11 記憶に残らない女中がいた
食事を終えると、ルーは寝室に行き、淡桃+黒レースのロリ衣装に着替える。
本日も、彼らと〈原本の魂狩り〉に出かけることになった。
ラムロードの背中には、布に包まれた大剣が装備されている。
彼がリリウォッカに追われる心配はもうないので、布は外してもいいのではと聞いてみたら。
「モノが見えると、ちょっかいかけてくる輩がいるからね」と、彼は答えた。
そういえば、彼が冥剣を使うときには、一瞬で布と鞘がとり払われていたことを思いだす。
それなら布で包んでても不便てことはないのか、と納得。
九階から一階へと昇降機で降りると、宿の出入口がさわがしい。
人だかりができている。この宿にいた客たちの会話で「毒殺未遂」だの「殺人未遂」だのと、物騒なことばが飛びかっている。
どうやら、宿泊客の食事に毒をまぜた犯人が捕まって、これから王都警備隊に引き渡されるところらしい。
そんな大事件が身近に起こっていたとは……。
野次馬のすきまから見れば、群青色の制服に身をつつむ男たちにかこまれ、髪をふり乱してわめいている女の子がいる。
……あれ?
例の仕事しない女中だった。
「さっき、ボクらの部屋に来たコじゃない?」
となりにいたラムロードが確認してきたので、ルーはうなずいた。
「そうだけど……あのスコーンもどき、そこまでやばかったのか……」
彼女は盛大に「わたしじゃない!」「こんなの陰謀よ!」「利用されたのよ!」「乙女心につけこんでっ」と叫んでおり、頑としてそこから動こうとしない。
ついには、警備隊のひとりに肩に担がれて護送されていった。
「ルーは、なんでやばいと思ったの?」
「だって、異臭がすごかったし、見た目もあきらかに異物だったし」
「それはちょっと気になるね、調べた方がいいかも」
「そだね」
自分たちの食事に盛られたかもしれない毒。
それをやった本人が陰謀だの利用されただのと言っているのでは、ちょっと無視できない。ほかに犯人がいるのかも知れないし。
いや、でも、あの異物を口にできる勇者はいないと思うけどなー。
あれで毒殺する気だったなら、もうその時点で計画は失敗だろう。
「とりあえず、彼女から当たってみようか」
野次馬が散りはじめたので、ラムロードがルーの手を引いて歩きだす。
ダメ後輩が護送されるのを、同じ玄関ホールで見送っていたお姉さん女中のもとへと。
「え、さきほど下げたワゴンの中身を……ですか?」
お姉さん女中は困ったように視線をさまよわせ、大きな胸を腕で抱えるようにして思案している。そこへラムロードが小首をかしげてたずねた。
「もう捨てちゃったかな?」
その可愛らしさにお姉さん女中、ちょっとほだされたのか頬をゆるませ、わざわざ腰を折って背の低い彼に目線を合わせてきた。
「いえ、今ちょうど王都警備隊の方が調べているところで……お客様にお見せすることはできないのですわ」
子供姿のラムロードにも丁寧な接客だな。
まぁ、九階の客室は上客待遇だし。だからか。
「毒物が入ってたって聞いたけど、女中さん手作りのスコーンの中に?」
「いいえ、あれにはまったく。まぁ、お腹を壊すほどひどい味かとは思いますけど。あのコも何を考え……だいたい察しはつくけど」
最後ぼやいてるお姉さん女中。きっと特定の客にちょっかいかけようとする、ダメ後輩の行動を思いだしたのだろう。眉をひそめ苦い顔をしている。
「使用された毒の種類ってわかるかな? 話せるところまででいいから、教えてくれない? もちろん、聞いたことは誰にも言わないよ」
ラムロードの上目づかいのお願いが、きらきら感ハンパない。
背後でサディスの呆れたような視線を感じる。
「そうですわねぇ。じゃあ、ちょっとだけ……神経毒の一種ではないかと聞いてますわ。あの食事を片付けようとした調理場の見習いが、つまみ食いした直後に痙攣を起こして倒れてしまって。これは当宿常駐の薬師様の診たてなのですけど、はじめは無味無臭で時間が経つと変色を起こすものらしくて。いまではその料理、黒カビが生えたみたいにまっ黒になってますわ」
それ、ちょっとだけじゃなくてほぼだ。と、ルーは心の中でつっこんだ。
「見習いの人、死んじゃったのかな? まさかボクたちの代わりに……」
不安そうに言われて、お姉さん女中はあわてて首を横にふった。
「いいえ、意識はありますし体が麻痺して動けないだけで、命に別状はありませんのよ! 食べたのも一口だけですし、薬師様も処置をしてくださったので、七日もあれば毒は抜けると仰ってました」
それ、逆に言えば七日も動けないのか。たった一口で。
かなり強い毒じゃないか?
「お姉さんは、さっきの彼女が犯人だと思う?」
子供のふりしてうまく誘導してるなぁ、とルーは感心してしまう。
それとも彼女が子供に甘いのか。
あきらかにお客に対し不安をあおる内容を話しているのだが……
「ものすごくお馬鹿な子ではあるけど、そんな大それたことはしないと思いますわ。そもそも動機もないですし。王都警備隊もすぐ気づくことでしょう。まぁ、ちゃんと仕事をしないからこうなったのだと、頭を冷やすいい機会ともいえますし」
仲間の冤罪を確信しつつも、ずいぶんドライだね。すでに強制連行されちゃってんのに。
頭冷やすいい機会とか……よっぽどふり回されてたのかな。
「それじゃあ、ほかに心当たりはない?」
「それは……」
お姉さん女中は言いよどんだ。
「それは?」
ラムロードが促すと、彼女は口もとに手をあてしばらく迷っていたものの、三人に注目されてるのに居心地の悪さを感じたのか、ぽつぽつと話しはじめた。
「ミリィが……王都警備隊に連行された子の名ですが、……言っていたのだけれど、私の代わりに食事を運ぶよう唆した女中がいると言うのですわ。……長い黒髪に眼鏡をかけた女性が。でも、そんな女中はこの〈貴人の黄昏亭〉にはいないので、最初は言い逃れのための嘘だろうと思っていたのですけど。たしかに、雇用名簿を調べると、昨日付で雇われたユリエルという女性の名があったのです。予備の制服も一着分なくなっていましたし。でも、新人教育を任されている私と面通しをしていないわけがないのに、私自身そのことにまったく覚えがなくて。ほかの従業員に聞いても、誰もそんな女中は見ていないと言うし」
ルーの脳裏に、昨日の朝、ハーミエール衣装店からの届け物を持ってきた二人の女中が映る。ひとりは灰髪ゆるふわ女中、もうひとりは漆黒の髪を背中でみつあみにしたスレンダーな女の子だった。背が高く、眼鏡もかけていた。美人だった。
美人……だったと思うのに、顔だけが思いだせない。
漆黒のきれいな髪とか、脚がすごく長かったのははっきり覚えているのに。
一度しか見てないからなのか。
その顔もかなりインパクトがあったように思ったのだけど……
「おいら、その人見たよ」
昨日の朝のことを話すと「じゃあ、やはりいたのね」と、彼女は不可解そうにしながらも、どこか安堵したような表情を浮かべた。
それでルーは彼女といっしょに、まだ宿内で料理の毒物検査をしている王都警備隊の元へとおもむき、先の内容を話しておいた。毒物を盛られかけた被害者側からの証言になるので、重要と受けとられたようだ。
「もしかしたら、犯人は魔法でこの宿の従業員の記憶をぼかしたのかも知れませんねぇ。間近で見たあなたですら、顔を覚えてないのだから。捕まった娘も同じでしたし」
応対に出てくれた警備隊の人はそう言っていた。
魔法使いならわざわざ毒を使わなくても、標的を襲撃できる位置まで来ていたのに──ということになる。
だが、毒は無味無臭なのでふつうに一食分をたいらげていたなら、文字通り永眠してしまうほど強力なものだったらしい。
──そうなると余計な異物を入れて、そのために門前払いされることとなった彼女の行動は、結果的においらたちを助けたことになったのかもしれない。結果的にだけど。
そして、やはり真犯人は軍国キャラベの回し者じゃないのかって思うんだけど。
それだと宿バレしたってことになる。今までのあいつらのやり方なら、〈碧の林檎亭〉に突撃したみたいに、一軍が押し寄せてくるはず……じゃあ、単独犯?
黒の精霊なら……真正面から奇襲かけてきそうなタイプだと思うけどな。
いや、でも、どうなんだろ。会ったのは二回だし。
どんなやつかはまだよく分からない……女装しても違和感なさそうな気はするけど………や、さすがに、ここの色っぽい女中用のお仕着せはムリだろ。いくら黒の精霊が美人でも男だし。モノクロの膝上丈のスカートに、てらりと光る桃色の長靴下とかちょっと……
ほかに不審人物がいるとなれば、あの仕事しない女中も釈放されるかと思ったが、〈貴人の黄昏亭〉は国の要人も頻繁に利用するということで、やはりすぐにとはいかないようだ。
何日かは調書とりや、真犯人との関連を探るために牢に拘置されるとか。
それを聞いたお姉さん女中、「差し入れでも持っていってやろうかしら」と、ちいさくつぶやいていた。
そのあと予定通り、ルーはサディス、ラムロードと宿を出て、秘蔵書のありそうな施設や邸へと向かった。
外伝「サイフォン国の英雄譚」を以下のページで連載始めました。
サディス10-11歳の頃の話です。全三話予定。
http://ncode.syosetu.com/n2706dj/




