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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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30 見かけどうでも

 みかけ植物系……もとい草食系とでもいうか、ぜったい肉なんか食べそうにないって感じの印象だった。やさしげな美形で儚げなせいか、やや女性的にも見える。

 物腰やわらかく礼儀ただしく。ただし、殿下のつきぬけたバカっぷりを補い、それを当然のごとく正当化することから、そうとう頭が切れるであろうと感じてはいた。


 目の前で「この娘、調べさせてもらいます」なんて言われて、うっかり顔をあげて、間近でみた肩まで波打つ青髪。拷問吏の藁頭とはくらべ物にならないほど、ふわふわでやわらかそうだと思ったり。

 いや、そんなこと考えてる場合じゃないなとは思ったんだけど、つい、この青髪を頭部の両はしにたかめに結ったら、ばっちり草食動物の羽兎にみえそうだとか思ったり。


 それは手のひらサイズの羽毛につつまれた空を飛ぶキュートな兎だ。ちなみに食用。かりっとカラアゲが旨い。まさか、そんな羽兎みたいなやつにいきなり腕をつかまれて、グイグイ引きずられて行くとは思いもよらず。

 みかけどうでも男ってことなんだろう。


 じゃない、化けの皮はがされるううううっ! 

 靴がっ、ヒィル高すぎてふんばれないっ! 足浮いて反撃すらできないんだけど! 

 だれかこいつ止めて───! ああっ、カトリーンまでヤバイって顔しながら見送ってどーすんだよ! いちお、あんたの設定どおり声出ないお嬢さまのフリしてるんだから! なんとかして! どんどん遠ざかるし走ってるわけでもないのにこいつ足めちゃくちゃ速すぎ! コンパス長すぎ! ついでに帽子も飛んでっちゃったし!


 もっとも危険人物である拷問吏が去ったことで、安心しきっていた。

 とんでもなかった。同じ髪色のヤツとて、油断ならない伏兵だと気づくべきだった。


 ドダダダダダダダダダダダダダダ


 短い足で猛然と曾祖父が追いついてくる。並走しながら叫んだ。

「ならんぞ! 若いの、よその部屋へ娘を連れこんでなにする気じゃ!?」

 顔をまっかにし蒸気を噴き、目を血走らせている。


 さっきまでの余裕はどこに消えた? 

 ……ヤバイのは、ひいじーちゃんの方かも知れない。


「では、ここで脱がせますが」


「なんじゃとおおおおおおおおおおお!?」


 うわわっ、ひいじーちゃんがぶちキレた!? なんか白髪もひげも重力無視して逆立ってるし、全身からバチバチ火花散らしはじめてるし、顔に血管いっぱい浮かんじゃってもう人間じゃなくなってるし、どーすりゃいいんだ!?


 そんなノアをちらりと横目で見ただけで、彼はとまる気配もない。

 そう、すでに大広間なんてとっくに抜けて、東棟へつづく長い廊下にはいっているのだ。かなり後のほうから殿下の「こら、待たぬか!」という声も聞こえたが、あっちはかなり鈍足のようですぐに追うのをあきらめたようだ。


「ええい、もっと紳士的に冷静にならんかッ」


 すでに冷静さを欠いているノアは、追いすがる怨霊のいきおいで彼のマントを、がしっとつかんだ。するり、とマントは外れ組みついたちいさな老人は、「あ」というまに床にころがり、マントで簀巻きになってしまった。

 青髪の従者ロリンは、そこでようやく足をとめた。

 たどりついた一室の扉を開けながら、やわらかい微笑をたたえてふりかえる。


「クトリの呪印が右上腕にあるか、確認するためです。万が一、こちらの思いちがいでなかった場合の配慮で、べつの部屋をと申しました。しばし失礼」


 ふんっと気合で蓑虫状態のノアが起きあがるよりもはやく、扉を閉めた。


「若いの、こおおおおかいしてももう遅いぞ?」


 怒りとともにとぐろを巻いて発生したエネルギーが、稲妻となり扉を壊す───はずだった。

「ん!?」

 ノアは我が目を疑った。扉は依然としてそこにある。




 扉を閉めた直後に、ルーは見た。

 豆のようなものを、ロリンが指先ではじき扉にぶつけるのを。

 とたんに、空気がふるえ弾けるような、弦楽器の一線をつまびくような甲高い音がひびいた。その瞬間、扉とその壁に空気の波のようなものが広がってゆくのが、一瞬だけ見えた気がした。そのあとの不気味なまでの静けさ。

 さっきまで「後悔してももう遅いぞ」と、いきまいていた曾祖父の声が、気配が聞こえなくなった。


 あれは……なにを投げた? 豆みたいな何?


 殿下とロリンの会話を思い返していた。



「バルフレイナの結界檻をもってきたのだ! 見よ、マメハチの卵のごときコンパクトサイズ! 相手に投げつけるだけで魔力を凍結させ拘束するのだ」



 結界檻? 扉にぶつけて? ということはまさか……


「思ったとおり、うまく閉めだせたようですね」


 やっぱり、そうか。アレなのか。殿下からくすねてたのか。

 外の音がしないってことは、この部屋全体に結界が発動してるんだろう。

 ひいじーちゃんが壊せないってことは、バルフレイナの腕の方が上なのか!?


 大陸屈指の大魔法士の肩書きどうしたと言いたいが、そんなこと考えてる場合じゃなかった。


「さて、ご自分で無実を証明するなら右の上腕を見せてください。いやなら、僭越ですがわたくしが」


 脱がせるってのか? 本気で!? 

 だれが呪印あるのわかってて見せるってゆーんだよ。

 もちろん、人の手で封印帯が外せるわけないんだけど、……どっちにしても何でそんなものしてるんだってことになって、結局バレちゃうわけだろ。

 よし、こーなったらだれも見てないし、こいつには寝てもらおう。ちょうどそこの暖炉のよこに火かき棒が吊るしてあるし、あれで一発頭を殴れば……永眠しちゃうかな?


 そう思いつつも、じりじりと暖炉のほうへと後退する。

「見せる気はないんですね?」

 のばしてきた腕を身をひねってかわし、火かき棒をつかんだ。

 けっこう重い、細くて握りにくい。腹部をねらった一撃目、避けられた。

 返すいきおいで間髪いれずの二撃目、避けられた。

 三撃目をくりだそうとして足首をひねってバランスをくずした。

 右手首をつかまれ、火かき棒をうばわれ長椅子と壁のすきまへとほうり投げられた。

 そして、ぐいと抱きよせられ左腕一本で拘束される。背中にもう一方の手を回してきた。


 脱がされてたまるか!


 股間を蹴ってやろうとしたら、それを察知したのかいきなり体を反転させられた。

 気づけば長椅子の上にうつ伏せ状態、両手首を背中でまとめてつかまれた。

 逃げ出せないよう膝で両脚を押さえつけられている。


 なにこいつ、手ぎわ良すぎ!


 ストールをはぎとられ、右手が背面に並ぶボタンをぱつぱつと丁寧に、すごい早さではずし始めた。ざわっ、と全身に嫌悪感がはしる。


「この、スケベウサコ! 人畜無害そうな顔して、やっぱりヘンタイ拷問吏の仲間だな!」


 がまんの限界、鳥肌立てておもわず罵声をあげてしまった。

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