21 窓の向こうの恐慌
「いっやあああああああ! それ以上近寄るんじゃなくてよッこのケダモノども!」
それは、いったいどこから現れたのか。
二メートル級のイボナメクジが、目の前の透明な壁にベタビタとはりついてくる。
深夜遅くにとりまきの娘たちをあつめ、憧れの君にそでにされた鬱憤をぶちまけていたカトリーン。突然の異形らの奇襲にとり乱しながらも、とびつかれる寸前で結界をはり、なんとかしのいでいた。
──毛がないのだから、ケダモノというのはちがうのではなかろうか?
ルーは檻の中にいる。
すこし先には、檻をぐるりと囲むように四角い窓がいくつかならぶ。
どんな構造になっているのか、アスターが去ったあと、窓の向こうには曽祖父の館のさまざまな場所が映し出された。たとえば──
イボナメクジに追われるグレイ三人組が、空中廊下を大疾走しているところとか。
ガリガリ君がつまづいた。
肥満君の道衣のすそをひっつかんだため、二人してもつれながらこけた。
グレイはちらっと彼らをふりかえるが、軟体とは思えぬ俊足の追手に息をのみ、あっさり仲間を見捨て逃げてゆく。
うっわー、薄情……
とりのこされ恐怖に固まるふたりの前に、透明な壁が現れ、イボナメクジどもを阻んだ。書庫管理の司書が助けに入ったようだ。
だが、イボナメクジの突起から吐きだす青い液体が、みるみる結界を溶かしてゆく。
「さっさと行きなさい!」
司書に怒鳴られ、彼らはころがるようにそこから這いだし、めちゃくちゃに手足をふりながら一目散に逃げた。司書の術で、空中廊下が爆破した。
軟体は炎に包まれ深い谷間に落下してゆく。
さらに、となりの窓を見ればほかの弟子たちや、厨房から飛び出した料理人たちが右往左往している。果敢にナベや包丁を投げつけている人もいるが、それは、あっという間に、イボナメクジが噴く青い液体に溶かされていた。
「もっと意識を集中なさいっ! 結界が破られるわッ」
カトリーンの怒号がとんできた。
五人がかりで結界を強化しながら侵入を阻んでいるらしい。
「ムリですぅ姫様」
「わ、わわわたしたち、もうこれまでかも」
「縁起でもないことを言うのはおよしなさい! それでも栄えあるノア師の弟子なの!?」
「だって、魔法がこんなにも効かないナマモノなんて……っ、聞いたことありませんわ!」
「あああぁ、こんなときドーマ様がいてくだされば……」
「そうですわ、あの御方ならこんなナマモノ蹴散らしてくださいますわ」
「姫様、試しに助けを求められてはいかがでしょう?」
「だからっ、ノア師の弟子たるプライドはないの、おまえたちッ! それに何故あたくしが試しに!?」
「わ、わたしたちが姫様をさしおいて、ドーマ様に助けを求めるなんて……そんなだいそれた勇気ございませんわ」
「それに、これはぜったい未知の物体です! わたしたちの手には負えません!」
「さ、姫様、盛大に悲鳴をおあげになって!」
カトリーンは破られそうな結界を維持する手を休めず、ぎろりとその発言者を睨んだ。
「悲鳴ならさっきから出していてよッ」
「いえ、その、もっと……お可愛らしく……?」
「いくらなんでも、か弱き女性の助けを無視するとは思えませんもの」
カトリーンは瞬間的に憮然としたものの、さっきの自分の悲鳴というか罵声を思い出して、赤面した。彼のいる客間からけっこう離れているとはいえ、聞こえなくもないかも知れない。あれでは助けに行く気もそがれてしまうかもしれない。
ごくっと唾を飲みこみ、息を吸うがなかなか言葉にならない。
「た……た、す……けて……?」
やっとのささやくような声に、とりまきたちはがっくり肩をおとした。
いつもは高飛車な我らが女王サマは、恋する相手には要求はおろか助けも求められない。
そんなところが妙にいじらしく可愛くもあるが、今はそんなことを微笑ましく思っている場合ではない。わずかな術のゆるみに、じゅわじゅわととかした穴から触角がぬるんと侵入してきた。
たちまち、五人の少女は我を忘れて大悲鳴をあげる。
恐慌状態により、ばちんと結界はほどかれた。
ど真ん中にとびこんできた巨大イボナメクジを避けるように五人は四散し、ある者は窓から、ある者は廊下へ、カトリーンと残り二名は隣の寝室にころげこむと、体当たりされる前にドアを閉め鍵をかけた。
窓の外の光景はどれも、館の人々がイボナメクジに襲撃されている場面だった。
あのナメクジ、魔法が効きにくいみたいだ……
それにしても、サディスの姿がぜんっぜん見えないんだけど、どこ行っちゃったんだ……?
この檻さえなければ、あの窓から館に戻れるのかもしれない。
目の前の鉄柵にガンと蹴りをいれる。金属がこすれふるえる余韻に、戸の位置が分かった。窓の外の明かりは、残念ながらルーのところまで届かない。手で鉄柵の錠の位置をさぐる。
なにか、武器でもあればこんなもの壊してやるのに……
ふと上げた視線の先にそれはあった。
箒だ。庭でおち葉掃きをするものと似ている。
全体がほんのりひかって闇から浮いて見える。
え? ……さっき、ここにあったっけ? いや、ない、はず。
檻の外側の、鉄柵に立てかけられている。
じっと見つめていると、柄の部分からフヨフヨとした透明な、光の膜のようなうす桃色のリボンが一本、二本、三本……と次々出てきた。海草のようにゆらゆらとおどっている。
なんだろ、コレ……イキモノ?
気味悪いが、唯一、カギを壊せそうなものを使わない、なんて選択はないわけで。
おそるおそる柄に手をのばす。鉄柵のすきまから檻の中へとひっぱりこむ。
ちょっと重い。まるで金属のような感触。
いや、ようなじゃなくて、これ金属の箒だ。
……武器になるじゃん!
喜んだのもつかの間、リボンがうねうねしながらルーの手首に絡みついてきた。
リボンの先端が平べったく円状になり、ペタッと手の甲にはりつく。
「いたっ!」
急いで引きはがした。パッと朱が散る。
リボンの先端に無数の棘があった。
「うわわわわわわわわ!」
ルーは泡食った。箒を手放そうにも、リボンはすでに腕やふくらはぎに巻きついている。気が動転しながらも、すばやくそれらを引きはがした。
あちこちが血でにじむ。リボンはちぎられると、くたりとなったので、箒についてた分もついでに全部むしりとった。凶暴なわりに弱い生物だったようだ。
はぁー、びっくりした……ヒルの一種が箒に寄生していたのか……?
焦りはしたが、噛まれた傷はたいしたことないので、ルー的には無問題だ。
ひゅんと箒を振ってみた。ちょうどいい重み、なんだか覚えのあるこの感じ。
すこし脚をひらいて、両手を使いくるくるとそれをまわしてみる。
投げてもぴたりと手に収まる。
「……」
サディスには「剣が下手だ」と言われたが、こういった長柄武器は得意だったんじゃないだろうか。
しかし、都合よく手に入ったそれに、何かの罠ではないかとも思う。
ヒルっぽいのは嫌がらせ? でも、女の子好きなアスターらしくないな。
ま、いっか。あとで問い詰めれば。さっさとここを出よう。
一度、深呼吸した。そして、錠に箒をむけ狙いをさだめる。
「そーれっ」
一撃で錠もろとも戸はふっ飛んだ。
彼女は檻を出て、まっすぐ目の前の窓に向かって駆けだす。
そこに、サディスとアスターの姿が見えたからだ。やはり、形勢逆転になっていた。
アスターは彼に殺気をつきつけられ、いままさに冥土送りにされそうな状況だ。
ルーは、足を止めた。左側の窓に信じられないものを見たからだ。
グレイが宙を舞っていた。ボロクズのように。
それを追いかけ、魔法の反撃すら間に合わない速さで肉迫し、棒でしたたかに床ごと破壊しながらグレイを沈めている人物がいる。
「う……そ、だろ……」
ルーは呆然とつぶやく。
真正面の窓からもれる銀の閃光に、我に返ると叫んだ。
「待って、サディス! アスターをシメるのあとにして!」
そのすぐあと、左の窓へと駆けより飛びこんだ。
本日、あと二話更新予定。




