おまけ 戦いのあとで
ガジュがルーを連れて転移した。
おかげで、ラムロードは魔獣剣の一払いで、すべてを片付けることができた。
月が赤に近い飴色をしている。
少年は屍の海の真ん中で、静かに月を見あげていた。
「ルーは?」
音もなく、背後に現れた男に問う。
「銀彗に預けた」
簡潔に、男は返事をする。
「そう」
月が明るいおかげで振り返った先の男の顔が、ひどくしろいのが見てとれた。
はおった焦げ茶のマントが赤く濡れている。下腹辺りか。マントの厚い生地を通しているのでかなりの出血量だ。しかし、それを表情には出していない。
「戻ってくる必要はなかったようだな」
末期悪魔どもの折り重なる数百の残骸を見渡し、そうつぶやく男に、ラムロードはちいさな笑みを唇に刷く。
「加勢して恩でも売るつもりだった?」
図星だったのだろう。男は肩をすくめた。
「キサマが、ただの生意気な小僧でないことは分かった。アレの仲間なら敵対する気なぞない」
「──ずいぶん、物分かりがいいんだね」
剣呑な瞳を向ければ、男はそらさずにそれを受け止める。
「状況が変わったのは確かだ。キャラベ王に呪詛印があると知り、それを目にした第一王子は王宮より淘汰され、その部下どもはほぼ壊滅した」
それについて、ラムロードはすでにサディスから聞いて知っていた。
キャラベ王が、同じく呪詛印をもつルーを排除したがる理由。
それは、このふたりが千番目、千一番目のクトリの贄だから。
生き残った片方が〈クトリの遺産〉へ続く鍵を手にいれることができる。
この男の狙いはルーを生かし、キャラベ王の目論見をくじくことだろう。
鍵うんぬんについては、自分と同じタイミングで幽鬼女から知った風だった。
「ところで、彼女はどうしてここへ来たんだい? 一応、この場所が危険だってことは教えておいたはずなんだけど。キミの手引きじゃないでしょ」
ガジュは首肯した。
「街で一人でぷらぷらしているのを見つけて……」
そして、何か思い出すように顎に手をあてる。
「……直接聞いたわけではないが、ここに来る前に、見慣れない紫髪の若い男と何か話しているのを遠目に見た。もしかしたら、その男が唆したのか……?」
「あぁ、悪魔の薬屋ね」
「悪魔だと? 知っているのか?」
「彼はサディスに執着してるから……今回の件から手を引かせたがっているってとこかな。クトリは危険度の高い未知の領域だからね」
「迷惑なことだ」
巻きこまれた少女を思い憤りを感じるも、その言葉にガジュは考えこむ。
「──キサマはクトリの呪詛について、どのぐらい知っている?」
「呪詛については知らない。古代王国クトリに関してなら、文献に記されたていど。〈錬金術により栄えた王国〉で〈錬金術で世界を支配しようとした〉そして〈莫大な富とともに禁忌の海に没した〉……だからこそ、幽玄図書館へ行くことが重要なんだよ。あそこには失われた書があるから、呪詛解きの手掛かりもきっとある」
ルーたちが幽玄図書館を探していることは、ガジュも知っていた。
初めは眉唾ものではと思っていたが、銀彗が噂のみをあてにするとも思えず。
司書レインレインが関わった話を織物商人エレナから聞いたことで、その存在を確信した。
ふいに、目の前にいる少年が二重三重にぶれて見える。
血を流しすぎたようだ。
「……すこし、休んでから、またキサマらを追うことにする」
どのみち、彼女もしばらく休養が必要だ。
複数の悪魔の血をかぶったのだから、回復に日数がかかるだろう。
意識があるうちに宿を探さなくては。
「怪我をしてるようだけど、大丈夫かい?」
「古傷が開いただけだ。大したことはない」
彼は転移を発動させた。
青い閃光の残滓が闇の中に舞いちる。
「お大事に」
さわ、と草むらを風がゆらして吹きぬけてゆく。
「ルーを異境に誘導し、悪魔らに始末させようと企んだのは薬屋フェナカイトだろうね。末期悪魔の数が尋常でなかったし、キャラベも便乗して工作してる……と見るべきかな」
ボムッ
手にしていた魔獣剣が、急に、白銀の有翼虎──魔獣王ヴァルドリッドへと変貌した。
「サディス・ドーマの魔力の匂いがする」
足取りかるく並木道へと向かうので、ラムロードもついてゆく。
しばらく歩いたところで、先にいたヴァルドリッドが茂みから黒い傘をくわえてふりむいた。ルーの傘だ。おそらくサディスが防御魔法でもかけていたのだろう。
柄の部分が外れる仕組みになってる。確認すると軸に携帯棍がはまっているようだ。
「ありがとう、きっとルーが喜ぶよ」
しかし、ヴァルドリッドは、がっかりしたようす。
「小童の反応なぞどうでもよい」
「ルーの大事な武器がもどれば、サディスも感謝すると思うよ?」
「まことか?」
「彼はあの子に甘いからね」
「……仕事上の護衛対象ではないのか?」
てっきり護衛込みの呪詛解きが仕事で、だから、あんな足手まといを連れているのだと思っていた。
「幼馴染みだから。昔からよくあの子の面倒を見ていたよ」
「あのように孤高の者が、子守をするのか? 解せぬ」
「振り回されるのも、案外楽しいんじゃないかな」
魔獣も人間もふつうは、魔獣王たるヴァルドリッドを恐れるものだ。それを抱かないのは、歴史に名を残すような豪胆な戦士だけ。
脆弱な女子供なら、威嚇をしなくとも姿を見ただけで失神する。
それなのに、あの子供は好奇心いっぱいの大きな目でこちらを見ていた。
「触りたい」という理解不能な念波すら飛んできたような気もする。
──いや、それはさすがに気のせいだろう。
「彼だって独りが好きなわけじゃないんだよ。もちろん、ボクもね」
ラムロードはやわらかい眼差しで、手にした傘を見つめている。
月の光が、並木道の天井をおおう木々のすきまから降りそそぐ。
猫っぽくお座りしながら、しばしその言葉の意味を考えてのち、ヴァルドリッドはため息をついてゆるく首を横にふった。
「サディス・ドーマも、我が仮の主も、趣味の悪いことよ」




