29 優秀な青い従者
ロリンは残りの兵六十名を四分し、それぞれを館内の四棟に向かわせた。
それから、大広間にいるノアの弟子たちを調べにかかった。
兵にまかせきりにせず、自らチェックしている。
はなから小柄な人物だけを入念に見ているようだ。拷問吏ガジュも端から見て回っている。
なるだけ高さのあるハイヒィルを借りたが、それでも七センチ。かかとが太くわりと安定しているが、慣れないのでやっぱり歩きにくい。自分の身長とたしても百五十センチはでないだろう。まだルーは小柄な部類にはいってしまう。
最後尾の列にいたルーの二人前まで、兵が近づいてきた。
うぅ、こんなに緊張するなんて……ヅラ、ずれてないかな?
はっ、顔はあげちゃだめだ。爪先をみて。口は貝のように閉じるっ。
ふいに、目の前に影が迫った。
「おい、おまえ顔をあげろ。帽子をとれ!」
高圧的な声が降ってきた。
すると、近くにいたカトリーンが助け舟をだしてくる。
「その娘は口がきけないの、病弱だから手荒に扱わないでやって」
「おい、何故こいつだけ道衣を身につけていないんだ?」
彼女はなるだけいつもの高飛車な口調を、真綿でくるんだ。
「弟子じゃないもの。あたくしの遠戚のコなんだけど、どうしても、この館で魔法士の生活を見たいって言うから呼んだのよ」
「病弱なのに……見学だと?」
不信げなまなざしの男に、カトリーンは納得させるための虚言を吐く。
「余命半年の人生ですもの。幼いころから魔法士になりたいって夢だったらしいから。そんな彼女の願いを、お心の広いノア師が受けとめてくださったのよ」
思わず噴き出しそうになって、ルーは片手で口をおおった。
そして、つま先貝閉じつま先貝閉じと、呪文のように心でつぶやき実行する。
結果、自然とうつむき手を口にあてていることで、傍目にいっそう具合の悪そうなお嬢様に見えてることなど、彼女は知るよしもない。
とつぜん、帽子の下にタワシひげの男があらわれた。
ぎょっとしてあとずさりしたが、なぜか男のほうがビクッと目を見開きすぐ離れていった。
「あの少女は?」
ロリンの声が近くで聞こえた。
ルーはなるだけ視線を向けないようにうつむく。先ほどの男であろう声が報告した。
「アレは違いますな。金髪青眼で肌も青白いですからっ」
前髪の長い鬘であるため、碧瑠璃の瞳はかげって青く見えるとカトリーンに言われていたが、彼にもそう見えたようだ。
「……ああ、あまり近寄らないほうがよろしいかと!」
おののいたように言う男に、ロリンは「何故です?」と訝しげに問う。
「余命半年の病もちだそうで……うつされては大変です」
「そう」
薄気味悪そうな男のことばに引いたのか、それ以上ロリンが近づいてくることはなかった。本気で病をうつされるとでも思ったのかもしれない。これで疑惑からはずされる。
気がゆるんだそのとき───いきなり、帽子のつばが持ち上げられた。
「む、キサマは……!」
ガジュがルーを見下ろしていた。
──っ、バレた!?
「死相が出てるな」
処刑宣告か!?
顔も体も硬直したまま、心で思いっきり叫んでしまう。
心臓がどくどく音を立てる。
そこに、ひょいと顔を出す殿下がいた。
「半年と言わず明日にでも死にそうな顔をしておるなッ、わざわざ出てこずとも、病人らしく部屋で寝ておればよいものを」
──ここに集結するはめになった元凶がそれ言うかな!
タワシひげの男があわてて言った。
「お離れください、殿下! 悪い病に御身が汚染されてしまいます! ささ、こちらへ」
「ええい、触るでないっ! 余にさわってもよいのは美しきものだけじゃ」
「は、いや、いけません! もっとお離れください!」
「余がどこにおろうと余のかってじゃ、小汚いヒゲが余に指図するでないわッ、いっぺん己のブサイクづら鏡でみて反省せぬかッ」
ぽすっと帽子のつばが下ろされた。ルーの視界が再びせまくなる。
え?
「せいぜい残りの人生をあがくがいい」
そう言って、ガジュはくるりと背を向け、ロリンのほうへ歩いていった。
はぁ……? えっと……気づいてなかった……て、こと?
え、じゃあ、今の悪役みたいな捨て台詞って……………………まさかの気遣い!?
いや、いやいやいや、そんなわけない、きっと気のせいだ。
全員の調査を終えたらしいロリンが告げた。
「……ここにはいないようですし、館内捜索のほうへ参りましょうか」
すでに人は差し向けてはいるが、館は広い。
隠れた者を捜すにも手間取っているだろう。ロリンの提案に殿下はうなずいた。
「そうだなッ、余も行くぞ! かくれんぼの鬼は得意なのだ」
「では、ガジュ。貴方は西棟から回ってください。わたくしたちは東棟へ」
「分かった」
ルーはそっと顔をあげて、彼らがこの大広間を横切ってゆくのを見た。
十名の魔法士は見張りをかねて、ここに残すらしい。
拷問吏が足早に西塔への廊下に入ってゆくのを見届け、ホッと安堵の息をついた。
やれやれ。はやくこの館から出て行ってくれないかな~。
「それにしても、あまりお一人でうろうろして、妙なものには近づかないでください」
「アレを探しておったのだ」
「アレですか?」
「そうだ、お前の弟の率いる魔法士団第十六部隊がみたという……ギン……ギンギラギンの……ええとなんであったか」
殿下とロリンはゆっくりと話しながら歩いているため、なかなか大広間を抜けられない。
「〈銀彗の魔法士〉ですね。ルー・クランの逃亡手引きをした」
ギンしか合ってないのに、彼はただしくそれを読みとった。
「そうだ、そやつを見るのがこたびの第一目的なのだッ」
大広間は天井がたかくドーム状になっており、だいぶ離れたふたりの声も反響して聞こえてくる。
「殿下、第一目的は〈クトリの殺人鬼〉の始末です。くれぐれもお忘れなきよう。命令をくだされたお父君に罰せられますよ」
「そう固いことゆうな、ロリン。このような内海の辺鄙な島まで父上の目はとどかぬわ。それに、そうとうの美形であったと皆がいうからには、ぜひ確かめてみなくてはな!」
「確かめてどうなさるのです? 観賞用に連れ帰るには、いささか物騒な相手ですよ」
「問題はない! バルフレイナのつくった最新の結界檻をもってきたのだ! 見よ、袖のおりかえしにも、そっと忍ばせておける、世界最小の鳥マメハチの卵のごときコンパクトサイズ! 相手に投げつけるだけで、魔力を凍結させ拘束するのだ。さすが我が国一、いや、クレセントスピア大陸一の魔法武器職人よの。まだ、これは予算がかさむのでひとつしかつくらせてないのだ」
「一応、彼女は錬金術師なんですけどね。職人扱いなんかすると、またプライドがどうのとふてくされて工賃値上げを要求してきますよ? それに、いくらなんでもそんなに小さくては、相手に投げつける前にご自分の手のなかで潰してしまいます」
──美形というだけで、音に聞こえた伝説の最強精霊〈銀彗〉の名を冠する〈銀彗の魔法士〉を拉致ろうとの計画。しかも観賞用。しかも敵地で堂々と。
あっけに取られつつもなかなか興味深い話なので、思わずその場にいただれもが耳をそばだてていた。
いやな嗤い方してるヤツがいると思ったら、グレイ三人組だった。
そういえば、サディスどこだろ。
殿下たちは、サディスの顔を知らないようだけど……拷問吏は彼と会ったら、問答無用で攻撃してきそうだ。そうなると、この館にいる者たちが巻きこまれる。だから、どこかに隠れて……?
「しかし、ギンスイまで隠れておるとゆうのか? 余の威光に恐れをなして……思ったのとちがって、じつに小物だな」
「彼はとっくに師弟の誓約を解いており、一番弟子の地位も返上していると魔法士組合に情報があがっております。かつての師の頼みでルー・クランを連れもどしたのでしょう。その後、役目を終えてどこかへ行ったかもしれませんが……我が軍が近く来ることぐらいは予想できるはずです。大恩ある師をおいてそれを見過ごすとは思えません。隠れているとしたら、それはそれで問題があります。彼ほど名の通った魔法士ならば、なにか仕掛けてこないともかぎりませんし、あのノア殿のおちつきようも気になります。まるで、わざと軍を館内に引きこんだようにも……」
わずかな不審から警戒をふくらませ始めた優秀な従者に対し、殿下の脳はわりとふやけていた。
「フムフム、では、やはりここにいるのだな。よし、やつは余が一番に見つけるぞッ」
「殿下のご病気にも困ったものですね」
「余は病などではないぞ? 体はいたってすこやかだと、王宮薬師には太鼓判をおされておるわ。病もちとゆーのは、先ほどのボウシ女みたいなのを言うのだ。まるで、冥府の使徒が憑いてるような青白いブキミな顔をしておったからな」
「いえ、そうゆう意味では……………それにしても、冥府の使徒とはまた不吉な表現を」
それは、どこの国にも伝承やおとぎ話としてある。
戦争や飢饉、流行病が起きたときに、人間の魂を大量に狩るという正体知れぬ存在のことだ。生あるものならば忌避したくなるもの。
足をとめたロリンを、殿下は怪訝にふりかえる。
「どうした?」
皆の注意が去りゆく殿下と従者にむけられていたので、ルーも顔をあげてそれを見送っていた。各棟へつづく廊下の入口に、ふたりがさしかかったときだ。
ロリンが足をとめたかと思うと、優雅に、でもものすごい早足でこちらにもどってくるではないか。しかも、ルーの白いつば広帽子が目印とでも言わんばかりに、まっすぐ迷いなく。
彼はあっという間に道をあけた軍と人々の間をぬけて、ルーの前へと立ちふさがった。
「危うく、騙されるところでしたよ」
やさしげともとれる柔和な笑顔でルーの右腕をつかみ、人垣のむこうにいるノアにむかって告げた。
「この娘、調べさせてもらいます。べつの部屋をお借りしますが、よろしいですね?」
本日、あと三話更新予定。時間不定期。




