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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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31 嫌いじゃない

 ロリンが、はっと息をのむのが聞こえた。

 その手がゆっくりと、ルーの背中からはなれる。

 チャンスとばかりに、長椅子の上から床へところがりルーは逃げた。

 ロリンの首筋に、背後からするどい銀の刃があてられているのが見えた。

 首の薄皮をそぎ、血がひとしずく流れる。そして、聞きなれた声が。


「撤退してもらおうか。おまえたちの軍はもはや使えない」


「それは、どういった意味でしょう?」


「自分の目で確かめてくるがいい」


 すっと剣を引くと同時に、それは銀のかがやく飛沫となって消えた。

 ロリンは首の傷を手でおさえながら、一階の窓をあけて庭へと出てゆく。

 それをみて、ルーは目と口をまんまるにした。

「えっ、窓開いてたのかっ!?」

 結界檻を使ったと思っていたから、島の結界と同じくこの部屋全体が閉ざされているのだと思いこんでいた。


 そういえば、対象を人でなく扉に仕掛けていた。

 つまりあの扉にしか効果なかったのか。いや、ひいじーちゃんの声が聞こえなくなってたから、扉をふくむ壁一面だったってことか。なんて盲点。

 しかも、おいらだけでなく、ひいじーちゃんも気づいてなかったし!


「サディス……今までなにしてたの?」

 ちょっと、ぼうぜんとしながら聞いてみた。


「奴らがとなりの孤島に隠していた、結界破砕砲や魔法武器を破壊していた。あと、館内に分散したネズミを追いこんでの捕獲もな。もともと、この館には対侵入者用のネズミ捕りが備えてある」


「じゃあ、なんでそれ、あのイボナメクジに使わなかったんだよ」

「対人用の仕掛けで、人にしか反応しないからだ。それより」

「それより?」

「あんな魔力も腕力もろくにない男に、何いいように振りまわされているんだ」

「え、でもけっこう引きずられたし、反射神経よかったよ?」

 殿下付きなのに魔法士でもなかったのかと思っていると、なんだかムッとしたような口調が返ってきた。

「アスターや拷問吏には反撃したくせに」

「……え?」

 責められてる気がして、なぜにと疑問に思いもしたが、彼にはたびたび助けられている。

 彼とてよけいな手間が増えればうれしくないだろう。

 できれば自分で片付けられることは自分でやって欲しい、そう思うにちがいない。


 もしや、自分が一番迷惑をかけているのは彼じゃないだろうか? 


 とはいえ、こちらとて言い分もあるので、それは言っておくべきだろう。

 そう思うが、なんか言い訳ぽいことしか思いつかない。

 肩にかかる淡い金髪を指先でいじりながら、ちらちらと落ちつきなく上目遣いで彼を見た。


「……うーん、おいらもちょっとあの見てくれに騙されたってゆーか……それにおじょーサマの芝居どこまで続けりゃいいのかって思ってて……武器が火かき棒しかなかったから、重いし手加減むずかしくて……その最たる原因がこのかかとの高い靴ってゆーか」


 彼はしばらくルーを眺めてのち、そっとため息を落とした。


 ため息……っ! おいらと出会っていったい彼は何回、いや何十回、ため息をついていたことだろう。あきれてるから? や、たしかにね、いろいろ心あたりはあるけどね! 

 …………そろそろ限界だな、おまえのオモリには厭きたとか思ってたりなんかして───今まで考えもしなかったけど、おいらにクトリの呪詛があるかぎり、未知の謎解き大好きな彼はきっとつき合ってくれるだろうと思っていたから。

 でも、だからといってこんなに、たびたび迷惑かけられっぱなしってどうなんだろ。

 キャラベから救出してもらって、からまったリボンを解いてもらって、ヨドヒル岬で助けてもらって、アスターの部屋に迎えにきてもらって、大海のような古書に奮闘してもらって、おいらの悪夢の後始末をしてもらって、キャラベ軍を片付けて、ロリンとかを追いはらってもらって……これ、わずか六日の間の出来事だよ。

 おいらがサディスの立場なら? いい加減にしろよって言うんじゃないか? 

 ふつーカンニンブクロの緒が切れるんじゃないか? 見限るんじゃないか?


 ひとりでもんもんと考えこんでいると「後を向け」と、肩をつかまれ、くるっと後を向かされた。

「え、なに?」

「ボタンを留める、じっとしていろ」


 そういや、さっき外されたんだった。


「いっ、いいよ、すぐべつの、もっと動きやすそうな衣装さがして着替えるからさ」

「そんなものないだろう」

「だから探せば」

 化粧の間の華やかなクロウゼットを思いだす。

 ドレスとワンピースしか見なかった気はする。曾祖父に頼むとフリフリはまぬがれない。かといって男物の衣装となると、もっているのは男弟子だろうがあきらかに自分は印象悪そうなので借りられない。

 ことばに窮してるうちに、背中を彼の指先がボタンをかけながら、かるく触れてゆく。


 なんか照れるよな──。照れる? 

 ロリンとかいうやつに外されたときは気持ち悪いとか、鳥肌ばーって立ったのに。


「キャラベの連中が撤退したら、おまえはすぐ島を出ろ。その格好のほうが目くらましにちょうどいい」

 ぎくっとした。


 えっ、それって……まさか。


「……おいらだけ? サディスは?」

「俺とともに行動すると、追跡される可能性が高いからな」


 や、やっぱり、見限られた───!?


 ばっと向きなおり、彼の両袖を両手でがっしとつかんで、背の高い彼をふりあおぐ。

 「そんなあああっ」と、情けない声でさけんだ。


「サディスいなかったら、だれ頼ればいいんだよ!? ひいじーちゃんは歳だし案外ヌケてるし! ひとりでほうり出されたって、どこ行ってなにすればいいんだよ! 図書館とか言うなよッ、おいら古代文字なんか読めないんだから! なぁ、もう迷惑かけないようにするし、自分でできることはぜったい自分でやるから! いっしょにいて!」


 これには彼のほうがおどろいた。

 面食らったというのが正しいかもしれない。

 しばし呆然とした顔で、セミのようにしがみついている彼女を見つめていたが、フイと顔をそらした。


 かっ、顔をそらされた───っ!? 

 そんなっ、顔も見たくないほど嫌われちゃったのか───!


 ショックで目がうるうるしてきた。


 これから、どうすりゃいいんだよ……

 サディスが島を出ろって言ってる以上、ここに居られないってことなんだろ? 

 また、キャラベ軍がこりずに来ることが予想されるから。


「こんなことなら……アスターについて行けばよかった」


 彼なら同行拒否はしないだろう。あらゆる女の子に甘そうだし。


 何気なく言ったのだが、これはサディスの神経を逆なでしたらしい。

 頭の上から「なに?」という凍気をまとった低い声音がふってくる。

 こちらへ向けた美貌の顔も眉間のしわが二本になってるし、そうとう不機嫌だ。

 ちょっと気圧されつつも、ルーだって言い返す。


「だって、おいらがこんなに頼んでるのに返事もしないじゃん、迷惑なんだろ! いっぱい迷惑かけたからッ」


「──そんなのは最初から想定内だ」


「じゃあ、なんで顔そらすんだよ!? 嫌いになったからだろ!」


「べつに嫌いじゃない」


 間を置かず返ってきたことばに、ルーは目をまんまるにした。

「……ほんと?」

「それに、おまえ一人野放しにするとは言っていない。別々のルートで出てどこかの街で落ち合うつもりだった」

「……それ、先に言ってよ」

 言う前に、なにやらぐるぐる不要な妄想のはてに食ってかかったのはどこの誰だろうか、と彼は思う。

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