13 閃いた疑惑と、ど忘れしていたこと
ほどなくして戻ってきた白銀のハチドリたちによって、襲撃する邸の書庫は特定された。
そこへ侵入し、サディスが書庫内に結界をはり放火、ラムロードが燃えた原本から出てきた魂を捕獲。
そして、ルーはその広大な庭のおおきな木のてっぺんまで登り、空を見あげて幽玄図書館館長の飛来を待った。
……来ないなぁ……。
あつい雲が割れていくすじもの光が地上にこぼれ、夕焼けが彼方ににじむ。
今日は十八件の書庫を燃やしたが、やはり彼は現れなかった。
ルーの肩や頭には、役目を終えた白銀のハチドリたちが五十羽ほど、みっちりとまっている。のこり五十羽は近くのほそい枝にずらりと鈴なり。
ルーはぼんやりとうす桃色の雲をながめながら、幽玄図書館司書レインレインの言葉を思いだしていた。
「銀彗の魔法士さん、単刀直入に言いまして……あなたに入館の許可は出せません。これは前々から、館長より厳命されていることなのです。そちらのお嬢さんも。あなたのお連れである以上、入館はできません」
サディスが子供のころに、入館証を渡しにきたであろう館長を、浮遊霊と勘ちがいしてスルーし退散させてしまったことが原因かと思っていたが、レインレインはそうではないと言った。その理由は言えないとも。
──サディスは、幽玄図書館の見えるあの並木道には入れなかった。
でも、おいらは入れた。すぐに追い返されたけど。
「私は幽玄図書館の、ヒナタ館長の優秀なる司書ですから。不法侵入者は何人たりと許しません」
「……不法侵入って、ふつーに入れたみたいだけど?」
「それです! もやぴーの最強シールドを破れる者など、この世にもあの世にもそちらの世にもいるわけがないのです。ということは、原因はひとつだけになるわけですが」
その理由も答えてはくれなかった。
サディスはダメで、その連れであるおいらも本来ならダメなはずなのに、あそこに行けたのはなぜなのか。入館証がなくても、もしや、入れる条件があるのでは?
だけど、サディスの連れだから弾かれた?
ぐるぐる答えのでない迷宮に突入しかけていると、「ぷっ」と噴出すような声が聞こえた。ラムロードが木の上まで登ってきていたのだが、なぜかルーを見て口を手で押さえている。
「お帰り、ラムロード。どうかした?」
小首をかしげるルーとともに、その肩や頭の上にいるハチドリたちもななめに傾く。
それでも一羽も飛んでいかない。
「……キミ、ずいぶん彼の使い魔に懐かれてるんだね」
「え? うーん……どうだろ、人懐こいとは思うけど……なぁ、ラムロードは幽玄図書館の館長に会ったことある?」
「あるよ。ずいぶん昔だけど」
「サディスが入館拒否されてる理由、知ってる?」
それまで笑顔だったラムロードの顔が、一瞬、固まった。
「えぇと」
彼が目線をさまよわせ、何かごまかそうとしているのを感じたので「知ってるんだ!?」と、思わず木の上で彼につめより顔をのぞきこんだ。
「…………知ってるよ」
「ほんと!? 何が原因!?」
「……まぁ、彼自身のせいじゃないのは確かだね。──館長は昔、翠緑瞳の美女にフラレたからね、翠緑瞳の美人を見るのが辛いんじゃないかな」
「え、でも、十歳のサディスに三ヶ月もつきまとったって聞いてるけど……?」
初耳だったのか、ラムロードは目をまるくした。
「そんなことが? ……じゃあ、逆かな。まだ翠緑瞳の美女に未練があるのかも。館長はノーマルだし、彼女の代わりを探していたのかも知れないね。だから男と知ってあきらめたのかも」
「……あれ? それじゃ、サディスを拒否する理由にならないんじゃ?」
「それはアレじゃない? まちがえて男にアプローチかけたのが、死ぬほど恥ずかしくなって入館拒否とか。けっこう繊細なヒトだし」
「……」
──ほんとうに、そんな馬鹿げた理由でこんな遠回りさせられているのだとしたら、捕まえた暁には、きゅっとシメてやりたいな。
木の下からサディスが呼ぶ声がした。
「この辺りのめぼしい書庫はこれで終わりだ。引き上げるぞ」
ハチドリたちは銀の飛沫となって、サディスの中に消える。
三人は庭をぬけて貴族街をあとにした。
狙った邸には用心棒ややとわれ魔法士がいたが、さすがというか、サディスたちが書庫襲撃中に見つかることは一度もなく、そして、庭で待機していたルーも、おそらく魔獣蜘蛛のロリ衣装のおかげだろう。
自身の気配や匂いが遮断されてるので、人どころか番犬すら関心なく通り過ぎていった。
それでこちらが声を発しなければ、気づかないのだとも知った。
まるで透明人間か空気にでもなったみたいだな。
まぁ、一度声を発しちゃうと存在を認識されるようだけど。
そこで、なにかが頭のすみに閃いた。
……もしかして、これまでも?
だとしたら、あのヒトが、あそこで気づかなかったのも当然なんじゃ……待てよ。
それだけじゃなく、宿でも……
そこへ乗り合い魔獣バスがやってきたため、考えこんでいたルーは相方にうながされて、あわてて乗りこんだ。わりと乗客が多かったのだが、次のバス停でさらに人が乗ってきて、考え事どころではなくなった。
いつのまにか人混みに流されたらしく、サディスとラムロードの姿が見えない。
いや、たぶん流されたのは、おいらだけなんだけど。
きょろきょろと辺りを見回すが、自分より背の高い人ばかりに囲まれ、とてもじゃないが見えない。この魔獣バスはかなり大型のものだ。体高三メートルはある三尾の犬っぽい魔獣が二頭立てで引いている。しろい幌の屋根つき窓つきでおよそ四十人乗りのところを、六十か七十人は乗っている。
人のすきまで圧迫されるのが、これほど苦しいとは!
思わず「うぅ」と、ちいさく呻いてしまう。立ちんぼなのに、つかまる場所もなくて困った。なんとなく、例のパレードの時を思いだした。
なんかやばいな。また押されたら踏みとどまれないかも……
体にななめがけした鞄の肩ひもが、グッと、うしろに強くひっぱられた。
あたりをつけて、そいつの顔面に右拳をぶつけた。
裏手パンチなのでちょっと力がはいりにくかったが、相手はそれでもおどろいたようで肩ひもから手を離した。
「!?」
突然の急停車、のけぞりかけてた体は今度は前へ。
背後から人の圧力に押されて床に倒れ───かけたのだが、急に胴をさらわれた。
目の前が暗くなったと思ったら、黒に近い濃緑のマントの腕の中にすっぽり包まれている。相方様がいつのまにかここにいた。
今、一瞬、ばちっと、銀の火花が周囲にとりまくようにはじけたような気がしたのは、気のせいだろうか?
見あげると、彼はルーの背後をつき刺すように睨んでいる。
いや、防寒ベールで顔見えないけどね。凍気が出てるから……。
まわりで複数の息を飲むような気配。次のバス停で、人がだいぶ降りていった。
また魔獣バスが走りだすと、空いたベンチ席に彼と座った。
ラムロードも近くにやってきた。
「大丈夫だったかい?」
「うん、ひどい混雑だったね。鞄の肩ひもひっぱって悪戯するヒトはいるし、いきなり急停車はするし」
「あー、気づいてなかったんだね」
「ん?」
なんと、窃盗の一団──五人の男が、ルーをとりかこんでいたらしい。
鞄の肩ひもに手をかけ引き倒そうとした男を、サディスが魔法で魔獣車の外にすっとばし、その場所に転移して、ルーを床に押しつけて鞄を奪おうとしていた連中の手の甲を、光でかるく焼いたのだという。
そういえば、周囲にいた乗客はさっきのバス停で降りていった。
前の人を押しのけるように急いで去っていったのは、そのせいか。
それはそうと、すこしとはいえ転移と攻撃魔法を使ってよかったのか? と思ったが、魔獣バスで移動しているので場所は特定されにくいだろう。
祭の最終日で王都は混みあっているし。
「おまえは危機感が足りない」
説明をラムロードにまかせて窓の外をながめていたサディスが、ふいにそう言った。
それは、ごもっともデス。ハイ。
「聖女祭の間は犯罪が増えると言っておいたはずだ。それを、ぼけっとして人混みに流されるから」
「まあまあ、あれは不可抗力だし。ボクだって、ルーの所へ行こうにも身動きとれなかったんだから」
ラムロードのフォローがありがたい。
それにしても、まさかあんな密集場所で、カモりにくるとは思わなかったよ。
息苦しくてうなってたから、魔獣蜘蛛衣の気配消し効果が無効になってたんだな。
ほんと、おいらすら気づかぬピンチに、彼が気づいてくれて助かったよ。
そこで、ふと、あいつのことが頭をよぎった。
あいつもまた、おいらを助けてくれたわけだが……………
まだ、生きてるだろうか?
魔獣バスを降りたのは、〈貴人の黄昏亭〉近くのバス停。
たしか、目抜き通りの薬師の店に、元・キャラベの魔法士団の一隊長にして拷問吏ガジュは運ばれたはず。
一度ぐらい様子を見ておいたほうがいいだろう。
憑物士に空から落とされたおいらを拾ってくれたし。
そのせいで黒の精霊に攻撃されたのだから。
今の今まで思いださなかったのは、かなり薄情かもしれないが……
こっちも、その、いろいろあって忘れてたし。
憑物士による連続バラバラ事件とか、黒の悪魔にガチで迫られるとか、黒の精霊とサディスの戦いにはらはらとか、〈冥剣ヴァルドリッド〉をめぐるリリたちの再会劇に首つっこんだりとか、やっと具体的になった館長捕獲作戦とか、あわやの毒殺未遂事件とか……
とはいえ、それでも薄情だよなぁ。
血まみれで死にそうなやつを、ど忘れしてるって……
「というわけで、ガジュの様子を見てきたいな……と」
宿にはいる前に、相方様に許可を求めた。
「やめておけ、狂狼が図に乗る」
即座に彼は却下した。これは予想通りだ。
彼がすぐに許可をだすとは思ってなかった。元・敵だし。
しかし きょーろう?
狂犬ぽいと思ったのは、おいらけど。ナゼ、オオカミ?
「ガジュって誰?」
ラムロードが問うので「えっと、ほら、プルートス大山脈でおいらを追いかけてきた青い髪の」と、ルーが言いかけると彼は眉をひそめた。
「それって、キャラベの陰険鬼畜魔法士のことだよね? いつのまに見舞ってやるほど仲良くなったの?」
ラムロードが、底冷えするような笑顔でそうたずねてきた。
あれ? 笑顔なのに、なにかコワイ。
「え、その、仲良くなったわけじゃなくて、敵じゃなくなったってゆうか……あいつ、もうキャラベ軍とは縁切ってるし、こっちに協力するって言ってたし……」
とりあえず、相方様にふたたび許可をと視線をむけた。
はずなのに、いつのまにかマントごと襟首をつかまれていた。
「明日も館長をあぶりだしに出かける。さっさと夕食を済ませて、とっとと寝ろ」
「まだ早いよ!? 陽は沈んでないし! あのさ、ちょっとでいいから」
ずるずると引きずられて、〈貴人の黄昏亭〉の玄関ホールをぬけて昇降機にほうりこまれる。つづいて入ったラムロードが、金泥のすかし模様がはいった扉をスライドさせて閉じ、入口横のレバーを九階の数字に合わせるとポーンと音が鳴って、しずかに床が上昇してゆく。
なぜか、二人とも無言。
九階につくと、ルーは猫つかみされたまま部屋へ運ばれ、いつもの結界がはられた。
身を守るためというよりも、今はおいらを脱走させないためのモノになってる気がする。……これはもう、ダメってことか。
別に、あいつを毛嫌いしてるサディスたちに、ついて来てほしいって言ってるわけじゃないんだけどな~。
外伝「サイフォン国の英雄譚」を以下のページで載せています。
サディス10-11歳の頃の話。全三話完結。
http://ncode.syosetu.com/n2706dj/




