◆幕間④-2 クトリの贄の御印に群がる
少年は膨大な魔気のやどる剣にふりまわされることもなく、それをまるで己が腕の一部であるかのように使いこなしていた。
一払いごとに複数の末期悪魔が屠られる。
ガジュも長柄戦斧をふるい目の前の敵を倒す。
あの青白い肌の女が見あたらない。どこに消えたのか。
末期悪魔どもの先頭にいたことを考えれば、あの女がこれらのボスのはず。
ガジュは視線をめぐらせ幽鬼女を探す。
敵を後退させるうちに、自らがそちらへ誘導されたことに気づく。
環状に包囲され並木道の入口から隔離される。
マズイとそちらに目をやるも、ナリだけでかい雑魚どもが壁を築いて見ることすらできない。少年もそれに気づいたらしく、そちらへ向かっておおきく剣をふるった。
末期悪魔数十匹が斬られ、道がひらく。
「!」
並木道の封じを解こうと術を放つ、幼児のような体躯にハゲワシの頭を乗せた三匹の末期悪魔どもがいた。
パシンッ パキッ
甲高い破裂音。封じが解けた。
ガジュも少年もすぐそこへ向かおうとしたが、末期悪魔どもが津波のように押しよせてそれを阻んだ。長柄戦斧に魔力を最大値まで通して威力をあげ、邪魔な壁をなぎ払う。
しかし、いくら斬り捨てても、次から次へと湧いてきりがない。
「ルー!」
少年のせっぱつまった声が上がった。
ガジュはハッとそちらに顔を向ける。
その頭上を高く跳び越えてゆく、ひとつの影があった。
「もらったぁ!」
赤に近い飴色に染まった月を背に跳ぶ幽鬼女が、先の影めがけて細身の刃をふり下ろすところだった。
影──であるかのように全身まっ黒にぬれた少女は、笑った。
幽鬼女よりもはやく、その腹に長柄戦斧を打ちこもうとして、その刃を素手で止められる。否、その青白い手には魔力の小さな渦が発生していた。
少女が刃を引くと同時に、その渦が刃の半分と柄をくだく。
幽鬼女はすかさず、少女の右肩めざし斬りつけようとして────できなかった。
背後と左側から、同時に襲撃されたからだ。
ガジュは魔法弾を撃ち、少年は大剣から魔力の刃を連続で飛ばす。
幽鬼女は少女に集中していたがため、避けることは叶わなかった。
頭が吹き飛び、胴を四分割され、そこから飛びだした黒メダルが空中でくだけ散る。
末期悪魔たちがいっせいに咆哮した。それは、歓喜だった。
人の声を真似た聞とりにくい獣たちのことばが、ガジュの耳を打つ。
「贄の御印もつ者は選ばれたる証」
「かつて地上の覇権を手にしたクトリ王のように」
「千一番目のクトリの御印を手に入れろ」
「右腕を食いちぎれ」
「我が腹にとりこめ」
「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」「我こそが」
おそらく自分たちより上の存在が消えたことで、自分たちにも呪印を奪うチャンスが巡ってきたのだと───
邪気をはらんだ言の葉の波が、あたり一帯に満ちる。夜の空気を震撼させる。
少年が倒した分と合わせても、すでに百五十以上は片付けたはずなのに、何故なのかまったく減っている気がしない。
まさか、〈千一番目のクトリの殺人鬼〉の噂が噂を呼んで、この場所へ来るために、憑物士の悪魔化を進行させ、末期悪魔が急増しているのではないか?
そんな嫌な予感が頭をかすめる。
このままでは激しく消耗戦になるばかりで、撤退の時機を逃しかねない。
さっさとアイツを回収して、この場から去らねば!
地に落ちた幽鬼女の遺体など目もくれず、しろい頬を黒い返り血に染めたルーは、刃が半分欠け柄のみじかくなった戦斧をふって、手近にいる敵を屠りだす。
人形のような無機質な笑みをはりつけて。
末期悪魔は、召喚の黒メダルにより、人が悪魔そのものに変貌したものだ。
これを始末するには、悪魔の心臓でもある複数の〈心核〉を破壊のち、黒メダルが再利用されないよう壊す必要がある。
倒れたまま動かない数々の敵に、ガジュは彼女が的確に心核ごと斬っているのだと知る。黒メダルまで破壊しているとは思えないが──
心核や黒メダルの位置を特定するには魔力があり、かつ悪魔殺しの経験を重ねることで身につくものだ。当然ながら、本来ならば、ルーが逆立ちしたってできる芸当ではない。
呪詛の恩恵、か。
ガジュは目前の狼頭や犬頭を長柄戦斧ではねとばしつつ、彼女の元へ転移するタイミングを計る。
とにかく今は、これ以上の末期悪魔が押しよせる前に、撤退すべき。
すでに、ルーがにぎる戦斧の青い光が弱々しいものになっている。
魔力が消えてしまえば、敵にダメージを与えることは出来なくなる。
どれだけ的確に〈心核〉に斬りつけても、壊すことは不可能だ。
あの呪詛を封じないかぎり、転移した先でも大暴れするだろう。という問題はあるが──ここに留まるよりは、はるかにマシだ。
なんとか少年が黒染めの彼女にたどり着くも、戦斧で反撃を食らっていた。
まわりから攻撃してくる敵の数は多く、その場は混戦状態だ。
少年はルーの武器をとりあげたくとも、その一瞬のすきすら逃すまいと、敵がすぐ間近をとりかこみ刃をくりだす。剣圧による魔力の刃でなぎ払っても、波のようにすぐさまよせてくる。
少年は殺気を乗せてくり出してくる彼女の刃を打ち返し、ふたたび剣圧で末期悪魔の波を斬る。いくらかの空間がまわりにあく。刹那、少年と目が合った。
考える間もなく、ガジュは目の前で槍をかざす敵を斬り伏せ、ルーの背後に転移した。
反射的にくり出された刃を避けそこね、頬をかすったものの、彼女の腕をねじって武器をとり上げる。腕の中にがっちり締めあげるようにつかまえると、押しよせる敵の刃が届く前に転移で跳んだ。
王都グライヒル中央の表通りに、ガジュはたたずんでいた。
店先や屋台、街路樹につるされたランタンで通りはあかるく、まだ出歩く人々も多い。
見覚えのある、黄色い円柱のバス停。
どうやら、彼女に再会し、傘で殴られた場所に無意識に跳んだようだ。
だいぶ疲れていたらしい。
とっさだったとはいえ、人けのない場所にするべきだった……
腕の中の静けさに視線を落とすと、ルーは意識を失っていた。
転移中、加減せずに抱えていたせいらしい。
「まぁ、いいか」
この状態なら暴れることもない。
その唇に手をかざし、息をしているのを確認する。
黒く汚れた少女の顔をマントのはしで、そっと拭う。
悪魔や魔獣の中には血に毒素を含むものもいる。全身に黒い返り血を浴びた彼女の衣装は、ぼろぼろになっていた。一刻もはやく洗い流したほうがいい。
局地的な雨ぐらいなら、ガジュは降らせることができる。
この北の地で、かなり乱暴だとは思うが──
にわかに王都の上空は黒雲におおわれ、たたきつけるような大雨が降りそそいだ。
道にいた人々は、あわてて建物の中へと走り去る。
ルーを抱えたままずぶぬれになりつつ空を見あげると、呪詛の発動条件でもある月が雲に隠れた。
魔法の明かり玉を掌にともし、彼女の顔をてらす。
黒い血が流されたそこには、灰色の染みがのこっていた。
やはり、雨ぐらいでは落ちないか……
特殊な薬湯にでも漬けなければ、悪魔の血は落ちない。
ガジュは自身のマントのすそを割くとそれで、街路樹下のベンチに座らせた彼女の目もとをおおうように結んだ。
雨はしだいにやみ、雲間からふたたび月がのぞきはじめる。
ふいに、縫った腹の傷がじくじくと痛みだす。
黒の精霊だという男に、黒刃の礫がつらなる鞭を食らったところだ。
戦いのさなかでは神経が昂ぶっていたおかげで感じずにすんだが、どうやら傷口がひらいたらしい。ずぶぬれになったことで寒気も身にしみる。
銀彗はどこにいるのか? コレの封じが出来るのはヤツしかいない。
──すこしだけ、腹立たしい気もする。
オレにもそれだけの力があれば、コイツを渡さずにすむものを……
いや、今はそんなことより、コイツにかかった悪魔の血をなんとかしなければ。
近くに薬屋はないのか。
ベンチからすこしはなれ、通りの店を見渡す。
雨で街路樹のランタンはあらかた火が消えてしまい、あたりはうっすらとした月あかりだけになっていた。
ブンブンブン ブン ブンブン
夜目にもひかる指先ほどのちいさなものが、ルーとガジュの間を滞空しながら飛んでいる。ハチかと思ったが、微量の魔力を感じる。
よくよく目をこらせば、細長いくちばしをもつ白銀のハチドリだった。
「……ヤツの使い魔か?」
銀の旋風が舞う。
よほど急いできたのか、銀の髪を乱した美貌の青年が、目の前にこつぜんと現れた。
次話、本編に戻ります。




