりついている。

「?」

 ルーは屈みこんでそれを手にとってみた。硬い……革紐の断片らしきもの。

 足首に赤い線の痕がくっきり。

 さっき片足が、がくんと引っぱられたのを思い出す。


 もしや、これ? これが巻きついて引っぱった? 

 あのゴーモンリとかの仕業? まあ、現れたタイミングからしてそうなるのかな。

 ところでゴーモンリって何だっけ? ……まあ、「女を責めるのが楽しみ」だの目をギラギラさせてたから、ろくな人種でないことだけは確かだろう。


 ルーは手の中の違和感に、思わず革紐のかけらを投げ捨てた。

 足下でそれははねた。そして、いつまでもウネウネと左右にのたうつ。


「い、生き物だったのか……!?」


 虫だろうか。細長い先端にある赤い口腔をカッとひらき、小さなギザギサの歯牙を向けて、……こちらを威嚇している。イモムシに見えなくもないが、目はないし、口から黄色いヨダレをぽたぽた落としてる時点で、ただの虫ではない気がする。

 本能的に危険を感じ、ブーツのかかとで踏み潰そうとした。

 瞬間、その妙な生き物はポンと拳大ほどに膨らんだ。

 ぎょっとして、ルーは下ろしかけた足を引いた。

 すると、また、ボボンと人の頭ほどに膨れる。


「ええっ?」


 あわてて彼女は銀球のはしっこに飛びすさった。

 怪しい虫はさらにバン! ボン! と、ひと呼吸ごとに膨らんで、やがてルーの腰の高さにまででかくなった。


 この虫、ぜったいヤバイ……! なんとかしないとっ! 

 魔獣の仲間だったりしたら、おいら喰われちゃうし! 

 銀球の外に追い出せないか? もしくは、おいらがここから逃げ出すとか!


 そうはいっても、つなぎ目も出入り口もなさそうな密閉空間だ。

 自分がどうやってここへ入ったのかも分からないのに。

 武器になりそうなものを自分は身につけていないのか。

 ぼろいシャツやズボンのポケットをまさぐるが、底に穴が空いてて何もない。

 ふと、革のベルトに目を留める。錆びた金属のバックルがついてる。

 迷う間もなくそれを腰から引きぬいた。

 怪虫がもそりと近づいてくる。

 極限まで開いた口の直径は、ルーの肩幅よりでかい。丸呑み可能なサイズだ。

 というか、ヨダレを垂らしつつなので、これはもう食事する気満々でにじりよってるとしか思えない。

 怪虫がぼよんと跳びはねた。

 ルーは寸前で避けると、革ベルトをしならせて、怪虫のぶよぶよした体の真ん中めがけて、鋭く打ち下ろした。


 ドンッ


 まさかの破裂。いや爆発。

 膨張しすぎた外皮はおそろしく薄くもろかった。

 黄色の液体が、銀球の中で噴霧となって充満した。

 ひどい腐敗臭にとっさに息を止めたが、いつまでも続けられるはずもない。

 ビリッと体が大きくゆれた。

 手足が自分のものじゃないかのように痺れて、膝からかくりと崩れ落ちた。

 でも、意識はあった。その直後だ。あたりがいきなり暗くなる。


 なぜ? 銀球そのものが発する光があったし、夜空の月で雲海はしろく照らされていたのに。床も暗い。まっくろだ。しろい雲の波はどこにいった?


 体が落ちる。すごい勢いで降下してゆくのがわかる。

 内臓が背中へと浮き上がり圧される。

 黒く染まった元・銀球が地上へと落ちてゆく。


 どうしようッ。この球、地面に激突して助かるのか!? 

 無理だ、ムリ! 落下速度がどんどん上がってるし。

 死ぬ、ぜったい死んじゃう────ッ!


 なにかの気配を感じた。

 動かせない視線の先、ややして、まっくろだと思っていた床に信じられないものを見た。目、だ。人間の、灰色の双眼が、黒い床にぽつんと浮きあがるようにしてこちらを凝視している。どろりと澱んだ視線に、肌があわだった。だけど、何故かはっきりと、そいつが自分の「死」を見届けようとしているのだと感じた。


 ……っ、どいつもこいつも!


 ムカッ腹立った。


 意地でも死ねない、ぜったい死ぬもんか────!






 けほっ、げほッ。


 鼻と喉がつまる感覚に、目が覚めた。


 ……なんか、おいら気を失ってばっかりのような……


 あたりがぼんやりかすんでいる。

 怪虫の噴霧かと錯覚するが、どうやら違うようだ。

 まわりが瓦礫なので、砂塵が舞いあがっているらしい。

 大きな月が照らしているおかげで、十メートル四方までは見渡せる。

 起き上がろうとして、まったく体に力が入らないことに気づいた。


 そういえば、さっき体が痺れて……いったい、いつからこうやって倒れてたんだろう。

 それに、ここは? まだキャラベとかって国の中なのか? 人の気配がしない。

 壊れた石壁に、石床……天井がない。廃墟かな。

 おいらを助けに来た銀髪の魔法士は……? 

 まさか、あのゴーモンリにやられたんじゃ……ッ!? あいつ、怪虫操るとかどんだけ危ないやつなんだよ。はっ、はやく、逃げなきゃ!


 ハデに落ちたので、きっと今ごろ探しているだろう。

 手足の先に集中して力を入れようと頑張る。

 喉がからからで息もうまくできないし声も出ないが、そんなことかまってられない。


 動け動け動け動け───ッ!


 あせるほどに事態は変わらず。

 遠くから騒然とした空気を感じとった。城の屋上で軍隊に囲まれたときと似ている。

 追いつめてくるような殺気の波動。


 こ、こんな状態で見つかったら即殺されるッ、イヤだ───ッ、動け──ッ!


 しろく煙る砂塵の向こうに、人影が現れた。

「見つけたぞ、黒髪女」

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