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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅶ】 月下の異境遊戯
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20 変態ぶりをひそめた青とゆくブナの並木道

 空をうめる雲がうす桃色に染まっている。

 その合間からこぼれた夕陽の光が、いくつもの美しい筋となって地上をてらす。

 枯れた草木で茶色い田舎の風景が広がる。真ん中を走る一本の道。

 向こうの山すそに、ぽつんと壊れた古民家が見える。

 あたりに住民がいるような気配はない。

 やや後から、まるでカルガモの仔のようにぴったりとついてくる影がある。

 不ぞろいに外はねした肩までの青髪が、風にゆれている。


「傘で殴られるとは思わなかった」


「だからー、悪かったって言ってるだろ」


 三十分ほど前のこと。背後からいきなり肩をつかまれたので、傘で思いきり、その清涼イケメン面をフルスイングしてしまった。予想外だったのか、避けもしなかったせいで、その左頬には青アザがくっきりのこっている。

 なぜかそのあと、魔獣バスに乗るルーにくっついてきて──現在にいたる。


 もちろん、コレがカルガモほどにかわいいわけがない。


「傘で殴られるとは思わなかった」

「いきなり背後に立つからだよ」

 またカツアゲかと思ったのだ。二度あることは三度あると言うし。

 だから確認もせずつい手が出てしまった。

 ぎゅうぎゅうに混雑していた魔獣バスの中では、その窮屈さに辟易としていたのかまったくしゃべらなかったというのに、目的地近くのバス停で降りたとたんに、彼はしゃべりはじめた。

「傘で殴られるとは思わなかった」

 こればっかり。すでに二桁越えてる。

「……あのな……」

 どうも、この男は自分の欲しい言葉がもらえるまで、同じ台詞をくり返すようだ。


 前は礼を言い忘れてこのパターンだったが…………………あぁ、うん。

 やっぱ、こいつといると調子が狂うのかな。

 すなおな気持ちを、ど忘れするようだ。


 一度、深呼吸してから、言葉をはく。

「……まぁ、あんたが生きてるの、確認できてよかったよ」


 おいらを助けにはいったあげく、黒の精霊に惨殺されるとか、そんな後味の悪い結果にならなくて──というのが本音だが。


 ちら、と右側にいる背の高いガジュを上目遣いで見る。

 ゆるやかに口角が上がる。薄氷の双眸をほそめたその表情は、とても穏やかで満ち足りていて、どこか嬉しそうだった。

 思わずルーは目をみはる。


 ……こーゆー顔もできたのか……。


「乗り合い魔獣バスというものに初めて乗った」

 唐突に話題を変えてきた。

 「あ、そうなんだ?」と、ぽけっとしたままの顔でルーは返す。

 同時に、どうりで銅貨を持ってなかったはずだとも。

 乗車賃がいるとは思わなかったのだろう。ガジュが御者に「そんな小金持っていない」と言い、もめそうになったところ、なぜか乗客のお姉さんおばさんがこぞって運賃を払ってくれていた。

 しかし、ラッシュ時の魔獣バスなんて、立ちんぼのまま人力プレスされるようなものだ。さぞかし不愉快な初体験だったろうと思っていたら。

「なかなか愉しかった」

「…………そうなのか?」

 何がどう愉しかったのか、よくわからないが彼は機嫌よさそうだ。

 そのときのルーはと言えば、まん前にいた彼が防波堤になってくれたおかげで、今回はプレスされなくて済んだのだが………魔獣バスに乗ってる間中、じ────っと彼に無言で見下ろされていたので、ひどく居心地が悪かった。


 ほら、また。

 会話が途切れると、無言で視線をぶつけてくる。


「あぁ、そうだ。薬師のおじさんから薬預かってたんだ! あと聖殿からの見舞い金も」

 居心地の悪さをふり払うように、黒マントの下にある黒レースの鞄から巾着袋をとり出した。

「……あの店に来たのか」

 ガジュは目をまるくしてこちらを見た。

「うん、今朝。これ、塗り薬と丸薬が四種類で、服用は一日三回だって。処方の紙も入ってるから、なくなったらほかの薬師に頼めばいいって」

「そうか……なら、もう少し待っておけばよかった」

 薬と金貨のはいった巾着袋を受けとり、彼はそう言う。


 ガジュが奇妙なまでにおとなしい上、あの歪んで荒んだ笑みじゃなくて、ひかえめに微笑しているので、ちょっとどうしていいかわからなくなる。

 いつも奇行に走るので、臨戦体勢でどつき返すのが当たり前のようになっていたせいなのか。


 巾着袋をマントの内側にしまう姿を見て、「腹をざっくりいっている」と言っていた、薬師のことばを思いだした。


 いつもの変態ぶりがなりをひそめるほどに、傷が深いということか。


「あと一月は絶対安静だって聞いてるけど……」

「動けるのだから問題はない。それより、キサマが一人で行動している方が問題だ。……銀彗はどうした?」


「えっと、バニールって地方都市に行ってるんだけど、そろそろ宿にもどってるかも知れないから、使い魔に連絡してもらいに行ってる……ところで、どこまでついて来る気?」


「オレはキサマたちに協力する、と言ったはずだ」

「あー…、うん、言ってたけどさ……まだケガ治ってないんだし、ムリしない方がいいんじゃない?」

 会話がまともにつづくのが異常だと思うせいか、ついそう返す。


 変態が出ないのいいことだ。いいこと………………

 でも、それがイコールこいつの生命力低下かと思うと、スルーも「勝手にすれば」とも言えない。


 しかし、彼は頑として首をたてには振らなかった。

「問題ないと言っている。キャラベ王によるキサマの抹殺計画を阻止するよう、兄上に頼まれているからな」

 ルーと同じく、〈クトリの殺人鬼〉と化す呪詛持ちのキャラベ王。

 これがニセ王だと言ったのは、キャラベ王に殺されかけた第一王子ドナルドだ。

 ガジュの兄ロリン・ロビンは王子の参謀でもある。

 兄ちゃん子らしいガジュは、それに従うことに異論はかけらもないようだ。


「それより、こんな人けのない場所に来るなど、何の用があって──」


 帰る気はさらさらないようなので、ルーはさっさと用を済ませることにした。

 簡単に、幽玄図書館館長が出現したポイントを確かめに行くだけだと説明した。

 幽玄図書館を探していることは、織物商人エレナとの一件でガジュも知っている。

 強い寒風が、ザアッと野道を吹きぬけた。

 目と鼻の先に、ブナの並木道がある。

 幹と枝をくねらせ、道の両側から天をおおってトンネルをつくっている。

 木々のすきまからこぼれる夕陽と陰のコントラストで、まるで異界への入口のように幻想的だった。

「あっ、あれかな? たしか、並木道のトンネル奥にある廃れた館だって聞いてるから」

 ガジュは並木道の入口を見つめ、眉間にしわを寄せた。

 その表情をふしぎに思い「何?」と聞く。

「いや、今、一瞬だけ道の奥が歪んで見えた気が……」

 ルーも同じように視線を並木道に向ける。だが、特におかしい感じもしない。

 日が暮れてしまう前にと、ガジュを急かしてそこに足を踏み入れた。




 トンネルの中は木々の間から差しこむ夕陽であかるい。

 奥にあるはずの出口はまったく見えない。

 道がゆるやかにアップダウンしているせいだろう。けっこうな長さがあるようだ。

 三十分ほど歩いて、ルーは黒靴のリボンがほどけているのに気づいた。

 結び直そうとかがみこむ。ふいに、よろけて尻餅をついた。

 後を歩いていたガジュが「どうした?」と近づいたところを、すばやく手を上げて止める。


「出るな、なんか前にいる!」


 フードからはみ出していたシナモンの髪がひとつまみ、地面に落ちていた。

 ヒュッ、ヒュッ、と周囲を風切り音がよぎる。


「見えない刃が、飛んできたみたいだった」


 ルーが傘を手前にポンとひらき、付与されていた結界を発動させる。

 同時にバシッと音がして何かがはね返った。


「……マズイ、引き返すぞ!」


 ガジュがなにかに気づいたようにあせって、傘を持ってないルーの左手首をつかんだ。

 そのまま引きずられそうになって、あわててルーは両足を踏んばろうとする。

「ちょ、なに!? いきなりっ」

「ここは足刈りの道だ!」

 ガジュが地を蹴り高く跳んだため、宙にさらわれる。

 さっきまでいた地面が、ボコッと大きくえぐれた。

 まるで巨大なヒヅメが地面を蹴った痕のように。


「ええっ!?」


 それを見たルーは、傘を閉じて柄の中に仕込んだ棍を引きぬこうとするが、ガジュに止められた。

「構うな、ここから抜け出せなくなる!」

 そのままルーの腰を抱え、滑空するように魔法で宙を飛ぶ。

「足刈りの道って何!?」

 どこかで聞いたはずだが、気が動転してすぐには思いだせない。


「異境の入口となる場所には〈風切〉と呼ばれる小邪鬼が棲む。ヤツらは自分たちのテリトリーを侵されまいと、警告として侵入者の足を脅していどに傷つける。それでも、そこに居続けると本気で足を刈りにくる──北方諸国に伝わる俗説だが、年に何件かそれを裏づけるような事例が、各国から報告されている」


「え、てことは、さっきのは帰れってこと? でも、あの地面の穴は?」

 あきらかに殺意があるような攻撃だった。


「──姿を隠しているからキサマには見えんだろうが、風切以外のヤツもいる。突然現れたように見えた。下位悪魔に、魔力持ちの魔獣」


「って、悪魔とか魔力持ちの魔獣って……地涯にいるものなんじゃ……!?」


「地涯と異境は、たまにあちこちで空間がつながる場所がある。異境には、そもそも、地上の理である魔力無効化現象〈ダウンフォール〉は存在せんからな」


 背後で木々の太い枝がバサッバサッとゆれる音が近づく。

 まるで、枝を渡りながら複数の生き物が追いかけているようだ。

 地面を盛大にえぐりながら、巨大なヒヅメの音も追いかけてくる。

 トンネルの入口が見えてきた。

 突然、前方にある天井の枝葉がおおきくゆらぎ、バサリと重い羽音がして土煙が舞った。

 何かが行く手に立ちふさがったようだが、ルーにはさっぱり見えない。

 ガジュは飛ぶ速度を落とさない。魔法士であるがゆえに、彼にはその姿が見えているのだろう。彼は右手に青光を発し、出現させた長柄戦斧をするどく振るった。


 バシャッ


 黒い飛沫をあげて姿をあらわし背後に飛んでいったのは、凶悪ヅラな巨大な蛇首と、猛禽の体が二分されたものだ。体毛が深紅という点を除けば、プルートス大山脈で襲撃してきた蛇頭鳥によく似ていた。


 入口まであと五十メートル。二十メートル。十メートル。


 抜ける──そう思ったとたん、ルーの体が壁にぶつかったかのように弾かれ、空中から放りだされた。枯れ草の上にころがり落ちる。

 低空飛行だったのと、魔獣蜘蛛糸の衣装のおかげだろう、ケガはなかった。

 すぐに体勢を立て直して木の陰に隠れた。地面をえぐるボコッボコッという音が、近くを行ったり来たりしている。落ちたルーを探しているようだ。

 彼女を抱えていたはずのガジュの姿は、どこにもない。

 すこし離れたしげみに落ちた長柄戦斧が、青い光を放っていた。

★【Ⅰ】「クトリの呪詛編」の本編全36話分を改稿しました。2016/8/10 

大筋はほぼ変わりませんが、全体の文章修正、場面変更、一部大幅に削除加筆しています。

以前の【Ⅰ】を既読の方も、お暇な時に読んで頂ければ幸いです。


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