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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅶ】 月下の異境遊戯
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10 ひどい師匠と容赦ない弟子、のち異物混入

「だから、小柄なボクと、ルーが同じ寝台を使えばいいでしょ?」


「却下だ、おまえは居間の長椅子を使えばいい」


 寝室にふたつしか寝台がないことで、なぜか相方と彼の師匠がモメはじめた。

「師匠に対してそれはないんじゃない? あつかいがゾンザイだよ」

「おまえへの対応はこれぐらいで丁度いい。敬意を払うなど馬鹿馬鹿しい」


「言うね。昔のことを、ま~だ根にもってるとか? ったく顔に似合わず執念深いね。キミに立て替えてもらった借金は、全額返したはずなんだけど」


 借金。その言葉にルーは、いつぞやサディスが言っていた、フィア銀の剣で借金返済をしたという知人の話を思いだした。それで、つい問うてみた。

「もしかして、大食漢の借金大王でおいら以上にはた迷惑な杏好きの知人って……ラムロードのこと?」

 ラムロードはにこやかな笑顔で「やだな、誰がそんなことを? 杏は好きだけどね」と言っているが、サディスがすかさず「おまえのことだ」とつっこんでいるので、まちがいないようだ。


 しかし、彼の存在のおかげで、おいらの迷惑がまだ相方の許容範囲内であるのは疑うべくもない。


 ありがとう、ラムロード。と心の中でお礼を言っておく。


 うん、口に出したら、たいがい失礼なことになっちゃうからね。

 おいらより迷惑な人でありがとうとか。言っちゃダメだろ。


「俺に押しつけた面倒ごとは数知れず」

「お詫びに、貴重な魔道具や古代資料をあげたよね?」

「迷惑料を払って当然だ。それに、剣稽古で手加減せず、俺の意識をあの世との境まで三回飛ばしたこともあった」


「人生たかだか十年足らずの子供に、一本とられるわけにもいかなかったし。ほら、そこは一流剣士としての矜持がね。あのときは、ちょっとばかりムキになっちゃって悪かったけど……でも、召魂の魔道具使ってちゃんと三回とも覚醒させてあげたでしょ」


 だいぶひどい師匠だったようだ。

 ルーは風呂にはいってる間、以前、サディスに剣が下手だと言われたこともあり、彼の剣師であるラムロードにすこし習ってみたいな、などと呑気に思ったりしていたが、これは考え直した方がいいかもしれない。

 ふだんは頼れる剣豪な彼だが、教える側に立つときは容赦のない鬼教官となるようだ。

 一本とろうとしただけで、あの世まで飛ばされるのはハイリスクである。

 ふと、手にもったままの銀盆をみて苦笑した。

 相方の不機嫌によって発した凍気のせいで、傷薬の軟膏はすっかり固まっていた。


 結局、ルーにくっついて寝室へ行こうとしたラムロードが、相方によってそのちいさな頭をわし掴みされ、容赦なく居間へと引きもどされた。

 仮にも師匠だし、気の毒なので、ルーが寝台をゆずり居間で寝るよと言ったら、二人に「「その必要はない」よ」と言われてしまった。

 居間で二人、額をつき合わせてなにやらぼそぼそ言い合いしていたようだが、そのうち静かになってサディスが寝室にやってきた。

 できたばかりの軟膏を、彼の背中に塗ってあげた。

 二度目だからか、ちょっと嘆息はされたものの嫌がられることはなかった。

 彼は自分のことより保護対象のケガの方が気になるようで、気分が悪くなったり頭痛はしなかったか聞いてきたが、こちらはまったく大丈夫である。額の手当ては彼がしてくれた。

 そうして、その日は眠りについた。

 新しい軟膏にはいった薬草の清涼な匂いが心地よくて、ぐっすり眠れた。





 10月9日、午前七時。


 あかるい朝日のさしこむ居間にはいると、長椅子の上で、ちまっと膝をかかえて座っているラムロードがいた。近寄ろうとしたら透明な壁にぶつかる。

「!?」

 ぺたぺたとその見えない壁をさわって、どうやら長椅子ごと半球状の結界がはられていると知った。

「どうしたの、コレ?」

「安眠の邪魔になるって閉じこめられたんだよ。ひどい弟子だよね」

 かかえた膝に頬をよせむくれている。そんな姿も可愛い。

 そこへサディスが寝室から出てきた。手のひと振りで結界を解除する。

 長椅子からぴょんと飛び降りた少年は、ルーに抱きついてきた。

「昨夜、彼に変なことされなかった?」

「変なこと?」

 意味がわからなくて問い返す。


「だってわざわざボクを閉め出してまで二人きりになりたいなんて堅物の女嫌いのくせにホントあなどれな」


「変なことをしているのはおまえだ」


 背後からラムロードの襟首をつかんでひっぺがし、ぺいっと投げ飛ばす相方。

 こめかみに青筋立てて、今朝もとても不機嫌だ。


 一応、師弟なんだから、もうすこし和やかな雰囲気になれないのだろうか。

 そして、投げられても敏捷な小動物のごとく、くるりと受身をとる彼はさすがだな。


 そう思っているところへノックの音。朝食のワゴンが届いたようだ。

 サディスが部屋の結界を一時解除したので、ルーは朝食を受けとるために廊下側の扉をあけた。


「朝食をお持ちしましたぁ~」


 肩より上のゆるふわな灰色髪をゆらして、甘ったるい声を出す女中がそこにいた。

 ワゴンごと室内に入ろうとしたので、すばやくその進路に割りこみ、ガッとワゴンを両手で押しとどめた。

「この部屋担当のヒトはどうしたのかな?」

「彼女は忙しいんですぅ! だから、代わりにわたしが」

 かすかに、鼻をかすめる異臭がした。

「──何持ってきたの?」

「何って、朝食よ! さっき言ったでしょ、ちゃんと聞いてなさいよ!」

 ルーは釣鐘型の銀蓋を、ぱかっと開ける。

 おいしそうな匂いにまじる、強烈なすっぱくさい臭い。メニューを確認する。

 焼きたてのパンや厚切りベーコン、卵焼き、チコリのサラダ、ポタージュ、果物の皿……

 の隅に、可愛らしいレースの布を皿代わりにして盛られた奇妙な物体がある。


 にごったオレンジ色でぼそぼそと崩れて粉っぽい、なんだろ……?


「……ちょっと、ここの料理長か責任者と話がしてみたいな。異物混入の件で」

「なに言ってるの? 異物ってなによ!」

「じゃあ、コレなに?」

 異臭を放ついびつなブツを指さして尋ねた。

「見てわからないの? オレンジのスコーンよっ! そちらのご主人様に特別に」

 頬を染めつつも、居丈高に彼女は言う。


 ……あー、はいはい。もしかしなくても犯人、目の前にいた。

 そんなに彼の気を引きたいのか。そのスコーンもどきの端からなんか紙切れがのぞいてんだけど。……手紙でも入れてんのか?


 ちょうどいいタイミングで、廊下の向こうから憤然とやってくる大人っぽいお姉さん女中がいた。

「パンがあるからスコーンもどきは、いらないかな」

「あなたにあげるなんて言ってないでしょ! もどきって何よ! 従者のくせにほんと失礼ね!」


 だからなんで従者に見えるんだろう。あと、彼女はこの異臭が分からないのか? 

 製作者だから臭いに慣れて分かんないとか?


「あのさぁ、自分で味見してないようなもの持って来るのやめてくれないかな」

 図星だったらしく彼女は一瞬、言葉につまった。

 しかし、すぐにワゴンを押す手に力をいれ、立ちはだかるルーを強引に突破しようとする。

 負けじと、ルーもワゴンの進入を両手で食い止める。


「とっ、とにかくぅ! わたしが中に入ってお給仕するから、邪魔しない──でえぇっ!?」

 灰髪ゆるふわ女中の片耳が、びよーんとひっぱられた。


「ミリィ、あんた、なに勝手に人の仕事に手出してるの?」


 その耳もとで陰のこもった低音ボイスでささやかれ、ミリィと呼ばれた彼女は「ひいっ」と悲鳴をあげた。

 たれ目で胸のおっきなお姉さん女中は、めざとくワゴンの上にある例の異物に目を止めた。ルーがそれを指摘しようとする前に、お姉さんはにっこり色っぽい魅惑の微笑みで、断わりをいれてきた。

「不慣れな後輩が配膳のお部屋をまちがえたようですわ。新しくお持ちしますので、少々お待ちくださいませね」

 目にもとまらぬ速さで銀蓋をかぶせて異物を隠し、右手でミリィの耳をつかんだまま、左手でワゴンを押してそそくさと去っていった。


 ……ダメ後輩のフォローも大変だな……。


 ふりかえると広い部屋の奥から、ふたりが怪訝な顔を向けている。

「異物って何が入ってたんだい?」

 ラムロードに聞かれて、とりあえず「灰髪ゆるふわ女中作・食べられないスコーン」と答えておいた。それから十分もしないうちに、先ほどのお姉さん女中が、新たなワゴンで朝食を運んできた。


 メニューがすべてちがうところを見ると、本当にべつの部屋の食事をこっちに持ってきていたのか。灰髪ゆるふわ女中、ちゃんと仕事しろよ。

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