15 信じてもらえない現実と白銀の魔獣王
まぶしい光が引いて目をあけると、ルーはなぜか、ばかでかい獣の口に胴をくわえられていた。
「うわっ!?」
動揺の声をあげると、そいつはルーをペッと口から吐き出した。
思わずお尻を床につけたまま、あとずさりして距離をとる。
そして、その獣の全身を見た。
白銀に黒灰銀の縞もようがある巨大な猫……
いや、このいかつくも凛々しい顔は虎か?
白銀の生き物といえば相方の使い魔を思いだすが、あれは鳥形態でしか出てこないはずだ。それに使い魔にしては威圧感がありすぎる。
「ゆっくり読書も出来んな」
イラつくような美声が耳に届いた。
ゆったりとした足取りで彼が近づいてくる。
それで、この白銀の虎は害あるものではないようだとルーは判断し、ホッと息をつく。
白銀の虎は得意げに顔をあげお座りをして、サディスを見つめた。
その額には、双眼と同じごくうすい青……忘れな草色のまるい石のようなものがひとつある。背中には大きめの一対の白銀の翼と、その後ろ側に小さめの一対の翼。
あまりに輝かしく美麗な獣なので、もしや天涯にいるという精霊獣ではないのかと思ってしまう。
サディスが召喚したのかな?
しげしげ観察していると、いつのまにか相方が目の前にきていた。
「怪我は?」
「……ないよ」
ぼーとした感じでそう答えると、二の腕をつかまれて立たされた。
「さっきまでいたのは黒の精霊か?」
そう問われて、ハッとあたりを見回す。冷たい風が吹きこむ方向に目を向けた。
廊下の窓がひとつ、破壊されてあとかたもなくなっていた。
黒の精霊はそこから出て行ったらしい。
「そう、だけど……」
あいつ、サディスが来たから逃げちゃったのか? そういや、おいらだと気づいてなかったことも考えると、今回はただ、偵察にきただけ……?
「俺と接触しないように去ったようだが、いったい……」
一戦も交えずにと相方は不思議がっているが、ルーにはその理由がなんとなくわかった。いや、なんとなくではなく、これは確実のような気がする。
これまでに宿の従業員や、ルーの記憶を魔法でぼかすほどの念の入れようだったのだ。
力が拮抗する好敵手であるサディスには、なおさら知られたくなかったにちがいない。
にやり。これは、あいつに一矢報いる絶好のチャンス!
というわけで、黒の精霊のすばらしい美脚のお仕着せ姿と、舞台女優ばりの演技力を、相方と、ついでにラムロードにもバラしておいた。
──なぜか、「それは本当に本人か」「おまえ、寝ぼけてないか」と、ルーの記憶力の方が疑われてしまった。ラムロードにさえ「だとしたら面白いけどね~」と言われた。
黒の精霊といえば、黒の悪魔と同じく地涯の支配階級。
ギャップが激しすぎて信じられないのもわかるが。
「いや、話してるおいらこそ衝撃的だったけどさ。あんなエロいお仕着せがすんなり違和感なく着こなせるとか」
「あの気位の高い奴がそこまでするか……」
「でも、胸なかった。不自然なほど平らだった」
「「……」」
言った後で、自身もまた、思春期にしては不自然なほど平らだということを、ルーは思いだした。
……うーん、これじゃ説得力ないのか?
そのあと発覚したことだが、ルーが追い回されてる最中に警備が一人もいなかったのは、黒の精霊によって強制的に休憩をとらされていたせいらしい。
四階以上を巡回担当していた魔法士らは、各階のリネン室で眠りこけていた。
そこには香炉が置かれ催眠香が焚きしめられていたという。体に異常はなく一時間ほどで全員が目覚めたが、どうしてリネン室に行ったのかは覚えてなかったらしい。
「奇襲するつもりなら、違わず皆殺しにしながらこの部屋を目指したはずだろう。女中に扮していたかはともかく、九階まで来た奴が引き返したとなると、それが目的ではない」
サディスもまた、そのあたりを疑問視していた。
「偵察じゃない?」
ルーは先ほど思ったことを口にする。
「わざわざ増員された警備の魔法士を眠らせてまでやるには、手間がかかる。まだ外出したときを狙った方が面倒はない。それに、おまえの言うとおりなら、奴は昨日の朝もこの部屋へ来たことになる。そのあとに再度、偵察する意味など──」
そう言いかけて、彼の視線は居間の長椅子で例の〈つぎはぎの世界へようこそ〉をめくっている、ちいさな師匠に向けられた。
湯上りでぽかぽかと上気した頬、ぶかぶかの絹の青色夜着のすそをまくり、床に届かない足をぷらぷらさせる彼は、見ため相応に子供らしい。
読んでいる本はものすごく異質だが。
彼は、にこっと微笑んだ。
「ボクのもつ冥剣が気になったんじゃないかな。魔獣王の気配は抑えているはずだけど、黒の精霊なら勘づいてるかもしれないね」
そういや、魔獣王の魂が宿ってるんだっけ。
地涯の住人である黒の精霊も欲しがる代物ってこと?
あんなに強いくせに、まだ強力な武器が欲しいのか。
ふと、いつもラムロードの近くにあるはずの大剣が見当たらないことに、ルーは気づいた。
「ラムロード、その冥剣はどこに?」
「そこにいるよ」
……いる?
彼の視線の先は、白銀の虎。
部屋にもどってからずっと、サディスが座っている椅子のそばで、大小二対の翼をたたんで前脚に頭をのせて伏せている。
あまりにおとなしくしているので巨大な猫のようだ。
「紹介するね。彼は一騎当千の威力を誇る魔獣王ヴァルドリッド」
なんと、精霊獣じゃなくて魔獣だったのか! まぎらわしい毛色だな!
天涯で〈銀〉が至高色と云われるのに対し、地涯では〈黒〉が至高色である──と最近、黒の悪魔の一件で知ったばかりなので、これは驚きだ。白銀とて銀に準じる色なのに。
白銀の虎は、ふああぁと牙を剥きだしてあくびをし、うしろ足で顎をかいている。あからさまにルーなど眼中にないと言いたげだ。
だが、彼が来たおかげで危機をまぬがれたので、ルーは礼を言っておいた。
「……さっきは、その、ありがとう」
白銀の虎はこちらに見向きもしない。サディスをじっと見上げている。
ん?
そのようすはまるで、サディスの言葉を待っているみたいだ。
当の彼はラムロードからあの怪しげな本を受けとると、栞をはさんでいたページをひらき、視線を本に落としたまま冷ややかな声音で告げた。
「それには身代わり石を持たせている。恩着せがましく余計な手出しをするな」
すると、白銀の虎はその口からくぐもった声を発した。
「先の件は余が勝手にやったこと故、其方は気にせずともよい」
……しゃべった……! 魔獣がしゃべったよ! さすが魔獣の王様だな!
言葉使いも王様ぽい。
だが、サディスの言葉に対し一瞬だが、あからさまにがっかりしたような表情になったのを、ルーは見逃さなかった。
気にするなと言いつつも、冥剣の〈真なる主〉候補者であるサディスに対し、実力アピールを兼ねて恩を売るつもりだったのかもしれない。
〈真なる主〉になる気のない彼と、あきらめきれない魔獣王ヴァルドリッド。
しかし、冥剣に宿る魂だと聞いていたのに、魔獣に実体化もできるとは。
それほどに強い魔力を持ってるのか。
ルーとしては魔力の強さよりも、あの艶々のすばらしい翼と毛並みが気になるのだが。
ちょっと触ってみたいかも。なでなでしたいかも。
そんなことを思いつつ、美しい白銀の虎をながめていたら、その視線に気づいたのか、牙を剥きだし無言で威嚇された。
小物がじろじろ見るでない、って言われた気がしたのは……気のせいだろうか?
ふと、ラムロードが思いだしたように白銀の虎に声をかけた。
「そういやキミ、子供がどうとか言ってなかった?」
「今すべき努力を怠るは愚かなり。あれはあくまで最終手段にすぎぬ」
「まぁ、がんばって?」
ラムロードと白銀の虎の会話は、いまいちルーには理解できないのだった。




