25 ろくでもない理由ではなく
「気は済んだな」
サディスが、ルーにそう確認してきた。
彼の右手にふたたび銀の閃光が集う。
はでに芝生をころがり低木にぶつかって止まったアスターに、狙いを定めた。
「「えっ」」
ルーとアスターが同時に声を上げた。
あわてて、ルーはサディスの右腕を両手でつかみ阻止する。
「ちょ、まっ……殺っちゃう気!?」
「当然だ」
「おなじ弟子同士なのにッ!?」
「ノアの能天気な選定で、たまに人の皮をかぶった害虫が混じることもある。放置しておけば多大な災禍をまき散らす。ちょうどいい具合に化けの皮が剥がれた今、駆除すべきだ。俺には自分の命を狙う奴を野放しにする理由はない」
絶対零度の視線の先で、アスターはそうとう痛かったのだろう、殴られた腹を両腕でかばいつつ「害虫ね…」と、かわいた笑いをもらした。
「じゃあ聞くけど、サディスはなんでアスターに命狙われたか知ってんの?」
「知る必要などない」
「「なんでだっ!?」」
思わずルーと、自暴自棄になりかけていたアスターはさけんだ。
問われた本人は無表情を動かすことなく、さらりと「これから死ぬ奴がなにを考えていたかなどどうでもいい」と、答えた。
「サディス、ひど…っ」
「ヒトの皮かぶった悪魔かっ」
自分勝手なアスターはともかく、そこまで彼に肩入れするルーが、サディスには理解しがたい。麗しの天才魔法士は、ルーの顔をまじと見つめ怪訝に問うた。
「おまえがそこまで奴を庇うのは何故だ?」
ルーはおおきな目を瞬いて、意外なことばを返してきた。
「だって、根は悪いヒトじゃないと思うから」
「──根の悪くない奴なら少なくとも、他人の心臓に毒針を撃とうとは考えない」
「だ・か・らっ、そうしなきゃならない理由があったと思うから、知りたいんだよ!」
「……」
「まあ、それでもホントにろくでもない理由だったら、さすがにおいらにも止める権利はないと思うけどね?」
そう言って、アスターに振りむくと、いつのまにか至近距離に彼はいた。
あれ? と思う間もなく、アスターはルーの両手を、ぎゅうと包みこむように握った。
「ろくでもない理由だなんてとんでもない! 一人で抱えこんですっごく苦しかったんだヨ、ぜひ、ルーちゃんに聞いて欲しい! オレの五年にもわたる長い長い苦境と心の葛藤をッ!」
ひたすら助命懇願に走る見栄もプライドもない青年に、さすがにルーもあきれ顔だ。
一方、ルーにつかまっていた〈閃光の魔法弾をもった右手〉を解放されたサディスは、そのやりとりを剣呑なまなざしで見つめる。
「ん? 五年? そんなに前から悪巧みしてたのか?」
言葉のひっかかりにルーが食いつくと、アスターはかがみこんでルーを覗きこむようにしながら、「それはネ」と説明しようとした。そうは問屋が卸さなかった。
わき腹に魔法弾をくらい、庭木の上にまでふっ飛ばされる。
「サディス!?」
「手加減はした。とりあえず、話はあとで聞いてやる」
イボナメクジ退治は難航した。とにかく、やたら数が多い。
爆殺や切り刻むとやたらあの青い溶解液を噴き、館の天井や床、壁、あらゆるものを溶かして損害をあたえる。アスターの話を後回しにしたのも、これらを片付けるのが先だからだ。
サディスは、もくもくと無表情に障害物を切りすて排除していた。
しかも、自分に溶解液がかからないようにできる剣技はすばらしい。
ルーやアスターが時々「ひいじーちゃんの家なくなっちゃいそうだね」とか、「なんかべつの方法考えたほうがよくないかナ~」などと、つっこみを入れたが、彼はひたすらもくもくと切りすてていた。
〈悪夢の具現化〉という術で、魔力をほぼ使い果たしたアスターは使いモノにならないし、ルーは金属箒で殴りとばすぐらいしかできない。
そもそも相手は軟体なので、殴ったところで痛くもかゆくもないだろう。
そんなふたりは、サディスの背後にぴったりくっついてきている。どこからイボナメクジが襲ってくるかわからないので、ここが一番の安全地帯だからだ。
ノアの留守中は、自分がルーを庇護すべきだと思うサディスだが、アスターは別だ。
イボナメクジを狩りついでに、術でつくった剣で切りつけてやろうとするが、逃げ足だけは異様にはやく、ルーのとなりに、さっと身をよせ避難する。
やりたくもない後始末を押しつけられているわけなので、彼的にはこんな害虫を弟子にした恩師にも不満噴出はしかたなく、よって館がどろでろになろうが気にしてやる義理もない。それに歯止めをかけたのは、意外にも彼にぞっこんなカトリーンだった。
術でカチカチに凍らせてから館内より外へ放りだし、まとめて高熱で焼却することを提案してきた。防御から破れかぶれで攻撃に転じ、いろいろ試したところ、やつらが極端な温度差に弱いことを知ったからだという。
その時点で、すでに館の三分の一が無惨にくずれ溶解したあとではあったのだが、彼女によってそれ以上の被害はまぬがれたといえる。
こののち帰ってきたノアが、わが住処の惨状を目にし大絶叫したのは言うまでもない。
とある強力な悪魔に、アスターの家族が石に変えられていることを知った。
彼自身にも五年という期限がつけられ、命を握られている。
それにはあと二十日もなくて、具体的にはサディスを屠れなかったら石にされるというものだ。
「ホラ、これが証拠。その似非聖女づらの女悪魔に、期限がきたら実家まで問答無用で引きもどされる印をつけられちゃってね」
彼は袖をまくり、左手首の内側にある紫のバラに似たちいさなアザをみせた。
「そんなに強い悪魔なのか? そもそも魔法士って悪魔に対抗できるものなのか?」
そんなルーの問いには、サディスが答えた。
「魔法士とは、もとより召喚の黒メダルをもちいて悪魔化した人間──〈憑物士〉と呼ばれる連中を始末するべく生じた存在だ。悪魔は地の底にある〈地涯〉に棲む。地上には〈ダウンフォール〉と呼ばれる、異界生物の魔力を無効化する現象があるからな。魔力を保持したまま地上に出てくるには、召喚を通じて〈憑物士〉と同化するしかない」
ふうんと、ルーは溶けかかった古書を麻袋にほうりこんだ。
天井と壁には、ばかでかい虫食いのような穴があり、そこから朝のさわやかな日差しがふりそそぐ。溶けた痕はすでに硬くなっていて、素手でさわっても大丈夫だった。
サディスも、同じようにもう使い物にならない古書を麻袋に投げいれようとして、それをとなりにいたアスターの後頭部めがけてぶつけた。二十センチ厚みのあるやつだ。
「いでっ! へこむだろっ頭が」
「手を止めるな、さっさと片付けろ」
「なァもう、夜明け前からずっと、部屋の片付けばかりしてる気がするんだけどさァ……ちょっと休憩入れたほうがいいって。ルーちゃんだって目の下にクマできてるしさ」
そう言われて、サディスはルーを見た。
こっちは文句ひとつ言わずちいさな背中を向けて、せっせと古書を麻袋につめている。
「ルー、疲れたか?」
「いや、ぜんぜん」
ルーは片手をひらひら振って、また作業をつづける。
ムリをしてる気がする。この騒動の要因に彼女の悪夢がかかわったせいかも知れない。
時折、半分なくなった扉むこうの廊下を行く者たちが、ルーに侮蔑や嫌悪もあらわな視線を投げてゆく。どうやら、庭にいるときに、だれかが盗み聞きでもしたのだろう。
〈アスターの術で、ルーの悪夢が実体をもった〉などと、当事者しか知らないことがすでに噂になっている。
ルーの分身もどきの襲撃を受けた八名の男弟子は、打撲や骨折のみで、致命傷がいないのは幸いだった。全身包帯だらけになったグレイなど歩行杖をつきながら、わざわざ大声で罵りつつ何度も廊下を往復している。一番重傷だと聞いたが、だれよりも元気そうだ。
中傷する対象はルーばかりで、サディスやアスターが室内にいるせいか、それ以上踏みこんでこないのが情けない感じではある。
「気にするな。責任はすべてそこの厚顔無恥の赤目男にある」
「うん、わかってる……けどね」
やはり、他人事と割りきれない部分もあるのかも知れない。
「それはそうと、アスター。脅迫されていたんなら、だれかに相談すればよかったのに。ひいじーちゃんとかさ」
いっぱいになった麻袋の口を紐でしばりながら、アスターは苦笑した。
「ルーちゃん、ノア師は弟子の個人的な、しかも、男の頼みごとなんか一切聞かないんだよ」
「えっ、いくらなんでも薄情じゃないか?」
同意を求めて、となりのサディスを見あげた。
「アレの歳を考えろ。そんな面倒くさい弟子の頼みをいちいち聞いてられるか」
だが、女弟子なら是と答えるだろう。あのジジイはアスター以上の女好きだしな、と彼は思う。
「何歳だっけ?」
「九十八だ」
背筋もぴんしゃんしてたし歩みも喋りもしっかりしていたので、六十ぐらいかと推測していたルーはおどろきだ。
「そ、そっか……じゃ、ほかの人は?」
アスターに再び顔をむけると、彼はかるく肩をすくめてみせた。
「おなじ師のもとに百人も集まるとね、どんなに仲よく見える連中も、水面下じゃ足のひっぱりあいしてるんだよ。弟子同士なんて一番身近な敵だからね。うかうか弱みなんて見せられないって」
すっかりほこりっぽくなった長い銀髪を手ではらいながら、サディスは廊下にぽいぽいとゴミを出す。
「ドングリの背比べから外されるからな」
細いのに力持ちだな~と、つい手を止めてそれを見ていたルーは、「ぎゃひッ」という変な声を聞いた気がした。彼はかまわず次々と廊下に重い麻袋を投げている。
「だれがドングリだって? ヤだね、これだから一番ヤローの余裕は」
さらに廊下から「ザケンナコノ」と聞こえた気もしたが、アスターもそこに麻袋をどかどかと投げ入れた。ルーは廊下をのぞいたが麻袋の山しか見えないので、気のせいかな、と思うことにした。




