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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅶ】 月下の異境遊戯
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22 割れた身代わり石、曾祖母による因縁

 気がつくとルーは白い泡に埋もれていた。

 石鹸のようだが匂いが薬草ぽい。どうやら浴槽の中にいるようだ。

 見覚えのあるおおきな胸のお姉さん女中が、上の方からのぞきこんでいる。

 湯煙でその顔はぼんやりとして見える。

 何をしてるのか尋ねようとしたけど、体がだるくて口からちゃんと言葉が出てこない。


「──に……て……の……?」


 そして、えらく瞼が重い。眠い。


「眠ってても大丈夫ですよ。ちゃんときれいにしますからね」


 お姉さん女中たちに洗われているらしい。周りにあと二人ほど女中がいる。

 つまり三人がかりで洗われている。

 寝てる場合じゃない、無茶苦茶こっ恥ずかしいじゃん──と思うものの体がついてこない。結局されるがままの内に、意識が泥沼にはまるように沈んでゆく。

 そんな中で彼女たちの会話が届いた。


「薬草湯をもっと持ってきて」


「はい、こちらに」


「──それにしても末期悪魔の血をかぶるなんて、聞いただけで恐ろしいわ」


「体に異常とか出ないものなんですかね? 身に着けていたペンダントの石が壊れるぐらいなのに」


「あれは身代わり石よ」


「え、……災厄を肩代わりするって、あれですか? 田舎の迷信かと思ってましたけど」


「効果があるのは、瞳と寸部変わらぬ同じ色の石だけっていうわね」


「へぇ、そうなんですかぁ」


「お嬢様の瞳の色はめずらしい青緑でしょ。よくあの色の石があったと思うわ」


「そうですねぇ……あ、お着替えの用意を」


「この魔獣蜘蛛糸の御衣装、ボロボロですねぇ……お洗濯しても」


 まわりで、ぱたぱたと足音がする。


 悪魔の血をかぶる……? 

 身代わり石のペンダントが壊れた……?


 なんでそんなことになってんだろうと思いながら、ルーの意識は途切れた。





 10月21日、正午。


 目をあけると、天井からつるされた魔法灯のシャンデリアが映る。

 視線を下げると、そこには成金よりで微妙なオブジェ群が配置され、壁一面に英雄譚ぽい絵画。ふかふかしてるがどぎつい深紅の絨毯が敷かれている。

 〈貴人の黄昏亭〉の九階部屋にある、とてつもなくだだっ広い豪華な居間だ。

「ん……っ」

 両腕をのばしながら上体を起こす。


 あー、なんかすっごい寝てた気がするな。


 何度か目覚めた気がするが、体が重くてだるくてまったく動かなかった。

 視界もぼんやりしていたような。サディスとラムロードの声を聞いた気もするけど、なにを言ってたかは覚えていない。

 ルーは長椅子に横たわり毛布をかけられていた。まわりには誰もいない。

 カーテンの開いた窓の向こうはあかるい。ほかの部屋を見てこようと立ちあがると、足がもつれてぺたりと絨毯に座りこんだ。


 あれ?


 側のローテーブルに手をつきながら、ゆっくりと立ちあがる。

 ちょっと足がふらふらする。どうしたことか。力がちゃんと入らない。

 もう一度、長椅子に腰かけてから、ふくらはぎをもんだり、ぷらぷらさせたりする。

 それから、長椅子の背もたれにつかまりながら、ゆっくり行ったり来たりと歩く。

 何度かくり返すうちに足首にも力が入りだしたので、広い居間の壁に手をつきながらぐるぐると歩く。二時間ほど経ったところで、壁につかまらなくても平気になった。

 それで寝室や浴室、化粧室、衣装室、簡易キッチン付の食堂、書斎、露台をのぞいてみる。誰もいない。

 さっきからルーの肩に白銀ツバメがとまっているのだが、サディスはどこかと聞いても、かわいく首をひねるだけ。


「もー、どこいったんだよー」


 置手紙ぐらいおいてくれ、と言いたい。

 ノックの音がした。白銀ツバメが「チチッ」と鳴く。

 部屋にはっておいた結界を解除したのだろう。扉がひらいた。


「なんだ、小娘。もう動けるのか?」


 あ?


 思いがけない人がそこにいた。

「えと、……ハイ。動け……マス」

 いかめしいヒゲヅラの老人オッドー・ゲドルフに、ルーは固まる。

 曽祖父ノアと犬猿の仲なので、あまり自分にもよい印象を持っていないことを知っているからだ。

「十日以上も眠っておったのだ、無理せずそこに座りなさい」

「えっ、十日!?」

「それから、ちゃんと上着をはおりなさい、そんな格好では風邪を引く」

「は……ハィ?」

 十日も寝ていたとは驚きだが、気遣われるような台詞を言われて戸惑う。

 しかし、それよりも、自分の格好を見下ろし狼狽した。

 歩けないのがショックで、ムキになって歩行練習をしていたから、自分がどんな姿をしているのか忘れていた。

 いつだったか、お風呂に入れられた記憶はおぼろげにあるので、おそらく、この部屋担当の女中が着替えさせてくれたのだろう。避けていたはずの、〈貴人の黄昏亭〉女性客用超フリッフリの夜着を。


 魔獣蜘蛛糸のロリ衣装は、洗練された意匠と魔防具という実用的な面があるだけに、着るときの抵抗も少なくてすんだが……コレで人前に出るとかダメだ!


 上着はフリル二十段で、長そでにずらりと布製の花がはりついている。

 膝下までのフリルなズボンにも布製の花が一直線に飾ってある。しかも鮮やかな黄色。

 幼女向けの意匠というならば派手で可愛いと思えるそれは、肩口が大胆に開いていて、やはり小花だらけの肩紐でとめてあり───エロさのある可愛さになっているのだ。


 エロカワイイ。自分の人生にはげしく無縁の言葉だ。

 そして、そんなものを見せられては、厳格なご老人なら眉をひそめて注意したくもなるだろう。早く何かはおらねば。


 上着を探してうろうろしてると、ゲドルフは手にしていたおおきな箱を片手に抱えて室内にはいってきた。それに気づいてふり返り、ルーは告げる。

「あの、サディスなら、いま、セン、が……?」

「今日は彼に用があるのではない」

「……?」


 サディスに用がないなら誰に用があるのだろう。

 ラムロードとか? 面識あるのかな?


「それと、無理なしゃべり方はせんでもよい。〈碧の林檎亭〉では素で話しておったろう」

「……はぁ」


 そういや、そうだった気も……いや、でも、二人きりだと緊張するんだけどなー。

 というか、このヒト、淑女限定で親切なんじゃなかったのか? 

 だから、最初に彼に会うときには、上流市民の女の子の装いで行ったはず。


 ルーは首をかしげつつ、目の前の老人を見る。

 そこでふと、女中たちが話していた身代わり石のことを思いだした。

 さっき寝室をのぞいたとき、窓ぎわの小テーブルに、割れた碧瑠璃色の雫石があった。

 記憶が飛んでいてたしかとは言えないが、ブナの並木道で悪魔たちに襲われたときに壊れてしまったらしい。色もややしろっぽく変わっていた。


「あの、もらった身代わり石……壊しちゃって、ごめんなさい」


 宝石みたいに綺麗だったし高価そうだったし。

 ……弁償しろとか言われたら困るんだけどな~。


「構わん、今回のようなことを見越して渡したのだ」

「……へ?」

 思わずまぬけな声で聞き返す。


 それって、おいらが危険に巻きこまれるのを見越してってイミ? 

 え、なんで?


「それから、面識のない男や、妙な男の口車にほいほい乗るものでないぞ」

 そう言われて、同時に頭のすみに紫髪の青年が浮かんだ。

「えぇと……はぃ……」

 すると、彼は「よろしい」と満足げにうなずいた。


 心配されてんのか……これ? えっと、なんで?


「魔防具がだめになったと聞いたからな。これを使いなさい」

 テーブルの上に抱えてきたおおきな箱を下ろした。


 このサイズで魔防具って……衣装か!


 ルーはあわてて声を上げる。

「あのっ、こんなことされる心当たりがないんだけど……っ!」

「黒の精霊の標的にされておるのだろう」

「そ、それは、……そうだけど……」

「身を守るものは、いくらつけておいても邪魔にはならん。では、私は帰るとしよう」


「いや、その、ちょっと待って!? だから、なんでゲドルフさん、が……?」


 ルーは混乱しつつも引きとめる。

 彼も、自身の言動が不自然だと思ったのだろう。足を止めたものの、あきらかに目が上へ下へと泳いでいる。理由をつっこまれる前に帰ろうとしたが引き止められてしまった、というのがもろ分かりだ。

 しばらくして、観念したようにひとつ息をはきだし、視線をルーに向けた。


「ルゥティとはな、生まれたときから家が近所で幼なじみだったのだ」


 突然、その口から飛び出た曾祖母の名に、ルーは「はぁ」と生返事をする。

「碧瑠璃の瞳にあざやかな赤毛。快活でいつも少年の衣装を好んで身につけておった」


「あれ? 以前、ひいじーちゃんから聞いた、〈気高い美人〉とかって言う、ひいばーちゃんのイメージとちがうような……」


「ノアがルゥティに初めて出会ったのは、二十歳を過ぎておったからな。奴はいけすかんが言い様は間違ってはおらん」


 ゲドルフは険しい目もとを細め和ませた。

「彼女が十一歳頃の姿に、よく似ておる」


 ──そういや、二度目に〈碧の林檎亭〉で会った時は男装だったっけ。

 ヅラもつけてなかったし、それであまりに似てるのでガン見してたのか。

 にらまれてるんだと思ったよ。


「ノアの血筋に関わる気はなかったが、ルゥティに瓜二つの娘の窮地ならば別。困ったことがあれば、いつでも言いなさい。手を貸そう」


 彼はにこやかにそう言いのこして、去っていった。


 なんだろう。百八十度、態度が変わったよね。

 ひいばーちゃんに似てるから…………って、大嫌いなひいじーちゃんと結婚したヒトなのに。ゲドルフ氏にとって、そんなに大事な幼なじみだったってことか?


 そこまで考えて、すとんと腑に落ちた。


 つまり、アレか。幼なじみを取られたってことなのかな。

 でもって、未だあきらめられないとか。そこに毛嫌いしてたひいじーちゃんの曾孫が、実は彼女の子供時代にそっくりだったことに気づいたんで、つい親切心が出たと……………

 うーん、なんというか…………この赤毛染めてんだけどねー……


 そして、ついでに思いだしてしまった。

 あの白髪ロリコン悪魔が釣れた理由を。


 十一歳の女のコが、支配階級である黒の悪魔に蹴りいれて地涯に送り返したのか…………ひいばーちゃん、サイコーに強いな。


 そして、彼女による因縁はよくも悪くも濃く、曾孫である自分に結びついてしまったようだ。

残り二話で【Ⅶ】の本編は終了します。

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