19 とりあえずストーカーぽいのは排除する
午後四時。
目抜き通りにもどってきた。雲のすきまにうす青の空がのぞく。
けっこう会場で長居したような気がしていたが、まだ陽が落ちるには時間があるようだ。フードの中にもぐっていた白銀ツバメが、何十回目かの「帰れ」を告げるかのように頭のてっぺんの髪を嘴でひっぱっている。
ヅラだから気にしないが、地毛だったら今ごろ円形脱毛になってるよ。
しばらくその辺を見渡しながら歩いたものの、ガジュも見つかりそうにない。
いなくなったのが今朝はやくとは聞いていたが、執事の尾行を優先させてしまったので、さすがにもうどこかに移動してしまっているだろう。
薬を渡せなかったことに、ちょっとばかり罪悪感があるが……。
しかし、そろそろ帰らないと本気でやばい。
白銀ツバメが、腹いせなのかヅラの天辺をはげしくひっぱり回して暴れている。
怪鳥と化してどついてこないだけましだが、ヅラにハゲができても恥ずかしいことに、いま気がついた。
「わかった、もう宿に帰るよ。遅くなってごめんな」
そう宣言すると、白銀ツバメはフードの中から出てきた。
「あー、ぐしゃぐしゃじゃん」
フードを上げて、近くの店の窓をのぞきこみ、鳥の巣と化したシナモン色のヅラを手櫛で直す。ふとガラスに映る背後の人影。
紫髪の青年が立っていた。午前中に、見かけた人なので忘れようもない。
紫の毒華な印象の──ええと……
「あー、ストーカーぽい薬屋さん」
名前を知らないので、ついそう呼んだら。
「それ、よりによって君が言うんですかね?」
「は?」
なにかおかしな切り返しがきた。
それを訊ねる前に、彼は本命の居場所を問うてきた。
「ところで、今、サディスはどちらに?」
「バニールに行ってるよ」
「まだ王都に帰ってないんですか?」
「そ、うだけど」
まだ、帰ってはない……よな?
宿を出てぷらぷらしてるの知られたら───がちマズイ。
ここへ来て保護者の監視がないことをいいことに、遊びほうけてたなんて思われたら、怒りを買うは必至。以前、ないしょで行った甘味屋台からもどったときのことを思いだしてしまった。あわてて薬屋に背を向け駆けだそうとしたら、背後からマントをつかまれた。
「話は終わっていませんよ」
「え? でも、あんたサディスに用があるんじゃ……あ、言伝でもあるのか?」
すると、薬屋はマントからぺっと手を放し、顎に右手をそえて「それでもいいんですが……」と、なにか困ったような顔。
「彼の探す幽玄図書館の館長なんですが、今、この王都にいるんですよ。場所は、東の職人地区をぬけた端──並木道のトンネル奥にある廃れた館なんですが……」
「ええ!?」
ちょ、それ、一大事! どうやってサディスに知らせれば……
やっぱり宿にもどって、彼がいるかたしかめたほうが早いか?
いや、それより!
白銀ツバメに、先に宿に行ってもらうことにした。
使い魔を放したところで薬屋が言った。
「なんなら、君が捕まえに行きますか? いつも庇護されるだけのお荷物では、さぞ心苦しいことでしょう」
さくっと嫌味で切りつけてきた。
事実ではあるが、ちょっと待て。
「……あんた、まさか、サディスだけじゃなく、おいらの行動までずっと見てたのか? 気持ち悪いな!」
薬屋は、ムッとしたようにその眉をひそめる。
「君が彼に張りつきさえしなければ、視界に入ることもないんですよ!」
二十歳はとっくに過ぎているであろう相手を、ルーは半眼で見すえた。
「いい大人が額に青筋立てて、何ノゾキを正当化してんだよ」
「覗きとは失礼な! 私の崇高な愛の使命を、そのへんの痴漢とひとくくりにしないで貰いましょうか!」
「同じじゃん」
「違いますよ」
「どこが?」
「一重に彼を想うがゆえ! 彼を恋慕うがゆえ! その憂いを晴らすため! 彼の身辺を掌握しているだけのことですよ!」
道ゆくお嬢さんやお姉さんが思わず足を止め、見惚れるほどには、この青年の造作はととのっている。黙っていれば理知的の一言につきる容貌だ。
なのにその口からは今、残念な言葉が次々とたれ流されている。
それを聞きつけたお嬢さんたちはわかりやすくどん引いて、口に手を当てあとずさり足早に去ってゆく。そう、あれがふつうの世間の反応なのだ。
「ストーカーは皆、そー言うんだって知ってた? 自分の欲求を相手のためだとすり替えて主張するんだって。……だから、サディスが毛虫見るような目で見てんだよ」
ルーは、薬屋の自信満々に語る愛の持論を、バッサリ切り捨てた。
「毛虫……っ!?」
薬屋は目を見ひらき、後によろけそうになった足をなんとか踏みとどまる。
「一体、何を根拠に──」
「根拠も何も、サディスがあんたを信用できないヒトっぽいこと、言ってたし」
そう、だいぶ前のことだが、薬屋に情報をもらうと見返りに何を要求されるかわからないと、彼は言ったのだ。
……あれ? 今回の情報提供は大丈夫なんだろうか?
でも、サディスはこいつの言ってたバニールに行っちゃったしな。
こいつの弱みでも握ったのかな。どうしよう。確認ぐらいはしといた方がいいのかな。
いたら、捕まえればいいんだし。……ところで館長は武道派だろうか?
いや、本の収集家が武道派ってことはないと思うけど……
ふと見れば、薬屋はなぜか石畳に膝と掌をついてうなだれていた。
こんなむなしい問答してる場合じゃなかった。
陽が暮れる前に行ってさっさと帰って来なくちゃ。
薬屋に背を向け、足早にバス停へと歩きはじめる。
がしっ。
背後から肩をつかまれた。
肩に乗った手をみると、えらくばかでかい。
あの線のほそい薬屋に引きとめられたわけではないようだ。
ふり返れば、見あげるほどに図体のでかい見知らぬ男が二人、そこにいた。
彼らはどこかで見たような濃い灰色のマントに、詰襟の制服を着ている。
なりだけなら役所関係か学徒ぽいが、いかんせん、ごつい人相なのでまったく似合ってない。
「オイオイ、マジで、こんなちっこい嬢ちゃんに金を巻きあげられたって言うのかよ、てめーら」
「しかも、気絶すっほど殴られたってぇ? ホントかぁ?」
大男たちは自分たちのうしろにいた、どこか軽薄そうな青年たちに確認する。
そっちのふたりには見覚えがあった。
一昨日、カツアゲしようとしてきたので、ボコったやつらだ。
あー、もしかしてリベンジ~? 面倒だな~。
通りで片付けるには人目があるし……。キャラベ軍に見つかっても困るし。
「金だけじゃなくてマントも奪いやがったんですよ!」
「凶暴っすから注意してください!」
カツアゲ野郎どもがわめくと、頬にムカデのような刺青のある大男が「ま、ワシらの後輩がこう言ってるんでな。ちいとばかりつき合ってもらおか」と言うと、いきなり背後から麻袋を全身にかぶせられた。そのままひっくり返されて担がれたのであせった。
遠くまでさらわれたらヤバイ───ところだったが、十分ほどのちに、麻袋から出された。
路地裏の廃屋にでも連れこまれたようだ。
うす暗い部屋に大男二人とともに閉じこめられた。
扉に鍵をかけて、その外にカツアゲ後輩二人が見張りとしているらしい。
「さあ、ワシらと遊ぼうか」
ルーは傘を手にニコリと笑った。
邪魔な足下の麻袋をけってよける。
「そんなヒマないよ。でも、まあ、ここなら暴れてもいっか」
くるくると閉じた黒レースの傘を右手でまわしながら、ルーは路地裏から出てきた。
左手には、先の男たちから奪った木製カードが四枚。
本名、出身地、学籍番号などが書かれた学生証明書。彼らは西の書館の学徒だった。
そう、今朝、ラムロードたちと書庫を襲撃した場所である。
書館といえば、城務めの文官を専門に教育する学び舎だ。
庶民にもその門戸はひらかれていると聞いたが、よくあんなのが通えたものだ。
二度あることは三度ある。こりない連中のようだから、あとでマリエッタ様にでも手を回してもらおう。
カツアゲ暴行常習犯どもが、まかりまちがって城に出仕して来たら迷惑だろうし。
それにしても、よけいな時間を食ってしまった。
急がないと陽が暮れてしまう。
「えーと、職人地区へ向かう魔獣バスは……」
通りの向こう側に、黄色の塗料で染まった円柱がある。バス停の目印だ。
魔獣車がいくつか通り過ぎるのを待って、ルーは通りを横切ろうと足を踏みだす。
がしっ。
背後から肩をつかまれた。
肩に乗った手をみると、がっしりとした男の手。
またか。
条件反射で手にした傘をうならせた。




