23 黒ちび襲来を阻止する永遠の二十五歳
窓の外を見ると、大気がうす桃色に染まっていた。
いつのまにか、夕刻になっていたようだ。
はじめは控えめだったお腹の主張も、だんだんはげしくなってくる。
十日もよく空腹でいられたな。いや、待てよ。何度か夢の中で食べてた気がする。
この居間で。周囲はぼやけてたけど。食べたものの味だけは鮮明だった。
香ばしいベーコンとか、仔牛のステーキとか、栗のパイとか、ミントの入った甘いミルクティとか……ひょっとして、たまに寝ぼけて起きて食べてた?
ベルを鳴らせばこの部屋担当のお姉さん女中が来ることを思いだし、さっそく呼んで、夕食にはすこし早いので軽めの食べ物をお願いした。
彼女が去って五分もしないうちに、ノックの音。
ずいぶん早いなと思いつつも、白銀ツバメに結界を解除してもらい扉をあける。
見知らぬ子供がそこにいた。
小綺麗な顔立ちをしている。首筋までの長さのしっとりとした鴉羽のような黒髪に、おおきな切れ長の月のような淡黄色の双眸。しろくまるい頬に花びらのようなちいさな唇。
七、八歳ぐらいだろうか。シンプルな黒の礼装から少年と思われる。
眉間にしわを刻み、この世の不幸を一身に背負ったような、悲壮なというか、苦渋に満ちた表情をした彼は、両手にかかえたモノを無言で押しつけてきた。
「え……?」
見覚えのあるそれは、ラムロード所有……のはずの鞘にはまった大剣。
冥剣ヴァルドリッドだった。
なんで、このコがラムロードの大事な剣を持ってんの?
「うけとれ」
少年は高めの澄んだ声で横柄に言った。
よくわからないが、ラムロードの持ち物を届けてくれたのだろう。
そう思い、冥剣を両手で受けとった。
彼は一瞬、ホッとしたように息をついたものの、そのまま自分のちいさな両手を見つめたまま固まった。
ところでさっきから、なんなのか。
ルーの頭上で白銀ツバメがチチッ、チチッと騒がしくステップを踏んでいる。
「なぜだ……っ」
少年はうつむき、うめくように声をもらした。
「何が?」
思わず問い返す。
ばっと顔をあげて、つり上げた月色の瞳でにらまれる。
「なぜ、きさまは、なんともないっ!?」
血を吐くように責められた。
「なぜと言われても……?」
状況がよくわからない。ルーは大剣をかかえたまま、まじまじと少年を見おろす。
二十センチほど自分より背が低い。
なんかこの色彩、某精霊に似てるなぁと思うんだけど……
さすがに変装が得意なやつでも、若返ったりなんてできないだろうし。
仮にできたとしても、ぜんぜんメリットなさそうだし。
しかし似てる。となると、やつの一族のコだろうか?
「えーと、何しに来たんだ?」
単刀直入にたずねる。少年の月色の瞳に剣呑な光がゆらいだ。
「こうなったら、きさまの首を──」
少年のちいさな手に、いきなり黒い刃が現れる。
ルーの首めがけ一閃するも、バチッと寸前で弾かれた。
少年は体ごと弾かれ、たたらを踏む。
頭上の白銀ツバメがとっさに、ルーの前に結界の壁を展開してくれたらしい。
「ぅわー、助かった……ありがと!」
白銀ツバメに礼を言うと、得意げにチチと返してきた。
いきなり首狙うとか、ますます某精霊関係、濃厚だな。
「なーにしてるのかな~?」
「くっ、はなせっ!」
いつのまにか現れた背の高い青年に、少年はその頭を片手でぎりぎりとわしづかみされている。こちらもまた美形度が高い。
青年の肩上でゆれるまっすぐな黒髪に、ふと思う。
……このコの兄か?
「約束が違うよね? 今すぐ消滅したいのかい?」
「なぜ、あのクズはちぢまぬのだ!?」
「言っておくけど、呪がかかるのは所有の名乗りをあげた者だけだよ。欲してない者が触っても何も起こらない」
「ちっ」
舌打ちしてそっぽを向く少年と、それを諭すような言動の黒髪の青年とを、ルーは交互に見る。黒髪の青年と、ぱちり目があった。
春の空のようにおだやかな青い目だ。
彼は少年のちいさな頭から手を離すと、やさしげな微笑を浮かべた。
「もう起きて大丈夫かい?」
「……どちらさまでショウ……?」
「簡単に説明するとね。ボクにかけられた冥剣の〈退行の呪〉を、彼が引き受けてくれたんだ」
「──っ、ラムロード!?」
「そう」
えええ? おじさんじゃないじゃん!
サディスと並んでも年の差感じない! 三十代じゃなかったのか!?
小じわひとつないツヤプリ肌って、どんだけ若作りなんだよ!
どう見ても二十代前半。心の中で驚嘆の声をあげる。
そして、はたっと気づく。
「じゃ、……じゃあ、そっちは……」
「黒の精霊だね」
っっっ、似てると思ってたら、まさかの本人!
黒ちび精霊はえらそうに吠えた。
「アレは返してやる! だから、もとにもどせっ!」
それに対し、ラムロードは笑顔で却下。
「それ決めるの、ボクじゃないから」
笑顔なんだけど、鼻で哂ってる気がするのは気のせいだろうか。
ルーは「あっ」と、ちいさく叫ぶ。
いつのまにか冥剣はルーの手から消え、黒ちび精霊の手に渡っていた。
「こんな使えぬなまくら剣などいらぬっ!」
再び、冥剣をちいさな両手でルーに押しつけてくる。
「ほしがれ!」
「いらないしっ」
ルーも両手で押し返す。
「なぜだ!? ごうよくのくせに!」
グーで殴っていいか?
「刃物は不得意なんだよ! ていうか、それ以前に呪詛付とか断固拒否!」
「よくぶかのくせに、なまいきな!」
やっぱり一発殴ろう。
左手で冥剣を押し返しながら、右手をぐっとにぎる。
「キミ、自分でその剣を欲しいって言っておいて、その言い草? 〈真なる主〉にふさわしいから寄こせと、ボクの忠告も聞かずに手を出したくせに、その言い草?」
ラムロードの春の青空のまなざしが、海溝のごとく剣呑に暗く陰った。
そして、「ヴァルドリッド」と、低い声で大剣の名を呼ぶ。
ボムッ
ルーと黒ちび精霊の間に、白銀毛の塊が現れる。
とつぜん現れたその存在に、二人は互いにうしろに弾き飛ばされた。
ルーはその背中をラムロードに受け止められたが、黒ちび精霊はころころと廊下を転がった。起きあがろうとしたところを、白銀の有翼虎の前脚で、べしっと背中から踏みつぶされる。
反撃しようと、黒ちび精霊が手のひらの中に黒い魔力の渦を発するが──カッと白銀の虎が一喝。強い風にさらされた蝋燭の火のように、それはかき消えた。
もしや、体の退行と同時に魔力もちいさくなったのか?
「ちょっとそれ、遠くに捨ててきて」
ラムロードがそう言うと、白銀の虎は承知とばかりに、ぱくっと黒ちび精霊の首根っこをくわえる。
「なっ、なにを、まて! なぜ、冥剣が、魔獣王が、きさまの言うことをきくのだ!?」
「ボクは彼の〈仮の主〉だから」
「なん───」
白銀の虎は廊下の端までかろやかに進むと、前脚で器用に窓をあけ、そこから外へ飛んでいった。どうやら黒ちび精霊は、ラムロードが冥剣の〈仮の主〉だと知らなかったようだ。
意外とツメが甘いな。
あと精神まで退行しているのか、ひどい癇癪持ちだ。
まぁ、大人のときでもけっこう沸点低かったけど。
あっという間に遠ざかる白銀の虎を見送りながら、ルーは以前に聞いた話をふと思いだす。
「〈退行の呪〉って、たしか生まれる前までにもどって抹消されるんじゃなかったっけ? ……あの黒ちび、さらに縮むのかな……?」
「キミに手を出さないことを条件に、呪の進行を止める腕輪を貸してあげたんだけどね。考え直す必要があるかな」
あ、それでさっき約束がちがうって……わざわざ貸してあげたのか。
冥剣の対でつくられた〈楯〉だとか、言ってた気するけど……
大事なものじゃなかったのか?
ルーはちょっと考える。
「もうしばらく、あのまま放置でいいんじゃないかな。あいつはあの高すぎる鼻っ柱を、きっちり折られたほうがいいと思う」
ヒトをクズ呼ばわりする性根をたたき直す、いい機会だ。
私怨? もちろんあるとも。何度、断頭恐怖を味わったことか。
何が面白いのか、ラムロードはくすくす笑う。
「それは、まぁ同感だね」
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次話で【Ⅶ】の本編は終了します。




