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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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24 悪夢の分身と最期の記憶

 館の広い回廊に踏みこんだルーは、その惨状に唖然とする。

 巨大イボナメクジが侵攻していなかったためか、まだ床や壁は溶かされてはいない。

 その代わり、隕石でも降ったかのように回廊は所々えぐられていた。

 曽祖父の弟子である男性が、八名ほど倒れている。

 見覚えのある白髪頭と、ガリガリ、デブの三人組もいた。

 彼らとルーの直線上の真ん中に、その人物は佇んでいる。

 幾月も彷徨ったようにひどい格好だ。

 元の色もわからないほどに汚れたシャツやズボン。破れたブーツ、胸や肩をおおう防具、ぼさぼさの短い黒髪、ほそい手足、小柄な背中をこちらに向け、その手には赤銅色の長い金属棒───棍をにぎっている。

 ルーは息をつめて〈彼女〉を見た。


 お、おいらが、いる───!?


 あの暗闇の中の窓から見た光景は、幻じゃなかった。

 しかも、キャラベ軍国から脱出するときの自分と、まったく同じ格好をしている。


 なに、コレ、どうなってんの!? 

 あそこに、おいらがいるなら、おいらはだれ!?


 〈彼女〉がゆっくりとこちらを振り向く。

 混乱しかけた頭は、冷水を浴びせられたように静まる。

 〈彼女〉の右上腕が赤く光っている。遠目であまりはっきりとは見えないが──

 クトリの呪詛印だとわかった。まがまがしい波動を全身で感じる。

 その目には光がなく、なのに、その唇は無機質な笑みを形作っていた。


 たぶん、これ、呪詛が発動してる時の、おいら……?


 〈彼女〉はかるく床を蹴った。

 赤銅色の棍を手に、こちらに突進してくる。

 とっさに、ルーは金属箒でその攻撃を受け止めた。ギンッとぶつかり鳴く。


 〈彼女〉が、ここにいる弟子たちを昏倒させたのか。

 グレイに襲いかかっているのを見たので間違いはないだろう。

 でも、なぜ、どうして!?

 思い当たるといえば……アスターの仕業。

 あのナメクジどもを発生させたのは彼の術だろうし。

 それを館内に引き入れたのは、おそらく、サディスを殺害するため。

 その隙を生じさせるために、場を混乱させる必要があったから。


 そこまで考えて、彼がなんらかの術を発動させるために、自分に薬を盛ったことを思いだす。一連の流れから、そして、目の前の分身もどきに、自分も深く関わっているのでは、と気づく。

 ルーは箒をそらして棍の威力を逃がした。だが、すぐにするどい打撃がくる。

 思いのほか、ルーの体は動く。打ち返す、払う、突く。

 必死に箒で応戦するも、〈彼女〉はルーよりもずっと余裕だ。

 ガンガン強烈に打ち込んでくる。かわし、なぎ払うのが精一杯で、たまに打って出てもかすりもしない。それを相手は面白がっているようで、手加減しながらも攻撃の手をゆるめることはない。避けたところの壁が棍でえぐられる。

 ルーはとっさにしゃがんで足払いをかけた。

 〈彼女〉が体勢を崩したところに、すかさずわき腹に箒で一撃を入れる。

 直前にかわされ、うしろ向きに兎のようにはねて距離を開けられる。

 どうやったら、〈彼女〉の動きを止められるのか。このまま野放しになどできない。

 なにせ、クトリの呪詛が発動しているのだから。いずれ、だれかを殺してしまう。


 ──まだ、殺してないよな?


 ちらっと、目だけで倒れている弟子らを確認する。だれも動かない。

 ルーは青ざめた。すでに撲殺されてたらどうしよう、と。


 やばい……もし、これが術でつくられた分身だったりしたら、おいらのせいになるのか? 冗談だろ……


 〈彼女〉のほうがパワーも速さも上だが、動きは読める。

 ルーは障害物の多い庭へと駆けた。〈彼女〉も追いかけてくる。

 すぐに追いつかれる。魔法灯火のおかげで視界は利く。

 緑濃い木々があっても、〈彼女〉はさほど不利なようすを見せない。

 再度、打ち合う。〈彼女〉は声もなく哂う。


「ルーちゃん! そのコ、悪夢の産物だから……!」


 アスターの声が聞こえてきた。


 悪夢の産物?


 箒と棍で押し合いながら、ルーは声の方に視線を向ける。

 〈彼女〉も、ビクッと肩をゆらしてそちらに視線を向けた。

 アスターより手前に、サディスがいた。その片手に銀光が集ってゆく。

 それはしだいにまぶしさを増してゆく。

 〈彼女〉を始末しようとしているのだと気づいた。


「……死ニ、タ、クナイ……」


 〈彼女〉の唇から、こぼれ落ちた。

 消されることを本能的に悟ったのか、もう、そこにあの無機質な笑みはない。

 その顔はひどく哀しげで、絶望に満ちていて───


「イヤダ……アノ人…ニ…会エナイ…ママ……」


 ルーは目をみはった。強烈な光が迫る。

 それを──止める間もなかった。





「なぁ……あれって、おいらの記憶もってたんじゃないの……?」


 アスターはあれが悪夢の産物だと言った。

 悪夢は意識の底から生まれるもの。そこには、いくらかの記憶が混じることもあるだろう。

 あとかたもなく消え去った〈彼女〉がいたはずの空間を見つめ、憮然とした面持ちでアスターに尋ねた。

「ルーちゃんは察しがいいね」


「おいらの記憶……手がかりが……」

 がくりとルーは、膝と両手を地につけた。


「あー…、えっと、悪夢として吐き出されたモノには、理性がなくて攻撃的なモノしかないんだ。話を聞きだすのは無理だと思うよ。でも、キミ自身の記憶が消えてなくなったわけじゃないから……そう、気を落とさないで」


 なんの慰めにもならない。失くした記憶が手の届くところにあったのに。

 すぐに気づいていればなんとか捕まえて吐………いや、でも、サディスがサクッと片付けてしまったところを見ると、やっぱ相当の危険物だったってことだよな……


「消える直前に、なにか言っていたようだが」

 サディスが問うてくるので、一応話しておいた。



「死にたくない」「いやだ」「あの人に会えないまま」



 あの言葉は、おいらが過去に口にした言葉じゃないか? 

 応戦してる間、一言もしゃべらなかったし。サディスに始末されそうになったときと───過去の状況が被ったせいで出てきたってことかな? 

 つまり、なにか死にそうな目に遭って、絶望を感じた瞬間があって……

 キャラベ軍に捕まったとき? いや、拷問吏に捕まったときは意識不明だったはず……

 じゃあ、その前……クトリ島で死にかけたってことになるんじゃ……


 それを口にすると、サディスも肯定してくれた。

「〈あの人〉が誰を指してるかわかるか?」

「さぁ」

 肩をすくめてルーは答える。

 記憶がないので、家出中の人間関係など分からない。


 最期の時に会いたいヒトか……家族かな? 友人?

 今のおいらなら、どうだろう?


 魔法灯火で淡黄色に見える銀髪と、白皙の美しい顔をぼんやりながめつつ考えていると。

「あの、さ、ルーちゃん……その箒は?」

 アスターが青ざめた顔で指差してくる。ルーは手の中にある箒を見た。

 一本のうす桃色のリボンが、ふよふよと柄の真ん中から出ている。

 風もないのにゆらめきながら、目の前のアスターに向かっている。

 ぶちっ ポイッ

「檻の外に立てかけてあったんだ。ちょっとヒルみたいなのが寄生してたみたいだけど」

 ルーはうす桃色のヒルっぽいそれを、ちぎって捨てた。

「……それで、檻のカギ壊して出たのかな?」

「そうだよ、やっぱりこれ置いたのアスターじゃないんだね」

 アスターは理解した。

 悪夢を抽出されたルーの〈思い〉は、あの黒い塔で形になりやすかった。

 おそらく、単純にあそこを抜け出すための武器が欲しいとでも願ったのだろう。

 明確な武器が思い浮かばなかったため、日常見慣れた庭の箒が出てきたと思われる。

 ただし、それは忌むべき悪夢に変換されるのだ。

 だからこそ、彼女自身を守るためにも檻の中に入れた。


 ──誤算だった。

 どう見ても得たいのしれない吸血触手を、彼女は素手でちぎってポイしてる。

 手足かなり噛まれてるようだけど、気にもしてないところがスゴイ。豪胆だ。


 どのみち、サディスには最終的にひねりつぶされたかも知れないが、それ以前に、ルーを人質に選んだ時点で、すでにこの計画は破綻していたのだと彼は思い知った。

「ふつうはこんなモノが出たら、トラウマものだと思うんだけどね……」


「いや、トラウマになるって。あのナメクジやばいじゃん! アスター早く片付けてよ!」


「えーと……それなんだけど、ネ。アイツらはルーちゃんの悪夢の産物でね。それを具現化するってゆー超高度な術なんだけど……ただひとつ、致命的な欠点があって……一度、実体をもつと元に戻せないんだヨ~」


「──アスター、一発殴らせて」

 ルーは笑顔で言いおいて、彼の腹部を二つ折りにして箒でなぐり飛ばした。

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 当作品「Silver tails」は、現在、2chRead対策を実施中です。

 部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。

 読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。 

 (C) 2015 百七花亭 All Rights Reserved. 

 掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n0709co/


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本日、あと四話更新予定。時間不定期。

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