14 その正体見破るは危険なり
夕食時に、ダメ元でもう一度、外出許可を頼んでみた。
「おいら一人で行ってくるから」
「行く必要はない」
サディスは頑として首をたてには振らない。
「生存確認したいだけなんだよ」
「どうせ生きてる。おまえが行く必要などない」
「そうだよ。蛇頭鳥に三度さらわれても生きてたんだから。心配するだけムダだよ」
ラムロードまで彼に加勢した。
「や、でも、相手は黒の精霊だったし……じゃ、直接会わずに薬師の人に容態を聞いてくるだけにするよ。それならいいよね?」
「「だめだ」よ」
二人に強固に反対された。
しかし、これまで、やつをど忘れしていた罪悪感もある。
良心というものが今になって痛むのだ。
しょうがない。明日は館長捕獲作戦は欠席して、雑踏にまぎれて目抜き通りへ……
や、だめだろ。それは本来、おいらがぬけちゃいけない悪事だし。
夜中にぬけ出そうにも結界があるしなぁ……
食事を食べ終わると、今日はラムロードが先に浴室へと向かった。
サディスはしろい軍服調のコート姿で長椅子に腰かけ、見慣れない本を手にページをめくっている。彼が荷袋に本を持っていたということはないので、どうしたのかと聞いたら、とある貴族邸の書庫で燃やさなかった一冊らしい。
タイトルに惹かれてめくったところ、気になる内容だったので持ち帰ったようだ。
「もしかしてクトリ関係? でも、それ古代語じゃないよね? ……どこが気になったの?」
タイトルは、ルーでも読める世界共通のフィアレス語だ。
表紙と背表紙には〈つぎはぎの世界へようこそ〉とあり、いろいろな色が染みついた布張りのぶあつい一冊だった。なんだか触りたくないおどろおどろしい色合いだ。
カビでも湧いてるのだろうか。
「古代に行われていた魔獣細胞の移植に関する考察、時代推移、種族ごとにおけるその副作用の多様化と寿命の比較、それから」
あー。
そのあとも気になる部分を挙げてくれたが、頭がついていかなかった。
要するに、えっと、アレか。クビリ姫とか。
キャラベのムカつく妖花ジジイ……もとい、王宮魔法士ググヌがそれで頑強な肉体改造してるんじゃないかってゆー話があったよね………
〈魔獣移植〉、非合法の闇商売のことが書いてあるのか。
ルーは空になった食器をワゴンに乗せ、廊下へ出すため扉に向かう。
壁ぎわに置かれた水晶原石入りの石塊オブジェに、ちょんと留まっていた白銀のツバメが、一時的に結界を解除してくれた。
廊下のはしにワゴンを留めながら、ちらとうしろの広い居間をふりかえる。
彼は先ほどの本を集中して読んでいるようだ。
今なら、この部屋をぬけ出せそうだが……棍仕込みの傘を彼の近くの椅子に置きっぱなしにしている。とりに戻ることはできない。
もう窓の外は暗いし、武器なしで外へ出かけるのはさすがに心もとない。
……やっぱり、まだ、明日の朝食の時間のすきをみて、棍をもって出かけたほうがいいかな。
やむなくあきらめようとして、部屋に戻りかけて、ぎょっとする。
廊下のずっと向こうの曲がり角で、ひるがえる長い黒髪のおさげが見えた。
その横顔には黒縁眼鏡があった。女中のお仕着せとまぶしい桃色の長靴下と。
毒殺未遂犯……っっ!
「サディス、真犯人いたっ!」
そう叫んですぐに廊下を追いかけた。昇降機を使ったようすはない。
そのとなりの階段の下の方から、コッコッと駆け足の靴音がひびく。あわててルーも階段を下りる。五階までいっきに駆け下り、そのフロアで立ち止まるが見あたらない。
あれ? どこ行った?
足の早さには自信があるのだが。もしや、上の別の階に隠れたのかもしれない。
もう一度、階段を上がろうとそちらへ向くと、すぐ真ん前に背の高い女中が立っていた。
「っ!」
「どうなさいました?」
おだやかに上品な笑みを浮かべて、彼女は言った。
艶やかな長い黒髪をまうしろで一本のみつあみにした彼女は、やはりものすごい美人だった。黒縁眼鏡が無粋に感じるほどに。
眼鏡……
思わず、無意識に彼女の眼鏡をとろうと両手を伸ばしていた。
その手首を彼女は両手でとらえた。
「いきなり乱暴はやめてください」
そう言いながら、彼女の方こそ、ぎりぎりとルーの手首をへし折らんばかりに力をこめてくる。
「いたたたたたたたたた! 乱暴なのはそっちだろ! てゆーか、あんた、食事に毒混ぜた犯人じゃん!」
「まぁ、何を根拠に?」
ぎりぎりぎりぎり。
「放せっ、手首折れるっ!」
白くてほそく長い指は、一見のたおやかさを裏切って馬鹿力だ。
サディスよりもちょっと背が高い、百八十は越えてるだろう、だからなのか女性にしては手が大きいと感じた。
──いや、そうじゃなくて……貴族街からの帰り道で一瞬、閃いたじゃないか。
アレがアレで、アレもアレじゃないかって…………
えぇっと、つまり、昼間見た毒吐き執事と、この毒盛り女中は──
それまで何の感情も見せずにいた眼鏡の奥の瞳が、ふいに強い意思を宿し、きらりと光った。こちらの思考に勘づかれたのではと、びくっとルーは肩をゆらす。
「……変わったお召し物を着ていらっしゃいますね。……これは、魔獣蜘蛛の糸を織ったものでは」
ルーの両手首を左手でまとめてつかみ、右手で淡桃黒レースのスカートのすそを持ちあげる。
やっぱ当たりだ、女中がヒトの両手首をまとめて吊るすとか、絶対ありえないから!
どうしよう、これ、笑うべき? 恐怖すべき? だって──
「魔法士が防具代わりに用いるほどの防御性があるはず。それを何故、あなたのような魔力のないお嬢さんが……?」
お嬢さんとか言っちゃってるよ……おいらだと気づいてないのか、そうか、この衣装のおかげか……だが、もうこれ以上しゃべったらボロを出しそうだ。口を閉ざそう。
そして、サディス! 声かけて出たのに、なんで追ってこないんだよ!?
まさか、あの怪しい本を夢中で読んでて気づいてないとか……!?
眼鏡女中は、しばし考えるようにスカートのすそをさわっていた。
やだ、何考えてんだろ……気づくなよ、気づくなよっ。
おいらだと気づかれたら、首ちょん攻撃の幕が開く。
しまった、せめて魔獣蜘蛛糸のフードマントさえかぶっていれば、首を防御できたのに!
外出から帰ったときに部屋で脱いでしまったことが、いまさらながら悔やまれる。
あと、警備を強化するため、雇いの魔法士を二十名増やすと宿側から連絡があったのに、ひとりも見ないのはなぜなのか。
まさか全員、休憩とってるわけじゃないだろ!?
膝をがくぶるさせながら、部屋にいるふたりに早く来いと念波を送る。
「──九階に居ましたね。あの階のほかの部屋にも客がいたとは知りませんでした」
つかまれた手首をほどこうと体をよじるが、ぜんぜんビクともしない。
大声で助けを呼ぼうと息を吸ったら、白い右手でぽすっと塞がれた。
「たしか、魔獣蜘蛛の糸は防御以外にも、匂いと気配を遮断する性質があると聞いたことが」
そこで言葉を切った。
こちらを、じっと覗きこむように見つめてくる。
階段も廊下にも、あかるいオレンジ色のやさしい光を放つランプが設置されている。
ランプの灯源はオイルや蝋燭ではなく、まるっこい光る石だ。
おそらく、ガルボの山小屋で買った白火石のような魔法の石なのだろう。
照明範囲が広く、その明かりの色が瞳に映りこんでいたおかげで、ルーの濃い碧瑠璃色は濃い茶褐色に見えていた。
ルーの口を塞いだ手は、ついでとばかりにその頬をわしづかみにして、引き寄せる。
違和感なく美しい女中に化けた〈彼〉は、うす月色の双眸を見ひらく。
「貴 様、は」
うわあっ、バレたあああああ!?
とっさに膝蹴りを見舞っていた。
しかし、寸前で相手は体をはなし距離をとる。手と口が自由になった。
黒の精霊、目をまんまるに、口を半開き。つまり、すごく唖然とした表情になっている。
「黒の精霊! なんだよ、その格好!」
つっこまれる前につっこむ。
「貴様こそなんだ、その格好は」
驚愕は先の一瞬で、すぐに冷静さをとりもどした敵は、けれど、不快だと言わんばかりに眉をひそめている。すでに口調もいつもどおり。
「変装に決まってんだろ! あんたの目をあざむくための!」
「奇遇だな、屑。私もだ。だが、今後はその必要もなくなる。この時を限りに」
シャラと音をさせ、その手にはどこから現れたのか、磨いた黒礫がつらなる鞭がにぎられていた。舞台女優から死刑執行人へと、みごとな切り替え。
「貴様は冥土へ旅立つのだからな」
ヒュウッ
空気を切り裂くうなりをあげ、鞭が襲いくる。
とっさにルーはスカートのすそをつかむと、その襞をおおきく広げるようにして、鞭の先端に向けてぶつけた。バシッという音がして、鞭が弾かれる。スカートには傷ひとつない。
おおっ、さすが魔防具! 石壁も粉砕する鞭まで弾くとは!
続けざまに飛んできた鞭もスカートで弾き返し、さらに次の攻撃もぴょんと両脚で跳んでかわすと、廊下の奥へとルーは全速力で逃げる。
嫌な予感にうしろをふりむけば、同じ位置にたたずんだままの黒の精霊の手からは鞭が消え、その代わりに、まっくろな刃の長剣がにぎられていた。
あれって……
サディスの言葉を思いだした。
「魔獣蜘蛛の糸は地の属性で作られた刃に弱い」
「あれは地涯精霊の最高位だ。闇に組みする地風火水と、その上位属性〈月〉の力をもっている」
地の属性剣か──!?
黒の精霊が床を蹴り、鳥のように飛んでくる。
あっという間にまうしろに接近してきた。
黒い刃が、ルーの背めがけ突くように繰りだされる。そのとき──
白銀の稲妻が走り、視界を閃光が染めあげた。ガラスの砕け散る音。
ルーが両目をかばうように腕をあげると、横からすごい勢いで体をさらわれた。
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