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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅶ】 月下の異境遊戯
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21 呪詛ほどける月夜、黒の雨降る

 ガジュがわざと手を放したとは思わなかった。

 ルー自身、見えない壁に弾き飛ばされたのを覚えているからだ。

 それに一瞬だが、壁の向こう側へ、ガジュの体が抜けていったのを見たような気もする。しかし、木々のトンネル入口は目の前だというのに、その向こうに彼の姿は見あたらない。

 この異境には下位悪魔や魔獣がいると、彼は言った。

 ここでは地上の理である〈ダウンフォール〉は存在しないとも。

 つまり、やつらは魔力無効化がかからないので、魔法を使えるということだ。

 先ほどから地面を蹴る音や、枝葉を異様にざわめかせながらも姿を見せないのは、魔法で姿を消しているんだろう。


 かこまれでもしたら、いくら魔法避けの棍をもっていても対処しきれない。

 さっさとこの道から出ないと。


 宙から落ちてすぐ、草むらの中を移動して、逆方向の場所で息をひそめていたせいか、連中はまだ気づいてないようだ。最初にルーが落ちた場所を必死に探しているらしい。

 下位悪魔たちの姿は見えないものの、音でどの辺の位置にいるかぐらいはわかった。


 ガジュが落とした武器を回収しておくべきか。


 そう思ってしげみを見れば、長柄戦斧がふよふよと宙に浮いている。

 魔力を帯びて青く光っているので、拾われたのだろう。

 見えないやつらが手にとって、ながめ回しているのかもしれない。

 魔力をまとう武器なら悪魔を倒せると聞いたことがあるので、とり返したい気持ちはある。だが、こちらの存在が見つかっていないのに動くのは、自分の首をシメかねない。


 やつらが気づいてないのは、気配や匂いを消す魔獣蜘蛛糸の衣装のおかげだ。

 ひらひらロリロリな意匠である恥ずかしさを差し引いても、とても実用的だ。

 これをくれたガイアさんには感謝しきれない。

 うっかり声をあげたり物音を立てさえしなければ、見つかることはないのだから。


 それでもルーは念のため木々に身を隠しながら、足音を忍ばせつつ、なんとか並木道の入口までたどりついた。

 木々のトンネルから、そっと出ようとすると、何かにぶち当たった。

 両手でさわってたしかめる。透明な、硬い壁が立ちふさがる。

 やはり、見えない壁に弾かれたのは気のせいではなかったらしい。


 く……っ、どうなってんだよ! 

 あいつは抜けられて、おいらはダメってどーゆーこと!? 

 ……はっ、もしや、魔力がないせいか!?


 両腕をつっぱって力のかぎり押してみるものの、びくともしない。

 どこか穴はないかと、手のひらでなでつつ移動してみてもそんなものはない。


 ガサッ ガサガサガサッ


 まだ離れた背後では、草葉をかきわける音がしている。

 やつらが気づいてなくても、ここから出られないんじゃ安心はできない。





 だんだん辺りがうす暗くなってゆく。急速に陽がかたむきはじめた。

 ガジュがもどってこないということは、向こう側からも入れなくなった可能性が高い。

 トンネルの中の陰が次第に濃くなってゆく。透明な壁を前に考える。


 ──棍で一箇所を連打したらどうだろう?


 棍には、サディスがつけた魔法攻撃をはね返すための防御結界がついている。

 試しに軽く当ててみた。はね返る。


 つまり、この透明な壁は魔法か。

 じゃあ、あいつの長柄戦斧を奪い返してそれで壁を破壊……………ダメだな。

 成功しなかったらおいらがミンチにされる。


 見えない大量の敵に存在がバレては、こちらの身が危うい。

 その辺をうろうろしてる気配を数えると、大小合わせて十匹は確実にいるのだから。


 白銀ツバメがサディスを連れてくるまで、動かないでおとなしく待っていた方がいいか。


 そう決めて、ルーは木の裏に隠れるようにしゃがみこむ。


 あ、足刈りの道って……


 いま、思いだした。

 今朝、ラムロードが言ってたことを。



「王都の東端に閉鎖された学問館が残ってるんだけどね」

「ブナの並木道の先にあるんだ」

「そこは足刈りの道とか云われてて」

「複数の学生や学者がこつぜんと消えちゃって」

「おそらくは古い力が溜まっているか、異境に通じているか」

「そういう地は、よくないものを呼びこみやすいんだ」

「だから──クトリの呪詛があるキミは、近づいちゃいけない。封印が解かれる可能性が高いからね」



 な ん で 思いださなかったんだ、おいら───っ! 

 思いだしてたら並木道なんかに入らなかったのにいいいいいいい!


 心の中で絶叫しても、あとの祭りである。

 そんな重要事項が、すこーんと頭から抜けていたのは、やっぱり黒の精霊の〈華麗な毒吐き執事〉を見たせいかも知れない。


 あいつ精霊やめても、舞台役者で食っていけそうだな!





 視界が利きにくくなるほどに、紫紺の闇が降りてきた。

 辛抱強く息をひそめていたせいか、下位悪魔らしき気配はひとつだけになり、のこりはトンネルの奥へざわざわと去っていった。

 しかし、のこった一匹というのが、ものすごくしつこい。

 あちこち移動しながらいつまでも、草をかきわけたり木々をゆすっているのだ。

 しかも、かなりのデカブツで、たぶん、あのヒヅメ痕の持ち主と思われる。

 木々がからまる上空から、フゥーフゥーという荒い息遣いが聞こえる。

 時折、なにかブツブツ呟いているようだが、よく聞きとれない。


 よほど、おいらが見つからないのが腹立たしいのか。


 おまけにガジュの武器を手に入れていた。

 見えないデカブツは、青光をまとう長柄戦斧を無茶苦茶にふりまわし、木々の枝を刈っている。


 ──サディス、まだかな……


 ふと見た地面が、うす明るくなってゆく。

 あぁ、月が出たのかと木々の天井のすきまを見あげた。


 ドクン!


 息がつまる感覚。

 ルーの双眸に、飴色にかがやく月が映りこんだ瞬間──

 心臓が破裂せんばかりに音を鳴らした。

 右上腕の、黒いそで下から湧きだす赤い光。


 ドクン ドクン ドクン


 あまりに苦しくて、のばした手が近くの細枝をつかみ、うっかりペキッとしならせた。


 ぅあ、やば──……

 呪詛がほどける! 敵に居場所がバレた!


 そう思うと同時に、フゥッと意識が遠ざかる。

 ボコッボコッと地面をえぐりながら、すごい勢いでこちらに近づくヒヅメの音を聞きながら。



 ルーの瞳が、カッとひらく。

 風を切って向かいくるモノに、傘をひらく。

 発動した結界に、勢いよく弾かれたモノが木にぶつかる。

 持っていた長柄戦斧が弧を描いて地に落ちた。

 ルーはすばやく駆け出して、それを拾うと──

 かすかなうなり声のする場所へと突進し、深く斬りこむ。

 もし、彼女を知る者がここにいたならば、そのありえない速さと、急所を狙う逡巡のなさに息を呑んだことだろう。

 バシャッと黒い液体が舞った。


「グオォォォッ!?」


 地をゆるがすような叫びをあげ姿を現したのは、上半身まっ黒な肌の大男。

 腰から下が馬身だった。体高三メートル近い。

 そいつが黒い液体を噴きだす両目を、両手で押さえながら暴れている。

 そのたびにヒヅメがはげしく地面をえぐる。

 その狂気じみたダンスに巻きこまれぬよう、ルーは避けながら逃げる。

 馬男の左手から、めちゃくちゃな軌道で風の刃が飛んでくる。

 ルーは進行方向の木の幹を大きく蹴り、体を反転させて高く跳んだ。

 手にした長柄戦斧が馬男の首を一撃ではねた。だが、それでも馬身は暴れている。


 悪魔を滅するには──魔力、あるいはフィア銀、魔獣剣といった特殊武器をもってしか叶わない。悪魔には、人間の心臓に代わる〈心核〉が複数ある。

 形状はかなり小さく、これを魔力等で粉砕することで倒す。下位悪魔の〈心核〉はそう多くはない。せいぜいふたつが上限。

 馬男の心核のひとつは首にあった。まるで位置を知っているかのように、ルーはやつの左脇腹を裂いた。長柄戦斧は、そこにある〈心核〉を確実に砕く。

 馬男の断末魔がひびき渡る。

 それに呼応するように、並木道の奥から咆哮がとどろく。

 下位悪魔や魔獣が群れをなして駆けてくるのが見えた。

 眷属の血臭に興奮したのか、もはや、その姿を隠しもせず。

 顔一面が口しかない猿のようなものが十匹ばかり、先陣切って押しよせてきた。

 光なくうつろな目の彼女は、口唇にゆがんだ笑みを刷く。

 黒い飛沫が舞い、やがて──大量の雨のように冬枯れの木々をぬらしていった。


主人公の意識不在となるため、この後の展開は幕間(次話)へと続きます。

助っ人がひとり来ます。


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