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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅶ】 月下の異境遊戯
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15 信じてもらえない現実と白銀の魔獣王

 まぶしい光が引いて目をあけると、ルーはなぜか、ばかでかい獣の口に胴をくわえられていた。


「うわっ!?」


 動揺の声をあげると、そいつはルーをペッと口から吐き出した。

 思わずお尻を床につけたまま、あとずさりして距離をとる。

 そして、その獣の全身を見た。


 白銀に黒灰銀の縞もようがある巨大な猫……

 いや、このいかつくも凛々しい顔は虎か?


 白銀の生き物といえば相方の使い魔を思いだすが、あれは鳥形態でしか出てこないはずだ。それに使い魔にしては威圧感がありすぎる。


「ゆっくり読書も出来んな」


 イラつくような美声が耳に届いた。

 ゆったりとした足取りで彼が近づいてくる。

 それで、この白銀の虎は害あるものではないようだとルーは判断し、ホッと息をつく。

 白銀の虎は得意げに顔をあげお座りをして、サディスを見つめた。

 その額には、双眼と同じごくうすい青……忘れな草色のまるい石のようなものがひとつある。背中には大きめの一対の白銀の翼と、その後ろ側に小さめの一対の翼。

 あまりに輝かしく美麗な獣なので、もしや天涯にいるという精霊獣ではないのかと思ってしまう。


 サディスが召喚したのかな?


 しげしげ観察していると、いつのまにか相方が目の前にきていた。

「怪我は?」

「……ないよ」

 ぼーとした感じでそう答えると、二の腕をつかまれて立たされた。

「さっきまでいたのは黒の精霊か?」

 そう問われて、ハッとあたりを見回す。冷たい風が吹きこむ方向に目を向けた。

 廊下の窓がひとつ、破壊されてあとかたもなくなっていた。

 黒の精霊はそこから出て行ったらしい。

「そう、だけど……」


 あいつ、サディスが来たから逃げちゃったのか? そういや、おいらだと気づいてなかったことも考えると、今回はただ、偵察にきただけ……?


「俺と接触しないように去ったようだが、いったい……」

 一戦も交えずにと相方は不思議がっているが、ルーにはその理由がなんとなくわかった。いや、なんとなくではなく、これは確実のような気がする。

 これまでに宿の従業員や、ルーの記憶を魔法でぼかすほどの念の入れようだったのだ。

 力が拮抗する好敵手であるサディスには、なおさら知られたくなかったにちがいない。


 にやり。これは、あいつに一矢報いる絶好のチャンス!


 というわけで、黒の精霊のすばらしい美脚のお仕着せ姿と、舞台女優ばりの演技力を、相方と、ついでにラムロードにもバラしておいた。

 ──なぜか、「それは本当に本人か」「おまえ、寝ぼけてないか」と、ルーの記憶力の方が疑われてしまった。ラムロードにさえ「だとしたら面白いけどね~」と言われた。

 黒の精霊といえば、黒の悪魔と同じく地涯の支配階級。

 ギャップが激しすぎて信じられないのもわかるが。

「いや、話してるおいらこそ衝撃的だったけどさ。あんなエロいお仕着せがすんなり違和感なく着こなせるとか」

「あの気位の高い奴がそこまでするか……」

「でも、胸なかった。不自然なほど平らだった」

「「……」」

 言った後で、自身もまた、思春期にしては不自然なほど平らだということを、ルーは思いだした。


 ……うーん、これじゃ説得力ないのか?





 そのあと発覚したことだが、ルーが追い回されてる最中に警備が一人もいなかったのは、黒の精霊によって強制的に休憩をとらされていたせいらしい。

 四階以上を巡回担当していた魔法士らは、各階のリネン室で眠りこけていた。

 そこには香炉が置かれ催眠香が焚きしめられていたという。体に異常はなく一時間ほどで全員が目覚めたが、どうしてリネン室に行ったのかは覚えてなかったらしい。


「奇襲するつもりなら、違わず皆殺しにしながらこの部屋を目指したはずだろう。女中に扮していたかはともかく、九階まで来た奴が引き返したとなると、それが目的ではない」


 サディスもまた、そのあたりを疑問視していた。

「偵察じゃない?」

 ルーは先ほど思ったことを口にする。


「わざわざ増員された警備の魔法士を眠らせてまでやるには、手間がかかる。まだ外出したときを狙った方が面倒はない。それに、おまえの言うとおりなら、奴は昨日の朝もこの部屋へ来たことになる。そのあとに再度、偵察する意味など──」


 そう言いかけて、彼の視線は居間の長椅子で例の〈つぎはぎの世界へようこそ〉をめくっている、ちいさな師匠に向けられた。

 湯上りでぽかぽかと上気した頬、ぶかぶかの絹の青色夜着のすそをまくり、床に届かない足をぷらぷらさせる彼は、見ため相応に子供らしい。

 読んでいる本はものすごく異質だが。

 彼は、にこっと微笑んだ。


「ボクのもつ冥剣が気になったんじゃないかな。魔獣王の気配は抑えているはずだけど、黒の精霊なら勘づいてるかもしれないね」


 そういや、魔獣王の魂が宿ってるんだっけ。

 地涯の住人である黒の精霊も欲しがる代物ってこと? 

 あんなに強いくせに、まだ強力な武器が欲しいのか。


 ふと、いつもラムロードの近くにあるはずの大剣が見当たらないことに、ルーは気づいた。

「ラムロード、その冥剣はどこに?」

「そこにいるよ」


 ……いる?


 彼の視線の先は、白銀の虎。

 部屋にもどってからずっと、サディスが座っている椅子のそばで、大小二対の翼をたたんで前脚に頭をのせて伏せている。

 あまりにおとなしくしているので巨大な猫のようだ。


「紹介するね。彼は一騎当千の威力を誇る魔獣王ヴァルドリッド」


 なんと、精霊獣じゃなくて魔獣だったのか! まぎらわしい毛色だな!


 天涯で〈銀〉が至高色と云われるのに対し、地涯では〈黒〉が至高色である──と最近、黒の悪魔の一件で知ったばかりなので、これは驚きだ。白銀とて銀に準じる色なのに。

 白銀の虎は、ふああぁと牙を剥きだしてあくびをし、うしろ足で顎をかいている。あからさまにルーなど眼中にないと言いたげだ。

 だが、彼が来たおかげで危機をまぬがれたので、ルーは礼を言っておいた。


「……さっきは、その、ありがとう」

 白銀の虎はこちらに見向きもしない。サディスをじっと見上げている。


 ん?


 そのようすはまるで、サディスの言葉を待っているみたいだ。

 当の彼はラムロードからあの怪しげな本を受けとると、栞をはさんでいたページをひらき、視線を本に落としたまま冷ややかな声音で告げた。


「それには身代わり石を持たせている。恩着せがましく余計な手出しをするな」


 すると、白銀の虎はその口からくぐもった声を発した。

「先の件は余が勝手にやったこと故、其方は気にせずともよい」


 ……しゃべった……! 魔獣がしゃべったよ! さすが魔獣の王様だな! 

 言葉使いも王様ぽい。


 だが、サディスの言葉に対し一瞬だが、あからさまにがっかりしたような表情になったのを、ルーは見逃さなかった。

 気にするなと言いつつも、冥剣の〈真なる主〉候補者であるサディスに対し、実力アピールを兼ねて恩を売るつもりだったのかもしれない。

 〈真なる主〉になる気のない彼と、あきらめきれない魔獣王ヴァルドリッド。


 しかし、冥剣に宿る魂だと聞いていたのに、魔獣に実体化もできるとは。

 それほどに強い魔力を持ってるのか。


 ルーとしては魔力の強さよりも、あの艶々のすばらしい翼と毛並みが気になるのだが。


 ちょっと触ってみたいかも。なでなでしたいかも。


 そんなことを思いつつ、美しい白銀の虎をながめていたら、その視線に気づいたのか、牙を剥きだし無言で威嚇された。


 小物がじろじろ見るでない、って言われた気がしたのは……気のせいだろうか?


 ふと、ラムロードが思いだしたように白銀の虎に声をかけた。

「そういやキミ、子供がどうとか言ってなかった?」

「今すべき努力を怠るは愚かなり。あれはあくまで最終手段にすぎぬ」

「まぁ、がんばって?」

 ラムロードと白銀の虎の会話は、いまいちルーには理解できないのだった。

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