26 永久凍土の真ん中に
「まぁ、そういうわけで自分でなんとかするしかなかったんだよ、家族を助けたいと思ってね……」
アスターは殊勝な態度でしんみりと訴える。
この二人の共通点は、信頼できる仲間や友だちがいないってことだなと、変な方向で同情するルーだった。
このふたりが仲良くしていれば……相談して協力してれば今回の騒動じたいなかったんじゃないか。そうだよ、いまからだって十分間に合うんじゃないのか?
サディスがぶっちぎりで強いのわかってんだし、そんな女悪魔ぐらいやっつけてアスターの家族を助けてあげれば────
いい考えだと思った。
「サディス、アスターに」
「断る」
みなまで聞かずに、銀色の魔法士は切り捨てた。
「まだなにも言ってないよ?」
ちょっとムッとし、口をとがらせて抗議すると、彼は眉根をよせ心底いやそうな顔をした。
「想像はつく」
──突然、きらきらした笑顔でふりあおいできたのだ。しかも、自分と奴の名を並べて。
瞬間的にいやな予感が、脳裏をかすめた。
「この馬鹿に協力する気などない」
「えっ、──おいらの心の中読んだのかっ!?」
「顔に出てる」
思わず、ルーはぺたぺた自分の顔をさわってしまう。
「そこの馬鹿が俺を殺そうとしたのは、どんな理由があれ事実だ」
背後から小声で「──いや、むしろオレの命のほうが危なかったと思うんだけどさァ……」との反論も聞こえてきたが、彼は無視した。
「だからー、それを水に流すってゆうのが大人じゃないのか?」
アスターはちょっと冷や汗がでた。
弁護してくれるのはうれしいけど……
ルーちゃん、たとえ大人でも自分の命狙った相手を許すヤツなんていないよ?
現にヤツの眉間には、しわがくっきり刻まれてるし。
「ここまでアスターが心を開いてくれたんだから、歩み寄るぐらいしないと」
なんだか例えようのない、重量級の空気が漂いはじめた。発生源はそこの銀の男だ。
心なしか、さっきよりずっと目つきがするどい。氷の刃のようだ。
ルーちゃん、キミはヤツの神経を思い切り逆なでしてるんじゃないのかい?
そんなヤツのまん前でヘビのように睨まれて足がすくまないのかい?
止めたほうがいいのかも?
空気はもはや寒々しさまで増し、永久凍土の世界が広がってゆくようだ。
「じゃーさ、こうしよ?」
にこっと、彼女がほほえんだ。
永久凍土の真ん中に、ポンと咲いた輝くお陽さま色の花のように。
「アスターにひとつ貸しにすればいいんだよ!」
とたんに空気が変わった。アスターは目が点になった。
何にって? ルーの思いがけない発言と、それから……
「まあ、悪くはない妥協案だな」
ちいさく吐息をついたあと、サディスは凍気の武装をほどいた。
しかも、あきれたようにかすかに口許をほころばせて。
冷ややか無表情で、他人の意見などスルーが当然のあの男が……っ!
妥協してほのかに笑顔……っ、ウソだ、ありえないだろーっ!?
あまりの驚愕に、口をぱかっとあけたまま目を見ひらいていると、ルーに指摘された。
「アスターもそんなマヌケな顔してないで、サディスに助けが必要なときは絶対かけつけてあげろよな!」
いやいやそれはさ、アイツ完璧主義だし、そんな日は永遠にこないんじゃないのかナ~。
アスターが乾いたひきつり笑いでごまかしていると、胸のうちを見抜いたのか、サディスはさっくり本音で斬りつけてきた。
「助けというほど大仰なことはまったく期待していないが、昔から馬鹿とハサミは使いようと云うからな」
ヤツとの力の差は歴然と身にしみた。
いまは命拾いしたということで、暴言など気にせぬようにしよう。
なにごとも命あっての物だねだ。
心の中でそうつぶやくアスターだった。
「じゃー、これでわだかまりもなくなったし、心置きなくアスターを助けてあげられるよな?」
膝をつめて傍にきたルーが、また目をきらきらとさせる。
「何故そうなる」
さすがにうざくなったのか、覗きこむようにして近くまできたその可愛らしい顔を、サディスは片手でぐいーと押し返した。
ルーちゃん、キミって子は……
アスター的には「もういいよ、ルーちゃん」な感じなのだが、なにがそこまで彼女をつき動かしているのかが不思議だった。
オレのこと好きになっちゃったとか? ……や、なんかちがうナ。直感で。
アレか。オレの家族を心配しちゃってるとか? 会ったこともないのに? もしや、これが正義感とかいうやつ……? 女のコなのに……? うわぁ、なかなか理解不能なコだね……
「ルー」
ため息まじりにその名を呼んだ。
このコザルと再会して何度目のため息だろうかと、サディスは思った。
「アスターの話には矛盾がある」
「えっ」
「矛盾もなにも、ほんとーのことなんだけど!」
あわててアスターが口をはさんだ。
それを視線で黙らせてから、サディスはつづけた。
「悪魔が地上にでて、魔力をふるえる条件はふたつだ。召喚の黒メダルで人間の体内にはいりこみ憑物士となるか、あとひとつは滅多にないことだが──ダウンフォールで無力化した悪魔が、自力で再び魔力を体得すること。俺を殺すよう命じた女悪魔というのは透けていたんだったな。実体のない影と見るべきなのはまちがってない。だが、地上にいないはずの悪魔が術を行使できるわけがない」
「あのさ、でも、実際、オレの家族も使用人も石に……っ! 手首のバラの印だって!」
「地涯からの投影、石化、縛の術──これらは魔道具にでも込めて地上の第三者に託せば、それらしく演出できるだろう。命じられているのは女悪魔の息がかかった憑物士」
アスターの目が点になった。ついで、ゆるく首を横にふった。
「第三者って……いや、考えなかったワケじゃないけどさぁ。それが憑物士ってどうよ。オレが気づかないわけないじゃん」
魔法士はもとより憑物士を狩るための存在だ。鼻がきかなくては仕事にならない。
「隠れている。おまえの監視も兼ねているだろうからな。さすがに、この館にはいる度胸はないだろうが、意外な所に潜伏していると考えた方がいい」
その言いようにアスターは勘づいた。
彼は自分が見落としている敵に気づいていることを。
「心当たりあるなら、いますぐ教えて欲しいんだけど!」
拝み倒すいきおいで懇願した。
「……この館から出たら、目に映るものすべて敵だと疑ってかかれ。女の胸や尻ばかりに気をとられず」
つまり、それは複数いるということか。なんで気づかないんだオレ。
それと、最後の一言はけっこう余計だ。
「……わかった。ご忠告ありがと。んじゃ、その第三者さえ片付ければあの女悪魔とは、とりあえず縁切りできるってことなんだよな……でも、それだけで石になったヤツが助かるかどうか……これまでも有名な薬師や錬金術師から買った石化解薬を試したけど、まったく効かなかったし」
「魔法学園の薬学科に行け。ちょうどいい薬がある。九年前に似たような事件があったからな」
九年前……?
疑問が湧いた。もしやと思い、アスターが尋ねる前に、ルーが口をはさんできた。
「どんな事件?」
「学園にまぎれこんだ悪魔が、学徒たちを石に変えた」
「……ひょっとして、その悪魔をあんたが始末したとか?」
これが己の苦境のはじまりとなった原因だろうと、アスターは疑うべくもなかった。
「あれはダウンフォールを受けた、生粋の悪魔だったからな。捕縛してバジルの研究塔に送った」
「……それはまた……」
なんて恐ろしい選択をするガキだったんだと、彼は息をのんだ。
まだ、サックリとどめを刺してやった方が悪魔にとっては親切だっただろう。
思わず頬を引きつらせたアスターに、ただならぬものを感じたルーが問う。
「バジルの塔って?」
「魔族を解剖し研究する機関だ。同時に、対悪魔専用の魔法武器の開発所でもある。もっとわかりやすく言うなら、害虫退治に有効な殺虫剤をつくる工場だな」
アスターもその機関の存在を耳にしたことはある。
強靭な生命力をもつ悪魔。それこそこの世界で人類より先住していたであろう茶色い蟲のごとく、刃物で解体されたぐらいでは死なない。
そこで肉片をつぶしたり液状化させたり、いろんな薬と混ぜたりしながら実験するのだ。それでも生はあるが、そこにかつての自我というものは当然ながら、ない。
───黒き夢魔の長は言った。「我が弟を滅した者を始末しておくれ」と。
たしかに、あの塔に送られたのを知ったなら、滅した……殺されたと同義になるんだろう。もとはといえば、これは完全にヤツの過去の行いのとばっちりだ。
いろいろすんなり教えてくれたのは、多少の罪悪感でもあったのか。……きっとそうなんだろう。
などと勝手に解釈していると、サディスは片眉をあげてこちらを見た。
「片付けはもういい。さっさと行け」
唐突に言われたので、思わずきょとんとしたものの、すぐに好機と察し返事をした。
「えっ、いいのかい? 悪いね。じゃ、お言葉に甘えて」
立ち去るその前に、目をつけた可愛いコへのあいさつを忘れてはいけない。
ルーのそばにススと歩み寄れば、背後で「貸しを忘れるな」と、恐喝まがいの低い声。
そのタイミングに、おやっと思ってしまった。
ふりかえると、あからさまに威嚇の凍気がただよっている。
「あのサ~、それってよく考えたら帳消しだろ? こっちもアンタのおかげで、いたいけな思春期からびくびくしながら過ごすはめになったんだしさァ」
「そうか、ならば今後、俺の半径一キロ以内に現れたら即抹殺する」
……やっぱり。勘違いではなさそうだ。
前にカマかけた時はまだ保護者ぽいってゆーか、はぐれた仔猫を迎えにってゆう義務っぽさがあったのに、いつのまにそんなに距離を詰めたんだ? オレが拉致ったりしたせい?
だから、それを確かめたくて、ズバッと問いただした。
「それって何気に牽制してんだろ。オレがルーちゃんに近づけないよう……」
無言で殴られた。ふっ飛ばされたというほうが正しいのかも知れない。
手もとにあった古書の詰まった重いゴミ袋で容赦なく。
図星か。それにしたって大人げない……
両手をあげ壁にたたきつけられた状態でずるずる床に落ちていくと、ルーが気の毒そうな、でもって呆れたような声をかけてきた。
「アスター……もうちょっと反射神経きたえた方がいいよ?」
廊下のはるか彼方から、すさまじい怒号と足音がドドドとひびいてくる。
アスターは、びくっと飛び起きた。そして、無惨に目の上を青く腫らした顔のまま、ささっと、ルーにつめ寄って、その右手をぎゅうと両手でにぎりしめた。
「じゃあね、ルーちゃん。また会おうッ」
一陣の風にまかれて早々に、彼は逃げるように退場したのだった。
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