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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅶ】 月下の異境遊戯
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◆幕間④-1 クトリの贄の御印に群がる

呪詛で主人公の意識不在、その後の話です。

トンネル外に弾き出された青い人視点。

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 あたりが暗くなってきた。

 ガジュは閉ざされた並木道の入口へと、攻撃の術を放っていた。

 だが、どれだけやってもまったく歯が立たない。

 並木道を抜け出たあのとき──その瞬間、片手で支えていた重さが消えた。

 ガジュは空中に静止したまま、木々のトンネルをふり返った。

 さわさわと枯れ葉が鳴るばかりで、少女の姿はどこにもない。

 まるで、異境が彼女だけ置いてゆけとばかりに、自身の手からもぎとったようにすら思える。ついでに、もう片方の手ににぎっていたはずの長柄戦斧まで。


 攻撃をつづけるうちに、陽はとっぷりと暮れていた。

 曇天が空をおおうせいで視界も悪くなる。

 あせりが出る。下位悪魔といえど、術を使えない人間が敵うものではない。

 それに、異境には古い力が残留しやすい。


 もし、万が一、クトリの呪詛の封印が解けてしまったら、呪詛の発動条件である月が空に出てしまったら───


「くそっ、何故、開かんのだ……」


 

 目に見えぬ強固な壁を前に歯噛みしていると、背後から「おやまぁ」と、のんびりとした女の声が聞こえた。

 こつぜんと現れた気配にぎょっとする。

 底冷えする風が、ざわりと草木を鳴らした。

 雲が流れて飴色の月あかりが地上に落ちる。

 腰まである長い白髪をたなびかせた女が、うす暗い野道にたたずんでいた。

 この寒空の下、肩と胸の谷間を露にだし、体の線に沿った紺碧色のドレスを着ている。腿には大胆なスリット。娼婦のような格好にも関わらず、青白い肌に、目のまわりを黒くふちどって強調させた女は、墓場をさまよう幽鬼のような印象がある。

 女は黒に近い紫の口唇をあげた。


「異境にヒトの気配がある──デマじゃなかったようだね、ここまで飛んできた甲斐があるってもんさ」


 ガジュに言っているというよりも、自身の行動に利有りと、ほくそえむような口ぶりだ。


「なんだ、キサマら……」


 青白い幽鬼女の後に音もなく、ひとつ、ふたつ、みっつ、と影が、背の高い草むらにひそむように現れる。

 それらは、頭部が狼や狐、犬といった獣で、はちきれんばかりの筋肉のついた獣身に革鎧をまとい、がっしりとした二本足で立っている。二メートル半ほどの身の丈があった。


「末期悪魔どもが、何の用だ?」


 幽鬼女は閉じた扇子でぱちんと掌を打ち、目をほそめた。


「あんたに用があるわけじゃないさ。だけど不運だったね、魔法士の兄さん。よりによって、今夜この場にいるとは、命運尽きたも同じだよ」


 害虫の分際でおおきな事を言う。

「フン、その台詞、そっくりキサマに返してくれる」

 ガジュの手に、長柄戦斧が青い光をまいて現れる。隠し空間からの召喚だ。


 以前、銀彗に壊されたときに予備を作らせておいたのが、こんな形で役に立つとはな。


 そのわずかな会話の間にも、幽鬼女の後方に次々と影は増えてゆく。

 ちらりと、影らに彼女は視線を流して言った。


「まだまだこんなものじゃないよ。なにせ、今宵は千載一遇のチャンスだ! エッジランド国のみならず、北方諸国に散らばるあたいたちの仲間がやってくるのさ。そうさね、うまく隠れていたやつらも合わせたら、三百は来るだろうね。あんた、一人で歓待してくれるのかい?」


 ガジュは片眉をあげて幽鬼女を見た。

 魔法士の仕事は元来、憑物士および、それの最終形態である末期悪魔を滅することにある。

 もちろん、ガジュとてキャラベ軍国で第一王子の護衛や、禁忌の海域から流れつく未知の生物の討伐をしながらも、憑物士駆除をすることはあった。

 末期悪魔は、召喚者である憑物士の魂を喰らって肉体をのっとり、悪魔の本能のままに変貌して破壊や殺戮をおこなう。憑物士よりも魔力配分や術が格段にうまいため、熟練魔法士とて末期悪魔を始末するときは、注意する必要がある。

 だが概ね、魔法士としての共通認識というものは、「憑物士=害虫」、「末期悪魔=たまに手のかかるのが混じっている害虫」ていどだ。


 しかし、それでも北方諸国全土とはいえ、三百体もの末期悪魔が未だ駆除されていないとは……


 それに対する驚きもさることながら、さらに気になるのが、何故、こいつらがこの場に会する必要があるのかということだ。

「ノラ猫の集会でもあるまいに、こんな僻地に集まって何を企んでやがる」

 幽鬼女はニヤリと嗤う。知らないのか、そう言いたげに。

 草むらの影はすでに百を越えていた。すべての視線がガジュに───

 いや、彼のうしろにある並木道の入口に釘づけになっている。

 そして、どいつも幽鬼女の背後でぴくりとも動こうとしない。

 まるで、何かを息をひそめて待っているかのように。


 何を、待っている……? 

 封じられた足刈りの道。この異境に関して、悪魔どもの通り道となる以外の特殊な事情はない。地上から地涯にもどるための通路とするにしても、この〈祭り的〉な集合状態は異常だ。特殊な事情……? 

 いま、あの場所にはアイツが閉じこめられてるぐらい、しか───


「ボクもそれ、聞きたいな」

 どこからか、澄んだ子供の声が聞こえた。

「!?」


 ザッ


 ガジュの後方で、草葉がおおきくゆれた。十にもならないほどの少年が立っている。

 暗い夜空を白銀の鳥が旋回し去ってゆく。


「キサマは……ッ」


 プルートス大山脈で会った生意気な子供だと気づき、声を上げようとした。

 だが、少年が幽鬼女へと足を踏み出したせいで、問いかけを逸する。

 少年は、場違いなまでのおだやかな笑みを浮かべた。


「教えてくれたら、ボクがお姉さんたちをもてなしてあげるよ」


 幽鬼女は一瞬、あっけにとられたように目を見ひらき、いきなりけらけらと笑いだした。

「ずいぶんと威勢のいいガキじゃないか! 気に入ったよ」

 体を折り曲げて、愉快そうに手をたたく。

 しげみの中の末期悪魔どもがざわりとゆれた。同時に舌なめずりの音。

 ガジュは自分の前に出た、小柄な体躯を見下ろす。魔力はかけらも感じとれない。

 少年の背中には、不自然なまでに大きい剣がベルトで固定されている。


「その度胸に免じて、教えてやろうじゃないか。この先の異境に、〈千一番目のクトリの殺人鬼〉がいるのさ」


 その言葉に、ガジュが息を呑む。

 幽鬼女はつづけた。


「地上を支配したければ、クトリの遺産を手に入れろ──制約だらけの地上で自由気ままとはいかない悪魔どもの間じゃ、昔からよく知られたおとぎ話さ」


「具体的にはどうやって?」

 少年が小首をかしげて、話をうながす。

 あまたの末期悪魔に包囲され、それを微塵も気にもとめず、冥府の住人のような薄気味悪い女に向き合うさまは、ガジュから見ても異様だった。

 静かにこちらをうかがう異形どもは、さらに数を増していた。頭部が猛禽っぽいのや爬虫類、魚類と多彩に増えている。そして、どいつもその殺気と狂気にぎらつく視線を隠そうともしていない。なのに、この少年からは恐怖心も緊張すら感じとれない。


 無謀なのか鈍感なのか、それとも……


「〈クトリの遺産〉への到達は、〈千人の贄〉でこと足りる。つまり、禁忌の海域からたまにこの大陸に流れ着く〈クトリの殺人鬼〉というやつは、逃げだした〈千番目の贄〉というわけさ。遺産への鍵を手に入れられるのは〈千一番目〉としてクトリ島を訪れた者。だが、千番目が生きている以上、遺産相続の権利は双方が持つことになり、同時に、最後の贄でもある」


 ガジュの脳裏に、呪詛印をもつ二人が思い浮かぶ。

 黒髪の少女と、玉座に座るキャラベの偽王。

 幽鬼女の言葉を補足するように、少年は口にした。


「つまり、キミらにとっては、どちらかを先に狩り、さらにのこる一人を殺せば、その権利が手にはいるというわけだね?」


「そうさ、クトリの贄の御印がある右腕を喰らってね」


 クトリの呪詛印をもつルーが狙われている。

 はっきりとそれを理解したガジュは、ギッと奥歯を噛みしめる。


 ここに集まる末期悪魔どもが、アイツに群がろうとしているだと? 

 そうはさせるか……!


 そして、同時に恐ろしいことに気がつく。

 あの封じられた並木道の中にも下位悪魔どもはいた。棍に防御結界がついてるとはいえ、見えない敵にいつまでも対処しきれるものではない。

 それが〈クトリの殺人鬼〉だとバレたら、ここにいる以上の悪魔どもが押し寄せるにちがいない。あの並木道に落とした長柄戦斧を使えば、一時しのぎはできるだろうが……あくまで一時しのぎに過ぎない。


 オレが使うならともかく、刃に通しておいた魔力はいずれ尽きる。

 そうなれば逃げ場すらなく、あの小さな体は、あっという間に頭から食いちぎられてしまうだろう。


 そのさまを想像し、ひやりと肝が冷える。

 ガジュは愛用の武器の柄をにぎりなおす。数歩先にいる少年の後頭部に視線を向ける。


 アイツの知己だろうとは思うが、信用していいものか?


「見たところ、あの異境の並木道は封じられてるよね? キミたちはアレをどうするつもりなのかな」


 見たところ? 魔力がないのに何故分かる……?


 少年は背にかけていたベルトの留め金をパチンとはずして、大剣をその手に下ろす。

 少年の身長を越えるその剣は、彼にとっては鞘を払うことすら大変そうに見える。当然、そのちいさな左手ににぎっていても、鞘付の大剣は地面に引きずってるような状態だ。

 幽鬼女は答えた。


「そう、あれは予想外だがね。誰がかけたかは知らないが……あのていどの封じならば、時間をかければ解けるさ。だいぶ仲間も集ってきた。おしゃべりはもういいだろう。楽しいパーティと行こうじゃないか」


「あとひとつだけ」

 少年は笑顔で右手のひとさし指を立てた。

「クトリの呪詛印が右腕にあるって、誰から聞いたの?」

「噂さ」

「ずいぶんと的を得た噂だね」

 少年はいつのまにか、白銀の刃を抜き放っていた。

 いちはやく気づいた幽鬼女が後方へ逃れるように、すばやく跳躍した。

 一振りの閃光が、とりかこむ末期悪魔たちを分断し、なぎ払う。

 一瞬で、前列にいた三十匹あまりが事切れた。

 ガジュは唖然とした。


 悪魔を斬れる刃、だと……!?


 魔法士の剣が悪魔を斬れるのは、それに自身の魔力を通しているからだ。

 魔力を微々とも感じとれない少年にできる芸当ではない。

 しかし、すぐにその剣自体が、尋常でないほどの鋭く重い魔の気を発しているのだと気づく。先ほどまで、まったくその気配すら感じなかったというのに。


 魔獣剣か……!


 末期悪魔たちとの距離をあけた少年は、背後のガジュにちらと視線を投げた。

「状況次第で掌を返すような輩を、ボクは信用しない」


 状況次第で掌を返す──そのことばに、ガジュは大いに心当たりがある。

 だが、それを部外者に言われるすじあいなどない。

「フン、誰が猫の手ほど役にも立たん、キサマの信用なぞいるか」


「キミみたいな非常識な変態を、今後もあのコの傍に近寄らせるなんてことを、ボクが許すとでも思っているの?」


 さきほどまでの幽鬼女に向けていたにこやかさは、すでに少年の顔からはがれ落ちていた。

「……っ」

「ともかく今は──邪魔したら遠慮なく斬るからね」

 弱い月光の下、暗い陰の落ちる冷めた瞳で淡々とクギを刺され、ガジュはその言い知れぬ威圧に気押されるように口をつぐんだ。

 銀彗のように力でねじ伏せてくるわけでもないのに────


 いや、ちょっと待て。

 何故キサマなんぞの許可がいる!?


 我に返って問おうとするも、状況がそれを許さない。

 三百余りの末期悪魔どもが、戦いの鬨の声をあげた。

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 当作品「Silver tails」は、現在、2chRead対策を実施中です。

 部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。

 読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。 

 (C) 2015 百七花亭 All Rights Reserved. 

 掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n0709co/


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次話も幕間です。明日更新。

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