◆幕間④-1 クトリの贄の御印に群がる
呪詛で主人公の意識不在、その後の話です。
トンネル外に弾き出された青い人視点。
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あたりが暗くなってきた。
ガジュは閉ざされた並木道の入口へと、攻撃の術を放っていた。
だが、どれだけやってもまったく歯が立たない。
並木道を抜け出たあのとき──その瞬間、片手で支えていた重さが消えた。
ガジュは空中に静止したまま、木々のトンネルをふり返った。
さわさわと枯れ葉が鳴るばかりで、少女の姿はどこにもない。
まるで、異境が彼女だけ置いてゆけとばかりに、自身の手からもぎとったようにすら思える。ついでに、もう片方の手ににぎっていたはずの長柄戦斧まで。
攻撃をつづけるうちに、陽はとっぷりと暮れていた。
曇天が空をおおうせいで視界も悪くなる。
あせりが出る。下位悪魔といえど、術を使えない人間が敵うものではない。
それに、異境には古い力が残留しやすい。
もし、万が一、クトリの呪詛の封印が解けてしまったら、呪詛の発動条件である月が空に出てしまったら───
「くそっ、何故、開かんのだ……」
目に見えぬ強固な壁を前に歯噛みしていると、背後から「おやまぁ」と、のんびりとした女の声が聞こえた。
こつぜんと現れた気配にぎょっとする。
底冷えする風が、ざわりと草木を鳴らした。
雲が流れて飴色の月あかりが地上に落ちる。
腰まである長い白髪をたなびかせた女が、うす暗い野道にたたずんでいた。
この寒空の下、肩と胸の谷間を露にだし、体の線に沿った紺碧色のドレスを着ている。腿には大胆なスリット。娼婦のような格好にも関わらず、青白い肌に、目のまわりを黒くふちどって強調させた女は、墓場をさまよう幽鬼のような印象がある。
女は黒に近い紫の口唇をあげた。
「異境にヒトの気配がある──デマじゃなかったようだね、ここまで飛んできた甲斐があるってもんさ」
ガジュに言っているというよりも、自身の行動に利有りと、ほくそえむような口ぶりだ。
「なんだ、キサマら……」
青白い幽鬼女の後に音もなく、ひとつ、ふたつ、みっつ、と影が、背の高い草むらにひそむように現れる。
それらは、頭部が狼や狐、犬といった獣で、はちきれんばかりの筋肉のついた獣身に革鎧をまとい、がっしりとした二本足で立っている。二メートル半ほどの身の丈があった。
「末期悪魔どもが、何の用だ?」
幽鬼女は閉じた扇子でぱちんと掌を打ち、目をほそめた。
「あんたに用があるわけじゃないさ。だけど不運だったね、魔法士の兄さん。よりによって、今夜この場にいるとは、命運尽きたも同じだよ」
害虫の分際でおおきな事を言う。
「フン、その台詞、そっくりキサマに返してくれる」
ガジュの手に、長柄戦斧が青い光をまいて現れる。隠し空間からの召喚だ。
以前、銀彗に壊されたときに予備を作らせておいたのが、こんな形で役に立つとはな。
そのわずかな会話の間にも、幽鬼女の後方に次々と影は増えてゆく。
ちらりと、影らに彼女は視線を流して言った。
「まだまだこんなものじゃないよ。なにせ、今宵は千載一遇のチャンスだ! エッジランド国のみならず、北方諸国に散らばるあたいたちの仲間がやってくるのさ。そうさね、うまく隠れていたやつらも合わせたら、三百は来るだろうね。あんた、一人で歓待してくれるのかい?」
ガジュは片眉をあげて幽鬼女を見た。
魔法士の仕事は元来、憑物士および、それの最終形態である末期悪魔を滅することにある。
もちろん、ガジュとてキャラベ軍国で第一王子の護衛や、禁忌の海域から流れつく未知の生物の討伐をしながらも、憑物士駆除をすることはあった。
末期悪魔は、召喚者である憑物士の魂を喰らって肉体をのっとり、悪魔の本能のままに変貌して破壊や殺戮をおこなう。憑物士よりも魔力配分や術が格段にうまいため、熟練魔法士とて末期悪魔を始末するときは、注意する必要がある。
だが概ね、魔法士としての共通認識というものは、「憑物士=害虫」、「末期悪魔=たまに手のかかるのが混じっている害虫」ていどだ。
しかし、それでも北方諸国全土とはいえ、三百体もの末期悪魔が未だ駆除されていないとは……
それに対する驚きもさることながら、さらに気になるのが、何故、こいつらがこの場に会する必要があるのかということだ。
「ノラ猫の集会でもあるまいに、こんな僻地に集まって何を企んでやがる」
幽鬼女はニヤリと嗤う。知らないのか、そう言いたげに。
草むらの影はすでに百を越えていた。すべての視線がガジュに───
いや、彼のうしろにある並木道の入口に釘づけになっている。
そして、どいつも幽鬼女の背後でぴくりとも動こうとしない。
まるで、何かを息をひそめて待っているかのように。
何を、待っている……?
封じられた足刈りの道。この異境に関して、悪魔どもの通り道となる以外の特殊な事情はない。地上から地涯にもどるための通路とするにしても、この〈祭り的〉な集合状態は異常だ。特殊な事情……?
いま、あの場所にはアイツが閉じこめられてるぐらい、しか───
「ボクもそれ、聞きたいな」
どこからか、澄んだ子供の声が聞こえた。
「!?」
ザッ
ガジュの後方で、草葉がおおきくゆれた。十にもならないほどの少年が立っている。
暗い夜空を白銀の鳥が旋回し去ってゆく。
「キサマは……ッ」
プルートス大山脈で会った生意気な子供だと気づき、声を上げようとした。
だが、少年が幽鬼女へと足を踏み出したせいで、問いかけを逸する。
少年は、場違いなまでのおだやかな笑みを浮かべた。
「教えてくれたら、ボクがお姉さんたちをもてなしてあげるよ」
幽鬼女は一瞬、あっけにとられたように目を見ひらき、いきなりけらけらと笑いだした。
「ずいぶんと威勢のいいガキじゃないか! 気に入ったよ」
体を折り曲げて、愉快そうに手をたたく。
しげみの中の末期悪魔どもがざわりとゆれた。同時に舌なめずりの音。
ガジュは自分の前に出た、小柄な体躯を見下ろす。魔力はかけらも感じとれない。
少年の背中には、不自然なまでに大きい剣がベルトで固定されている。
「その度胸に免じて、教えてやろうじゃないか。この先の異境に、〈千一番目のクトリの殺人鬼〉がいるのさ」
その言葉に、ガジュが息を呑む。
幽鬼女はつづけた。
「地上を支配したければ、クトリの遺産を手に入れろ──制約だらけの地上で自由気ままとはいかない悪魔どもの間じゃ、昔からよく知られたおとぎ話さ」
「具体的にはどうやって?」
少年が小首をかしげて、話をうながす。
あまたの末期悪魔に包囲され、それを微塵も気にもとめず、冥府の住人のような薄気味悪い女に向き合うさまは、ガジュから見ても異様だった。
静かにこちらをうかがう異形どもは、さらに数を増していた。頭部が猛禽っぽいのや爬虫類、魚類と多彩に増えている。そして、どいつもその殺気と狂気にぎらつく視線を隠そうともしていない。なのに、この少年からは恐怖心も緊張すら感じとれない。
無謀なのか鈍感なのか、それとも……
「〈クトリの遺産〉への到達は、〈千人の贄〉でこと足りる。つまり、禁忌の海域からたまにこの大陸に流れ着く〈クトリの殺人鬼〉というやつは、逃げだした〈千番目の贄〉というわけさ。遺産への鍵を手に入れられるのは〈千一番目〉としてクトリ島を訪れた者。だが、千番目が生きている以上、遺産相続の権利は双方が持つことになり、同時に、最後の贄でもある」
ガジュの脳裏に、呪詛印をもつ二人が思い浮かぶ。
黒髪の少女と、玉座に座るキャラベの偽王。
幽鬼女の言葉を補足するように、少年は口にした。
「つまり、キミらにとっては、どちらかを先に狩り、さらにのこる一人を殺せば、その権利が手にはいるというわけだね?」
「そうさ、クトリの贄の御印がある右腕を喰らってね」
クトリの呪詛印をもつルーが狙われている。
はっきりとそれを理解したガジュは、ギッと奥歯を噛みしめる。
ここに集まる末期悪魔どもが、アイツに群がろうとしているだと?
そうはさせるか……!
そして、同時に恐ろしいことに気がつく。
あの封じられた並木道の中にも下位悪魔どもはいた。棍に防御結界がついてるとはいえ、見えない敵にいつまでも対処しきれるものではない。
それが〈クトリの殺人鬼〉だとバレたら、ここにいる以上の悪魔どもが押し寄せるにちがいない。あの並木道に落とした長柄戦斧を使えば、一時しのぎはできるだろうが……あくまで一時しのぎに過ぎない。
オレが使うならともかく、刃に通しておいた魔力はいずれ尽きる。
そうなれば逃げ場すらなく、あの小さな体は、あっという間に頭から食いちぎられてしまうだろう。
そのさまを想像し、ひやりと肝が冷える。
ガジュは愛用の武器の柄をにぎりなおす。数歩先にいる少年の後頭部に視線を向ける。
アイツの知己だろうとは思うが、信用していいものか?
「見たところ、あの異境の並木道は封じられてるよね? キミたちはアレをどうするつもりなのかな」
見たところ? 魔力がないのに何故分かる……?
少年は背にかけていたベルトの留め金をパチンとはずして、大剣をその手に下ろす。
少年の身長を越えるその剣は、彼にとっては鞘を払うことすら大変そうに見える。当然、そのちいさな左手ににぎっていても、鞘付の大剣は地面に引きずってるような状態だ。
幽鬼女は答えた。
「そう、あれは予想外だがね。誰がかけたかは知らないが……あのていどの封じならば、時間をかければ解けるさ。だいぶ仲間も集ってきた。おしゃべりはもういいだろう。楽しいパーティと行こうじゃないか」
「あとひとつだけ」
少年は笑顔で右手のひとさし指を立てた。
「クトリの呪詛印が右腕にあるって、誰から聞いたの?」
「噂さ」
「ずいぶんと的を得た噂だね」
少年はいつのまにか、白銀の刃を抜き放っていた。
いちはやく気づいた幽鬼女が後方へ逃れるように、すばやく跳躍した。
一振りの閃光が、とりかこむ末期悪魔たちを分断し、なぎ払う。
一瞬で、前列にいた三十匹あまりが事切れた。
ガジュは唖然とした。
悪魔を斬れる刃、だと……!?
魔法士の剣が悪魔を斬れるのは、それに自身の魔力を通しているからだ。
魔力を微々とも感じとれない少年にできる芸当ではない。
しかし、すぐにその剣自体が、尋常でないほどの鋭く重い魔の気を発しているのだと気づく。先ほどまで、まったくその気配すら感じなかったというのに。
魔獣剣か……!
末期悪魔たちとの距離をあけた少年は、背後のガジュにちらと視線を投げた。
「状況次第で掌を返すような輩を、ボクは信用しない」
状況次第で掌を返す──そのことばに、ガジュは大いに心当たりがある。
だが、それを部外者に言われるすじあいなどない。
「フン、誰が猫の手ほど役にも立たん、キサマの信用なぞいるか」
「キミみたいな非常識な変態を、今後もあのコの傍に近寄らせるなんてことを、ボクが許すとでも思っているの?」
さきほどまでの幽鬼女に向けていたにこやかさは、すでに少年の顔からはがれ落ちていた。
「……っ」
「ともかく今は──邪魔したら遠慮なく斬るからね」
弱い月光の下、暗い陰の落ちる冷めた瞳で淡々とクギを刺され、ガジュはその言い知れぬ威圧に気押されるように口をつぐんだ。
銀彗のように力でねじ伏せてくるわけでもないのに────
いや、ちょっと待て。
何故キサマなんぞの許可がいる!?
我に返って問おうとするも、状況がそれを許さない。
三百余りの末期悪魔どもが、戦いの鬨の声をあげた。
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次話も幕間です。明日更新。




