12 おそらくそれは人違いだと思う件
午後一時すぎ。
グライヒル王立植物研究所、薬学塔などの閲覧禁止の書庫を五箇所。
サディスが結界で密閉した状態で燃やした。
そして、ラムロードが原本の魂を簡易魔道具で捕獲。
ルーはその間、何をしていたかというと、ひたすら空を見あげていた。
なぜかは知らないが、幽玄図書館の館長は上空から現れるらしいので、その出現を見張っていたのだ。
この五件の襲撃物件への移動は、昨日と同じく、都内を走る魔獣バスである。
いまは徒歩で、飲食店の多いにぎやかな通りへと向かっている。
「午後からは貴族街の方に行ってみようか。書庫放火の噂が広まって警備が厳しくなる前に、手近なところは済ませておきたいからね」
ラムロードがそう提案し、先に食事を済ませることになった。
聖女祭も最終日、聖殿につづく目抜き通りから西側に二本はずれた通りのせいか、人の混雑もそれほどひどくはない。のんびり食べてる暇もないので、屋台もので済ませることになった。
街路樹の下のベンチが空いてたので、そこでルーが場所とりしている間に、二人が食べ物と飲み物を買いに行ってくれた。
しばらくして、ふっ、と影が差した。
もう戻ってきたのかとベンチに座っていたルーが顔をあげると、そこにはフードマントを深くかぶった痩身の男が立っていた。
しかし、ルーは見上げるような位置にいるので、陰ってはいてもその顔を見ることはできた。青年のようだが、げっそりと疲れたような顔をしているせいで老けこんでみえる。
具合でも悪いのだろうか。それなら席を譲った方がいいのかもしれない。
そう思い声をかけようとしたら。
「……ちがった、青緑でしたか……」
ぽつりとつぶやき、踵を返して立ち去っていった。
え、いまのなに……?
その人の背中は、すぐに雑踏にまぎれてしまった。
「足いたあ~い、もう歩けませんわ! 魔獣車を呼んで!」
背後でいきなり、甲高い声がひびいた。
「この通りは魔獣車の乗り入れ禁止区域ですよ。魔獣車はここよりもう一本向こうの通りに待機させています。とっとときびきび歩いてください」
ふりむくと通りのど真ん中で、毛皮のショートコートに赤いドレスを着た女の子がうずくまり、その前に向き合うようにして、たくさんの箱を両手で抱える礼装の青年がきつい口調で促していた。
「足が痛いって言ってますのよ!」
金持ちお嬢様の買い物につきあう執事、といった関係だろうか。
執事は長く黒い髪を後頭部の下で一本にたばね、いかにも冷徹やり手そうな雰囲気をかもし出している。当然、令嬢のわがままなど叶える気はさらさらないようで、黒縁眼鏡の奥から冷ややかな視線で道にしゃがみこむ彼女を見下ろしている。
「デブのくせに見栄をはってちいさな靴など履くからですよ。無理やり引きのばされて変形した靴が可哀相に。あぁ、これ、もう元には戻りませんね」
執事、毒舌!
「なっ、なんてこと言いますの!? 歩きすぎてちょっと足がむくんだだけですのにっ! それと変形なんてしてないからっ」
「歩きすぎて? まだ先ほどの店を出て五分も歩いてませんが?」
「五分も歩けませんわよ! わたしは公爵令嬢ですのよっ!」
お嬢様、わがまますぎ!
さて、どっちに軍配が上がるだろうとわくわく見守ってると、執事が「もう一度言いますが、この場所は魔獣車乗り入れ禁止区域です。あえて、ここに魔獣車を呼べば王都警備隊に連行されますよ」と、どれだけ愚行を犯そうとしているのか淡々と説明すると、令嬢はえらそうに胸をはって高らかに傍若無人ぶりを披露した。
「そこをなんとかするのが、おまえの役目でしょう!」
たぶん、このお嬢様、見た目なら、おいらよりひとつかふたつ年上だと思うんだけどな……公共のルールぐらい守れよ。
執事、そんな彼女にため息をつくでもなく。
あきらかに虫けらを見るようなひんやりとした眼差しを向けている。
なのに令嬢、それに気づいてない。それどころか。
「あくまで魔獣車を呼べないと言うなら………その、ユ、ユリウス……おまえが、抱いていってくれても構いませんのよ? 特別に、わたしに触れるのを許してあげるわ」
横プイして頬を赤らめている。
両手に箱を五段重ねで荷物持ちさせてる彼に、上から目線で姫だっこを要求。
ルーに限らず、なんとなしに聞き耳を立てていたであろう通行人らの視線が、痛いコを見る生温い目になった。
あー、アレどーすんだろ。キレるかな~?
執事、思いがけず微笑した。えらくやさしい微笑だった。
令嬢が、ぽかんとだらしなく口をあけ見とれるほどには。
「申し訳ありませんが、お嬢様。私はとても非力でして。軽い衣装箱をお持ちすることはできても、靴を破壊する豚足令嬢などとてもとても……重さのあまりうっかり落としてしまうかもしれません。ですが、お嬢様がどうしても歩けないと仰るのであれば、何とかするのも執事の務め。ここはひとつ、王都警備隊にお願いして担架で運んでもらいましょう。公爵家のご令嬢ならば、喜んで力を貸してもらえるでしょう。少々お待ちを」
とくに彼女は太っているようには見えないのだが。
しかし、乙女心による見栄でちいさな靴をむりやり履いていたせいで、トンソクなどという不名誉な揶揄をされたのかもしれない。執事、底意地わる。
彼はちょうど近くを通りがかった警備隊を呼び止めている。
何をどう話したのか、すぐに警備隊が三人、担架をもって令嬢のもとに駆けつけてきた。
その中の年長の男がうやうやしく彼女の前に膝をついた。
「バリボイス公爵家のご令嬢ですね!? 足をお怪我されたと伺いました。すぐにこちらの魔獣車でお邸にお連れ致します!」
「え、いえ、あの、」
まさか靴ずれごときで、本当に担架をもってくるとは思わなかったのだろう。
令嬢、しどろもどろ。言い訳するひまもなく、あっという間に担架にのせられ人混みの間を運ばれてゆく。担架の位置が低いので、イヤでも道行く人々の好奇の視線にさらされる。
これは恥ずかしい。
「えっ、えっ、ちょっと、まっ、まって、ユリウス!?」
令嬢、遠ざかる執事に手をのばすも届かず。
「これだから屑は」
え?
執事がぽろりと零したであろう言葉にそちらをふり返るも、いつのまにか彼は雑踏の波へと消えていた。
「ルー、お待たせ」
声をかけられて背後を見ると、ラムロードとサディスが戻ってきていた。
卵のフリッターや羊肉の串焼きを受けとりつつも、通りの方を気にしているルーに相方が、「どうした?」と尋ねてくる。
「えと……ううん、なんでも」
聞きちがい、だったのかな?
おいらをクズ呼ばわりしてた、あの黒の精霊のような言い方だったから……
いや、あいつがわがままお嬢様の相手するとか思えないし、やさしく微笑むとかありえないし、おいらを庇ったサディスに「うす汚い人間をよく助ける気になれるものだな」とか、人間そのものをどこか忌み嫌ってたやつだし…………
うん、そんなのが主人のお世話をする執事とかやるわけないよな。やっぱ別人だよ。
食事のあとにまた魔獣バスに乗って、王都の貴族街の入口まで移動した。
閑静なそこは、敷地をぐるりと高い壁でかこみ、広々とした森のような庭の中に邸がぽつんとあるため、おとなりの家までもそうとうの距離がある。
広すぎるせいか道端にも人の気配がまったくないのだが、サディスは今日も相変わらず、濃緑フードマントについた防寒ベールで顔を隠している。
人けがなくとも、まったく気をゆるめない相方はさすがである。
ちなみに、ルーはこの完璧な変装(シナモンヅラ+淡桃と黒のロリ衣装)で、最も警戒している黒の精霊にもバレないのではと、楽観しはじめている。
だって、ラムロードも至近距離で気づかなかったぐらいだし。
いまのとこ、あの殺気の視線を感じないし。………いや、楽観しすぎてた。
首ちょんの直接攻撃がこない代わりに、毒物事件があったばかりじゃないか。
おいらとしたことが。
ゆるんだ気を引きしめ直す。
「それで、どの邸に原本があるってわかるんだ?」
貴族街というだけあって、たくさんの邸がここにあるのだ。
熱心な読書家も含め、貴族のスティタスとして本をたくさん集める者もいるという。
でも、必要なのは世に出回っている複写本ではなく、その元になったたった一冊のオリジナル本。それこそ、閲覧禁止書庫のように厳重保管されるような。
片っ端ぱしから襲撃するには邸の数が多いし、入手しやすい複写本ばかりを抱えている貴族もいるので、そんなのまでいちいち標的にしていたら効率も悪いし、こちらの悪行も勘づかれやすい。
サディスの右手に集まった銀光の中から、ポポンと音を立てて白銀のハチドリがたくさんでてきた。
ハチドリとは花の蜜を主食とし、ブンブンと羽音を立てる体長六センチの小鳥のことだ。
飛びながら空中静止というステキ芸を見せてくれている。さわってみたいが、手を出すと意図せず地面にたたき落すことになりそうなので、やめておいた。
ちっちゃくて、可愛いな。
「もしかして、これ、あの使い魔?」
サディスの使い魔は白銀のサギやハト、ツバメ、時には巨大な怪鳥に変化する。
彼はうなずいた。彼らに邸を偵察してもらうようだ。
「行け」
百羽ほどの白銀のハチドリがブンブンとちいさな羽音を立てて、雪雲におおわれた空に散っていった。
外伝「サイフォン国の英雄譚」を以下のページで連載中です。
サディス10-11歳の頃の話。全三話予定。6/23、三話目を更新。
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