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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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27 危機的状況

「ぬおおおおおおッ、わしの愛着ある館をこんなドログシャにしおってえええ、アスター・ホーン! そこへなおれい──ッ」


 半分しかなかった扉を体当たりではじき飛ばし、顔をまっかにした白髪しろひげのちっちゃな老人が飛びこんできた。

「あ、ひいじーちゃん、お帰り」

 チビ猛牛は愛しの曾孫を目前にして、ぴたりと動きをとめた。

 そして、顔に両手をあてしっかりもみほぐすと、いつもの温厚な笑顔をむける。

「おぉ、ただいま。ルーや、わしの留守中に大事はなかったかの?」

「うん、おいらは。それより、ひいじーちゃんに迷惑かけちゃって……館ぐちゃぐちゃに」


「話はだいたい聞いておる。元凶はアスターじゃな、あやつがルーに懸想してこうなったのじゃな? 即クビじゃ、破門じゃ、いや追撃して抹殺するのが世のためわしのためルーのためじゃな」


 慈愛にみちた笑みで物騒なことを言う。

 ケソーってなに? と聞き返しているルーの声も、ノアには聞こえてないようで、「サディスはルーの守りに残すべきだしアスターより実力上のふたりはわしが押しつけた仕事で手一杯だしならば数人を追撃に向かわせるか」とぶつぶつつぶやいている。

 ふと、サディスは崩れた天井をあおいだ。

 青い空にたなびくしろい雲のすきまを、不自然な光がいくつか移動している。

「ルーや、その上着、ずいぶん奇抜な意匠じゃの。背中に水玉のような穴があるとは」

 ルーは窓辺により、そこに映る自分の背中を見た。

 点々と星空のように穴があいている。


「ぅあ、ほんとだ…っ、いつのまにかナメクジのヨダレが散ってたんだ!」


 ついでに背中に手をいれて、自分まで穴が空いてないか確かめるが、どうやら大丈夫のようだ。このままというのも気持ち悪いが、曽祖父からもらったフリル衣装は古書同様、でろでろになっていた。

「まあいいか、べつに死ぬわけでもなし」

 すると、ノアが目をきらんと光らせて、にこにこほほえみながら言った。

「心配せんでも、着替えなら、わしが新しく用意しておいたからの」

「……また、ぴらぴらの?」

「ぴらぴらじゃないぞい」

「え、そうなんだ?」

「ふりふりじゃ」

「くれるなら、男の子用のがほしいんだけど」

 そんな切な願いも彼には届かない。

「今度はなッ、ぐっとシックにシンプルにお嬢サマらしゅー!」

 長椅子に立ちどこからとり出したのか、その両手に紺色のワンピースを、ばっと広げてみせる。襟と袖口におおきな白いレースがあしらわれていて、いかにも良家の清楚なご息女にぴったりといった感じだ。

「そんなの絶対いらないし着ないって!」

「着ろ」

 頭の上から声がふってきた。なんでとふりあおぐも、彼はノアからそのワンピースを奪いとり、ルーを肩に担ぐと、さっさと部屋をでて廊下を歩きはじめた。

 しばらくなにが起こったか理解できず呆けてしまい、脚の長いヒトってこんなに歩くの早いのかって感心していると、大あわてで走ってくるカトリーンと出くわした。


「ドーマ様! 大変ですわ、物見からの連絡で、島の結界のそばまでキャラベ軍が来ていると……!」


 げっ、とルーは身を硬くした。キャラベ=ヘンタイ拷問吏が頭をよぎる。


 また、あいつか? もう復活したのか? 

 いやだなぁ~……来るなよッ。


「──魔法武器は?」

 サディスに問われ、彼女は深く呼吸をして自分をおちつかせながら答えた。


「三機が結界にむけて固定されています。ただ、物見の話では、結界破砕砲にしてはちいさすぎるのではないかと……肩に担ぐほどの大きさだと言っていましたわ」


 このスターブレス島には、結界で外界から遮断されている。

 その結界のつくり主たるノアの許可なくして、出入りはできない。例外は、ノアの決めた五位以上の弟子だけが自由に島を出入りできる。

 財力のある館や王城などには強力な結界があるわけだが──領土拡大をもくろむ国主などは、戦時に難関となるその結界くずしを魔法武器で行うべく〈結界破砕砲〉をつくってきた。兵力の乏しい国などは防御に徹するべく、まず結界をより強くする研究をする。

 対して、攻める側はさらに〈結界破砕砲〉の威力と精度をあげるという、いたちごっこが続いている。

 従来の〈結界破砕砲〉は、魔法武器のなかではかなりの大型でその重量ゆえ、地上からしか撃てないので、移動中に敵からの破壊を受ける弱点があった。

 それを史上はじめて克服したとなれば────


「バルフレイナの手がけた魔法武器かも知れんな」


「ノア師にもご報告を──」

 ルーを横目で睨みつつも、いまはそれどころではないと瞬時に気持ちを切りかえたカトリーンが、再び駆けだそうとすると、彼は「おそらく気づいている」とつぶやいた。

 天井がらあきの部屋から、雲間をぬう騎獣の影が見えたのだ。

 かなりの速度で接近していたし、いまごろはあの部屋が丸見えできる位置には来ているだろう。いくら呑気な老人とはいえ、館が溶解した以上の危機感はあるはずだ。


 ──コレもどうにかしなければならない。


 それでまた廊下をすたすた歩きはじめるサディスに、いまだ担がれたままのルーが口をはさんできた。

「あのー、そろそろ降ろしてくれない? というかさ、どこへ行ってなにしようとしてるわけ?」

 ちらちらと、その視線は彼が反対側の手に持っている紺のワンピースを気にしている。

「着替えるんだ」

「それに?」

「そうだ」

「ヤだし」

「変装しろ。そのままでは一目で敵にバレる」

「……あぁ、そっか」

 一瞬、納得しかけて、またワンピースをジト目で見る。

「……でもさ、なにも、それじゃなくても~」

「つべこべ言うな」

 イボナメクジ被害をまぬがれた、館の最奥にある北棟の五階。

 そこへむかった彼は、有無を言わさず、白地に金泥の飾り枠のほどこされた扉の中へと、ルーを放りこんだ。

「わかんないよーに変装すりゃいいんだろ、庭師のおっちゃんの作業着でも借りてくるよ」

「そんなチビ子供の庭師がどこにいる」

「見習いってことにすれば」

「素をさらすなと言っている」


 ……庭師見習いじゃ変装度が低いのか?


「えーっと、……じゃあ、ひいじーちゃんの」

「ハデすぎて悪目立ちするし、サイズがちいさすぎる」

 扉のすきまめがけて脱走しようとするルーの頭を、がっしと片手で押しとどめる。

「あのぅ…」

 いつのまについてきたのか、廊下からカトリーンが声をかけてきた。

「よろしければ、ここはあたくしにお任せくださいな」

 にっこりと大輪のバラのようなあでやかな笑顔を披露する。

 だが、彼は何の感動も覚えないらしい。ちょっと意外そうな一瞥すらよこした。

 彼女は優雅な足どりで室内にはいり、ルーの左肩に手をかけると、諭すようにやさしく言った。

「殿方の足をひっぱるものではありませんわよ?」

 サディスも足をとられていることに気づいたのだろう。「では頼む」と、みじかく告げると踵を返し、もと来た道をもどってゆく。


 ……自分で言うほど女ギライって風には見えないんだけどなぁ。

 カトリーンと、ふつーにしゃべってるし……ただの思いこみじゃないのかなぁ。


 去り姿も麗しい彼をうっとり見送っていたカトリーンは、その姿が見えなくなると、ルーのほそい肩をぎりぎりと雑巾でも引きしぼるかのように力をこめてきた。


「いだだだだッ」


「ナメた真似をするんじゃなくてよ?」


 悪霊のボスのごとき恐ろしい形相で、呻くようにささやく。

「ドーマ様に小荷物のごとく抱えられるなんて、一体どーゆう神経してるのオマエぇ?」

 およそ高邁たる帝国の姫様とは思えない、怨念こもったセリフだ。

「やっ、あれは、いつのまにかさ! わけわかんないうちに運ばれてたってゆーか」

 彼女は目を血走らせて、いまにも食いつきそうな勢いをなんとか押し殺し、フンと鼻を鳴らした。

「そんなときは、丁重にお断りするのが淑女ってものなのよ、覚えておおきッ」

 気圧されるようにルーはうなずいたが、〈シュクジョ〉ってなんだっけ~とか思ったり。

「おぉ、イヤだ! おまえを着飾るだなんて業腹ではあるけれど、しかたないわねッ」

「だったら、お任せなんて言わなきゃいいのに」

「お黙りッ、ドーマ様に着替えを手伝わせようだなんて、冗談じゃなくてよ!」

「……サディスが手伝うわけないじゃん」

 ひどい言いがかりをつけつつも、カトリーンの行動は早かった。

 まず、とりまきを三人呼びつけると、ひとりは玄関口の大広間へ走らせ、もうふたりを指示しながらルーの着替えや化粧をさせてゆく。


「鬘はそっちのうすい金がいいわ、前髪長めの。その変わった目の色を隠すのよ、翳れば青にみえるわ。髪はふたつにゆるやかに編んで。白桃色の紗のストールを肩にかけて、ブローチでとめて。ワンピースとおなじ紺の靴がいるわね。なるだけ踵の高いものがいいわ」


 サディスに放りこまれたその部屋は、女性専用の〈化粧の間〉とでもいうのか、鏡のついた化粧台がいくつも並んでいた。引き出しや棚には紅、パウダーのはいった彩り豊かなビンや、筆、ブラシなど化粧道具がたくさん入っている。

 そのほかにも、室内にはいろんな色の鬘とか、アクセサリー、帽子やえりまき、ストール、日傘、ハンカチーフ、手袋、絹のくつした、靴、バッグ、扇子など、お嬢さま必須アイテムはひととおりそろっているようだ。

 さらに、奥の衣装部屋には、サイズひととおりのドレスやワンピースもあるそうな。

 五十人近い女の子が弟子として滞在しているからだろうか、と思って聞いたらば。


「一年を通して十回ぐらい、いろいろなパーティをやるのよ。ノア師は顔も広くて、諸外国の要人を招くことも多いから。もちろん、その逆に招かれることもあるわ」


 お祭り好きそうだもんなぁ、ひいじーちゃん。

 それにきっと自分のみならず、女のコにはどのコにもまめでサービスいいのかも知れない。


「これでいいわ、立ってみて」

 化粧を終え、背後からぽすっと、大きなつばの白い帽子をまぶかにかぶせられた。

 髪をひっぱられたり顔に何度も塗られたりで、つい目を閉じていたのだが。

 目の前の鏡をみてびっくり。


 ……だれだ、これ?


「なんか、めっちゃくちゃ顔色わるう~」


 化粧のなせるワザなのか? 青白くて頬こけて見えるし、生気ないし、死人みたい。

 前髪で目がほとんど隠れてるから陰気くさいのなんの……

 まるで、どっかの拷問吏のよーだよ。手までしっかり白いパウダーをはたかれてるし。


「あたりまえよ、変装なんだから。おまえはこれから病弱な良家の子女に化けるのよ、あたくしの遠戚ということにしておくから。いいこと? 顔はうつむき加減で、ぜったい何があっても上げるんじゃなくてよ。声も出さないで」


 そこへバタバタと、とりまきの一人が扉から飛びこんできた。

 先にカトリーンが大広間へ行かせた娘だ。


「ノア師が島の結界を一時解除しました! キャラベの使者を受け入れます! これより、ただちに弟子および使用人も含め、この館にいる者はすべて大広間へ集結するようにとのご命令ですッ」


 ルーは息を呑んだ。


 結界を解除? 対抗措置をなにひとつせず、いきなり無条件降伏?


 そこまで考えてハッとした。


 ほんとにバルフレイナの魔法武器をむこうが持ちだしたなら、結界なんてあってなきに等しいのかも知れない。それならこちらが〈シロ〉である、つまり〈クトリの殺人鬼〉たるルー・クランなどここにはいないのだと分からせて、お帰り願ったほうが得策ってことか。

 大広間に全員集めるってことは、館内に隠れたものを敵がいぶしだしにかかることが予想されるからだ。逆に変装して他人として出ておいたほうがいいってことなんだろう。

 転移の魔法でおいらだけ島の外へ逃がせば済むような気もしたが、それをしないってことはあっちにも魔法士がいるからか。たしか、キャラベから逃亡するとき「追跡されたけどかく乱した」と、サディスは言っていた。

 あれって、魔法の痕跡を追跡されたけど魔法でかく乱したってことなんじゃないだろうか。つまり敵の包囲のなか、魔法で島から逃げたらめちゃくちゃ怪しまれるし疑惑が残る。

 やっぱ匿っていたなと確信をもたれる。……やつあたりで攻撃とかしてくる可能性もあるかもしれない。


 カトリーンは、ルーの鼻先に指をつきつけて告げた。


「あたくしにここまでやらせといて、化けの皮剥がれたりなんかしたら承知しなくてよ? それから爪先を見ながら小股で歩いて。口をぴったり閉じて貝になりきりなさい!」





 カトリーンを先頭に、三人のそのとりまきの内側に隠れるようにしながら、ルーは廊下を歩いた。北棟の奥から東西南北の棟がまじわる廊下までくると、ほかの棟から出てきた弟子たちもぞろぞろと合流する。

 彼らはとりまきに埋もれているはずの背の低いルーに、ちらちらと視線を送ってきた。

 自分とは気づかれてないようだが、それでも興味津々といったまなざし。


 ……なんか、悪目立ちしてる気がするんだけど?


 弟子たちはみなおそろいの紺道衣を着てる。

 ルーも襟と袖に白いレースがあしらっているとはいえ紺のワンピースだ。

 それにつば広の大きな白い帽子と白桃色の肩かけストール。

 全身の割合からして半分は白だ。この紺の群れの中ではやはり目立つにちがいない。

 そう思うと、自然と顔をうつむけてしまう。


 まさか、ワザとじゃないよな? おいらがいることがバレたら、ひいじーちゃんや、ここにいる人たちだってただじゃすまないかも知れないんだし。

 おいらを追ってヨドヒル岬にきた魔法士たちは、自分たちの隊長がいるのを承知で上空から狙い撃ちしてきた。そうまでして抹殺されなきゃならない〈クトリの殺人鬼〉ってなんなんだよ───この忌々しいアザのせいで……


 紺色の長いそでにつつまれた右上腕を、無意識に左手でぎゅっとつかむ。

 なにげなく振り返ったであろうカトリーンが強いまなざしで睨みつけたので、あわてて左手を放した。


 マズイ、敵の前でうっかりやったら調べる口実をあたえかねない。

 気をつけないと……

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