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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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33 忘れた頃にやってくる

 カトリーンの背中を見送って、ハァ~とため息をついた。


 とりあえずキャラベの連中はもう去るだろうし、べたつく化粧を落としてどこかで動きやすい着替えをみつくろわないと。


 金髪の鬘をはずし、冷や汗の連続でムレた地毛を手でかきまわしながら回廊の奥へと歩いていた。

「!!」

 中庭のしげみにキラリと反射するモノを目にし、ふたたび、がぼっと鬘をかぶる。


 キャラベ兵だ。まだこんなとこにいたのか!


 なにやら四つん這いになって、うなだれているようす。


 液体女神の罠を逃れたのか。

 スケベウサコ以外にも勘のいいやつがいたとは。


 そう思いつつ、こっそり近づいてみる。やはり、石畳の魔法陣の上にいた。

 その妖気ただよう黒よりも深い淵の鎧と、藁のようにばさつく長髪に、心臓が止まるかと思った。


 ──ヘンタイ拷問吏じゃん!


 すっかり忘れてた。というか、殿下とロリンを除く魔法士たちは、すべて液体女神の餌食になったと思っていたのだ。言い訳するなら、液体女神はすごく巨大で、水の中は見えにくいし、兵数も多かったから個人を確認するのも難しかった。

 気づかれぬうちにと、すぐさま回れ右した。が。


「──オイ!」


 地の底から這うような声で呼び止められた。

 思わずうしろを向いたまま、びくっと硬直。


 しまった、ダッシュで逃げるか!? 

 魔法で攻撃されたらひとたまりもないけど!? 

 サディス呼ぶ? 間に合わないと思うけどッ!


「……オイ、聞こえないのか……っ!」


 おどろおどろしい声が呪縛のようにまとわりついてくる。

 逃げようとようやく動かしかけた足が、やたら重い。地面にぬいつけられたようだ。


 ええっ!? なんで? はし、走れないんだけど……ッ!!


 足元に視線をおとした。つかまれてた。

 両足首をがっちり。手甲のついたごつい両手で。


 いつのまにッ! 五メートル以上離れてたはずなのに! 

 ……スライディングして飛びついてきたのか……!? 

 コワッ! めちゃくちゃコワイだろ!! 亡者じみて陰気なやつが必死の形相でって。


 動揺のしすぎで膝がかくんとなって前のめりにコケてしまったが、両手をついてあやうく顔面着地はまぬがれた。

「は、放……っ」

 体をひねってふり返りつつ、両足は封じられてるので左拳をお見舞いしようとしたが、体勢が膝つき状態なのでいまいち力が入らなかった。

 しかも、冑にガンと当たっただけでこっちが痛かった。思わず涙目になる。


「黒髪女はどこだ?」


 は?


 のそりと、倒れたルーの上におおいかぶさるようにしてガジュが迫る。血走った目で。


「───ルー・クランはどこにいる?」


 えっ?


 ルーは目をぱちぱちさせながら相手を見上げる。


 ……あれ? おいらだと気づいてない? はっ、そうか、まだ変装したままだった!

 尋ねてくるってことは、おいらが〈口がきけない〉ってことは知らないのか。

 じゃあ、しゃべって大丈夫かな?


 口調を変えて、かぼそい声でぽそっと答えた。

「ここには、いまセン」

「いないわけがない! 匿っているはずだ!」

「何を根拠に……?」

「勘だ!」


 うーん……ほんと、めんどくさいやつが残ったな──……


 どう言ったら諦めてくれるのかと考える。

 答えはすぐ出た。いないものは執着しようがない。

「実は……ノア師や弟子の皆サマのご迷惑になるからと、今朝早く、島を発たれたのデス」

「いない、だと……!? では、何故、大魔法士はそれを告げなかった!?」

「時間稼ぎデス。彼女が、遠くに行くまで、追跡されないようにと」

 口調に気をつけながら、ちいさな声でぽそぽそとしゃべる。

「な……時間稼ぎ、だと……」

 愕然としたようにガジュはつぶやく。

 そのまま納得しろと念じつつ、ルーは両肘をつかってじりじり逃れようと体を移動させる。しかし、その途中、いきなりガジュの頭がルーの腹部に、ずどんと落ちてきた。


「ぅぐっ」


 もろに食らった。

 一瞬、正体がバレたのか、それとも獲物に逃げられた腹いせかと思ったが───

 いつまで経っても腹の上からどかない。

 その頭をどけようと冑をつかんで、ていっと投げたら、冑だけ飛んでいった。

 頭は微動だに動かない。気持ち悪いが、その顔をおおう青い藁髪を指先で払う。

 ヤツはしっかり目を閉じていた。


 ──なんで?


 気を失ってるらしい。

 もう一度、その顔を見る。ほそい顎のあたりがやけにどす黒い。


 ……そこって昨日、おいらが鉄枷で殴ったあと? 手当てもしてないのか? 

 顎以外の顔色がすごいまっしろなんだけど。唇もかさかさで色ないし。

 ……あんたの方こそマジで死相出てるようにみえるんだけど………?


 再度、ヤツの頭をどけようとするも無理だった。

 ルーの足腰にも乗っかられているからだ。鎧つけたガタイのいい男が。重すぎる。

 ルーは罵倒する代わりに、ヤツの肉のない右頬を力いっぱいひねりあげた。

 ぱちっと、ヤツは目を開けた。

 もそりと起き上がる。しばらく、ぼんやりしたようにこちらを見ていた。


「キャラベ殿下の御一行は、すでに門前で、お帰りの支度をなさってマス」


「──門はどっちだ?」


 ルーは館の出入口となる方向を指さした。ガジュはさっと立ち上がった。

 こちらを見向きもしないで、落ち葉を踏みしめながらきびきびと去ってゆく。

 さっきの死相は気のせいかと思っていたら、教えた方角をそれて建物の角をまがっていった。ドサッと音がした。

 怪訝に思って建物の角までゆきのぞいてみると、ガジュが片膝をついている。全身を小刻みにふるわせていた。

 おそるおそる距離をとりながら横顔を見ると、目をカッと見開いたまま苦しそうに額に脂汗を浮かべ、ぜいぜいと息切れを起こしている。こちらの気配に気づくと、また、すくっと立ち上がってなにごともないかのように別方向へザッザッと歩いていこうとする。


 なんだろ、こいつ。具合悪そうなの知られたくなくてヤセ我慢してるのか? 

 ヒトのお腹の上で気絶しといて、今さら……。

 あ、そっちいくと館の裏手に出ちゃうんだけど。


 ルーは、その手甲に包まれた左手の親指をつかんで引き止めた。

「そっちじゃない、こっち……デス」

 そして、親指をひっぱって歩く。なにしてんだ自分と思いながら。


 敵なのに。自分の命狙ってるヤツなのに。おまけにヘンタイなのに。

 ──いや、ね。なんとなくってゆーか。

 ひいじーちゃんちの庭に、死体ころがったらメーワクだし。


 意外にも文句ひとつ言わず、ガジュはついてきた。

 たぶん、歩くだけで精一杯だったのだろう。カミソリのようにうすく鋭かった目つきも、長時間陸あげされた魚みたいに空ろになっていた。


 執念だけで、おいらを追ってきたんだろうけどさ……

 自分の怪我ぐらい気をつかえっての。

 そういや、大広間で見たとき覇気も殺気も感じなかったのは、そのせいだったのか。





 門前までつくと、帰り支度で大わらわしてる殿下の一行がいた。

 大半は液体女神から解放されたぼんやり連中だ。それにまぎれて見つけた、立派な角と翼をもつ鹿似の魔獣四頭がひく幌つき車に、ガジュをおしこんでおいた。


 これでよし。…………キャラベまでどのぐらいで着くんだろ。

 途中でくたばらないかな? まあ、平気だろ? 

 そうだよ。敵にここまでしてやったんだから十分だ。

 お人好しすぎるぐらいだよ。うん。


 館内にもどりながらそう思う。だけど。


 黒髪女じゃないと、ふつうに話せるのか……


 心の病んでる人は己のケガもろくにかえりみない。

 それを知ってて、このまま放置する自分がひどく薄情な気がしてくる。


 おいらの負わせた傷のせいで、万が一にも死んじゃったら後味悪いし。

 かといって、あのスケベウサコに知らせるのもなんかヤダ。

 あいつを相手にすると、みずから墓穴掘りそうな気するんだよな……





「コレ飲んで。痛みと炎症おさえるから」

 水のはいった木筒と、いくつかの丸薬を手にして魔獣車にもどってきた。

 前に探検した薬草庫に薬が保管されてあったので、そこから勝手にもらってきたのだ。

 壁によりかかり、ぐったりしてもう口をきく気力もないガジュの口に、丸薬をおしこんで水を流しこむ。

 魔獣車が出発する前にと、ルーは急いでそこから飛び降りた。

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 当作品「Silver tails」は、現在、2chRead対策を実施中です。

 部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。

 読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。 

 (C) 2015 百七花亭 All Rights Reserved. 

 掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n0709co/


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本日、あと三話更新で、【Ⅰ】の改稿分更新は終了します。

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