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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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◆幕間 危ない隊長

キャラベ国の海岸で、拷問吏がルーを拾った時の話。

 漁村に物々しくキャラベ軍が到着したのは、水平線に大きな朝日が登りはじめたころのことだ。

 よほど待ちかねていたのだろう、広場に固まるように集まっていた村人たちからは、安堵とすがるような表情がみえる。

 杖をついた海老背の老人が歩みでて、粗末な小屋へと彼らを案内した。

 その入口で、黒い鎧に身をつつんだ猛者たちは思わず二の足を踏んだ。

 むせ返る血の臭い。目の前には引き千切られた手足や、いくすじもの裂傷が残る頭部が、血の海に浸るように転がっていた。


「これはひどい」


 先頭にいた副隊長トビがつぶやいた。

 彼はぐるりと室内を見回した。集会所に使われているという小屋には調度の類はひとつもなく、たいして広くもない。そのため、惨状のすべてが確認できる。

 漁民らしき男女の遺体がななつ。

 のこる三つの遺体は、いずれも紺色の制服を着ている男だ。

「この三人は町の警邏隊ですか?」

 海老背の村長がうなずいた。

「バシュカ村はちいさいが豊富な漁場でごぜえます、市場のつながりある近くの町から交替で、警邏隊が巡回してくださっとるのです」

「目撃者から話を聞きたいのですが」

 老人はふるふると首を横にふった。

「周辺の者が駆けつけたときには、もうこのありさまで」

 トビは眉根を寄せた。

 木板を棒でささえただけの簡素な窓から、強い朝日がさしこんでいる。

 床には躍動するように朱を引く、ばかでかい裸足の跡があちこちに残っていた。

 隣で吐き気をこらえてるのか、ザザが背を丸めて手を口に押しあてていた。

 彼は二百センチを越える身長で、はちきれんばかりの酒樽的巨漢なのだが……最近、入隊したばかりで実戦経験もすくないとは聞いていたが、加えてかなり繊細なようだ。あきれつつも、その体をささえる巨足に目をとめた。

 この体型のおかげで支給の鎧一式、彼の分はやむえず特注させるはめになった。

 いま履いている鉄靴もだ。軍で一番のでか足であることはまちがいない。

 しかし、床の血まみれの足跡はそれよりも二回り以上でかかった。


 男のものだろうが、いったいどのくらいの身長になるのか……。


「クトリの殺人鬼……」


 軍国キャラベはクレセントスピア大陸の最北端に位置し、〈禁忌の海域〉からもっとも近い。それゆえに、未知の生物などさまざまに危険なものが海岸に漂着する。

 そのひとつに、〈海没した古代クトリ王国の秘宝探しに踏みこんだ者が、呪詛を受けてもどる〉という、事例がたまにある。

 呪いで殺戮をおこなう獣へと変貌するのだ。

 思考のかけらもなくただ人を殺してまわる。

 獣のごとく素手で攻撃したり喉笛に噛みつくこともある。

 今回、凶器が使われた形跡はない。

 素手で……ここまで人体を破壊するものはさすがに聞いたこともない。

 キャラベでは呪詛持ちを〈クトリの殺人鬼〉と呼んでいた。

 これについての謎は多く、わかっていることは、呪印が体のどこかに刻まれていること、呪詛の発動は月の出る夜間であること。そして、対処法は見つけたら、即抹殺しなければならない。これは国が昔から定めている決まりごとだ。

 王城への知らせが届いたのは明け方だった。

 町の警邏隊はこの村に四人来ていた。その一人が町へ駆けもどり、そこから、さらに知り合いの魔法士に王城へと転移の術で飛ばしてもらったのだという。


 〈クトリの殺人鬼〉は、いわば暴走し続ける狂刃だ。


 多少、武器の腕が立つ程度では歯が立たない。

 対抗するには自分たちのような、魔法をあつかう魔法士や魔獣召喚士が必要だ。

 そう、キャラベ軍は通常の武装兵のほかに魔法に秀でた部隊がいる。

 トビの部隊も魔法士のみで編成されている。

 知らせにきた警邏の者からは、「〈クトリの殺人鬼〉が現れた。知り合いの魔法士が先に対処に向かってはいるが、魔法使いは他に町にはいず、手強いので応援が欲しい」と、聞いている。

 ガタイのいい大の男ががたがたぶるぶる震えながら、第一王子に懇願してきたと。

 なぜ王子かと言えば、夜も明け切らぬ時刻である。

 民間人にすぎない彼が城門を叩いた所で、門番には相手にはされない。

 せめて、えらい役人を通して出なおせと言われるのが関の山である。

 そこへ、供人ひとりという軽率軽快ないでたちで、〈城下お忍び〉から戻ってきた王子と鉢合わせ。

 本来ならば、面倒ごとはポイ投げのいい加減な王子なのだが……城門前で騒がれてはまずいので、運良くまともに話を取りあってくれたというわけだ。

 むろん、これは軍の管轄だ。

 なので、王子の直属にあたる魔法士団第十六部隊がくりだすことになった。

 いまだ、応援で先に向かったとされる町の魔法士の姿を見ていない。

 逃げたヤツを追跡しているのか。


「四方に分かれて行方を追いますよ!」


 トビの言葉に部下らはうなずき、小屋を出た。

 どうやら隅でこっそり吐いてた巨漢のザザもまっ青な顔で立ちあがり、よれよれと彼らのあとを追った。


 あんな調子でこの部隊にいられるのか。いや、文句は言うまい。

 なんといってもこの部隊の編成は、かの王子が決定したものだ。

 キャラベの第一王子ドナルド・ベラゴン様の気まぐれで寄せ集められた野良魔法士……いやいや、文句は言うまい。

 落ちぶれたりとはいえ、かろうじて貴族の血を引く自分を部隊統轄(補佐)というポジションに配置してもらえたのだ。これも人生の試練。


 軍の一般的な飛行手段でもある翼のある四脚の獣、巨大な痩せ猪似の魔獣ケモケモの元へゆき、鞍に手をかける。

 ぬうっと大きな影が立ちふさがり、ぎょっとした。


「なんだ、検分はもう終わりか?」


 ばさばさの藁のような青い長髪が顔面をおおい、黒よりも深い淵の鎧には鮫のレリーフが打ち出されている。異様な雰囲気をかもしだす筋肉隆々でか男に、トビはかるく溜息をついた。


「ガジュ・ロビン隊長……あなたやっと来」


 言いかけて彼は、息をつめた。

 強烈に、血生ぐさい。さきほど足を踏みいれた惨劇の小屋よりも、はるかに新鮮な血のにおいが鼻孔を刺激する。

 朝日の照り返しで暗色の鎧に付着してるよごれが見え、かるく眩暈がした。

「……連絡はしたんですから、ご趣味の〈拷問〉は早々に切り上げて、さっさと任務についてくださいよ。まがりなりにも、あなたは魔法士団第十六部隊の隊長なんですよッ」

 青髪のうっとうしい青年は、ふんと鼻を鳴らした。

「だから早々に来てやっただろう。楽しみは後まわしにして」

「……いま拷問室にいるのって、……黒髪の女性なんですか?」

 どういった理由があるのかは知らないが、この隊長はなぜか、特に、黒髪の女に執着し、いたぶりたがる悪癖がある。趣味に興じるのはそういった彼の欲求を駆りたてる、他国からの侵入者を捕らえたときだ。

 にやり。

 髪のすきまから口角が上がるのがみえた。つまり肯定だ。

「国境の河をくぐって侵入してきた間者だ。とりあえず指をへし折るだけにしておいた」

「拷問吏なんて汚れ仕事、何もあなたがやらなくても……」

「オレはむしろ、こっちを本職にしたいぐらいだが、兄上が許さないのでな」

 本当にしかたなくといった風に、肩をすくめてみせる。

 トビは今度は深く深くためいきをついた。


 いやもう、あのですね、拷問吏ってのは賎民なんですよ。

 名誉や権利のない人のことなんです、さわったり会話しただけで賎民に落ちるとか、流行病の黴菌級のあつかいを受ける存在なんです。

 王子殿下の参謀でもある兄上殿が、許すはずないのは当たり前なんですって。

 むしろ、兄上殿のおかげでそんな不当なあつかいされてないだけなんですよ! 

 陰では城内外問わずかなり忌み嫌われてますけどね、あなた!


 前にも言った気がするが、その都度スルーされるので、それはもう飲みこんだ。

 今はやるべきことがあるはずだ。


「〈クトリの殺人鬼〉は、たいへん大柄な男のようです。床の血痕についた足跡から推測するに、少なくとも三メートル以上はありそうです。小屋の外はこまかい砂地なので、風で流されて足跡などの痕跡は残ってないのですが」


 ガジュは小屋の付近の地面を見つめ、あたりに首をめぐらせていたが、ふいに「向こうか」とつぶやくと地を蹴り、それから風のように空を飛ぶ。

 飛空術は魔法をあつかう上で必要な、〈風〉の属性がないトビにはできない。

 だから、あわてて魔獣を駆り、彼のあとを追った。

 ガジュ隊長は鼻が利く。手追いの犯人の血を風の中に嗅ぎあてたのかも知れない、と思いながら。





 海岸に出た。

 潮が引いてるせいなのか、浅瀬に隆起した大きな岩が顔をだし、かなり遠くまでその上を歩いて渡れるようになっていた。

 上空から隊長が降り立ったところへと、トビも魔獣とともに降下する。だれか、いた。

 岩に磔にされたかのような格好で、壮年の男が息絶えていた。

 左手に魔道具らしき、まるい金属板をにぎりしめていた。

 彼が警邏の男の知り合いだという魔法士なのだろう。左胸に拳大の穴が貫通していた。

 彼はいったいなにを見たのか、その表情は驚愕におののき、目を見ひらいたままだ。

 トビはその手にある、まるい金属板を注視した。防御系の護符だ。

 おそらく防御の精度を増幅させるもの。

 その精巧さと銀が使われていることから、かなりの値打ちものとみた。

 きっと、そこそこの魔力の持ち主でも、かなり強固な防御壁を築けただろう。

 だが、その術を発動する寸前に心臓をえぐられた。

 あれ? とトビは思う。

 何故、彼は、攻撃魔法を使わなかったのだろうかと。

 猛獣そのもののような相手なのだから、防御するより攻撃するほうが確実に、自分の身も守ってなおかつ仕留めて、一石二鳥のはずなのに。

「変だと思いませんか? ……隊長?」

 ふり向けば、いつのまにやら遠くの岩場を歩いている。


 死んだモノに用はなし? 興味なし? 

 ちゃんと調査ぐらいしてくださいよ、報告書書かないといけないんですから。

 それにまだヤツは見つかっちゃいませ……


 ガジュが屈んで、なにか岩場の間から引きあげている。


 え? あれって……あっちにも死体が?


 トビは急いで駆けよった。

 近づくにつれ確信する。やっぱり、子供の死体のようだ。

 それより、ガジュの奇行のほうが目を引いた。

 横たわる死体にわざわざ手甲をはずした右手で、無遠慮にあちこちまさぐっている。


 ったく、あの人はいったい何をしてるのか。


 そこでハッとした。

 死体は黒髪だ。首筋までしかない黒髪。


 いやでもまさか! 肩当てや胸に簡易装甲をつけ、ぼろぼろのシャツとズボンの、まだ十をすこし越えたぐらいの少年だというのに……

 とうとう、隊長の変態性は禁断の領域まで達したのか!?


「あなたって人は! なに死体にイタズラしてるんですかッ!!」


「…ハ、こんな血色のいい死体があるか」


 鼻で笑われて、トビは思わず彼の背後から少年をのぞきこんだ。

 顔面蒼白で血色がいいとは決して言えないが、たいらな装甲に包まれた胸がかすかに上下していた。

 ホッとしたのもつかの間、彼はぎょっとする。

 少年の破れた右袖の下に、赤く光るまがまがしい紋様が見えたからだ。


 三叉の矛に串刺しにされた海ヘビの……あれは……まさか……!


 たしかめようと伸ばしたトビの手の先からかすめるように、ガジュは少年をすばやく肩に担ぎあげた。


「さて、オレは帰ってこいつが何処から来たのか吐かせるとするか」


「え、ええ? ちょ、ちょっと待ってください! 隊長、それ男の子……」


「キサマの目は節穴か、こいつはこの世に災いなす黒髪の女だ」


「女!? だから触ってたしかめて……いや、ツッコミどころは今そこじゃなくて! 

 そのコの右腕ですよッ! 例の呪印が!」


 ガジュは荷を担いだまま、首をかしげ、すごむようにトビの顔を見下ろした。

「〈クトリの殺人鬼〉は大柄な男だと言ったのはキサマだったな?」

「た、確かに言いました、が……」

「では、必ず始末してこい。優秀な副隊長殿」

 舞いあがる風が青い髪をはためかせ、狂気じみて嬉々とかがやく薄氷の双眸をさらした。荷物をかかえ空へのぼってゆく隊長を、呆然と見送るしかなかった。

 自分よりはるかに秀でた戦闘能力の持ち主に逆らうなど、本能が拒否して当然のことではあったのだが……。


 ──任務放棄してまで拷問したいって、あなたどれだけ変態なんですか。


 頭の片隅では「非常にマズイ」と警鐘が鳴っていた。

 そして、彼はやむなく隊長を止めることのできる唯一の人物であるその兄に、告げ口したのだ。

 その後、黒髪の少年……もとい少女は、これまでに出現した〈クトリの殺人鬼〉と同様、まわりに被害を出さずにその命を断つべく、廃棄塔に投げこまれることとなる。                         

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