36 愛ある命令
館内はいま大掃除のまっ最中だ。
イボナメクジにより被害のでた部屋の調度品などを、移動魔法で庭に運びだしたりしている。その中を、とてとてと忙しくノアが走ってきた。
「こんな所におったのか……て、なんじゃルー! その格好は!?」
マントの前をとめてなかったため、短いシャツとヴェストでヘソだし状態のルーに、アゴを外さんばかりにノアは仰天した。
「嫁入り前の娘が、なんでジジイの衣装着とるんじゃ──っ! ドレスやワンピなら山ほどあったじゃろがああああああ」
泣きださんばかりに吠えるので、ルーは両耳を手で押さえつつ、「旅すんのに向かないじゃん」と、ごまかし笑いで断るが「なんのための最強の護衛じゃああああ!?」と、あげくサディスにまで食ってかかる始末。
「ほら、いかにも女のコぽい格好してると、強盗や追剥とかよってきそうだし、サディスの手間も増えるしさ」
「ヘソだしとる方が危ないわ! 世の中どんだけ変態いると思うとんじゃあああ!?」
たしかに、年頃の少女が着たらこのオレンジの道化的衣装もセクシーに見えるだろうが、変装を解いて素にもどったルーは、少年にしか見えないことを自覚している。
だから、まったくのムダな心配としか言いようがない。どこもかしこもぺったんこ体型なのだし。
過保護な曾祖父に苦笑しつつ、よけいなおせっかいされないうちにと会話を打ち切った。
「そうだ、もう行かなきゃ! ゆっくりしてたらアレだよね、追手くるしっ」
サディスも同感らしく軽くうなずき、「行くか」と答えた。
ルーと彼の足もとをかこむように、魔法陣が光の輪をえがく。
銀光の壁がまばたくまに球体を形成しつつ、二人とノアの間にせりあがってゆく。
「こりゃ、忘れ物じゃ!」
あわてたノアがマントの内側から布鞄をとりだして、すばやくルーに投げてよこした。
彼女が両腕でそれを受けとめるのと、周囲の景色がまっしろにはじけたのは同時だった。
真昼の空はたかく澄んでいた。
スターブレス島はあっという間に遠ざかり、ふたりをくるんで飛行する銀光の移動球体は、クレセントスピア大陸の上空にさしかかった。
さっきもらった布鞄の中身を、ひとつずつとり出しながらたしかめる。
水筒に乾物の携帯食料、路銀の詰まった財布……なるほど旅の装備か。
なんか黄金色のコインが多いんだけど。スリや強盗に気をつけなくちゃいけないな。
ほかには通行手形の木札、ちいさなランタン、タオル、小型ナイフ、細縄、羊皮紙の世界地図、それから……
出しかけて思わず鞄底につっこみもどした。
館の化粧の間でいろいろな物を見たため、それがなにか瞬間的にわかった。
シュミーズだ。フリルと透かしレースのゴージャスな高級下着。
しかも、悩殺的なあわいぶどう酒色で胸の谷間が切れこみすぎてきわどい。
なんてモノ入れてんだよ、ひいじーちゃん!
心の中で叫びつつ、ちらと、となりのサディスを盗み見た。すると、ぱちり目が合う。
「どうかしたのか」
あせってビクついたのが不審に見えたらしい。
ルーは布鞄をさりげなく背後にまわしながら、「べつにッ」と手を振る。
しかし、それもあからさまにおかしかったようで。
「どうせ、ノアがくだらない物でも入れていたんだろう。捨てておけ」
勘がいいな。いますぐにでもそうしたいが、その辺にポイ捨てできないモノだ。
なにが何でもふりふりを着せたいのか……てか、もってるだけでめちゃくちゃ恥ずかしいだろ!
背中をむけぶつぶつ心の中でつぶやいていると、サディスが再び声をかけてきた。
「ルー?」
「そっ、そだね、あとで捨てとく!」
空を移動してゆく銀の球体から、えんえんと続く緑の山並を見おろしていた。
振動もないし、強い風にさらされることもないので快適だ。
サディスとともに腰を降ろすような体勢だったが、思わず布鞄を抱えたままころんと、うつ伏せになる。
「あ~、なんか気持ちいいし眠いかも」
うとうとまどろみたくなる。
そういや、キャラベを脱出して六日か。
昨日の昼に、ガンドル号を見に行ってから丸一日。
なんだかすごく時間の密度が濃かった気するよ。寝てないし。
夜通しの悪夢騒動につづいて、バカ殿の襲来だったもんな。
ふと思い出したことがあるので、再び起きあがり、サディスにたずねた。
「なあなあ、アレ決めた?」
「?」
「キャラベから助けてもらったお礼するって言っただろ」
「……そうだったな」
頬をすこし傾けて、目深にかぶったフードのしたで考えこむ。
彼は旅の間、なるだけ顔を見せないでゆく方針だ。
いくら地味な旅装をしていようが、あのみごとな銀髪は遠目にも目立つし、絶世ともいえる美貌は衝撃とともに記憶に残りやすい。
とはいえ、背の低いルーは、彼のとなりに立つだけでその顔を見ることはできるのだが。
そして、自分はどうするかといえば、敵が近づいてから臨機応変に変装をしようと思っている。サディスが、つと、こちらを見た。
「では、今後……おまえの呪詛が解けるまでの間でいい」
「うん?」
「俺の“命令”は絶対として聞け」
碧瑠璃の双眸をまばたきもせず、ルーはその意味を考えた。分からない。
「理由聞いていい?」
「ただでさえ呪詛があるのに、目を離すと新たなトラブルに飛びこむからだ」
「いや、べつに飛びこんだ覚えは……」
「アスターに騙されたり」
「う」
「拷問吏に再度つかまったり」
「うぅ」
「王子の従者に抵抗もなく攫われたり」
「……や、それはさ、ちゃんと弁解したよね? 靴のヒィルが高くてとか」
「おまえの場合、底抜けのお人好しぶりと好奇心が野放しになっているのが要因だ。それを抑止するものが必要ということだ」
「……なるほど、分析ありがとう。でも、やだ」
「何故?」
ふしぎそうに問い返すサディスに、ルーは怒った。
「命令なんて感じわるすぎだろっ、そんなに言うこときいて欲しいなら、友だちになってお願いしますとか言うべきだろっ」
彼は、すいとその麗しの顔を近づけてきた。
脅されでもするのかと身構えた彼女に、彼はただ、あきれたような口調でひとこと。
「おまえの礼は口先だけだな」
それには、かちんと来た。
「な……っ、そんなことないっ」
「そんなことある、だろう」
「ないってば!」
「信用できるか」
なんだか、だんだんべつの方向で腹が立ってきた。
「ちょっと、なんだよその言い草!」
軽く動揺していた。「信用できない」って。いや、けっこうショックだ。
こっちはサディスのこと信用しまくりなのにッ! そんなの不公平じゃないか!?
てゆーか、ひどくない? サディスにとって、おいらは信じるに価しない人間だってゆーのか!? これからどのくらい一緒に旅するかもわかんないのに!
仲良くなる第一歩は信じることだろ! じゃあ、どうしたら彼は自分を信じるのか?
このとき、ルーの頭の中はかなりぐるぐるしていたかも知れない。
そこへダメだしのように溜息をつかれた。
「元よりおまえに礼など期待していない。気にするな」
な…っ、なんてこと言うんだ───ッ、
それじゃ、おいらは恩知らずのダメダメ人間決定じゃないか!
それでとっさに彼の袖をつかみ、見上げるように強く言い放った。
「命令は聞く! だから信じろよなっ」
「……」
まじと無言で見返してくる彼に、ルーはふと、冷静さをとりもどした。
…あれ? ちょっとまて、今、おいら………
勢いで口をついてでた自分のことばを、もう一度、頭の中で反芻する。
しまった……!
これじゃ、まるで自分から下僕宣言してるみたいじゃないか!
顔に朱がのぼり、あわてて視線をそらしてうつむく。
なんてこっ恥ずかしいこと言ってんだよ、おいら!
はやく訂正しないと! 今のナシで! とか?
だめだめ、そんなんだから信用できないって言われちゃうんじゃないか!
どう弁解しようかと目まぐるしく考えていると、頭上から「わかった。とりあえず、信じてやってもいい」と、のたまう天の声。思わず彼をふり仰いだ。
その視線を受け止めつつ、彼は真に的をつくことを述べてきた。
「──だが、おまえは非常に忘れっぽい。この場限りの口約束にならないと断言できるのか?」
うぐ。もしや勝手にガンドル号見に行って、拷問吏に捕まったこと、まだ根にもってんのかナ。たしかに、あのときサディスの忠告を忘れてなければ、余計な迷惑はかけずに済んだけど。じゃあ、命令を聞けってのは、おいらの身の安全のため?
そういやさっき、おいらの好奇心とかを止めるものが必要とか言ってたような……
なんだ、そゆことか。ことばが悪いからつい反発したけど、サディスなりに気を遣ってくれてるってことか。
納得した。忠告という名の〈命令〉を守ればいいだけのことだ。
好意的に解釈すれば、好意で返そうとしてしまうものかも知れない。
「じゃあさ、おいらが約束破ったら、好きなだけビンタでも蹴りでも入れていいよ。あ、ひいじーちゃんにチクったりしないから」
彼は目をまるくして、こちらを見た。ややしてのち。
「では、そうさせてもらう」
しごく真面目な顔であっさり承諾した。
このやりとりが、のちのち自分の首を絞めまくることになるとは思いもよらず。
彼女は己の行動の原動力ともなる〈好奇心〉を、甘く見すぎていた。
そして、二人の長い旅路はここから始まる。
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1~36話の改稿分の更新終了しました。2016/8/10




