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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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34 つかまれたシッポ

「帰還するぞ! この島に〈クトリの殺人鬼〉はおらぬからなッ」


 殿下は高らかにそう宣言した。

 軍の猛者どもは皆ずぶぬれでぼんやりとしていた。

 液体女神から解放され何とか自力で立っているものの、目の焦点が非常に危うい。

 いったい何をされたのかロリンがノアに問うたが、「よほど、ええ夢を見ておったのかも知れんの~。まあ、いつかそのうちこっちに戻ってくるじゃろ~」と、のらくらかわされた。


 あの娘を別室に連れこんだことへの腹いせを、こんな形で返されるとは。

 さすがに大陸五指に名を連ねることはある。大魔法士ノア・バーム、侮りがたし。


「ほんとうに、これではしばらく使い物になりませんね──」

 ロリンはため息をついた。先立つものがない以上、撤退せざるを得ない。

 新式の魔法武器を使わぬうちに壊されたのも、また痛かった。

 いまや、お荷物でしかないぼんやり軍団を連れてではどうにもならない。

 ツラの皮が厚いと陰で評される自分でも、今回ばかりはちょっぴり胃が痛む。

 これが第一王子の失態として、正統な王位継承権もゆらぐ要因になりかねない。

 母国へ帰ってからひと荒れしそうだ。

「なんだ、ロリン、辛気くさいカオをしおって」

「そういう殿下は元気いっぱいですね」


「うむ、アレほどの美形とは思ってなかったからな! まさに、これを眼福楽土と言わずしてなんと言おうッ」


 ロリンはちょっとだけめまいがしたので、軽く頭をふった。


「またそんなジジくさい言葉、どこで覚えてらしたんです? まるでドレイ市で一番の美少女を競り落としたスケベジジイのようですよ」


「何をカリカリしておるのだ? 麗しいものを愛でるときに使う言葉であろう? それにアレを競り落としたワケでもないから、スケベジジイはまったく関係ないではないか。む、それともこの格好のことか? たしかに、ジジイちっくかもしれんな」


 妙な部分で納得して、アゴにつけた灰色のヒゲをびょーんとひっぱってみせる。


 ──そう、口ヒゲもアゴヒゲもぐるぐる眼鏡とともに、殿下のお気に入りアイテムだ。

 変装というわけではない。殿下の言を借りるならそれは究極のお洒落。

 殿下の頭のなかでの現在の流行は、「灰色のしぶき賢者」らしい。

 どこかの国の山深くに人智をきわめた灰色の賢者が隠遁しているとかで、この世のことならすべて知っているとか。詩人の唄に出てきたのがきっかけだが───

 「どこかの国の」とか「この世のすべてを知っている」などと言ってる時点で、すでにガセである。それはともかく、殿下が楽しんでおられるなら、そっとしておくに限る。


 この能天気な殿下すらも、あのとき、〈銀彗〉が冷たい殺気をまとっていたことには気づいていたようだ。自分から声をかけるどころか、完全にヘビに睨まれたカエルのごとく固まっていた。おそらく、あの殺気は自分に対して向けられたものだろう。

 きっと理由は大魔法士と同じ、あの娘の衣装をはがしかけたせい。


 それを知らない殿下はとばっちりを受けたわけだから、少々気の毒だったかも知れないが……いや、そもそも彼は〈クトリの殺人鬼〉を脱走させた張本人であり、難攻不落の城塞都市の結界を〈結界破砕砲〉すら要せず破って逃げた、手ごわい敵。馴れあうのは殿下のためにならないのだ。

 かと言って、負けず嫌いの殿下が撤退などみずからするはずもなく。

 だから、〈銀彗の魔法士〉という美形を拝顔する、ということで欲求を満たしてもらいお帰り願うという作戦にでたのだが──それは大当たり。


 〈銀彗〉が発したことばは、たった一言。

「──失せろ」


 低音の威圧ある声にけおされた殿下が、素直に「ハィ」と言うのははじめて見た。

 たぶん彼は、キャラベ軍など液体女神のまま海に沈める気だったかもしれないが、殿下のふざけた格好をみて、本気で相手をするのが馬鹿らしくなったのかも知れない。


「それはそうと、ロリン。顔を傷つけられなくてなによりだな」

 ハンカチーフをまきつけた首に目をとめ、殿下はそうのたまった。

 かすり傷程度ですぐ血は止まったとはいえ、あとすこしタイミングが遅く彼女の呪印をみつけていたならば、首をはねとばされていたかも知れない。

「首を落とされたらシャレになりませんよ」

「何をいう? 醜い顔で生きるより美しい生首で死ぬほうがよいと思うぞ」


「かすり傷ぐらいで、わたくしの顔が醜くなるのは無理があります。しかも傷は首ですし。それに殿下が国を継ぎ、すばらしい女性を迎えられるまで生首などにはなれません」


「うむ、しごく当然だな。生きてしかと余に仕えよ!」

「仰せのままに」

「ところで、お前の弟の拷問吏だが」

「それは副業であって、魔法士軍の隊長です」

「姿が見えぬと思ったら、いつのまにか魔獣車の中で寝ておったぞ?」


「ヨドヒル岬から直接、殿下の計画に入ったのですが……怪我をしていましたからね。あの大広間で気づいて、先に手当てをするよう言ったのですが、任務中だとつっぱねてましたから。悪化したのでしょう。むしろ、よく、罠にもかからず魔獣車に戻ってこれたと思います」


 殿下は「なるほど」と、納得したような顔をした。

「ケガか……どうりで、たたいても、けっても、水をかけても起きぬわけだな」

「あれは下顎が骨折してましたから。しばらく、そっとしておいてあげて下さい」

 待機させていた魔獣に殿下とともに乗り、ぼんやり軍団を率いて空を駆けあがる。

 スターブレス島を離れてゆくそのとき、酸で溶かされたような館の壁のむこうから、疑惑の娘が「イーッだ!」という顔で見送っているのがみえた。


 さて、つかまえておいたこのシッポ……

 誰に手渡しておくべきでしょうか……?

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